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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今、強き人よ

作者: keisei1

 

 今強き人よ。あなたを呼ぶ声が聴こえますか?あなたの胸の奥から。あなたの胸に潜む光と影の……狭間から。

 漆黒の夜の街を走るタクシー。そのタクシーの古いラジオからアナウンサーの声が聴こえる。羽賀亮介はタクシーの後部座席に座り、音楽をイヤホンで聴いていた。

 彼はイヤホンを外すと女の声に耳を傾けた。女の声は儚げで切ない。そして冷たかった。彼女は伝える。

「今日那覇国際通りで白昼、組織暴力団、旭琉会と沖縄旭琉会の団員同士が銃の乱射戦を起こしました」

 亮介の鋭い瞳は輝きを増し、彼はラジオに聞き入った。そして彼は不快げに一度舌打ちをすると呟いた。

「また、あいつらか……ゴミめ」

 彼の蔑みの言葉を置き去りにラジオのアナウンスは続く。

「なお、この銃撃戦で一般市民が巻き添えに遭い、死傷者は計十五名を超えました。なお……」

 その言葉を最後にタクシーの運転手がラジオのチャンネルを変えた。

「すみませんね。お客さん。日本が誇る観光地、沖縄でこんな事件が起こるなんてお恥ずかしい。ご旅行ですか?」

 亮介は淡々と答える。

「違います。学生です。首里高の三年です。こんなに肌が黒く焼けてるのなら、本土の人間でないことくらいわかるでしょう」

「それもそうだ」

 タクシーの運転手は陽気に喋り続ける。

「でも、しかし沖縄の暴力団ってのは変わってましてね。ウチナンチューの暴力団みたいに階層がないからね」

 彼は黙って運転手の話を聴いていた。

「暴力団の抗争となると組織全員が武器を取る。だから総力戦に……」

 彼は運転手の長いお喋りを切った。

「すみません。やめてくれませんか。そんな退屈な話は」

「……」

 その言葉を聴いたタクシーの運転手は無言でラジオのチャンネルをもう一度変えた。すると安里屋ユンタがラジオから流れてきた。ユンタはこう歌っていた。

「さー染めてあげましょ。紺地の小袖。ハーユイユイ。掛けておくれよ。情けの襷。マターハーリヌ、チンダラ、サムシャマヨー(ああなんて美しいことよ)」

「『なんて美しいことよ』か。いい響きだ」

 彼は気持ちよさそうに瞳を閉じると自宅への帰り道を走るタクシーの中、しばらくの眠りについた。

 亮介が通う首里高は沖縄一の進学校だ。その中でも彼はかなりの優等生で同級生からは一目置かれている。彼には人を惹きつけてやまない魅力があった。

「沖縄の学生はケンカの一番強い奴が一番エライ」

 そんな風説をもちろん信じようともしないで、彼は普段通りの学生生活を送っていた。少なくとも表向きは。

 彼は政治にもほとんど関心がなかったが、最近のオスプレイ墜落事件に始まる騒ぎには少しだけ興味があった。

「オスプレイか。ただの輸送機を置くか、置かないかにどうしてこんなに大騒ぎするんだ?」

 そんな話をしていた放課後。彼の一番の友人、比嘉優樹は言った。

「沖縄の問題を風化させないためさ。基地問題ってのは、下手をすれば風化しちゃうからな。ウチナンチューに関心を持ってもらうための最高のパフォーマンスって奴だよ」

 優樹はお喋りで陽気な男だ。優樹はいつも冗談を言ってはクラスメートを笑わせている。

 だが亮介だけは彼のもう一つの顔を知っていた。それは学校一の情報通、事情通というモノだった。

 優樹は呆れた顔で机に肘をついてため息をついた。

「それに……昨日のヤクザ同士の撃ち合い。押収された武器のほとんどが米国製だったらしい」

「どういうことだ?」

 亮介は優樹に訊いた。彼は答える。

「いや、米兵が、沖縄の組織暴力団に使い古した武器を勝手気ままに横流ししちゃってるのさ。それが旭琉会と沖縄旭琉会を武装化した」

 ため息交じりに彼は零す。 

「米兵の小遣い稼ぎで暴力団が暴走。市民を巻き添えにしたんだよ」

