決戦直前
やたらと綺麗な更衣室は木製のロッカーに、シャワーも完備されている。掃除は行き届いているが、それだけのレベルじゃない。何だか指紋一つ残さないという勢いで見事に磨かれている。少々、やりすぎといった感じだが、ここは鬼瓦の本家。それぐらいは当然なのかもしれない。
剣道着を身に纏う。久しぶりに袖を通すと以前と同じように、身が引き締まる思いがする。自然と精神が集中され、今ならどんな相手にも負ける気はしない。まぁ、それはただの勘違いという事は理解している。それでも、意気込みというだけなら、悪くは無いだろう。
「さて、防具を取りに行くか」
そう一人ごちると、健吾は防具が仕舞われている倉庫へと向かっていく。
防具と竹刀が格納されている倉庫で、自分の体に合ったものを探す。自分の防具を持ってくれば、こんな作業は必要なかった。だが、勝負が決まったのはつい先程。防具、竹刀を持って来るのは不可能だった。
「あら、先客がいたのね」
「ああ、友里か。そうだよな。友里も防具を持ってこられないよな」
友里は健吾を見ていていないような感じで、倉庫に入ってくると早速防具を探し始める。友里も健吾と同じく剣道着を身に付け、長い髪は後ろで束ねられている。いかにも剣道少女といった感じで、非常に健康的に見える。
「思ったより、臭くないわね。流石は鬼瓦家の防具よね?」
こっちを見る事無く、小手の中を覗きこみながら訊ねてくる。確かに、よく使い込まれている割に、あの汗臭さとかび臭さの合わさった悪臭はあまり感じない。
「そうだな。しっかりと手入れがされてるみたいだ」
自分も同じように小手の中を覗きこむ。確かにあまり臭わないが、わざわざ嗅ぐ必要は無かったと後悔した。
「さっきの口ぶりからすると、健吾はまだ防具を持ってるんだ?」
「ああ。アレって捨てるの結構手間なんだぜ」
「そう? 私は中学校に寄付してきたわ」
そんな裏技があったのか。だったら、そうしておけばよかった。家の倉庫で随分と場所を取っているのが無くなると、かなりありがたい。でも、竹刀と面だけは残しておこうかな。喧嘩の際に便利だし。
「友里はさ、どうして剣道をやってた事を隠してたんだよ」
もしかしなくても、今日一番驚いた事であった。まさか、友里が剣道をやっていたとは、夢にも思わなかった。友里の手は白魚のように白く細く綺麗で、剣道をしている人の手には全く見えなかった。
「健吾も私に直接は言ってないでしょ?」
まぁ、その通りだけど、友里は最初からオレが剣道をやってた事を知ってた訳だし、公平だとは思えない。
「まぁ、そうだけどさ、オレが剣道やってる事が分かった時に、実は私もって言ってくれても良かったじゃないか」
「本当なら、もう二度と剣道をするつもりは無かったもの。健吾と違ってね」
友里の言葉には一々棘がある。何だかオレが好き好んで竹刀を握っていたとでも思っているのだろうか。
「オレだって本当は、二度と剣道するつもりは無かったぜ」
「そうなのかしら? 不良のお礼参りの時に、嬉々として竹刀を振りましてたって、会長から聞いたわよ」
誠の奴、勝手な事いいやがって。確かにあの時は、ちょっとノリノリで竹刀を振り回した事は否定しない。だが、嬉々としていたつもりは無い。
「アレは、ノーカンって事にしてくれよ」
あまり思いだしたくはない出来事だった。
「そう。でも、私はもう目的を果たしたのだから、もう剣道をする必要はないのよ。貴方と違ってね」
「は? どういう意味だよ」
友里の物言いはいつも肝心な所をぼかすので、何を伝えたいのかさっぱり分からん。というより、本当に伝えたいと思っているのか疑問を抱いてしまう。
友里は先程から、防具の選別に余念が無く、一つ一つ丁寧に調べている。やはり、男性が付けた事があるかもしれないモノを身につけるのに、抵抗があるのだろう。
「簡単な事よ。私が剣道を始めた理由は、父から自分の身を守るためだったの。小学生で父親に勝つためには、武器を使わないと無理だって理解してたわ。だから、防具で身を纏い、武器を扱う一般的な武術として、剣道を選択したの。父親が恐かった私にとって、直接触れる事の無い剣道は実に理想的だったわ」
友里の話は一々重い。防具を探すのも忘れて、友里の話に集中してしまう。
「だけど、もう剣道は必要ないの。昨日話したと思うけど、父親と和解したから、強くなる必要なんてもう無いの。だから、剣道を辞めるために、剣道部の無い高校に入学したって訳」
剣道は手段であって、目的ではなかったという事か。そして、その目的は別の意味で果たされた今、友里に剣道をする理由は無いという事か。
「貴方はどうなのかしらね? 剣道を始めた目的は達成できたのかしら? 昨日言ったとおりただ、逃げ出しただけなのかしら」
自分が剣道を始めた理由と目的。姉と妹にからかわれない為に、強くなろうと思った。だけど、この前の宴会の時、散々からかわれた。
そもそも、強くなってどうにかなるものではなかったのかもしれない。じゃあ、どうして、ずっと剣道を続けてきたのだろうか。本当に、始めた理由だけで続けていたのだろうか。
健吾がそう悩んでいる間に、友里は防具と竹刀を選び終えていた。
「私はそろそろ失礼するわ。貴方が本当の答えに辿り着くのを期待しているわ」
友里は防具を持って倉庫を後にした。そして、倉庫には健吾だけが残された。
健吾も止まっていた手を動かし始めた。
今、考えるべき事は、理由や目的ではなく、どうやって友里に勝つかという事だけだ。その為にも、扱いやすい防具を選ばなくてはならない。
入念な防具選びをする為、健吾は先程までの悩みを放り捨てた。




