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輝け! 女体研究同好会  作者: 鮎太郎
第三章 お別れの女体研究同好会
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男装の理由

 酔っ払った時とは違う真剣な声が健吾の耳に届く。服を脱いだのも、妙なテンションだったのも、酔っ払っていたのも、全て演技かも知れない。実際のところはどうなのか、分からないのだが。


「ど、どうしてオレが? 顔は厳ついし、乱暴だし、いい加減だし、いい所なんて無いだろ」


 健吾は力なく笑う。正直、自分がどうして好きだと言われたのか、理解できない。特別な事をしたつもりもないし、どちらかというと、嫌われていると思っていた。同好会が潰れたのも、自分が直接の原因である。


「乱暴なのはあまり好きじゃないけど、いい加減なところがいいの。鬼瓦財閥の跡取りでも気にしないいい加減なところがね」


 健吾は特に気にしなかったが、他の人にとっては鬼瓦グループがバックにいるという事はかなり気になる事なのだろう。生まれが違うという劣等感、巨大な組織に対する畏怖、自分達とは違うという差異、自分より上の存在に対する嫉妬、自分もそうなりたいという羨望。


 他の人達の気持ちも分からない訳じゃない。でも、人格と取り巻く環境は別物だ。人格に気に入らない部分があれば、自分も他の人達と同じ事をしただろう。

 確かに、色々と陰険な仕打ちを受けてきたが、決定的に嫌いにはなれなかった。何だかんだ言って、約束は守る奴だったし、本当に例のデータを流したりはしなかった。卑劣な要求も無かったと思う。嫌な奴だったけど憎みきれなかった。


「私ね、見学者の二人が友里ちゃんに絡んだ時、本当にどうしたらいいか、分からなかったの。相手は強そうだったし、会員を危険な目に合わせる事は絶対に出来なかったのよ」


 誠が女ではなくても小柄で華奢な体つきから、あの不良共の相手が出来るとは思えなかった。もし、喧嘩になったら間違いなく負けていただろう。


「私ならどうなってもいいから、友里ちゃんは助けなきゃって思って、必死に叫んだの。そしたら、健吾が助けてくれた。君は私を嫌っていたから助けてくれると思わなかったから、嬉しかった。人相は悪いけど、根はいい人なんだってようやく気付けた」


「別に助けた訳じゃねーよ。オレもああいう手合いの馬鹿が嫌いだっただけだ。ただそれだけだぜ」


 誠を助けてやろうという意図が多少あったにせよ、連中が気に食わなかったから追い払ったまでである。別に誠や同好会の為にした訳じゃない。ただの私情である。


「それに翌日、連中が仕返しに来た時も助けてくれた。変な格好だったけど」


 まだ格好に突っ込むのか。この事に関しては、正直もう許して欲しい。


「怪我を負ってまで追い払ってくれた健吾にお礼をしたくて、自宅に招待したの。あの時、健吾を一人にしたでしょ? 実は私が女だってばれる事を期待したりしてたのよ」


 一人になった時、女性ものの下着を発見する可能性もあった。だが、あの誠の事だから、それぐらい平気で持ってそうな気がする。それで、誠が女だと思うのは、いくらなんでも無理がある。


「オレが人の物を勝手に漁る訳が無いだろ」


 ベッドの下を漁ったりしたのは、秘密にしておく。


「うん。分かってる。そういう所で真面目なのは嫌いじゃない」


 少し罪悪感はあったが、誠が思っているような事はしていないので、自分の中で折り合いを付ける。

 それにしても、こうして話を聞いていると、自分は知らないうちに誠の心を奪っていたようだ。誠の話しぶりからして、冗談で言っているようには見えない。裸になって自分が女である事を明かした時点で、相当の覚悟が必要なはずだ。


「私が本気だって、わかってくれた?」


 やはり、本気だった。友里と誠が二人きりで話していた、好きな相手というのは、オレの事だったのか。意外というより、予想がつくわけが無い。今回の宴会で友里が告白をするように仕向けていたと思うのは、考えすぎだろうか。


「健吾はどうなの?」


 先程まで男として見ていたとは思えないほど、女性の色気を感じてしまう。酒を飲んで上気しているせいもあるのだろう。だが、声はいつもと変わらないはずなのに、誘うような甘い囁き声に聞こえる。


