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タイトルは、某ゲームのキャラクターとは一切関係ありません。
マジ被りしたんですorz
「──あたしじゃない!」
教室にジゼルの怒鳴り声が響いた。
切れ長の黒い目をつり上げ、周囲を睨みつけるように見回す。今や教室中の全ての人間が、ジゼルに注目していた。
「あたしはダリルの財布なんか盗んでない!」
潔白を主張するが、皆の視線が見下すように自分の身なりを値踏みしているのが良くわかる。
一見して安物とわかるジャンパー、ボロボロのスニーカーにあちこちすり切れて穴のあきそうなリュック。長い黒髪は無造作にまとめられただけで、高校生ともなればおしゃれの一つや二つ気をつかうものなのに、アクセサリーも化粧っ気も全くない。
「あなたじゃなかったら、誰がやったっていうのよ。ダリルがバッグから離れたのは、五時間目と六時間目の間の、あの休み時間しかなかったのよ。その時に盗んだに違いないわ」
言い返したのはダリル──ではなく、隣に立っていた彼女の親友ジェマだった。当のダリルはさめざめと泣くばかりで話にならない。
七時間目の授業が始まろうとしたその時になって、ダリルは初めてバッグの中の財布がなくなっていることに気がついたらしい。そしてジェマが財布が盗まれたと大騒ぎしてジゼルを疑い始めたものだから、授業どころではなくなってしまった。教師も彼女らの剣幕に気圧されて、ギャラリーの輪の中に混じって事の成り行きをただじっと見つめている。
「あの休み時間、あなたどこにいたの?」
大柄なジェマは腕を組んで威圧感たっぷりにジゼルを見下ろしてきた。ジェマもダリルも、女子高生に人気のブランドで身を包み、垢抜けないジゼルとは対照的だ。
「そんなこと……あんたに言う必要ないだろ」
言葉を濁したジゼルの態度に、ジェマは勢いづく。
「言えないんだ。やっぱり怪しいじゃない」
「大体、なんであたしが疑われなきゃならないんだ!」
「この学校でそんなことするの、あなたくらいしかいないでしょ」
ジェマの侮蔑を含んだ笑みが、ジゼルのプライドを踏みにじった。
マドリガル王国の中でも最高峰の学力を誇るこのブライス校。公立校ではあるが、集まる生徒もそれなりの学習環境を持った中産階級以上の子女が多い。
そんな中で底辺のスラム出身、いわゆる「貧乏人」のジゼルは、この国では珍しい日本人の血が混ざった黒目黒髪のオリエンタルな容姿もあいまって、明らかに異質な存在だった。
だが貧しくともジゼルは自分に自信と誇りを持って生きている。何のいわれもなく盗みの疑いをかけられて黙っていられるほど、バカでもお人好しでもないのだ。
「──そんなに疑うんなら、全部調べろよ」
そう言って、ジゼルは自分のリュックをダリルの前に投げ捨てた。
さらにジゼルはジャンパーを脱ぎ出した。薄い長袖Tシャツ姿となり、両手を挙げる。
「ボディチェックでも何でもしろよ。あたしは盗んでない」
その迫力はもはや鬼気迫っていた。誰もが、ダリルやジェマでさえその気迫に動けないでいる。誰も調べようとしないので、ジセルはイラ立ちをさらに募らせ、Tシャツの裾に手をかけた。完全に頭に血が上って、ここが教室で、男子生徒もいるということを忘れてしまっている。彼らの好奇の視線にも気付かず、ジゼルは裾をたくし上げた。
バサッ──肩に重みを感じて、ジゼルは初めて自分の後ろに人が立っていたことに気付いた。肩にかかっていたのは、自分が脱ぎ捨てたジャンパーだ。振り返ると、背の高い男子生徒がそこに立っていた。
「……ローレンス……?」
顔を見上げ、あっけに取られる。ローレンスはこちらを見ようとはせず、ただ無表情で前を見つめていた。
「──今ここで、君がその財布を持っていなかったとしても、それは君が無実であることの証明にはならない。財布の中身だけ抜いて、財布は何処か別の場所に捨ててしまっている可能性だってあるのだからな」
抑揚のない低い声。眼鏡をかけた理知的で端正な顔立ちにも全く感情が見られない。恐ろしく美麗に、精巧に出来た人形のような男だ。
「いつまでも埒の明かない論争を繰り返していても、貴重な授業の時間がただ無為に過ぎていくだけだ」
まだ何か言いたげなジゼルを手で制し、ローレンスはぐるりと周囲を見回した。周囲の生徒たちは息をのむ。ジゼルとはまた違う、妙な迫力がある視線だ。
