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探偵王子  作者: なつる
第3章  追憶と再会と
13/31

 ジゼルはまた黒塗りの車に乗せられていた。

 時折ミラー越しに見える運転手ハリーの顔は明らかに不機嫌である。王子が捜査に参加するのを快く思っていないのが見え見えだ。彼の気持ちもわからないではないが、かといってジゼルが言って聞くような男でもない。

 この分では、彼も相当ローレンスに振り回されているのだろう。王室スマイルで人当たりがよさそうに見せかけて中身がこれだから、ジゼル同様ハリーもかなり苦労しているはずだ。


「次はどこ行くっていうんだよ」

「座談会に参加したメンバーに集まってもらっている。リーラ・ウェルシュの事務所だ」

「……マジで?」


 頭が痛くなってきたが、車はあっという間にリーラの弁護士事務所に到着してしまった。オフィス街の一等地にある、ガラス張りのこの辺としては先鋭的なデザインの事務所だ。

 車が止まると、中からスーツ姿のリーラが出てきて迎えてくれた。電話ではたまに話すけれども、こうやって顔を合わせるのは一年ぶりくらいかもしれない。仕事もプライベートも順調だからか、肌もブロンドの髪も艶々で、以前会った時よりも美しさに磨きがかかっているような気がする。


「ジゼル!」

 車から降り立ったジゼルに、笑顔のリーラは抱きついてきた。


「リーラ久しぶり」

「ちょっと、どういうことなのよ」

 リーラはニヤニヤしている。

「あなたがローレンスと一緒にやってくるなんて、聞いたときは耳を疑ったわよ。この間はあんなこと言ってたくせに……あれから何があったっていうの?」

「いや、まあその……いろいろとあったんだよ」

 妙に嬉しそうなリーラに対し、ジゼルは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「みんな待ってるわ、さあ中に入って」


 リーラは二人を事務所の中へ招きいれた。

 彼女が弁護士として独立し、この事務所を構えたのはつい最近だ。リーラの家は貴族であり資産家でもある。この建物も両親が持つ不動産なのだそうだ。

 高級感あふれるエントランスに入ると、開業祝いなのか色とりどりの鉢植えの花木がいくつも飾られていた。幸せの木や胡蝶蘭やシンビジューム、まだ蕾の状態だがマドリガルでは珍しい牡丹もある。

 そこを抜け、ミーティングルームに通されると、そこには既に級友たちが集まっていた。ジゼルとローレンスの姿を見て、全員が驚いたように立ち上がった。


「ジゼル……ジゼル・ワイアットなのか?」

 言葉を詰まらせたのはキム・ペイリン。丸坊主の髪形に眼鏡をかけた姿だが、今は研修医らしい。その横には険しい顔つきのアーネスト・オア。オリーブカラーの制服から察するに、陸軍の士官だ。


「……変わってないわね、ジゼル」

 肩を出したセクシーな衣装のアンジェリーナ・ギラン。今売り出し中のファッションモデルだ。その横では、母校ブライス校で教鞭を取っているというアベル・シートンが、神経質な視線をこちらに向けている。


「やあジゼル、久しぶり」


 横からクレイグ・セヴァリーが、大柄な身体に人懐っこい笑みを浮かべて手を差し出していた。

 彼はリーラの婚約者で、今は彼の父が興した電器メーカー・セヴァリー社の重役である。ローレンスがジゼルの次に信頼を寄せていた親友と言えばクレイグだろう。


「クレイグも元気そうだね」

「君はまた痩せたんじゃないか」

 前にリーラと食事したときにはクレイグも一緒だった。高校時代からずっと付き合ってきた二人だが、婚約に至るまでにはそれなりの苦難もあったらしい。ジゼルはよく電話でリーラの愚痴を聞かされたものだ。


