Impropriety~場違い~
この話は編集、加筆で増えた話数です。
何のプレイか、第二校舎、RANKⅣの面々が居る中に月柏鈴葉と共に歩かされた空河天士は本題に入る前に体力の底が見え始めていた。
空河は大きなソファーに座りながら天井を仰いでいた。表情は既に「帰りたい」と訴えている。
そんな空河の向かいに座るのが転入生、星野宮ミナ。
首を傾げながら空河を見ていた。
その表情は困惑と、また会えたと言う喜びの二色だ。だが、その後者は彼女だけ。
他にこの教室に居る者は前者だ。
今この場に居るのは『生徒会』の面々。
壁に凭れているのが、奥出雲史慈。
パイプ椅子に座っているのが佐々梅国。
そして奥出雲と同じに壁に凭れているのが小国章吾だ。
3人共RANKⅣ。能力も一癖も二癖もある。
その3人は3人共、空河を見ていた。
理由は簡単。
何故、RANKⅡの男が此所に?
余りにも堂々としている為、誰も声を掛けずに唯々見ていた。
そんな中、星野宮が声を掛ける。
「………ねぇ、どうして天士が此所に?」
天井を仰いだまま答える。
「あぁー………どうしてだろうか? 俺にも展開が急過ぎて解らない」
と、曖昧な聞く者が聞けば濁しているかの様な答え。
その答えに、矢張り他の3人が反応する。
「解らない? 君、此所は関係者以外立ち入り禁止なんだぞ?」
奥出雲が眉を細め、強い口調で言う。
だが、空河は天井を仰いだまま、
「へぇ~………そうなんですかぁ~」
と、間の抜けた返事を返す。
「場違いだって解らないの?」
今度は佐々が問う。口調は奥出雲同様に強い。
だが、
「そうですねぇ~」
馬鹿にしている。
「………君はどうして此所に居る?」
再度奥出雲が尋ねる。
星野宮は空気が重くなって行くのが解った。明らかに、微々ながら怒りを感じる。
空河がこんな態度でなければ、こうはならないだろう。星野宮が目線で言おうとしたが、残念な事に天井を仰いだまま。
「どうして? ………それは俺が聞きたいっすよぉ~」
馬鹿にしている。完全に馬鹿にしている。
この態度に佐々が怒鳴ろうとした瞬間、先程まで黙っていた小国が叫ぶ。
「さっさと答えろよッ!! お前が何で此所に居るかをよ!! お前は自分で自分の行動も把握出来ない馬鹿なのか!?」
怒鳴ろうとした佐々は、小国が叫んだ事に驚いた。
彼は怒鳴らないタイプなのだろうか、否、違う。問題は口調だ。
怒鳴るにしても、多少なりとも自身の立場がある。それに、今の小国は感情に任せ怒鳴っている様に感じる。
奥出雲も驚いた表情で小国を見る。
その表情に気付かず、小国は叫ぶ。
「おいおい、何も反論出来ないのかよ? これだからRANKⅡは………」
これは既に侮辱だろう。
星野宮が小国を睨む。が、小国はそれにすら気付かない。
空河。それ以外が目に入っていない。
「………俺今、丁度飴持ってるんすよ。………要ります?」
空河がいきなりポケットから飴を取り出し、小国へ差し出す。
小国は眉を細め、空河を睨む。
「何の真似だ?」
「何の真似って、飴ですよ? 飴」
「だから! 何で今俺に飴を寄こすんだよ!?」
空河のいきなりの行動に更に苛立つ。
が、空河は冷静に、そして笑みを浮かべる。
「苛々には糖分ですよ? どうやら、小国君は糖分が足りてない様だから………ストレスですか? それだと、自己管理が出来てないですね。自分の体の事なんだから、自分で把握しないとダメですよ?」
馬鹿にしている。完全に馬鹿にしている。ここまできたら確信犯とかそんなの一周して唯々馬鹿にしている。
「ツッ!! 貴様ァァァァァァァ!!!!!!!」
小国は叫び、空河に近づこうとした瞬間、
ガラガラガラ―――。
ドアが開く。
「此所は防音している訳ではないんだ。丸聞こえだぞ? 小国」
眼鏡を上げながら、木須学が入って来る。
木須を見て、小国は伸ばそうとしていた手をゆっくりとしまう。
「………スイマセン。少し熱くなりすぎました」
