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探偵王子  作者: なつる
第1章  8年後
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 首都警察二十五分署。首都マドリガーレの治安を守る警察の分署としては、その歴史は古い。

 広大なグラヴィア王立区の中でも、王族の住まう宮殿やロイヤルバンク、王立証券取引所、王国の最高学府プラルトリラ大学など、数々の重要施設を抱えるいわば花形部署だ。管轄面積の広さも一番である。

 だがそのわりに署の規模はあまり大きくない。歴史の古さがあだとなり、分署としての機能を拡充することが出来ずにいるのだ。激務のわりに人数が少ないということで、身内からは【配属されたくない分署】ナンバーワンとして恐れられている。

 とはいえ、仕事が大好きなジゼルにとっては何の問題もない。仕事がなくてヒマになるくらいなら忙しくしていたほうが断然いい。


「ハイ、ジゼル」

 帰ろうと分署の古めかしい廊下を歩いていたジゼルは、声をかけられ振り返った。

 受付嬢のベアトリクスだった。褐色の肌にきついパーマの髪。警察官の制服に押し込んだ豊満な胸は、すれ違う男という男を振り返らせるだけの絶大な威力を持っている。


「聞いたわよ。今日は三人、天国に送ったんだって?」

「気持ちよーくイッてもらいましたよ。留置場にね」


 あの三人組は留置場に仲良く押し込まれた。デニスに至っては意識を取り戻したものの、ジゼルの顔を見るなりまた失神しそうな勢いでブルブルと震えていた。


「大活躍じゃない。今月も検挙率トップ?」

「始末書の数もトップだけどな」


 ジゼルが答える代わりに、後ろから来たジャックが答えた。ユージンもいる。

 持っていたファイルでジゼルの頭を叩くジャックの姿は、上司というよりも兄のようだ。


「逃げようとする犯人殴って何が悪いんだよ。別に無抵抗のヤツをボコボコにしてるわけじゃないし」

「今は人権とか色々うるさいんだよ。それにお前はやりすぎなんだ」


 ジャックはジゼルよりも九歳年上の三十五歳。強盗殺人課の先輩刑事で、ジゼル、ユージンと共にチームを組むリーダーだ。乱暴者のジゼルとお気楽な新人ユージンを抱えて、署内一の苦労人とのウワサである。

 ジャックはしわの寄った眉間をもみほぐしながら続けた。


「大体な、オレはあんなオトリ捜査には反対なんだ。お前は無茶をしすぎる」

「カタイこといわない! 犯人は逮捕できる、あたしは思い切り暴れられる、一石二鳥だろ」


 ジゼルは射撃が苦手だ。威嚇には便利なので一応は所持しているが、あんな弾がどこへ飛んでいくかわからない物を使うくらいなら、足で追いかけてこの手でぶん殴るほうがずっと手っ取り早い。射撃の才能が皆無な分、格闘センスには非常に恵まれたようだ。


「お前、そんなことばっかりやってたら嫁の貰い手がなくなるぞ」

 ジゼルが無茶をするたびジャックはこう言う。自分が結婚して落ち着いたものだから、今度は人の心配をするようになったらしい。


「バ、バーカ、あたしがその気になれば男の一人や二人……」

「手錠かけて教会に引きずりこみますか」

 そう言ったユージンのみぞおちに、ジゼルは一発ぶち込んだ。

「てめーはいつも一言多いんだよ!」

「冗談ですよう」


 今年配属されたばかりのユージンは、優男の見かけ通り、いいとこのお坊ちゃまだそうだ。背は高いのだが、細身でどうもひ弱さが拭えない。実際、格闘技の訓練では自分より小さいジゼルにあっという間に伸されてギブアップしてしまったという見かけ倒しの後輩である。


「てめーの冗談は面白くないんだよ! もう帰る!」

 ジゼルは彼らに背を向け、出口に向かって歩き出した。


 怒った背中が見えなくなってから、ジャックはため息をついた。

「あいつ、警察よりも軍の方が向いてたんじゃないか?」

 ユージンも真似してため息をついて見せた。

「黙ってりゃそれなりに美人なんですけどねぇ」

「あいつが黙ってるわけないだろ。まあ、今のあいつは仕事一筋で、男になんか興味なさそうだけどな」

「ジゼルさんて、この分署に自分から志願してきたんでしょう?」

「ここに志願してやってくるヤツは、大概理想と現実のギャップを目の当たりにして心が折れるもんなんだが……あいつだけは別だな。生き生きしとる。男より仕事のほうが好きらしい」


