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探偵王子  作者: なつる
第2章  不器用な二人
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 ジゼルはああ言ったが、彼女には事件を終わらせる気がないようにジャックには思えた。証拠品の指輪だってルーファスに返さず未だに手元においてあるし、捜査資料もまだしっかりとデスクの上にある。

 それでいて、指輪の件を深く調べている気配はない。袋に入った指輪を腕組みしながらじっと眺めるのみで、何のアクションも起こしていないようなのだ。


 まるで指輪の持ち主を突き詰めるのが怖いような、いや、もっと言えば指輪の持ち主がローレンス王子であるとハッキリさせたくないような──ジャックにはそんな風に見える。

 ただの遠慮や躊躇とは思えない。言葉とは裏腹に、彼女と王子の間には何かあるのだろうか?


 実はジゼルには内緒で王子への質問書を作り、王室の事務を担当する王室庁へ出そうとしたのだが、署長に止められてしまった。ただでさえ面倒なことを避けたがる署長だ。王室相手に粗相でもあれば、ジャックはおろか自分のクビまで飛んでしまうことを恐れたのだろう。


 質問書は出せない、ジゼルは上の空──そんな状態が一週間も続いて、ジャックはついに決心した。ユージンに車を用意するよう言いつけると、デスクに座るジゼルの元へ向かった。


「ジゼル」

「ん? 何?」


 ジゼルの引き締まった二の腕をつかむと、彼女をムリヤリ立ち上がらせた。

「な、なんだよ!」

「いいから行くぞ」

 そのままジゼルを引っ張って、玄関まで連れて行く。ユージンが回してきた捜査車両の後部座席に押し込むと、自分もその隣に座った。

「どこ行くっていうんだよ」

 訳もわからず連れて来られたジゼルは当然ながら不機嫌だ。

「いいから黙ってついてこい」

「あたし何か怒られるようなことしたか?」

 心当たりを挙げろと言われればいくらでもあるが、今は黙っていることにする。


 ユージンが運転する車は分署を出て、大きな通りへと出た。このあたりは二十五分署管轄の中でも特に重要施設が集まる地区だ。

 王立美術院、そして王立証券取引所を過ぎたところで車を止めさせた。そこはブロック塀と有刺鉄線で囲まれた場所で、中は高い樹木以外に見えるものはない。もう少し先に行ったところには背の高い鉄製の門扉があり、両脇に衛兵が立っているのが見える。さらにもう少し行けばロイヤルバンクがあるという、二十五分署管内でももっとも警備が厳重な場所だ。


「ちょっ……ここって」

 ジゼルは青ざめた。さすがにここがどこかはわかっている。

「知っての通り、オラトリア宮殿だよ」


 オラトリア宮殿──広大な庭園に囲まれた白亜の宮殿は、今から四百年ほど前に建てられた王家の離宮だ。王家の所有する数々の美術品を所蔵・展示するかたわら、代々の王族が執務や住居として使用している場所でもある。

 そして現在の住人は──ローレンス・ランドルフ=オリヴィエ王子殿下、その人であった。


 ジャックは先に降りたが、ジゼルは奥に座ったまま頑として動こうとしなかった。

「あたしは行かないよ」

 抵抗するジゼルの腕をつかみ、車から引きずり下ろす。

「直接行ったってムダに決まってるだろ!」

 腕を振りほどき、ジゼルは怒鳴った。


「ムダかどうかやってみなきゃわからないって、いつもお前が言ってることじゃないか」

 ジャックが言うと、ジゼルは黙り込んだ。自分が言っていることを他人から言われると、ことの外こたえるものだ。


「いつまでもウジウジ悩んでるくらいなら、真正面から突っ込んででもハッキリさせたほうがいいだろ。向こうが取り合ってくれないって言うんなら、直接会えるまで待つだけだ」


 ジャックは先頭切って歩き出した。ジゼルも渋々ながらついてきているようだ。

 締め切られた門の前では、観光客らしき人々がカメラを片手に写真を取っていた。ここは通用門で、一般に開放されている正門もあるのだが、あわよくば王子が出てくるところを見られないかと期待しているらしい。

 門の両脇に立つ衛兵は、ロイヤルブルーの制服に金色の兜という派手な格好だ。写真を取る観光客に笑顔を見せながらも手にはしっかりと小銃が抱えられている。

 そんな衛兵の怪しい者を見る目つきをポリスバッヂで避けながら脇の小さな門をくぐり、すぐ横にある詰所に向かう。そこの受付でジャックは改めてバッヂと身分証明書を見せた。


