山茶花
二話連続だよ?
さて、今回のはサザンカです。
花言葉は「困難に打ち勝つ」「ひたむきさ」です。
「困難に打ち勝つ」は次回も含めですかね。
『闘技場』内。
RANK上げでの一件によりズタボロになった円形のステージ。その真ん中で左右詩祁芽が空を見上げていた。
遠くの方で爆音や発砲音が時折聞こえてくる。
「………」
が、左右はそれに我関せずと眉間に皴を寄せている。
彼女が今考えている事は先程不意に浮かんだ『眠れる老人』の正体についてだ。
何故私はアイツを信用しているのだ?
何故皆アイツに対して不信感を抱かないのか?
何故私はアイツを調べたりしないのか?
何故その場に自然に存在しているのだろうか?
一度浮かび出した疑問や疑惑は簡単に消えない。
が、安易に動く事が出来ないのも現状であった。
今までこの私ですら気付かなかった。つまりはそれ相応な実力を持った者の能力が関与している筈だ。
記憶を消す能力、いや、この場合は意識を消す能力と言った方が良いかもしれない。
抱く筈の感情や意識を消された。この推測だと対象は私だけではない筈だ。つまりは、この学園内生徒やエンジニア、いや、関わる者全員が消されていると考えられる。
………そんな事が。
思わず唾を飲み込んだ。
これはRANKとかの次元ではない。この能力、下手すると世界すら書き変える事が出来てしまうぞ………。
何か他に情報が無いか調べようかと思ったが、今現在も監視されていると考えても良い。
これだけの事をしている者がもし能力が解けた場合を考慮していない筈がない。
………もっと秘密裏に動くしかないな。もしくは他の奴に気付く様に誘導するか。
が、考えれば考える程深みに嵌る。
つまりは怪しい奴が多過ぎるのだ。
………はぁ。
頭を掻き再度空を見上げた。
「………綺麗なもんだな」
女子寮から離れた森林内。
白いドレスを深紅に染めた少女が蒼褪めた少女を引きずる様にして走っていた。
桔梗姫響。『殺人集団』の1人にして侵入者。もう1人は星野宮ミナ。『天才』と称され、『血塗れ姫』と揶揄された少女。
先の戦闘の前に起きた星野宮に取ってショッキングな光景。露骨に死を露わにしていた死体を目の当たりにし、彼女は正気を保てないでいた。
呼吸が乱れ嘔吐感が込み上げる。その死体が流す血は今まで自分が見てきたどれよりも赤く、そしてリアルであった。
腰が抜け、足が震えている。身体から体温を奪われているかの様に寒気を感じる。
その弱さを利用し、桔梗は麒麟音に致命傷を与え逃走する事に成功した。
脆弱過ぎる星野宮の心は桔梗に取っては絶好の餌であった。
星野宮の襟を乱暴に掴みながら引きずる。無論星野宮に歩く気力は残っていない。木にぶつかり、石に擦れ、傷を増やしていく。
女性であっても人1人の重さを少女が運ぶのには限界がある。が、桔梗の表情は笑みであった。
呼吸は荒く汗も流れ出ている。が、そんな事お構いなしと言う様に引きずる力は弱まらない。まるで玩具を得た子供の様に。
桔梗の心にあるのは悦楽であった。
自分の方が強かった。同じ『言葉』を持つ者に、私は勝ったのだと。
矢張り私の『言葉』の方が………。
この苦しみは私の苦しみ。アイツの言葉は軽い。私の『言葉』は………。
彼女の中に渦巻くのは悦楽。
彼女は気付いていない。まるで徐々に犯されてく様に。心で渦巻くそれが、彼女の救いを悉く消し去っている事に。
眼前に見えるのは、光でなく闇。何も見えず、何も見ない。
“私は、可哀想な女の子―――”
そう呪文の様に唱え続ける。
そんな中、星野宮は暗闇の中に閉じ込められていた。
自ら手を下した訳でも、間接的に下した訳でも、ましてやあの警備員の男が知り合いだった訳でもない。
それなのにまるで自分がやったかの様に彼女の脳裏にはあの死体が刻まれていた。
怖い。
そう感じる以外に彼女には余裕がなかった。
ガツッ、と星野宮の頭部に石がぶつかる。その石に引っかかり、それに気付かない桔梗は引きずろうとする。何度も引っ張りそこで気付いたのか桔梗が力を弱め後ろを振り返った。
「………チッ、ガラクタが」
吐き捨て、次には星野宮の頭部を蹴る。
「うっ………」
頭部から血が流れ出す。その血を見て桔梗は笑みを浮かべた。
「キャハッ! ねぇ………痛い? それとも苦しい? ねぇ、どうなの?」
人の苦痛。それは今の彼女に取って自分を優位にするモノでしかなかった。
痛そう。可哀想。そう言葉を投げかけ去って行く者しか見てこなかった彼女には、相手の痛みを知る感情が欠落していた。
