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探偵王子  作者: なつる
第3章  追憶と再会と
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 ギフテッド──それは神が彼に贈った天才的資質。

 ローレンス・ランドルフ=オリヴィエの才能を一言で表すのならば、これ以外にないだろう。


 国王の第四王子が三百万人に一人といわれる「完全なギフテッド」──生まれついての超天才であるとわかるや否や、王宮ではすぐさま学者たちによる特別チームが組まれ、ローレンス王子に対する特別な教育体制が敷かれることとなった。

 三人の兄が幼稚園から王立の学校に通っていたのに対し、ローレンスは外部の学校には通わず、王宮内で特別なカリキュラムの教育を施された。スポンジが水を吸うように、ローレンスの頭脳はありとあらゆる知識を吸収し、同年代の子供はおろか、十四歳にして大学生をも遥かに凌ぐ知能を有するまでになっていたという。


 王子にして天才。さらには類まれなる美貌とたくましい体躯。ありとあらゆる名誉を体現した神のような人物となったローレンスだったが──成長するにつれて、特殊であるが故の問題が次第に表面化してきた。


 ローレンスには、感情というものがなかった。


 人が悲しんでいても、喜んでいても、彼にはそれが理解できない、理解しようとしない。そして彼自身もそれらの感情を表現する方法を知らない。

 もちろん学者や医師による特別チームがローレンスの精神的療育に当たったが、王子という特別な環境が災いしてか、思ったような成果は上げられなかった。


 国王レスターは末子ローレンスの行く末を案じていた。

 頭はいいが、人間としてこのままではダメになる。人の喜びを、人の痛みをわかる人間になってほしい。

 そして何よりも、ローレンス自身に幸せな人生を送ってほしい。国王は父親として決断した。


 ローレンスを大学へ飛び級で入学させようとしていた周囲の反対を押し切り、レスターは十五歳になった彼を王宮の外へ、外部の学校へ通わせることにしたのだ。しかも王立学校ではなく、公立の高校へ。

 良家の子女ばかりで固まる王立ではなく、人種も生活レベルも多岐に渡る公立校で同年代の様々な友人たちと触れ合うことで、ローレンスの情緒面での成長を促そうという言わば荒療治だった。




 ジゼルはもちろん、国王の思惑など知る由もなかった。

 病気の父を抱え、アルバイトで生活費の全てを稼いでいたジゼルは、義務教育だから仕方なく近くの高校へテキトーに通いながら働こうと考えていたが、中学の教師にブライス校の受験を強く勧められた。地元の中学では抜群の成績を誇っていたジゼルだったから、教師としてはブライス校合格者を出すことで少しでもハクがつけばと軽く考えていたのかもしれない。


 ジゼルだって、勉強が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。勉強に没頭している間だけは生活の苦しさを忘れられる。同じ公立校に通うなら、少しでもレベルが高いところがいい。ジゼルもそんな軽い気持ちで受験したところが、なんと合格してしまった。


 かくしてブライス校の生徒となったジゼルだったが、高い学力の生徒ばかりが集まったこの学校で、自分が底辺階級であることを強く実感せざるを得なかった。それでへこたれるような性格ではなかったから良かったが、友達ができないことで少し寂しい思いも抱いていた。


 そんな時に窃盗の濡れ衣を着せられそうになり、それが元でローレンスと友達になった。

 ローレンスのことはもちろん知っていたが、彼は王子であり、自分とはまるで立場が逆で、自分のことなど眼中にはないと思っていた。彼の周りにはいつも取り巻きのような男子女子がいて、ハイソサエティなグループを形成しているように見えたから尚更だった。

 だが実際彼と話してみると──彼には感情がなく、人との距離を測るのが非常にニガテな言わば「変人」であり、そのせいで実は彼には友達がいないことも良くわかった。

 なんてことはない。正反対だと思っていたら、実は一人ぼっち同士、似た者同士だったのだ。


 ジゼルは宣言どおり、ローレンスには一切敬語を使わず、むしろ十年来の友人のように遠慮のない態度で接した。

 感情を見せない彼にイラ立つことがあれば隠さずそれをぶつけ、人との接し方を彼に叩き込んだ。あまりに本音を隠すことをしない彼にお世辞、愛想笑い、本音と建前の使い分けなど生きていく上で必要な処世術をも教えた。

 ローレンスに教える以上に、彼から学ぶことも多かった。何より彼は博識で、王子としても海外を色々と見てきている。ジゼルが見たことのない世界を彼の言葉を通して知ることが何よりも楽しかった。


 王子と貧乏人が敬語も使わず対等に口を利き、時には貧乏人が王子にケンカを吹っかけている姿は、同級生たちには衝撃的に映ったようだ。

 怒鳴り散らすジゼルとどこまでも冷静なローレンスの姿はある種コメディのようで、彼を王子としてしか見ていなかった同級生たちも、次第に見方を変えてきた。


 徐々にではあるが、ジゼルとローレンスの周りに人が集まるようになってきた。

 クレイグが、リーラが、キムが、ジャスミンが──人の輪は少しずつ大きくなり、友人と呼べるような仲間ができつつあった。

 ローレンスが一人の男子生徒として学校にようやく馴染んできた頃、また事件は起きた。





「目障りなんだよ」


 ジゼルは耳を疑った。自分に向けられた言葉なのかと教室を見回したが、どうも違うらしい。声の主・ビルは明らかに、ジゼルの目の前に立つローレンスに向けて言っていたのだ。