「首都警察二十五分署のジャック・アヴァロンといいます。ローレンス王子に少しお話をお聞きしたいのですが」

 受付に座っていた男性、多分王室庁の人間だと思うが、彼は虚を突かれたように一瞬言葉を失っていた。

「え……そのような来客の連絡は入っておりませんが」

「アポはありません」

 ジャックがハッキリというと、彼は今度は呆れたように顔をしかめた。


「ここがどういう場所かわかっているでしょう。いくら警察とはいえ、アポイントメントもなく王子に会うことなどできません」

「ちょっとだけでいいんです、王子に会わせて下さい」

「ダメです」

「そこを何とか」

「殿下へのご質問があるのなら文書にして、所轄の官庁経由で提出してください」

「それができないからこうやって来てるんです!」


 噛み付きそうなジャックの肩を、ジゼルがつかんだ。

「ジャック、やっぱやめよう。相手もこう言ってる事だし」

 ジゼルは不安そうな顔で周りをチラチラと気にしている。ユージンに至っては今にも逃げ出しそうな雰囲気だ。

「オレはな、お前のためを思ってここまでやってきたんだぞ」

「それはもうわかったから……こんなとこで押し問答してたってラチ明かないだろ」

 ジゼルは今すぐにでも帰ろうと引っ張ってくるが、こっちにも意地がある。

「ここまで来たからには手ぶらで帰れるかってんだ。こうなったら刑事の意地見せてやる」

「ケンカなら他のところでやってもらえますか」

 受付の男がうんざりしながら言ったその時、通用門の大きな門扉が開いた音がした。振り返ると内側に開いたその門に、黒塗りの車が一台入ってくるところだった。


「あっ」

 ジャックは声を上げた。運転席に座る男は知らないが、その後部座席、シートに深く腰掛けて真っ直ぐ前を見つめている男性の横顔。


「ローレンス王子!」

「えっ?」


 ユージンも、そしてジゼルも声を上げた。驚いて引っ張る腕の力が弱くなった隙を突いて、ジャックは走り出す。


「ストーップ!」


 周りの衛兵たちが一様に色めき立ったが、そんなことはお構いなしにジャックはバッヂを掲げながら車の窓ガラスを叩いた。王子の冷静な中にも驚きを隠せない顔がこちらを向く。

「すみません! ローレンス王子にちょっとだけお話があるんです!」

 傍から見れば完全に不審者、暴漢だ。ここで止まるのは危険と車はスピードを上げた。悔しがる暇もなく、集まってきた衛兵がジャックを取り押さえる。


「いててっ……離せ!」

「話は後で聞かせてもらう! 殿下は大丈夫か!」

 衛兵の一人が叫んだ。スピードを上げた車は──何故か少し先に行ったところで止まっていた。車の動力に支障をきたすほどの衝撃は与えてないはずだが……と思っていたら、今度はバックしてこちらに戻ってきた。


 車は捕らえられたジャックの前にピタリと止まった。衛兵も職員も皆唖然としている中、運転席の男が降りてきて、後部座席のドアを恭しく開けた。


「──アヴァロン警部補を離すんだ」


 ローレンス王子──車から降りて自分の足で立った彼は想像していたよりも遥かに大きく見え、ジャックはその存在感に一瞬で圧倒された。

 近くで見れば見るほど整った顔立ち、ジャックが一瞬見せただけの身分証明書で名前と階級を覚えてしまう記憶力。何もかもを超越したような、抗い難きオーラを持つ人だ。


 衛兵たちは恐る恐るジャックを離し、そして敬礼を捧げた。ジャックはグシャグシャにされた衣服を整えてから、衛兵たちに倣って敬礼する。

「あ、ありがとうございます……ローレンス王子。あの、少々お聞きしたいことがありまして」


 王子はジャックに見向きもせず、脇をすり抜けて後ろへと向かった。拍子抜けしながら振り返るとそこには困ったように笑うユージンと、その背中に隠れようとしているジゼルがいた。

 王子は明らかに彼女を見ている。もしかして車をバックさせてまで戻ってきたのは、自分を見かねたからではなく、ジゼルがいたからだろうか。


「君は……」

 王子がそう言いかけた時、ジゼルがユージンの後ろから飛び出して敬礼した。


「二十五分署強盗殺人課のジゼル・ワイアットです。殿下は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、ブライス校で同級生だったんですよ」

 見たことのないような満面の笑みで、一気に畳み掛けるようにしゃべっている。


「もちろん覚えていますよ」

 王子も微笑みながら、手を差し出した。

 二人はガッチリと握手した。ジゼルの笑みが若干引きつっているが、元同級生とはいえやはり王子が相手では緊張するのだろう。


 二人の間に何かあると思っていたジャックの推測は外れたようだ。こうやって当たり障りのない挨拶ができるのに、ジゼルは何故あれほどまで頑なに王子に会うことを嫌がったのだろう。


「あ、彼は私の上司のジャック・アヴァロン、こっちはユージン・プレスコットです」

 ジゼルに紹介されて、ユージンは弾かれたように敬礼をした。生の王子を目の前にして、こちらも見るからに緊張している。


「それで僕に聞きたいことというのは?」

 ジャックは思い出した。ジゼルのおかげで王子が足を止めてくれたのだ。このチャンスをムダにはできない。

「あの、それが、とある事件に関することなんですが……」


 周りにはこの特異な状況を興味津々で見守る衛兵や職員たちがいる。彼らの前で指輪の話を持ち出すのもどうかと思ってしまった。

 王子もそれをわかってくれたようだ。軽くうなずくと、運転手の男を振り返った。


「ハリー、彼らを僕のオフィスに案内してくれ」

「かしこまりました」


 ハリーと呼ばれた運転手は一礼した。自分と同世代くらいだろうか、中肉中背で人の良さそうな顔だが、伸びた背筋と鋭い目つきは軍人のそれである。おそらく陸軍近衛兵の中でもエリートの、王子担当の護衛兼秘書といったところだろう。

 ローレンス王子は再び車に乗り込み、別の職員の運転で先に宮殿へと赴いた。ハリーは徒歩でジャックたち三人をオラトリア宮殿内へと案内した。


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