「これで全員ね」

 リーラも入ってきて、全員がオーバル型のテーブルに並べられた椅子に腰掛けた。

「座談会に出たのは全部で八人て聞いてたけど……そういえばジャスミンは?」

「今ツアー中とかで、どうしても都合つかなかったのよ」

 ジャスミン・マードックはジャズ・ヴォーカリスト。今は全国を回るツアー中で、急な召集には応えられなかったらしい。


「しかしジゼルが今や刑事とはね」

 配られたコーヒーに口をつけながら、キムが笑った。

「学年一ケンカっ早いヤツだったのに」

 昔を知る仲間たちには苦笑しきりだ。

「そこらへんはあまり変わってないよ。犯人相手に殴りかかってるさ」

「君とローレンスは本当に変わらないな」

 そう言ってジゼルとローレンスを交互に眺めるキムの視線が少し気恥ずかしかった。


「ホントはね、この間の座談会にジゼルも呼びたかったのよ」

 座談会のメンバーを選んだのは、幹事でもあるリーラだった。

「メインがローレンスだったからね。でもジゼルは絶対に首を縦に振らないと思って諦めたの」

「コイツに会いたくなかったからな」

 ジゼルは横に座るローレンスを顎で指した。彼はそ知らぬ顔で黙ってコーヒーを飲んでいる。


「え、君らヨリを戻したんじゃなかったのか?」

 キムが意外そうな顔で言うので、ジゼルは飲みかけたコーヒーを噴出しそうになった。

「なんだよそれ!」

「だって、みんなの間でウワサになってたんだぜ」

「ウワサ?」


「君らが付き合ってて、卒業と同時に別れたって」


 ジゼルは勢いよく立ち上がって猛抗議した。

「付き合ってもないのに別れられるか! もどるヨリもない!」

「付き合ってなかったの? なーんだ、お前がローレンスの恋人だからって、お前のことあきらめた男いるんだぞ」


 そんな話、初耳である。嬉しいというか今更というか何というか複雑な気分だ。気恥ずかしさを抑えながら、ジゼルは椅子に座りなおした。


「そいつに大きな誤解だって言っときな」

「いや、オレなんだけど」


 キムのすました台詞に、アーネストとクレイグが同時にむせこんだ。ジゼルは言葉も出ない。

「え、そうだったの?」

「意外……」

「いやー、あの時はオレも若かったなー」


 そう言って顎に手をかけたキムの左の薬指には結婚指輪が光っていた。そういえばリーラからキムが結婚したと聞いた気がする。

 何故か安心して、ジゼルはようやく笑った。つられて皆も笑う。ローレンスでさえも唇の端に笑みを浮かべていた。


 思えば卒業してから、当時の思い出に浸ることを意識的にやめていた。振り返ってしまえば、楽しかった、輝いていたあの頃に帰りたくなってしまうからだ。だから同窓会にも出ず、リーラとクレイグ以外の同級生との接触も断ってきた。

 こんな風に仲間たちが集まって、当時を思い出し笑える日が来るなんて──たとえ事件捜査のためとはいえ、こんな機会を作ってくれたローレンスに少しだけ感謝する。


 ひとしきり談笑して、落ち着いたところでアーネストが口を開いた。

「ところで……オレたち、今日ここに集められた理由を聞いてないんだけど」

 ローレンスは、場所を提供してくれたリーラにも理由は告げていないようだ。ただ「座談会のメンバーを集めてくれ」とだけ言ったらしい。皆の視線が、座談会には参加していなかったジゼルに集中する。ジゼルは腹を決めて切り出した。


「今日はみんなにちょっと聞きたいことがあって集まってもらったんだ」

 ローレンスを見ると、彼はGOサインのようにうなずいていた。


「実は……ローレンスのカレッジリングが座談会の途中でなくなったんだ」

 皆が息を呑んで、お互いを見回す。ローレンスは指輪がなくなったことも話していなかったみたいだ。

「写真撮影のためにカメラマンに預けてたんだけど、そのカメラマンが席を外したちょっとの間になくなったらしい。あの日、ブライス校の中で不審な人物とか見かけなかった?」