「どうして言わない?」
ローレンスの視線を真正面から、しかも至近距離で受けてジゼルはたじろいだ。
「あの休み時間、君は数学のローチ先生の部屋に行ってたんだろう?」
彼の鳶色の瞳には、見るもの全てを畏怖させる力が確かにある。飲み込まれそうになる感覚を振り払おうと、ジゼルは一度目を逸らし、落ち着いてから渋々答えた。
「……そうだよ。一時間目の授業で居眠りしちゃって呼び出されて、追加の課題渡されたんだ」
恥ずかしくて隠していたことをあっさり暴いてしまったローレンスに腹が立ったが、素直に白状したほうがここまでこじれなかったかもしれない。彼と同じ数学を選択していた幸運に今は感謝しよう。
「ローチ先生の部屋といえば、この校舎の反対側の三階だな。休み時間は五分。彼女が教室を出て先生の部屋に行くまでおよそ二分だ。そして部屋に入り、課題を受け取る。厳格なローチ先生のことだ。受け取る際には小言の一つや二つもらっただろう」
ローレンスがこちらを振り返ったので、ジゼルはうなずいて見せた。確かにローチ先生から居眠りに対するお小言をたっぷりと頂戴した。ローレンスがそこまで見抜いていたことに、恥ずかしさよりも先に感心すら覚える。
「その間およそ一分といったところか。そして部屋を出て、この教室に二分かけて戻ってくる。ジャスト五分だ」
ローレンスはジェマとダリルを振り返った。二人とも彼の鋭い視線に射すくめられたように、身体をびくりとさせた。
「彼女が君たちがいたというこの教室に立ち寄って、バッグの中を漁って財布だけつかんでいったというには無理がある」
「で、でも……」
ジェマの反論を遮って、ローレンスはなおも持論を展開した。
「僕は全知全能の神でも、捜査権を持つ警察官でもない。現時点で揃えられる情報だけを頼りに僕が証明できるのはただ一つ、ジゼル・ワイアットが休み時間内にこの教室に行くことはできないというただそれだけのことだ。だがそれとて彼女が窃盗の犯人ではないと断言できる材料にはならないだろう」
ギャラリーは皆、水を打ったように静まり返って、彼の話にじっと耳を傾けている。
「しかしだ──それ以前に、個人の家庭環境を理由に窃盗の疑いをかけるという行為はきわめて非論理的であると言わざるを得ない。そもそも、君たちは彼女が財布を盗んだ場面を見たわけではないのだろう? 君たちの言う論理もまた、彼女が窃盗の犯人であると断言できる材料にはなりえないと思わないか?」
ローレンスはギャラリーを見渡した。糊のきいたドレスシャツにベストを着込んだその姿は教師よりも教師らしい。彼はジゼルに視線をとどめると、真っ直ぐに見つめた。
「よってジゼル・ワイアットは推定無罪である──僕の意見は以上だ。反論は?」
誰も言葉を発さなかった。いや、発せなかった。
反論の余地などどこにもない。たとえあったとしても、彼に議論を吹っかける命知らずなどこの教室にいるはずもない。
「反論がないようであれば──先生、授業を始めてください」
そう言うと、ローレンスは何事もなかったかのように自分の席に戻り、腰をかけた。右手にペンを持ち、左手で頬杖をつくその姿に、皆ただ見とれるばかりだ。
「じ、じゃあ私の財布は誰が……」
か細い声の主はいつの間にか泣きやんでいたダリルだった。ジェマは論破されて打ちひしがれているのか、わななく唇を噛み締めている。
「それは僕の知ったことではない」
彼はダリルを一瞥すると、冷酷なまでに言い放った。
「どうしても犯人探しをしたいのであれば、今すぐ教室を出て警察を呼ぶべきだ。本格的な捜査を展開すればすぐに犯人もわかることだろう」
「……わかったわ」
ダリルは意外にも、気丈にうなずいた。
気弱そうな彼女の思いがけない決断の早さにジゼルは驚いた。ジェマにとっても意外だったようだ。足早に教室を出て行くダリルの後を、あわてて追いかけていく。
教室に静寂が戻った。
我に返った教師がバツ悪そうに咳払いしたのを期に、皆ぞろぞろと席につき始めた。
ジゼルは安堵というよりも拍子抜けしたような気持ちで、近くの席に腰を下ろした。横目でチラリとローレンスを見たが、彼は真っ直ぐ正面を向いて黒板しか見ていないようだった。
2012年の電撃1次落ち作品です。
自分では大好きな作品ですが、改稿するなら根本からやろうと思っているので、こちらに載せました。
1次落ちの悪い見本としてw見てください。