Envy is intention to kill~嫉妬は殺意~
この話は編集、加筆で増えた話数です。
………別に必要は無いけどね。
空河は歩いている。
現在時刻は1時。
若干ボロボロなのは30分折檻コースを体験した後だからだろう。
ヨロヨロとした足取りで歩く。
第一校舎に入り、靴を脱ぎ上履きを履く。
「………………………………………………………はぁ」
溜息。
歩いている姿を見ただけで、「あっ、この人学校嫌なんだな」と解る。
「………………………………………………………んあぁ?」
ふと、周りから異様な視線を受けている。
一人や二人ではなく、複数。
まるで奇妙な者を見る様な、蔑む様な、同情する様な、嫉妬の様な。そんな目。
だが、ハッキリと言って本人にそんな目を向けられる覚えは無い。
「何だ?」
眉を細め、自分の教室に入る。
「ん? おぉ~天士!! 遅かったな! 随分遅かったな!!」
草島が手をブンブン振りながら叫んでいる。
「………何言ッテイルカ、解リマセン」
片言で答える。
「嘘吐くな! 昨日普通に喋ってたじゃん! 何で今!? 何で!!」
指を指し、叫ぶ。
「………ワタシ、人間以外ノ言葉、全然解リマセン」
首を横に振りながら自分の席に座る。
「まぁ、そりゃぁそうだよな。………あれ? 俺人間だよね?」
草島は横に座る鴨梨に尋ねる。
鴨梨は携帯を弄りながら、
「ん? そうだった………か? あ、天使ちゃん! ちょっとこっち来て!!」
「何で疑問形!? 人間だよ!? ヒト科だよ!? 列記とした人間だよ!?」
「ん? 何だ?」
鴨梨の呼びかけには応じる。
「あれ? 何で鴨だけ!? 俺は? 俺は?」
自分を指さし叫ぶ。
「………解リマセン」
首を横に振る。
「何で!? 鴨と同じ日本語だよ!? 何故に通じない!?」
「ほん○くコンニャク食べないと………」
「あぁ、そうだな」
「えっ!? 俺秘密道具に頼らないと一生皆と会話出来ないの!? どうなの!?」
普段はボケの彼でも、流石にツッコミに回っている。
周りの生徒達は「また始まった」と苦笑していた。
『五人衆』とは結構有名で、「顔は良い!」だとか「普通に面白い」とか、体面については周りの評価は上々なのだ。
「で、何だ?」
どうやら草島を虐めるのに飽きたらしく、鴨梨に尋ねる。
「………俺に優しさを下さい」
まるで真っ白の灰になった某ボクサーの様な格好で項垂れる草島。
「いや、さっき放送流れたんだよ。天使ちゃんその様子だと気付いてないでしょ?」
鴨梨が空河を見ながら尋ねる。
「ん? 確かに聴こえなかったけど、その放送と俺は関係あるのか?」
どうやら折檻中に流れたらしい。痛みで聴こえなかったらしい。
「大あり。何せ………」
鴨梨は携帯を弄り出し、
「………こんな放送だったんだから」
そう言い、携帯を机の上に置いた。
すると、
『―――此方月柏鈴葉から『104』へ。至急来て頂戴。以上』
携帯からその放送が流れる。録音したらしい。
「ね?」
携帯を閉じ、胸ポケットにしまう。
聴いただけでは、「は?」なのだが、空河は露骨に嫌な顔をしていた。
「………まさか久しぶりに呼び出しかよ」
「最初は俺も忘れてたよ。だって去年使われて、それ以来使われていないからな。『104』って」
何時の間にか立ち直った草島が笑う。
「この放送が流れたのが………何時だったかな?」
「確か………1時間前じゃなかったか? 授業中に流れたし」
草島が時計を見ながら答える。
「………行かないって選択肢は無いのか?」
面倒臭そうに言う。
「無いだろう。態々放送使っての呼び出しだけどさ、来なかったら直接来るぞ? てか、携帯に着信無かったのか?」
草島が尋ねる。
空河はポケットから携帯を取り出し、開くと更に面倒臭そうな顔をする。
「………着てる。気付かなかった」
そして折り返し連絡もせずに、携帯をポケットにしまう。
「で、行くなら早く行った方が良いよ? 会長多分だけど来なかったら―――」
「遅い!!」
鴨梨の声を遮り、誰か、そう誰かの声が響いた。
その声が響き、暫くの間。そして教室内、廊下に出て居る生徒達が小声で騒ぎ出す。
何故なら此所に居る筈の無い生徒だからだ。
誰もが憧れるトップ中のトップのトップ。天下の生徒会会長様、月柏鈴葉なのだから。
草島と鴨梨は突然現れた月柏を見て、空河に言った。
「「やっぱり来た」」
二人の表情は笑み。
だが、空河は、
「………放送意味無いだろうが………」
小さくツッコミを入れていた。
「遅い。凄まじく遅い。放送を流して1時間。例え聴いていないとしても、その様子だと既に知っているのよね? それなのに、何故座っている?」
腕を組み、喋りながら黒板の前へ行く。
この時、空河は考えていた。
月柏が真っ直ぐ自分の所に来なかった。それならば、まだ逃げられる。
だが、その考えは余りにも薄い。
「聞いているのかしら? 空河天士君?」
名指しされたらアウトなのだ。
周りの生徒達が空河を名指しした事にざわつく。
空河は俯きながら、チラッと月柏を見て言う。
「………ワタシ、ニッポン語、解リマセン」
「何言ってるの?」
腕を組み。余りにも冷たい目で尋ねる。
「………スイマセン」
「行くわよ?」
そう言い、歩き出す。
何処に? と尋ねるのはダメだろう。
空河は一応鴨梨と草島を見るが、二人はニンマリと笑い、手を振っていた。
助けも逃げ場も無し。
立ち上がり、トボトボと月柏の後を追う。
周囲の視線がもの凄く痛い。
小さな声で話していても、ちゃんと聞こえる。
「何で空河が?」とか。
「どういう関係?」とか。
「何かしたんじゃない?」とか。
「会長に名指しだと!?」とか。
月柏も聞こえている筈だが、全く動じずにスタスタと先を歩く。
その後ろで、トボトボと歩く空河。表情から面倒だと言うが伝わる。
すると、月柏の目の前に一人の女子生徒が腕を組み立っていた。
黒髪に白いメッシュを入れたその女生徒。陣内雪袖。無表情だが、微かに顔を歪めている。
そして、すれ違う瞬間、
“阿婆擦れが何故此所に?”