 その瞬間、亮介の表情が変わり、優樹の腕を突然掴んだ。

「米兵から武器を買う手段……あるか?」

 優樹は驚いて首を傾げた。

「い、いや、あるにはあるがそれを知ってどうする?」

「いや、なんでもない。少し思いついただけだよ」

「案の定米兵から武器を買い取って、市民を巻き添えにした組織暴力団に報復でもしようってとこだろう。思い込みの激しい男が考えそうなことだ」

 二人の話に割って入ったのは十河英一だった。英一は野球特待生で早稲田に進学するのが決まっている。二人の友人の一人だ。

 亮介は淡々と応える。

「……よくわかったな。正解だ。どうしてわかった」

 英一は右手を大げさに上げて、真っ白な歯を見せた。

「お前の性格考えればな。」

「そうか」

 亮介はそう言って黙った。すると次の瞬間、亮介と優樹二人が話をしている机に英一は身を乗り出して言った。

「その話乗った。俺も組織暴力団とか名乗って、ただのチンピラ連中がドンパチやるのは許せないんでね。それに……市民を巻き込むならなおさらだ」

 優樹が慌てて彼を止める。

「おい、英一、本気かぁ!?俺たちは首里高の優等生。将来を期待されてるエリートなんだぞ。英一には早稲田が、亮介には阪大が待ってる。お前らそれを棒にふるつもりか?」

 すると亮介が即答する。

「もちろん」

 その言葉にはさすがの英一も言葉がとまった。彼は続ける。

「短い人生、何か意義のあることをしないといけない。ただ死ぬのを待つだけの人生なんてつまらないだろう」

「おい、お前正気か?」

「目、覚ませ亮介。俺は冗談言っただけだ」

 交互に止める優樹と英一。だが亮介は受け入れる様子がない

「俺は正気だし、冗談も言ってない。要は乗るか、乗らないかだ。どうする?二人とも」

 彼の冷えきった瞳を前にして、優樹と英一は黙り込んだ。だがやがて意を決したように英一が口を開く。

「わかった。乗るよ。面白い話だ。悪くないアイデアだ」

「はぁ!?」

 二人の本心を疑う優樹だが、乗るかどうかを決めていないのは彼だけになってしまった。英一と亮介は彼を見つめる。彼は顔をしかめて頭を掻きむしると言う。

「あー! わかった! 乗るよ! しようがない! 俺がいなきゃお前ら銃の一つだって買えやしないだろ!」

 亮介は口元に笑みを浮かべた。優樹はヤケになって言う。

「やるのは何人だ!? 一人か!? 二人か!? それとも百人か!? 千人か!?」

 優樹と英一の視線が亮介に集まる。亮介は淡々と涼しげに言った。

「そんなに多くはないさ。たったの三人だよ」

(三人……)

 リアリティのある数字に二人は息を飲んだ。「こいつ……本気らしい」。そんな二人を前に亮介は笑みを浮かべてこう付け加えた。

「我れが法なり、我れが王なり。だ」

 二人は静かに彼の瞳を見つめていた。

 それから一週間後、三人は早々と計画を実行に移そうとしていた。優樹が言う。 

「で、武器が取引される場所なんだが」

 彼は米兵とヤクザの武器売買について話を始めた。

「ちょっと二人に訊きたいが、武器取引って聞いてどんな場所をイメージする?」

 亮介と英一はしばらく黙り込んで口にした。

「港?倉庫?もしくは……空港」

「冗談言うなよ。今どき古いマフィア映画じゃあるまいし、そんな場所で取引する連中はいない」

「じゃあ、どこだ」

 英一が苛立ち、急かすように訊く。

「那覇国際大通りだよ。人が集まる場所ほど簡単に取引できるってわけだよ。その点、違法ドラッグにも通じる。まぁ……」

 そう言いかけて優樹は黙り込んだ。亮介がこう冷たく呟いたからだ。

「分かった行こう。那覇国際大通りだな」

 英一と優樹は息を飲むしかなかった。

 その日の夜、三人は那覇国際大通りに来ていた。

「浮島通りってのがあるだろ?神里原通りから国際通りに続く。……あそこにシーサーの置いてある電話ボックスがある」

 亮介たちは優樹の言葉を便りに電話ボックスの前に立っていた。そこへ二人の若い米兵が近づいてきた。一人はかなり酔っているようだ。亮介と英一は優樹のこの言葉を思い出していた。