「意外と、ああいうタイプって一途だったりするわよ」

 ベアトリクスが真顔で横から口を挟んだが、ジャックもユージンも大きな笑い声を上げた。

「あいつが一途? あの暴力女がんなわけないって」

「ジゼルさんにそんな男がいるのなら、僕はその人に同情しますよ」

「そうかなあ……」

 大笑いする二人の男をよそに、ベアトリクスだけが思案顔だ。




     ◇




 ジゼルの家は二十五分署の管区内の端にある。配属が決まったときに引っ越してきたのだ。

 今日の現場によく似た、石畳の路地に面したこれまた古ぼけた建物で、家賃は相場よりも安いが、以前住んでいたスラム街に比べればずい分とマシな建物である。入り口に続く数段の階段を上がると集合ポストがあり、その先の一階右側がジゼルの部屋だ。

 近くの店で買い込んだ夕食をぶら下げた手で自分のポストを開けると、チラシとともに手紙が何通か入っていた。ほとんどは見る必要もないダイレクトメールだが、その中に一つだけ、一際目立つきれいな封筒があった。


 差出人は【ブライス校創立百周年記念同窓会実行委員会】。長ったらしい名前だ。

 自室の鍵を開け、中に入る。明かりをつけ、ワンルームの片隅に置かれたベッドの足元に腰掛けながら、ペーパーナイフを使ってその封筒を開けた。

 中身は予想通り、記念同窓会の案内状だった。今年創立百周年を迎える母校では記念式典と同時に大規模な同窓会を開くらしい。大方、有力なOBを集めて寄付金を募ろうという魂胆なのだろう。

 出席者は同期の幹事に連絡すればいいそうだ。ジゼルは携帯電話を取り出し、登録されている番号の中からリーラ・ウェルシュの番号を探し出した。


『あら、ジゼル。あなたから電話してくるなんて珍しいじゃない』

 開口一番、リーラはそう切り出した。


『仕事終わったの?』

「今帰ってきたとこ」


 幹事のリーラは今も付き合いのある数少ない同級生の一人だ。警察官と新米弁護士、お互いに忙しいのだが、電話ですらめんどくさがってなかなかかけないジゼルに対し、マメに電話をくれるリーラは実にありがたい存在である。


「記念同窓会のことなんだけど……」

『あなたのことだから、どうせ出ないんでしょ』

「わかってんじゃん」

『出ないとは思ってたけど、欠席の連絡してくれるなんて律儀じゃない』

「たまにはこっちから電話しなきゃと思ってさ」


 男の言い訳みたいだが、いつまでも不義理ばかりではいけない。リーラには同級生の動向だけでなく、法曹界の情報も教えてもらっているのだ。


『そうそう、結婚式の日取り決まったのよ』

 電話の向こうでリーラがウキウキしているのが良くわかる。

 リーラがブライス校にいた頃から付き合っていたクレイグと先日婚約したことは、本人からのろけたっぷりに聞かされていた。もちろんジゼルもクレイグのことは知っているし、学生時代にはみんなで一緒に遊んだ仲だ。喜ばしいことには違いない。


『来年の三月なんだけど、出てくれるでしょ?』

「うーん……仕事次第かな」


 ジゼルがハッキリとした答えを出さない理由を、リーラは重々承知している。ジゼルが未だかつて同窓会に出たことがない理由も同じなのだ。


『私の結婚式ぐらい、ちゃんと出てよ』

「そりゃ出たいのは山々だけどさ」

『──このまま一生、あの人のこと避け続けるつもり?』


 リーラの言葉に、ジゼルは一瞬声を失った。

「……そういうわけじゃないけど」

『卒業して八年よ。会えるチャンスは何度もあったのに、あなたったらなんだかんだ理由つけて避けてばっかりで……あなたは気にしすぎなのよ。あの人がそんなこと気にするような人とは思えないんだけど』


 わかっている。けれど、これはジゼル自身のケジメの問題だ。

「結婚式のことは考えておくよ。じゃ、また」

 そう言ってジゼルは一方的に電話を切った。本当は食事の約束でも取り付けようと思っていたのだが、リーラの小言にはこれ以上耐えられそうになかった。


 ジゼルは伸びをするように後ろに倒れた。ふと頭上に目をやると、ヘッドボードの棚に置かれた写真立てが目に入った。ずい分と埃をかぶって薄汚れてしまっている。

 手に取り、軽く埃を払った。八年前のブライス校の卒業式で取った集合写真だ。角帽をかぶり、黒いマントを羽織って、卒業証書を手にしながら皆にこやかに微笑んでいる。リーラもクレイグも、若干笑顔が引きつっているジゼルもいる。


 そんな中で一人、ニコリともしていない無愛想な男子生徒がいたが、ジゼルは意識的に目を逸らした。夕食を買ってきたのを思い出し、ベッドから立ち上がる。

 ビールを取りに行こうと、ジゼルは写真立てを棚に戻した。その横にある小さな箱──銀のリングケースがジゼルの後姿を鈍く映し出している。


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