 ビルは机の上に腰を下ろし、ニヤニヤとローレンスを見つめていた。数人の男子が同調するようにビルを取り巻いている。


「おとなしく王立学校に行ってりゃいいのに、こんな庶民ばっかの公立校でデカイ顔しやがって。王子様はどこいってもちやほやされていいよなあ」


 ビルは取り巻きたちと顔を見合わせ、笑った。

 ローレンスはただビルを見つめていた。

 どこの世界にも反権威主義者というものはいる。こういった手合いの因縁をつけられることはままあることだ。この手の挑発に簡単に乗らないよう、ジゼルはローレンスに教えていた。彼が激昂するような人間だとは思わないが、売り言葉に買い言葉ということもある。

 だが彼が黙っているのをいいことに、ビルは調子に乗って続けてきた。


「王室ってオレたち庶民の税金使って生活してるんだろ? じゃあお前の食べる物も着てる服も、将来オレたちが納める税金で賄われるってワケだ。今のうちにオレたちに頭下げといたほうがいいんじゃねえの?」


 さすがに周囲の生徒たちがざわめき出した。いくら学校の中では対等といえども、これでは丸きり王室批判だ。

 ちなみにビルの言は間違っているのだが、それに反論しないあたり、ローレンスはジゼルの言いつけを着実に守っているということなのだろう。


「行こうぜ」

 一緒にいたクレイグがローレンスを促してその場を離れようとした。ローレンスが見せた背に、ビルはイラ立ち混じりの捨て台詞を吐く。

「腰抜けの人形が。気持ち悪ぃんだよ」

 静かに振り返ったローレンスの無機質な目が、ジゼルにはひどく物悲しく見えた。


 次の瞬間には──ジゼルはビルをぶん殴っていた。


「ぎゃあああああっ」

 派手な音を立ててビルは机から転げ落ちた。思わぬ方向から殴られたのでほぼ不意打ちだったのだろう。床に転がった彼は殴られた頬を押さえながら、立ち塞がるジゼルを見上げていた。


「ジ、ジゼル……てめえ……」

 だがジゼルはビルを無視し、ローレンスを振り返った。その顔は怒りに満ちていながら、泣きそうでもあった。


「『挑発には乗るな』ってお前には言ったけどさ……やっぱ人には売られたケンカ絶対に買わなきゃならないって時もあると思う。悲しいって、悔しいって想いを素直に吐き出すことも大事なんだ。あたしは……こんな形でしか表せられないけどな」


 ローレンスは黙っていたが、こちらをじっと見つめる彼の表情の中に、微かな感情の揺らぎが確かにあったのをジゼルは感じていた。


 校内で暴力を振るったジゼルは停学も覚悟したが、ビルの王室批判とも取れる挑発行為も問題となり、課題の提出というごくごく軽い処分に終わった。

 処分を言い渡され、会議室を出ると、ドアのすぐ横でローレンスが待ち構えていた。


「……なんだよ。笑いに来たのか」

「ここが笑うところだというのなら笑うが」

「笑うところじゃねーよっ!」


 万事がこの調子だ。ジゼルの身を挺した情操教育は少しは役に立ったのだろうか。


「……ありがとう。僕の代わりに怒ってくれたんだな」

 ローレンスの突然の礼に、ジゼルは驚きつつも顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「べ、別に礼を言われるようなことじゃねーし」

「また一つ勉強になった。だが暴力を振るうのは僕の性に合わない」

「へーへー、お前はそういうヤツだよな」

「今度同じような機会があったら……僕は拳以外の方法で返すことにしよう」


 そう言って、ローレンスは唇の端を上げた。ぎこちない笑みだが、そうやって感情を表せるようになったことにジゼルは少しだけ安心した。


 その機会は意外とすぐに訪れた。ジゼルと同じく課題提出の処分を受けたビルは、腹の虫が納まらなかったのか、またローレンスにケンカを吹っかけてきたのだ。どうやらビルは反権威というわけではなく、単に好意を寄せる女子がローレンスに夢中なのが気に食わなかっただけらしい。


「自分の手を汚さずに、女に殴らせるなんて、王子様ってのは卑怯者でもいいんだな」

 殴られた頬の青アザも治らないうちに突っかかってきたビルに、ジゼルはまた拳を強く握り締めた。

「ビル、お前なぁ」

 いきり立つジゼルを、ローレンスは後ろ手に制する。彼はジゼルに軽くうなずいて見せた。自分に任せろという意味だ。


「文句があるなら自分でかかってこいよ。お前に殴られたらすぐにマスコミに駆け込んで訴えてやる」

 薄ら笑いを浮かべるビルに、ローレンスはいきなり歩み寄った。長身の彼に詰め寄られるだけでもかなりの威圧感がある。ビルもさっと身構えた。


 だがローレンスは拳を握ることはなく、ビルに顔を近づけると──その耳元で何事かをささやいた。

「……何やってんだ?」

 不思議に思っていると、ローレンスがこちらに戻ってきた。

 それと同時に──顔面蒼白となったビルが突如ひざを折った。

「お、おい……」

 床に崩れ落ちたビルはガックリとうなだれていた。その顔は魂が抜け落ちたようで、目の焦点が合っていない。小さな声で何かをつぶやいているので、耳を近づけてみると。


「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ジゼルは驚いてローレンスを振り返った。彼は我関せずとばかりに涼しい顔をしている。

「……お前、何言ったの?」

「秘密だ」

 彼は無表情を装っていたが、軽く鼻で笑ったのをジゼルは見逃さなかった。


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