「それで米兵が訊いてくる。「Do・you・have・an・idea・something・about・Ospray」ってな」

 すると米兵は優樹の言う通り、三人に近づくと訊いてきた。

「Do・you・have・an・idea・something・about・Ospray?」

 三人は息を飲み、同時に答える。

「Nothing.」

 その答えを聞いた米兵二人は顔を見合わせ、銃の入った布袋を差し出した。同時に亮介が三人でかき集めた金を米兵に渡す。

「OK」

 米兵は笑った。それで無事契約が成立したはずだった。だが次の瞬間、亮介の目の色が変わり、布袋から銃を取り出した。そして彼は米兵二人に向けて発砲したのだ。こう言葉を添えて。

「Fuck・you.」

 英一と優樹は叫ぶ。

「亮介!」

「何やってんだお前!」

 胸を撃たれて、のたうち回る米兵二人を置き去りに亮介はこう言うと走り出した。

「早く! ・・・走れ!」

 その言葉に引っ張られるように、三人は一度も後ろを振り返らずに浮島通りを、そして那覇国際通りを駆け抜けた。

 そして三越にまでたどり着くと英一と優樹は息を切らして壁に寄りかかった。亮介だけは逃げきったのを確認するだけで平然としていた。

 英一がオーバーな身振りで亮介に叫ぶ。

「なに考えてんだお前!これじゃ俺たちただの人殺しだぞ!」

 亮介は淡々と答える。

「これからやることも同じだよ」

 優樹も反論する。

「同じじゃねぇよ!一般人を巻き込んだヤクザをやるのと、ただ武器売ってるだけの米兵をやることのどこが一緒なんだ!?」

「一緒だよ。駐留米軍のせいで沖縄の治安と文化はメチャクチャだ。それに武器をヤクザに横流ししてるって言ったのはお前だろ。優樹。奴らはゴミだ」

 優樹は呆れて頭を抱える。

「やってられない」

 英一が重たい口を開く。

「俺は降りるぜ。バカバカしい。ヤクザと米兵相手にヒーロー気取って人殺しかよ。俺はそんなのついてけないね」

「なら勝手にしろ。俺は一人でもやる」

「……本気か?亮介」

 信じられないといった様子の英一を横目に亮介は優樹を見る。

「優樹、お前はどうする?」

「……」

 優樹は黙り込んだ。すると静寂を破るように亮介は彼の足元に発砲した。

「うわっ!!!」

「何するんだ! お前、優樹は仲間だぞ!」

 英一は叫んだが、亮介は淡々としている。

「降りるのなら仲間じゃない」

「……」

 永遠にも似た沈黙。ふとした間隙。英一が亮介の銃を持つ右腕を掴んだ。腕力では亮介は英一に敵わない。そこで銃を亮介が降ろせば全てがご破算になるところだった。だが亮介は構わずに英一の右腕目掛けて発砲した。

「あっーーー!!!」

 弾丸が英一の右腕を貫通する。座り込む英一。

「う! うがっ! うう!」

 もがき苦しむ英一を横目に冷たく凍った瞳で亮介は優樹にもう一度訊く。銃は優樹に向けられたままだ。優樹は激しい息遣いだ。

「どうする?優樹。お前は情報通。お前の情報がなければ、俺はバカなチンピラどもを見つけることも出来ない」

「……」

 しばらく黙り込んだあと、優樹は声をしぼりだした。

「わかった! やるよ! ……その代わりな! 俺は情報提供するだけだからな! 俺の手は汚さないぞ! 絶対!」

「好きにしろ」

 翌朝、亮介は字知花の東南植物楽園に来ていた。彼の頭に優樹の言葉が響く。

「新垣務。旭琉会の真ん中くらいの男だ。あいつは観葉植物好きで知られててね。週に一度必ず観光客よろしく、東南観葉植物楽園に行く。無防備なのはその時だ。ただ! 人目にはつくぞ」

