会長のお礼
会室の前に辿り着くと、戦場か何かかと思うほど、廊下が荒れていた。金属製のチェーンが振り回された結果だった。これは本格的に工事しないと修復できないだろうと、学校関係者に心の中で謝った。
不良達も大柄の男もその辺りにはいないので、恐らく教師に連行されたのだろう。誠は大丈夫だろうかと会室内を覗く。
会室には一人で、誠が椅子に座って写真集を眺めている。教師に連行されなくて、ホッとしながら、会室に入っていく。
「おいーっす。随分と遅くなっちまったけど、表の有様はどうなってんだ?」
一応、知らない振りをしながら、会室に入る。だが、そんな健吾を待ち受けていたのは、誠の痛いほど冷たい視線だった。
「一体、今まで何処に行っていたのですか? もしかして、彼らの行動を予想して逃げ隠れていたのでは無いですか?」
棘のついた言葉が、健吾の胃壁をチクチクと攻撃する。痛む胃を押さえながら、誠の正面の席に座る。
だが、誠の口撃はそこで終わった。それ以上の追撃は訪れない。
「まぁ、いいです」
先程の言葉が効いたみたいだった。ちょっと得した気分でうきうきしていたが、よく考えれば、アレだけ頑張っていたのにあんな事を言われるのが、既に不幸であった。
少し肩を落としながら、席を見ると友里がいないことに気付く。
「友里はどうした? 学校を休んだのか?」
流石に不安になってくる。このまま不登校とかになったら、後味が悪すぎる。誠も知らないかもしれないが、一応訊ねてみた。
「それなら、今日の同好会は休みだと、昼休みの間に伝えておきました」
やはり、誠も今日のことを予想していたようだ。そのお陰で、友里に被害が及ばなかった事を考えると、よかったのだろう。
「ふーん。なら、一安心だな。それで、今日はこれから勧誘するのかい?」
「いえ、今日は止めておきましょう。色々と疲れました。それに……」
誠は身を乗り出すと、健吾の左手を強引に手に取る。その瞬間、激痛が走りつい顔を歪めてしまう。不意を突かれたので表情を隠すことができなかった。
「君の手当てをした方がいいでしょう」
予想外の言葉に、健吾はキョトンとして誠の方を眺める事しかできない。自分が相当間抜けな表情をしている事は、自覚しているもののそれを直す事はできない。
「だ、大丈夫だって。さっき階段で転んだだけだからさ」
健吾は左腕を隠そうとするが、誠はがっちりと腕を掴んでいる。引っ張ると激痛が走るので隠す事ができない。
「こんなに腫れているじゃないですか……。いいから言う事を聞いて下さい。これは先程のお礼でもあるのです」
お礼という言葉にドキリとする。まさか、唐突に現れた正義の味方の正体がばれてしまったのだろうかと緊張する。
「ああ、君は知らなかったのですね。先程、正義の味方を名乗る変質者が君を労わってやれと、伝言を残していったので、その伝言に従おうと思っただけです」
変質者という言葉に、少しイラッとしたが労わってくれるのなら、断る理由も無い。それに、制服に剣道の面をつけている人物など、どうみても変質者だ。
「そうか、何処の誰だが知らないが、奇特な奴もいたんだな」
上機嫌で喋る健吾を、誠は呆れたような表情で眺めていた。まさか、正体はばれていないよな。少々不安になりながらも、大丈夫だと自分に言い聞かせる。面のおかげで顔は見られていないはずだ。
「という訳なので、手当てを受けてくれますね?」
「本当はちゃんとした医師に見てもらいたいけど、応急手当として受けておくぜ」
病院には後日行くことにしよう。今日は保険証も持ってないし、誠の言葉に甘える事にする。欲を言えば、男なんかじゃなく美少女に手当てしてもらいたいものだが、それは贅沢だろう。
「決まりですね。それでは準備をして下さい」
誠はそう言うと、荷物を纏め始めた。だが、手当てなど保健室に行けば十分だというのに、どうして荷物を片付けて、帰る準備をしているのだろうか。
「何処に行くつもりだ? 保健室に行くだけなら荷物を持つ必要は無いだろ」
「一生徒である私が、保健室の備品を使えない事は知っていますね? 私はお礼として君
を自分の手で治療したいのです。ですから、家に招待しようと思います」
家に招待。つまり、誠の家を見る機会があるということだ。会室にこれだけの衣装と、写真集があるのだ。部屋はきっととんでもない事になっているに違いない。
「へぇ、何だか悪いな。けど、折角だからお邪魔するぜ」
「断られると思っていましたが、杞憂でしたね。君も準備をして下さい」
誠とはそんなに仲がいいわけじゃない。それでも、友人の家に行くというだけなので、気負う必要も無い。せいぜい誠の恥ずかしいコレクションでも見つけて、今度は逆に脅してやろう。そう思うと笑いが止まらない。
「それと、家までは少し時間がかかりますから、患部は心臓より高い位置に保って置いて下さい。内出血や、腫れを押さえる事ができます」
そういえば、中学の頃の部活で、そんな事を聞いた記憶があった。
「ああ。分かったぜ」
患部は肘から先なので、腕を上げる事に問題はない。左腕を少し上げた状態で保持する。できるだけ、動かさないように気を付けなくてはいけない。
健吾は右手で荷物を纏めると、誠と共に会室を出る。誠は会室に南京錠をかける。
「ちゃんと施錠してたんだな」
「盗難の恐れがありますから」
それもそうだと思いながら、誠が鍵をポケットに入れると所を眺める。鍵は誠が管理しているようだ。それをよく教師が許したものだ。
「それでは行きましょう」
先を行く誠の後を追う。




