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探偵王子  作者: なつる
第2章  不器用な二人
10/31

 その頃、ジゼルはジャックとユージンと共に、先刻起きた窃盗事件の現場へ向かっていた。ユージンの運転する車の助手席に座って外の景色をボーっと眺めていたジゼルは、突然がなり出した無線機に度肝を抜かれた。


『ジゼル!』

 無線での呼出し手順もすっ飛ばして、いきなり名前を呼ばれたのでジゼルは驚いた。しかも声の主はベアトリクスだ。

「ビー、どしたの?」

 無線機をつかみ答えると、ベアトリクスは無線越しでもわかるほど荒い息だった。


『ジゼル、あの、あのね、まず、落ち着いて、聞いてね……』

「まずあんたが落ち着きなよ」

『王子が……』

「は? 誰?」

『王子が……ローレンス王子が、あんたに会いたいって分署に来てるのよ!』

「はあ?」


 ジゼルが間の抜けた声を上げるその横で、ジャックは飲んでいた水を噴出し、ユージンは急ブレーキを踏んで後続車にけたたましくクラクションを鳴らされていた。


『と、とにかく、大急ぎで分署に戻ってきて!』

 訳がわからない。何故あのローレンスが分署に?

 だがジゼルに悩んでいるヒマなどなかった。

「戻るぞ!」

「はい!」

 ジャックは大慌てで回転灯のスイッチを入れ、ユージンはタイヤを鳴らしてUターンすると、甲高いサイレン音と共に制限速度を無視して猛スピードで車を走らせた。


「ちょちょちょっと! 事件はどうすんの!」

「そんなもん後回しだ!」

「後回しってさあ……」




 分署に帰ると、署員全員がジゼルを迎えるように注目してきた。

「ジゼル、こっちこっち」

 ベアトリクスが奥から呼んでいる。ジゼルは何が何だかわからないまま駆け寄った。


「ローレンス……王子が来たって?」

「そうなのよ、もう分署中大騒ぎよ。こっちに来て」

 引っ張られて行くと、そこは分署の地下だった。

「え、応接室じゃないの?」

「それが……分署中をウロウロした挙句、ここがいいって……」

 ベアトリクスは困惑顔だ。王子がジゼルを待つのに選んだ場所──そこは。


「……取調室かよ」


 窓のない、テーブルと椅子だけの無機質な部屋。ジゼルたちが犯人を尋問するために使用するあの部屋だ。

 取調室の外には署長以下、お偉方の歴々が中の様子を伺うようにたむろしている。本人が一人にしてくれと言ったそうだ。さらには取調室の横にあるモニター室にも人があふれ、王子の姿を映すモニターを皆凝視していた。

 ジゼルがドアの小窓からそっと覗くと、王子は粗末なパイプ椅子に腰掛け、蛍光灯の明かりの下で本を読んでいた。脱いだコートを椅子の背にかけ、三つ揃いのスーツにノーネクタイという服装だ。テーブルの上に置かれたコーヒーがせめてものもてなしの証か。でなかったら完全に尋問を待つ容疑者だ。


「で、用件はなんだって?」

 小声でベアトリクスにたずねる。

「それが言わないのよ。とにかくジゼルを呼べって、ただそれだけ。ねえ、あれ本当にローレンス王子なの? なんか全然イメージ違うんだけど」


 国民の前に立つときは常に穏やかな笑顔で、高貴さと親しみやすさを兼ね備えた表情を見せている王子だ。そんな姿しか見たことがなければ、確かに今の彼は別人と感じるかもしれない。