 最初に答えたのはアンジェリーナだった。

「いや……別に、見なかったと思うけど……」

「生徒なら数人廊下を歩いていったけど、不審ってほどのものでもないしな」

 キムの言葉に皆がうなずく。

「そうか……そうだよな」

 そう簡単に事件に繋がる話が出てくるとは思っていなかったが、やはり落胆の色は隠せない。黙って話を聞いていたローレンスが突如口を開いた。


「ジゼル、顔写真を」

「え……いいのか?」

 ローレンスはうなずいた。ジゼルはポケットからマイルズの写真を取り出し皆に見せた。

「この男……知ってる人いない?」

 写真を一人ひとり順に回して見てもらったが、反応は薄かった。

「知らないな」

 クレイグの言葉が全てかと思ったが、一番最後に写真を見たアベルが声を上げた。


「オレ──知ってるよ」

「えっ、ホント?」


 ジゼルは勢い込んで聞いたが、アベルの顔に浮かんだのは何故かニヤニヤとした笑みだった。


「この間新聞で見た。確かオーセリー川で水死体で発見されたって人だろ?」

「あ……うん」


 確かに扱いは小さかったが、顔写真つきで新聞に記事が載っていた。知っていると言うのはウソではないが、肩透かしを食らった気分だ。

 歴史教師のアベルは意地悪そうな笑みを浮かべて、逆にジゼルを問い詰めてきた。


「なんで死んだ人間の顔写真をオレたちに見せるわけ? 指輪に何か関係あるのか?」

 ジゼルは困惑してローレンスを見た。こうやって突っ込まれて不都合があるのは彼だろうと思ったからこそ、顔写真を出さなかったのに。

「それは……」


「その死んだ被害者が僕の指輪を持っていたんだ」


 言葉を濁したジゼルに対し、ローレンスはハッキリと説明した。さすがに全員の顔色が変わり、怯えたような目をこちらに向ける。

「な、なんで……」

「それは僕にもわからない。座談会の日にブライス校でなくなった指輪が、二週間経って死体の服の中から発見された。その過程に一体何があったのか、僕はそれが知りたいんだ」


 ローレンスの射抜くような視線を受けて、みな身をすくませた。だが死人が出ている事件となるとどうにも口が重い。


「……その死んだ人が盗んだんじゃないの?」

 アンジェリーナの言うことももっともだとばかりに、リーラやキムがうなずく。だがアーネストが軍人らしい鋭い視線をジゼルに向けてきた。


「ジゼル──刑事のお前が出てきたってことは、もしかしてオレたちのうちの誰かが盗んだって疑ってるのか?」

 否定しかけて──ジゼルはふと思い当たった。指輪がなくなってすぐにローレンスが警察へ届け出なかったのは、もしかしたら仲間内の誰かが盗んだと考えたからではないだろうか。


「同じ指輪を持ってるオレたちが、ローレンスの指輪盗むメリットなんてないだろう」

 確かにキムの言うことも一理ある。

「ブライス校卒業すれば誰でももらえるものなんだし、第一この指輪自体は安いよな」

「お前の指輪だってわかっていれば、それなりの価値もあったかもしれないけど、イニシャルじゃわかりづらいしな」


 クレイグの言うこともまた然り。王子が身につけていた指輪ともなれば、高く売れる可能性だってある。イニシャルを削ったのは足がつきにくくするためだろうが、もしローレンスのものだとわかっていたらそんなことはしなかっただろう。


 当然ながら、全員がローレンスの指輪を盗んだことを否定した。座談会の途中、休憩を挟んだときに席を離れた者もいたが、お互いの行動を監視していたわけもなく、誰かが怪しい動きをしていたといった証言も出てこなかった。

 場の空気が徐々に険悪になるのを感じて、ジゼルはそれ以上皆を厳しく追及することはどうしてもできなかった。見知らぬ人間ならまだしも、勝手知ったる旧友たちだ。ジゼルといえどもそこまでは非情になれない。

 それ以上聞くことがなくなって、この場はお開きということになった。


「みんな、今日はありがと。時間とらせちゃってゴメン」

「まあいいさ。これが今のお前の仕事だもんな」

 アーネストの言葉に救われる。

 それぞれが立ち上がり、帰り支度をする中でキムが聞いてきた。

「ジゼル、君は記念同窓会出るのか?」

「出るわよね? だって、一番の懸案事項がクリアになったんだから」

 リーラは意味深に笑みを浮かべるが、そういうわけにも行かない。

「いや、出ないよ。仕事が忙しいのはホントなんだ。ウチの署、万年人手不足でさ。他のみんなにもよろしく言っといて」

「んもう……」

 リーラは呆れ顔だ。だが本当のことなのでどうしようもない。


 アンジェリーナ、アーネスト、キムがまたの再会を誓って帰って行ったのに続き、最後にアベルが部屋を出た。

「ジゼル」

 アベルに手招きされて近づくと、彼は人目をはばかるようにして耳打ちしてきた。


「その死んだヤツって──本当に事故だったのか?」

「いや、まだ捜査中だけど……何か?」


 ジゼルのいぶかしむ顔を見たからか、アベルは明らかな作り笑いを浮かべて答えた。

「いや、単なる興味だよ」

 アベルは軽く手を上げ、足早に去っていく。その背中に、ジゼルは何か不穏なものを感じていた。


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