そう言い、先程居た場所へと戻る。
熱くなりすぎた? 完全にあの目は殺す程の勢いだった。
星野宮は小国を見ながらそう思った。
些か琴線が張りすぎてない?天士の態度が悪かったのは確かだけど、あれは………。
星野宮は小国が馬鹿にされた以上に、何かを空河へ抱いているのを垣間見た。
それは殺意に似た何か。
木須が入って来て、少しは空気が軽くなったが、それでも小国が叫んだ事と空河の挑発が効いたのか、誰も口を開かない。
木須も木須で、机に書類を広げて何か作業をしていた。
星野宮は居心地の悪さを感じていた。
下を向き、空河を見て、また視線を外す。
話しかけたい。
そう思うのだが、この空気の中では無理だ。
星野宮は少しもどかしさを感じていた。
RANKⅣとⅡでは、校舎も違い会う事は中々に無理。
そんな中で何故かは解らないがこの場に空河が居る。
これはチャンスなのでは?そう思うのだが、星野宮は動けない。
理由としては、この前飛びついた事が原因だろう。
あれは余りの嬉しさに思わず飛びついてしまった。
だが、あれをまた人前でやる勇気は無い。
彼女はぶっちゃけ照れている。
自分が空河の事を好いているのがバレてしまうのでは?
などと、結構今更な事を思って居た。
12年間のブランクは、余りにも長すぎた。
だが、その12年間の間、空河の事を好きで居続けた彼女は賞賛に値するだろう。
人の心は一期一会だ。直ぐさま離れ、直ぐさま出会う。
それでも尚思い続けた彼女は一途の鏡だ。そんな彼女ならば、今此所で猛アタックをかけても問題は無い。
の、筈だが、妙な見栄と言うか照れと言うかそんな物が邪魔をして中々………。
色々話したい。色々聞きたい。
そんな悶々とした思いを抱きながら、彼女はチラチラと空河を見ていた。
………良し、此所は世間話でも………。
思いついた策がこれとは………涙が出てくる。
星野宮は心の中でガッツポーズをし、気合いを入れる。
そして、
「て、天―――」
「遅れてご免なさいね。少し先生と話してて」
見事に遮られる。それはもう、見事に。そしてベターに。
「んあぁ? 呼んだ?」
空河が星野宮を見ながら尋ねる。
「う、ううん!! よ、よ、呼んでないよ?」
首をもの凄い速さで横に振る。
「………そう………てか、俺をこの場に置いてくって言うのはどう言う事だよ!」
星野宮から視線を外し、今入って来た月柏に向かって叫んだ。
月柏は微笑む。
「あら? その言い方だと、「僕一人で寂しかった」と言っている様なモノよ?」
悪戯な笑み。
「んな訳ねぇだろうが」
照れも何もせず、月柏から視線を外し、また天井を仰ぐ。
その様子を見ながら、つまらなそうに黒板前の机に腰を掛ける。
「………ふぅ~ん、そう」
その月柏の表情見て、星野宮は考えていた。
このやり取り、何か………良いな。などと。
それと、何か天士と会長………仲良いな………ハッ!?
星野宮は直感で感じた。
それは乙女の鋭すぎる勘か? それともまた他の何かが。
まさか………会長は………天士の事を!?
見事正解。
恐ろしい、乙女パワー。星野宮は睨む勢いで月柏を見る。
………負けてる。
胸ではない! 胸ではない!!! 何故か心の中で叫ぶ。二度も。
星野宮が脳内で死闘を繰り広げている中、小国が消えかけた燃えカスに火を再度放る。
「………君、何で会長に向かってタメ口なんだ? 先輩だろ? 弁えろよ」
先程の熱が冷めてか、それとも木須や月柏が居るからか、口調が大分変わっている。
が、空河の態度は変わらない。
「スイマセン………親しい人には直ぐタメ口になっちゃう癖がありまして」
「「?」」
その発言に、木須と月柏が疑問を抱いた。
空河に、そんな癖は無いからだ。
てっきり2人とも、空河は何かを諦めて敬語を使うのを止めたとばかり思っていた。
だが、今空河は嘘を吐いた。その嘘に意味が有るかどうかは解らない。
けれども、態々言う事でもあるのか?