 だがジゼルは知っている──この無愛想なローレンス王子こそ、彼本来の姿なのだと。


「ジゼル、殿下をお待たせするな」

 署長がジゼルを急かした。王族という最重要人物を前にして、気が気でないのだろう。ジゼルはベアトリクスの肩をぽんと叩くと、意を決し、取調室のドアノブに手をかけた。


 ドアノブの回る音で気付いたのか、王子がこちらを向いた。本を閉じてテーブルの上におき、彼は座ったまま姿勢を正す。ジゼルは椅子には腰掛けず、彼の真正面に立った。

 八年ぶりに再会した先日は仲間がいたが、今は一対一。この間よりずっと緊張する。彼の真っ直ぐな、こちらの心の奥底まで見抜くような鋭い視線は昔と何一つ変わらない。


「──遅くなり申し訳ありません、殿下」


 静かに敬礼を捧げ、ジゼルは言った。今この瞬間を、外にいる連中もモニター室にいる連中も固唾を呑んで見守っていることだろう。

 王子は眉一つ動かさず、ただジゼルを見つめていた。何か言い出すのを待っていたのだが、口も開かない。


「あの、今日は一体どういったご用件で……」

 たまらずそう言うと、彼はようやく薄い唇を開いた。

「──非常に不愉快だ」

「は?」


 どうやら彼は不機嫌らしい。だが最初から無愛想なので、感情の微妙な違いがイマイチわかりづらい。しかし待たせたとはいえ第一声が不愉快とは、こちらのほうが不愉快だ。


「あの……何か失礼なことでもありましたか?」

 顔を引きつらせながら聞くと、彼は腕組みしながら答えた。

「君の、その言葉遣いだ」


 引きつった頬が、さらにピクピクと震える。だが王子は構わずにとどめを刺してきた。


「君がその慇懃無礼な言葉遣いを正さない限り、僕は君の質問には答えない」


 ジゼルのただでさえキレやすい怒りメーターが一気に振り切った。


「人が下手に出てりゃつけあがって、何が慇懃無礼だ。お前が勝手にやってきて居座ってるんだろうが! 何だよその上から目線は!」


 ジゼルは王子の襟首を片手でつかみ、持ち上げた。それでも王子は涼しい顔でこちらを見つめている。外の連中は今頃泡食ってるだろう。


「高校時代のお前がとんでもないクソ野郎だったとしても、一応は王子様だからこっちだって気ぃ遣って敬語使ってやったのによ。あーバカバカしい!」

 ジゼルが手を離すのと同時に、青ざめた顔の署長がドアを開けて飛び込んできた。


「ももも申し訳ございません殿下! ジゼルが大変ご無礼なことを……」

 ジゼルの頭をつかんでムリヤリ下げさせようとしたが、もちろんジゼルは謝るつもりなど微塵もない。署長と二人でジタバタやっていると、突然──王子が高笑いを始めた。どこか芝居がかったような笑い方でひとしきり笑うと、またいつもの無表情な顔に戻って彼は言った。


「──それでこそ本来の君だ。安心した。話を始めよう」


 署長がポカンとしている。この反応は全く予想できなかったらしい。

「二人にしてもらえますか」

 王子に言われて、署長は救いを求めるようにこちらを見つめてきたが、ジゼルは投げやりにうなずく事しかできなかった。幽霊でも見たような顔で取調室を出て行く署長が少し可哀想になったが、ここは出て行ってもらったほうが話がこじれなくてすむ。


