表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おかえり

作者: euReka

 その不安定な粒子はぐるぐると円を描きながら、造形的に不可能な像を結び始めていた。

「例の土、ありますか?」

 僕は仮にその像の内部領域をP、像を覆う外延をQ、そして任意の観測点をRと呼ぶことにする。

「例の土とはなんだね」

「例の、神がアダムを作ったときの」

 骨董屋の老人は顔を上げ、手に持った虫眼鏡越しに僕を覗き込んだ。

「あんたは誰だ」

「僕は旅人です。遠路はるばるアダムの土を求め旅をしてきました」

 老人は虫眼鏡を番台に置くと、湯飲みを持ち上げ茶をすすった。

「あれは、随分昔に売り切れたよ」

 嘘だ。

「所詮、ただの土くれさ」

 像の内部領域Pが無限大であるのに対し像の外部領域Sが有限であるとき、像の外延Qは無限かそれとも有限かという問いを観測点Rはふと思った。

「ねえお爺さん」

 埃のかぶった骨董品の奥から、黒眼鏡を掛けた若い娘が現れた。

「この人、今晩泊めてあげたら?」

「そうだな。お前がそう言うのだったら」

 黒眼鏡の娘は白い手を差し出すと、まるで花瓶を品定めするような手つきで僕の顔を撫でた。

「フフ、困った顔してる。観測点Rさん」

「君、目が悪いのか?」

「ええ、でも答えを知ってるわ」

「答え?」

 僕は娘に手を引かれながら、今にも崩れそうな骨董品の山の中へ入っていった。

「アダムの土はきっと偽物よ」

「なぜ偽物だと?」

 娘は僕を暗がりの中のソファに座らせると、僕の耳にそっと唇を押しつけた。

「この店にはね、本物なんて一つもないの」

 時間Tは像の内部領域と外部領域において別々の、相対的に逆行しあう時間軸を持っているが、その関係はあくまでも相対的であり、各領域の時間軸が正進か逆進かを判別する手段は無く

「だけど問題の本質はね、二人がこの世界で出会えるかどうかなの。時間Tが有限であれば逆行しあう二つの時間はいつか出会える。でも時間が無限なら、二人は永遠に出会えない」

 僕は娘の黒眼鏡をゆっくり外すと、闇に浮かぶ娘の白い顔にナイフを当てた。

「ところで、アダムはどこにいる?」

「死があり、出会いと別れがあるのはね、この世界が無限ではないという証拠なの」

 でも人はみな一人で生まれ一人で死ぬ。

「あなたは孤独じゃない。ただ今のあなたには、孤独と欲望の区別が出来ないだけ」

 僕はナイフを握り締め、娘の頬を一直線に切り裂いた。

「おかえり」

 虚空を見つめながら、娘は僕の腕を掴む。

「あなたが、アダムよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