「………そんな癖は知らないな。それではこの世の中で生きていけないぞ?」
先程ならキレていたかもしれないが、今回は冷静に注意だけする。
「スイマセン。気を付けます」
空河もそれ以上何も言わず、天井を仰ぎ続ける。
今回は燃え広がらずに鎮火した様だ。
が、星野宮はどことなく小国の様子が気になっていた。
月柏は空河の言動に疑問を感じながらも、口を開く。
「さて、まずは唐突かもしれないけど新たに『生徒会』へ入会する子の紹介をするわ。星野宮さんに続き、いきなりだけどね」
その発言に、木須を除いた『生徒会』メンバーは一斉に空河を見た。
「………それ、やっぱり本気だったんですか」
タメ口を敬語に直しながら、溜息混じりに空河は言う。
「私は無駄な冗談は言わないの」
少し笑みを浮かべる。
普通なら、空河が自己紹介する流れになるのだが、残念な事にそれを遮る。
「ま、待って下さい!! 彼はRANKⅡですよ!? そんな彼がこの『生徒会』に!? ハッキリ言って場違いですよ!!」
小国が叫ぶ。
「私もそう思います。彼のよく聴く噂は皆悪いモノばかりです」
「俺もです。それに、彼には俺達と同等の力は持ってはいない。足手まといになるのが目に見えています」
佐々、奥出雲も同様に反対意見を述べる。
星野宮は星野宮で、嬉しい感情やら何で?などと言った疑問で喋れなくなっている。
3人の意見を聞き、月柏は溜息を吐いた。
「………さて、まずは小国君、貴方の意見だけれど。何故、貴方に彼がそんなだと解るの? 知りもしない相手の事を知った風に言うのはどうかと思うわ」
「………スイマセン………ですが!」
「ですがなど要らない。一発でその意見を呑ませる事が出来なかったのならば、その後に何を言っても何も私には届かない。だから、口を閉ざしなさい」
睨み付ける。
「………スイマセン」
小国は何も言えず、口を閉ざす。
下を向く表情は、悔しいのかどうなのか唇を噛んでいる。
「さて、次は佐々さんの意見だけれど、貴女も噂などに左右され、自身の意見を見失うのはいけないわ。自分で見て、自分で確かめなさい。それでも反対ならば、その時は対処するわ」
「………解りました」
「奥出雲君の意見もよ。自分で確かめろ。知りもしないで判断する様な木偶は要らない。自身の意見をしっかりと持ち、尚かつ私を納得させる事の出来る意見を述べろ。そうでなければ、一生アナタ達の意見など通らないわ」
月柏は睨むかの如く目つきで言い放つ。
その言葉を聞きながら、空河と星野宮は思った。
“………怖い”
唯それだけ。
完璧の姿は本当に完璧に近いのだろう。
それに仮面とは言うが、これも十分に彼女なのだ。
それに月柏は空河を庇った訳ではない。彼女は言った。自分の目で視て判断しろ、と。
つまりは自分の目で視て、空河が実力不足と判断したならば空河を脱退でも好きにしろと言う事である。これは空河を私事で入会させた訳ではないと言う事だ。
実力不足であれば生徒会会長様である月柏の人を視る目が誤っていたと言う事。
それ以上でも以下でもない。
これが上に立つ完璧の彼女だ。
例え知り合いでも容赦はしない。
まぁ、有無も言わさず入会させただけで十分甘いのだが、そう思った木須はその思いを言わずに胸にしまった。
一旦空河の突然の入会による動揺は収まったものの、3人の視線は厳しい物だ。
何かあれば直ぐにでも。と、言った感じがヒシヒシと伝わる。
その空気を感じながらも、月柏は特に対策を取らずに話を進める。
後は空河の問題。とでも言う様な感じだ。当事者が何をと言った感じで空河は天井を見上げる。
「さて、今回の招集は明日0時にこの学園に招かれざる客が来る事についてよ」
それを聞き、奥出雲が声を荒げた。
「なっ!? まさかまた!?」
またとは一年前の事だろう。
星野宮は最近転入した為解らず、佐々も今年入学した為解らず2人とも首を傾げた。
奥出雲、小国は勿論知っている。
そして空河も、だ。