“天士を連れに。それだけよ? 雪女”
“身勝手ね。盤上に沈めるわよ?”
“アンタこそ、邪魔したら潰すわよ?”
“邪魔? そんな事しないわよ。唯、行く手に立ってあげる”
“それを邪魔って言うのよ。アンタはボードゲームで遊んでいれば?”
“アンタこそ、書類と睨めっこでもしていれば良いじゃない?”
“………後でお話でもしましょうか?”
“それは良いご提案”
たった数秒。その数秒の内にアイコンタクトだけで此所まで会話をしてしまう。
てか、有り得ないだろう?
周りの生徒は気付かない。だが、空河は顔を蒼くしていた。
陣内は空川を見る。
“気を付けなさいよ?”
“………了解”
アイコンタクトってこんなに便利だったか?
頭を掻きながら空河も陣内の横を通り過ぎて行った。
「………どうやら『生徒会』へ入ったみたいだね」
鴨梨と草島が陣内の側にやって来る。
「そうね。これで、天士の言う平穏な学生生活は消え去ったわね」
「だけどさ、天士の能力は使い勝手が悪過ぎるでしょ? アイツが本気出さないとか関係無く、能力使っただけで自滅だぜ?」
草島が心配そうに言う。
陣内は髪を耳に掛けながら、微笑んだ。
「もし、天士に何かあれば………あの女だろうと、潰す」
言っている事と表情が一致しない………。
鴨梨と草島は背筋を凍らせながら、
「「そうですか………」」
止める事など出来る筈もなかった………。
第二校舎。
月柏の後を追う様に歩く空河。
表情は相変わらずの面倒臭さを露骨に醸し出している。
その理由は、無理矢理此所に連れて来られた事に対してではない。
此所はRANKⅣ専用校舎、つまりは第二校舎だ。
で、空河のRANKはⅡ。場違い。その事による突き刺さる視線。
それプラス、月柏と共に居る。と言う事だけで更に視線が増えている。
主に嫉妬だ。
男にも女にもモテる女だ。突き刺さる視線を向ける者は男女問わない。
「………マジ、もう帰りたい」
溜息を吐きながら呟く。
「ダメよ。何の為に呼び出したと思ってるの?」
振り返らず、前を歩きながら空河の呟きを却下する。
「俺は平穏に、過ごしたいだけなんですけど?」
「過ごせば良いじゃない?」
「この視線を浴びている時点で、平穏じゃねぇだろうが」
体裁を忘れて思わずタメ口になってしまう。
だが、月柏は微笑みながら、
「視線? そんなの私は感じないわよ?」
態と戯ける。
「………勘弁してくれよ」
思わず言ってしまう。
このある意味一種の羞恥プレイは、月柏が態とやっているのだ。
布石。と、でも言おうか。
月柏と空河の仲が良いのは知っている者なら知っている事。だが、飽く迄も噂の範疇を超えない所があった。
だが、こうして今正にその噂が本当だと言う様な証拠を見せびらかしている。
これが月柏の作戦。
態々校舎内を歩く必要は無いのだ。と、言うよりも第二校舎じゃなくとも良いのだ。
現に生徒会室が在るのは特別校舎なのだから。
悪女。空河はそう思っていた。
逃げ出せば。と、思うかもしれないが、相手は天下の生徒会会長様だ。
伊達に上に立ってはいない。
「………何処で話すんですか?」
一応敬語に戻す。
「何処………かしらね」
何故か濁す。表情は笑みだ。
空河は大きく溜息を吐く。
「………?」
ふと、視線を感じた。
いや、実際沢山感じているのが、そんな生易しいモノではない。
完全に、嫉妬を殺意と変換してしまった視線。
「…………………」
目立たぬ様に、辺りを見渡す。
だが、目星が付けられない。
嫌な視線。
「………チッ」
小さく舌打ちをした。
慣れてはいる。だが、この視線は嫌に目立つ。
殺意を向けられ、悶える程堕ちてはいない。
「………俺の平穏が………」
項垂れながら、呟いた………。
「………クソがッッ………やっぱり………やっぱり………」
壁に凭れながら、歯ぎしりをしている男子生徒。
手に握られた何か。それを更に強く握る。
「………へへっ………だけど、こっちには………お前を潰す情報が………あるんだよ………」
男は笑う。それは下種極まりない笑み。
「俺の会長は………誰にも渡さない………」
目が血走っている。
嫉妬。人間に与えられた罪。
沸くのは容易く、冷めるのは難しい。
人を殺させる程に嫉妬は人を駆り立てる。
既に、彼は抱いているのだろう。
殺意を。
血走る目は、既に獲物を捉えている。
だが、気付かない。
それが、愚行だと―――。