 取調室にまた二人きりになって、ジゼルは一つため息をついた。

「座りたまえ」

「お前に言われなくても座るよ」

 王子──ローレンスの向かいに座ると、ジゼルはドッと疲れが噴き出した。


「ったく……人のことけしかけるような真似しやがって」

「君が最初に仕掛けてきたことで、僕はそれに付き合っただけだが」

 そう言われても、何しろあんな別れ方をした卒業式以来八年も会っていなかったのだし、元同級生とはいえ今は立場が全然違う。こちらにも都合というものがあるのだ。


「で、今日は何の用?」

 ジゼルは机に片肘をつき、そっぽを向きながら聞いた。

「君が僕のところに来ないから、自分から出向いてきた」


 一瞬ドキリとするような台詞を真顔で吐く。ジゼルは内心の動揺を隠すようにことさら大きな声でとぼけた。


「はあ?」

「何故僕を捜査対象から外した」

 ローレンスはどうやらあの事件のことを言っているらしい。眼鏡の奥の鳶色の瞳に、微かな非難の色が見て取れた。

「あん? そりゃお前は……」

「僕が王位継承権第四位の王子だからか?」


 そのものズバリだ。もちろんジゼルだって、いやジャックやユージンだって権力に屈するような真似はしたくなかった。だが秘書のハリーに釘を刺され、署長にもこっぴどく叱られ、そして確証もなかったので仕方なくそれ以上の捜査をあきらめたのだ。だがそんなことをこの男に言ったところでわかってはもらえまい。


「いや、その……ってかお前には完璧なアリバイがあるだろうよ。タイにいたんだろ? お前が超能力者でもない限り被害者を殺すなんてことは無理だろ」

「僕が直接手を下したとは限らない。別の人間を使って殺人を教唆した可能性だってある」

 とんでもないことを言い出したので、ジゼルは慌てて立ち上がった。


「ちょっ、ちょっと待てよ! お前が自分で犯人じゃないっていったんだろ! なんで今更自分が犯人みたいな言い方するんだよ」

「もちろん僕は殺人を犯してはいないし、教唆もしていない。そういう考え方もできるということを言ったまでだ」

「そりゃ屁理屈だろう!」

「道理が通らないのは君たちのほうだ」

 ローレンスはぴしゃりと言った。


「僕が王子だというだけで捜査対象から外すなど、あってはならないことだ。それが本当なら僕は罪を犯し放題だ」

「いや……そもそも、この事件は事故なのか自殺なのか殺人なのかもはっきりわかってないんだ。だから犯人なんてものが本当にいるのかどうかもわからないんだよ。そりゃあの指輪が唯一の手がかりで、その持ち主がお前ってんだから参考人は参考人だけどさ、それはお前がこの事件に関与してるっていう確証にはならないわけで」

「確証が得られないからこそ、徹底的に調べるべきだ」


 この男は昔からそうだ。いろんな事情や理由やいきさつを全く考えず、ただ真っ直ぐに正論を突きつけてくる。誰かが傷ついても苦しんでも、残酷なまでに自分の思った正しい道を突き進もうとするのだ。

 だが誰もがローレンスのように強いわけではない。様々なしがらみも制約もある中で生きているのだ。不甲斐なさと悔しさを滲ませて、ジゼルは怒鳴った。


「……うっせーな! こっちは他にもたくさん事件抱えてて忙しいんだよ! もうこの事件は事故ってことで処理するんだから、余計な口出ししないでくれ!」

「──君は本当にそれでいいのか?」


 いいわけがない。

 ジゼルだって本当はもっと詳しく調べたい。あの物言わぬ死体の光を失った目を思い出すたびに、被害者の無念さを思って胸が締め付けられる。

 この事件だけではない、今まで事件が迷宮入りするたびにそんな思いを抱え続けて、そのストレスを犯人相手に拳で晴らしている始末だ。


「被害者は何故死ななければならなかったのか。それを調べることで、事故なら物理的な、自殺なら精神的な再発防止対策を取っていかなければならない。だがそれが事故でも自殺でもなく、殺人だったのなら──犯人を捕まえ、何故殺さなければならなかったのかを解き明かしていくのが君たち警察官の義務だろう。この国最大の法執行機関としての責務を果たさないで、国民がそれで納得するとでも思っているのか。正義を前にして、王室も庶民も皆平等でなければならないはずだ」


 この台詞を、外にいるお偉方もスピーカーできちんと聞いているだろうか。耳の痛い想いをしていればいいのだが。

 ジゼルは深いため息をつくと、椅子に座りなおした。


「──ったく、お前全然変わってねーのな。その理屈こねてこねてこねまくるところ、ホント相変わらずだよ」

 気が抜けたようにジゼルは笑った。

「君も相変わらず短絡的で、すぐに結論付けたがるところなど昔のままだ」

 憎まれ口を叩かれても、何処か心地いい。昔に戻ったようだ。


「──お前の意見を聞かせてくれ」

 ジゼルは負けを認めた。その上で、この件についてローレンスに意見を聞いたほうがいいと思ったからだ。ローレンスは力強くうなずいた。


「指輪がなくなった状況から被害者へと繋がる線を徹底的に調べるべきだな。まずは最後に指輪を見たカメラマンに会おう。それから座談会に集まった全員にもじっくり話を聞いてみたい」