 健吾はゴクリと生唾を飲む。実際、自分はどうなのだろうか。誠の事は嫌いじゃない。だが、好きでもない。というより、恋愛の対象として見たことは無い。同性だと思っていた相手を恋愛の対象として見るなんて、かなりアブノーマルだ。

 そこで、大事な事に気が付いた。女である誠がどうして男として、学校に通っているのだろうか。その点がどうにも気になる。

 自分の家、父親までがそれを許容していた。ただの男装好きでは済まされないだろう。訊いていいものか少し戸惑ったが、これをはっきりさせないと、いけないような気がした。


「なぁ、どうして、男として生活してるんだ? 答えにくいのなら無理にとは言わないけど、出来れば教えて欲しい」


 真剣な誠に対して、健吾も真剣に問う。決して興味半分に訊いているのではない。

 その想いは誠に届いたのか、間も無く誠の声が聞こえてきた。


「そうですね。この事も話しておかないと、いけないですね……」


 誠はそう言うと、健吾をギュッと抱いてくる。背中には誠の胸の膨らみと、鼓動を感じられた。ドキドキと早鐘を打つ心臓の音が聞こえるような気がした。


「健吾は鬼瓦家の事、どれぐらい知ってるの?」


「殆ど知らないな。あの鬼瓦グループの総帥の家が同じ町にある事も知らなかった」


 誠が軽く吐いた息が首筋に当たる。このため息のような吐息は、一体どういう意図のものだろうか。


「鬼瓦家は代々男性が跡を継ぎ、女性は嫁いできた。それに例外は無く、どんな手を使っ


ても、男性の跡継ぎを作ってきたの。天皇の跡継ぎ問題に近い感じね」

 今ではそうでもないが、昔から続く大きな家では今もそういう風習が残っている。鬼瓦財閥の本家なら、当然といえば当然である。


「私の父は母の事を本当に愛していた。私を産んですぐに死んだ母を想って、再婚をしなかった。養子も取ろうとはしなかった。母が産んでいない子供を、我が子として扱いたくなったらしいの」


 誠はここで一度言葉を切って、沈黙した。だが、これまでの話で大体の事情は飲み込めた。つまり誠は後継者問題の犠牲になったのだろう。


「でも、鬼瓦家にとって、男児がいないという事は家系を潰す事に他ならない。だから、父は私を息子として育ててきたの。この事実を知っているのは、ほんの一握りの人物だけ。鬼瓦財閥の一人息子が、実は娘だったというニュースが流れていないのが、その証拠」


 誠の父親の気持ちは分からないでもない。だが、娘にこれほどの重荷を背負わせてまで貫く愛に、どれだけの価値があるのだろうか。自分には鬼瓦家の歴史と重みと重要性がどんなものなのかは知らない。それでも、娘を犠牲にしてまで守らなくてはいけないものなのだろうか。


「でも、それって結局……」


「健吾の言いたい事は分かるわ。でも結局のところ、表向きが男性ならいいのよ。今の技術なら、単為生殖たんいせいしょくも可能らしいから、隠し通す事は不可能じゃないの」


 単為生殖。確か女性同士から子孫を作る方法だったはず。そんな方法を使ってまで、昔の風習にこだわるのかと思うと、馬鹿なんじゃないのかと思ってしまう。それでも、今まで男として生きてきたという事は、誠自身それを受け入れているという事なのだろう。


「だけど、私も女だから、可愛い服を着てみたいってずっと昔から思っていたの。だから、小さい頃から、可愛い服やそういう格好をしている本を集めてきたの。私が同好会を開こうと思ったのも、そういうものを堂々と愛でたかったから……」


 ただの遊びか何かだと思っていた同好会に、そんな重い理由があるとは知らなかった。あんな同好会の会長が女性だなんて誰も思いもしないだろう。

 ただの健全な男子高校生。普通ならそう思うだろう。そう思わせながら、自分の希望を叶えていたのだから、流石としかいいようが無い。

 ただ、結局オレのせいでその計画は頓挫してしまった訳なので、かなり申し訳ない。

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