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「あれ、ジゼルのヤツ、電話に出ないな」
ジャックは携帯電話を耳から離した。
「せっかく聞き込んだ情報教えてやろうと思ったのに」
携帯電話を胸ポケットにしまうと、ジャックは自分の机に腰掛け、ため息をついた。
「何かあったんですかね?」
ユージンが両手にコーヒーを持ちながらやってきた。一つをジャックに渡す。
「さあな。指輪のことだから、王子にも伝えて欲しかったんだけどな」
「しかし……被害者も彼女に気に入られたいからって、あんなウソつきますかね」
ユージンはコーヒー片手に、今日の聞き込みをまとめた資料を見直していた。
ジゼルとは別行動を取った二人は、被害者マイルズの交友関係を改めて洗いなおしていた。その過程で、彼がとある女性に入れ込んでいたことがわかったのだ。
その女とは、マイルズの会社の取引先である大手医療機器メーカーの受付嬢、名をティルラという女性で、マイルズが仕事でその会社に行く度に彼女を口説こうと頑張っていたという。
彼女に直接会って話を聞いたところ、実に意外なことを言い出した。
『え、彼ってブライス校の出身じゃなかったの?』
マイルズが握っていた指輪が彼の物ではないことを、ティルラは知らなかった。それどころか、マイルズは自分がブライス校の出身であると彼女にウソをついていたのだ。
王子のことは伏せながらも真実を伝えると、彼女はこう豪語した。
『ブライス校の出身で、しかもローレンス王子と知り合いだって言うからお茶ぐらいは付き合ってたけどさ。でも結婚したいとか言い出しててちょっとウザかったの。誕生日プレゼントとか言って、時限爆弾みたいなケースにネックレス入れてくるような変な人だったし。死んだ人には悪いけど、ウソだってわかったら未練も何もないわ』
あっけらかんとしている彼女に、ジャックもユージンもあきれ果ててしまった。彼女も両親が離婚してからひどく苦労したそうで、そういう意味で自分を幸せにしてくれる男をつかもうと必死だったのかもしれない。
それから二人はマイルズの両親にもう一度会いに行き、話を聞いた。そこでかつてマイルズがブライス校を受験し、落ちていたことを知ったのだ。
『あの子が受けたいと言って受験したんですよ。けど落ちてしまって……結局地元の公立校に行きましたが、相当引け目に感じていたみたいです』
ジャックはコーヒーを一口飲み、口を湿らせた。
「つまりマイルズはどこからかこの指輪を手に入れ、女に自分がブライス校の出身であると吹聴していたってことか」
「学歴コンプレックスってヤツですかね。ブライス校はローレンス王子が入学してから、さらに人気が高くなりましたから。自分を落とした学校の名前を利用してやろうとでも思ったんでしょう」
「詐称した学歴で女釣ろうとする男もアレだが、学歴で男見る女も十分アレだよなぁ」
ジャックはもう一度携帯電話でジゼルを呼び出したが、やはり繋がらなかった。
「ジゼルのヤツ……まさか」
「まさか?」
「王子と二人で、どこかでしっぽりやってるんじゃないだろうな」
「まさかぁ」
ユージンは笑うが、ジャックは大真面目だ。
「お前、昨日の二人の様子見ただろ? 大体、王子が自ら出向いてジゼルに会いに来るなんてただ事じゃないぞ。あの二人、絶対高校時代に付き合ってたんだって」
「ただ事じゃないってのは同意しますがね。あの王子が愛だの恋だの言うような人には見えなかったんですが」
「それもそうなんだよな」
王子があんなに無愛想で無遠慮な、表裏の激しい変人だったとは驚いた。ジゼルも相当変わり者だが、ローレンス王子はさらにその上を行く。あのジゼルが振り回されていたくらいだ。
だがあの二人が激しく議論を戦わせる様は、敵というよりも好敵手という言葉がピッタリだった。
「ジゼルも変だよな。オラトリア宮殿だなんて目と鼻の先に住んでる王子と、八年も会ってなかったなんて」
「指輪の話が出た時も、会いたがらなかったですよね。ケンカ別れでもしたのかな?」
「なんだろうなぁ」
ジャックとユージンは揃って、空席のジゼルの机に目をやった。