「1年前の様にはならないわ。あの時は、此方の不備と怠慢、そして1つのミスが最悪の結果に繋がった。けれども、今回は違う。詳しい情報が無いにしろ、襲撃がある事は解っている。それだけでも十分」
自信に溢れているのではない、既に此所まで来れば確信の域だろう。
だが、空河の表情は優れなかった。
諦めがついていないとかではなく、月柏の言った『1つのミス』が原因だ。
決してそのミスが空河なのではない。
だが、そのミスで空河がその1年前の出来事に絡んだ事に変わりはなかった。
言ってしまえば目をつけられた日。平穏が失われた日。
そして、最悪な知り合いが出来た日なのだ。
「詳しい説明は………」
そこで言葉を切る。
後ろに座っていた木須が数枚の紙を手に持ちながら立ち上がり、前へ出る。
「今から紙を配る。帰るときに返してくれ」
皆がゆっくりと動きだし、木須の元へ行き、紙を取る。
「はい。一応読みなさい」
小声で月柏が空河に紙を渡す。
「………どうも」
面倒臭そうな表情を一瞬浮かべたものの、素直に受け取る。
一応読むが、書いている内容は大して必要性を感じなかった。
言ってしまえば、『一応』の作戦書だ。
敵の形が解らない時点で、明確で緻密な作戦など立てられる筈もない。立てたとしても必ず綻びが出て失敗する。
この紙は『一応』。読まなくとも読んでも変わり無い。
作戦無しと言ってしまえば、不安がる者が居るからだろう。
横目で木須をチラリと見る。
紙に書かれた作戦について説明をしていた。
空河は小さく溜息を吐く。
大変だな………木須先輩も。と、完全な他人事で再度天井に目を向けた。
30分程の作戦会議を行い一旦解散の様だ。
空河は特に参加せずに天井を仰ぎ、お茶を飲みを繰り返していた。
「それじゃ、55分までに先程話した持ち場に着く様に。必要な物は既に部屋に届けてあるから、必ず持ってくる様に。それでは」
月柏のシメの言葉を聞き、佐々、奥出雲、木須、空河、星野宮の順に教室を出て行く。
空河が出て行ったのを見て星野宮が立ち止まる。
「………どうしたの? 星野宮さん?」
「………あの、会長」
星野宮が月柏に寄りながら声を掛ける。
「何?」
「………本当に天士は大丈夫なんでしょうか?」
「先程も言ったでしょ? 貴女の目で視て判断しなさい」
「『生徒会』に入会とかの話ではなく、天士が戦えるかどうかと尋ねているんです」
星野宮は空河が戦闘で怪我をしてしまうのでは?と言う心配をしていた。
「それは大丈夫よ」
そう短く答える。
「何が大丈夫なんですか?」
月柏の言葉に星野宮が安心出来る根拠など無かった。
だが、月柏はそれ以上何も言わない。
笑みを浮かべる。それだけだ。
『生徒会』会長にこれ程言わせる天士は何者なのだろうか?
星野宮は空河への心配と共に、空河の秘密を考えていた。
何かあるのでは?考えるが答えなどには辿り着けない。
ヒントが少なすぎる。
星野宮は考えるのを止め、月柏にお辞儀をして教室を出て行く。
「………何が大丈夫なんだ?」
ドアに背凭れながら、廊下に立っていた空河。
星野宮が残った事が少し気になり、盗み聞きしていたのだ。
「君は大変だな。色々と」
空河に近づくのは木須。生徒会副会長の『完璧女王』の右腕と呼ばれる男だ。木須も空河を知っている人間の1人。
「大変ですよ。いきなり入会って、あぁなるのは目に見えてじゃないですか。それに、あの言い方だと本気で俺に実力を出させる気ですよね」
「だろうな。まぁ、星野宮さんが言った様に君が怪我云々の事は心配ないのだがな」
そう言いながら木須は苦笑する。
「………怪我ぐらいはするんですけどね、それにしても………初仕事がこれって言うのも嫌な話です」
頭を掻き、溜息を吐く。
「ご愁傷様だ。入学早々に鈴葉を撃破するからだよ。自業自得でもあるな」
木須は笑みを浮かべる。
空河は木須が嫌いではなかった。
普段使わない敬語も、自然と木須に対しては使う。
それは木須が一線を引いた男だからだ。
不用意に近づかないし、不用意に知ろうともしない。
平穏を求める空河に取っては有り難い話だ。
「面倒な事になりそうですよ………」