「わかった……って、何でお前が仕切ろうとしてんだよ」

「君に任せていたら、本当に調べるのかどうか怪しいからな」

「警察官を疑うなよ。大体お前は捜査権ないだろうが」

「では、オブザーバーという形で捜査に参加させてもらうことにする」

「いやいやいや、そうじゃなくて……ってか今日はお前の秘書はどうしたんだよ。お前まさか一人でここまで来たのか?」

 あの厳格そうな秘書が、ローレンスが一人で警察署に行くことを容認したとは思えない。


「そうだが。何か問題でも?」

 ローレンスはしれっと言った。

「問題大有りだろ。もしものことがあったらどうするつもりだよ」

「僕は常々護衛など必要ないと思っている。もしものことがあった時には自分で対処するし、公務以外の私的な時間まで行動を制限されたくはない」

「……ワガママなヤツ」

 まったく、この男は理屈攻めなクセに勝手気ままだ。そういうところも変わらない。


「では僕が手配しておく。明日は空いてるな」

 ローレンスは立ち上がった。

「空いてないっつっても、どうせお前のことだから空けさせるんだろ」

「当然だ。では明日の十四時に迎えに来る」

 ぐうの音も出ないほどの強引さ。今日一日で、署内でのローレンス王子に対する評価は百八十度変わったことだろう。


 連絡用に携帯電話の番号を交換して、ローレンスはドアへと向かった。開けると、ドアに張り付いていた野次馬たちが一斉に割れて道を作った。

「宮殿までお送りいたします」

 署長の言葉にローレンスはうなずいた。いつもえらそうに威張っている署長がまるで臣下だ。王家の威厳の凄さというものを改めて感じてしまう。


 ローレンスはジゼルを振り返った。

「君とまた議論を交わせて楽しかった」

 差し出された手を、ジゼルはしっかりと握り返した。

「何が議論だ。自分の意見ゴリ押ししただけだろ」

「君の反論を聞くだけでも価値があるというものだ。では」

 そう言ってローレンスは署長と共に去っていった。全員が敬礼でそれを見送る。

 二人の背中が見えなくなって、やれやれとジゼルが一息ついたその時。


「……ジゼル」

 ジャックが後ろから肩をガシッと組んできた。含み笑いを浮かべているのが不気味だ。


「な、何?」

「お前──まさか王子の元カノじゃねーよな」


 ジャックが変なことを言うので、ジゼルは顔を真っ赤にして反論した。

「ババババカなこと言うなよ、誰があんな変人」

「それにしてはずい分と仲よさそうだったじゃないか」

 あの口論に近い議論が仲よさそうに見えたとは、ジャックの目は相当曇っているらしい。

「何が『名前知ってる程度』だよ。宮殿でのやり取りはなんだったんだ?」

「あれは……軽いジャブの応酬ってとこかな」

 ローレンスとの関係を知られたくなくて猫をかぶったら、彼もそれに対抗してきたのだ。彼はそれがどうも気に入らなかったらしい。


「元カノじゃないんなら何なんだよ」

「ケンカ友達、かな」

「ケンカって、お前王子殴ったのか?」

「殴りたいと思ったことは星の数ほどあるよ。理屈ばっかこねやがって、ああ言えばこう言うでもうムカついてばっかり!」

「頭はめちゃくちゃいいらしいな。大体、王子って何しに学校来てたんだよ」

 ジゼルは一つ息をついた。


「人間になるために──ローレンスは学校に、感情を学びに来てたんだ」


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