 新垣は物言わず満足げにブーゲンビレアを眺めている。亮介は彼に近づくと話しかけた。

「キレイですね」

 新垣は突然見知らぬ男に話し掛けられたにも関わらず陽気に応じた。

「ああ、ここは本当にいい。いやな気持ちをすっかり忘れさせてくれる。君も……」

 その瞬間、亮介は彼の腹部に銃口をあて、発砲した。そして、一度も振り返らずにその場を走り去っていった。

 その週の水曜日。亮介は「守礼」という店に来ていた。彼は優樹の言葉を思い返していた。

「『守礼』って店知ってるだろ?石垣牛とアグーを扱ってる店だ。沖縄旭琉会のお偉いさん、新沼忠俊は、アグーと石垣牛には目がなくてな。水曜日には必ずそこへ行く」

 亮介は「守礼」の化粧室の奥に身をひそめ、優樹の言葉を今一度確かめる。

「あいつは潔癖症でな。何度も化粧室を利用するので有名なんだ」

 その言葉を頼りに亮介は新沼を待った。すると「彼」は鼻唄まじりで化粧室にやってきた。その瞬間、亮介はすぐに彼のこめかみに銃をあてて言った。

「I‘m・a・law(我れが法なり)」

 サイレンサー付きの銃で頭を撃たれた彼は静かにその場に倒れ込んだ。

 それから三日後、いよいよ亮介の報復劇も終わりを迎えようとしていた。彼の頭に優樹の声が響いている。

「旭琉会のNo1坂崎賢一は……『華』って唄があるだろ?あれを歌ってる喜納昌吉の大ファンでな」

 亮介は「もーあしびチャクラ」という店に来ていた。そこでは喜納昌吉の歌声が客の胸に染みわたっていた。亮介の耳に優樹の声が語り掛けてくる。

「坂崎は月に一回必ず彼のライヴを観に『チャクラ』へ行く」

 喜納晶吉のライヴが最高潮に達し、坂崎は観光客と一緒に騒いでいる。優樹がこう言っていたのを亮介は思い返していた。

「観光客連中と騒ぐのが奴の趣味なんだ。その時がチャンスだ」

 そして喜納が「華」を唄い始めた瞬間、坂崎は観光客に紛れて無防備になった。その隙をついて亮介は坂崎をたった一発の弾丸で倒した。こう言葉を添えて。

「掛けておくれよ。情けの襷」

 騒然となる「チャクラ」を後にして、足早に亮介は交番へと向かった。「自首」するためだ。

 彼は自分自身の「法」に従い、自分は裁かれるべきだと考えていたのだ。交番に入り、彼は銃を放り投げると一言こう言った。

「今、人を殺してきました。これで三人目。相手は全部ヤクザです」

 交番でゆったりお茶をすすっていた警官達はしばらくの間あっけに取られていた。そして亮介に話を聴き、事情を確認すると、静かに彼の手に手錠を掛けたのだった。

 涼しい風が吹く首里高の屋上、右腕に包帯を巻いた英一と、優樹は柵越しに空を眺めていた。優樹の携帯のワンセグからニュースが流れてくる。

「組織暴力団員連続射殺事件の犯人が昨夜未明、那覇市の交番に自首して逮捕されました。逮捕されたのは県立校三年の男子生徒で、彼は……」

 優樹は携帯を閉じると静かに英一の隣に腰を降ろした。二人が眺める空はどこまでも澄み切っていた。英一が右腕の包帯に手をあてて呟く。

「沖縄にも……夏の終わりは、あるんだな。……冷えてきた」

「……」

 優樹は黙り込んでいた。そしてもう一度携帯を開いた。画面には連行される亮介が映っていた。手錠をかけられた彼がこう口を開いたように優樹には思えた。

「マタハーリヌチンダラ……サムシャマヨー(ああ、なんて美しいことよ)」

 一際強い潮風が吹き抜け、英一と優樹を包み込んだ。そしてどこからか、二人に、こう誰かが呼びかけたような気がした。

 今強き人よ。あなたを呼ぶ声が聴こえますか?あなたの胸の奥から。あなたの胸に潜む光と影の狭間から。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 夏の終わりで、沖縄とヤーさんを題材にしたのは面白いです。 [気になる点] 法はrowじゃなくてlowです。 「だがやがて!」とか「だが!」っていう表現は、イマイチかもしれません。「!」で表…
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