「私はね。アンタみたいなの、大嫌いなんだ。何も知らず、何も見ず、何の不自由もなくのうのうと生きてきたアンタみたいな奴が大嫌いなんだよッッッ!!!!」
錯乱したかの様に何度も何度も星野宮の身体を踏み続ける。
その度に小さく星野宮から呻く声が漏れる。
「あの女も、同じだ。恵まれた環境に居るからあんな事が言えんだよッッ!! 私みたく! 私みたく! あんな苦痛を! 感じた事がないからッッ!!! オラッ! 何とか、言えよッッ!!!!!」
血走った眼に映っているのはいつの間にか星野宮でなくなっていた。
「アンタに、お前にッ! 私の、私の! 私のぉッ!! 辛さも! 痛みも! 苦しみも! 解る訳がない!! アンタの『言葉』より! 私の! 方が! 何倍も! 何倍も!」
映っているのは麒麟音。吐き続けるその言葉も麒麟音に向けたモノであった。
何度も蹴られ、ついには星野宮から呻き声すら聞こえなくなってきた。
これ以上は彼女の身体は限界を迎える。
能力者と言えど、『天才』と言われようとも、彼女の身体は一般の女性と変わらない。
薄れゆく意識の中、彼女は思い出していた。
一本桜を見た帰り道。無理矢理気味に連れ出した彼に問うた言葉を。
『天士は………辛くないの?』
『んあぁ? 何が?』
『人の………死ぬ所を見るのが』
『………、辛くない。って言えば嘘だな』
『なら! 何で―――』
『けど、そう言ってらんないぐらいに………殺してきたんだ』
『!!? それは………』
『非道な事もしてきた。人の道なんてとっくに外れてる。簡単に人に能力を使えちまってる。もう戻れないとこまで来てるのも、解ってる』
『そんな事ッ!!』
『ない、なんて言ってくれるなよ?』
『っっ!!』
『そんな事言って欲しくて、そんな目で見て欲しくて、俺は能力を使ってきた訳じゃねぇんだ………』
『天士………』
『けどまぁ、気にしてくれてアリガトな』
―――違う。
「私の苦しみは! 私にしか解らないッ! 私は! あんだけの苦痛を味わった! 私だけが! 私だけがッ!!!」
―――違う。
「あの女みたいに! 楽観的に! こんな世界で生きられるのは! お前等が!! 私の! 痛みを知らないから!! そんな奴が! 私に! 勝てる訳!」
―――違う。
「私が! 私が! 私が! 私が!!」
―――違うッッ!!!!
「私が―――」
踏みつける為に上げた桔梗の右脚。その脚に突如半透明の弦が高速で回転し巻き付いた。
「ツッッ!!!」
何をされるか一瞬にして理解した桔梗は糸を燃やし後方へ跳ぶ。
「………お前………」
鋭い眼。が、顔には焦りがあった。
「………違う」
ゆっくりと、ふらつきながら星野宮は上体を起こす。
「………違う」
足に力を入れ、身体を完全に起こす。
「………違う」
前に倒れそうになるのを足に力を入れ踏ん張る。
「………違う」
肩で息をし、顔に流れる血を拭う。
桔梗はその様子を奥歯を噛み締めながら唯々見ていた。何もしなかったんじゃない。何も出来なかったのだ。
目の前に立つ者は自分より弱い者だ。それなのに、何故!何故!!
心に浮かんだそれを否定する為に彼女は叫ぶ。
「ガラクタがッッ!! 今更お前に何が出来る!!! お前みたいな奴に! 何が出来る!! 私に! この私に! この私が―――」
「違うッッッ!!!!」
「ひっ!」
星野宮の叫びに、彼女は小さく悲鳴を上げた。
それは此処へ現れて初めて見せた年相応な反応。が、彼女がその反応をするのは場違いでもあった。
「アンタは………違う………」
桔梗の脚は震えていた。それと同じく手も、歯も。それは突如として襲って来た恐怖。
眼前に立つ者は自分より弱者。その筈。その筈なのに。
彼女が感じるその恐怖は本能的なモノであった。幾つもの恐怖を知る彼女が本能的に感じたそれは今まで感じた事のないそれであった。その為、彼女は自身の震えの理由に気づかない。
「傷を持って、傷を知っているのに………それなのに、そんな風に笑えるのは」
何で私は恐怖している?こんなガラクタに。何処に、何処に恐怖する要因がある!?
あの地獄を知る私が!あの苦痛を知る私が!こんな奴に!!!
「抗って、苦痛に苛まれて、それでも生きようとしている人は、そんな風に笑わない」
―――彼が見せたあの笑顔は、きっと作り笑顔であろう。
「私は、お前の―――」
あんな笑顔しか出来なかった彼を、お前と一緒にするな。
彼の、彼等の強さを、弱さを! 一纏めにして馬鹿にするな!
「―――世界を否定するッッ!!!」
1人の少女が愛する男の為に、1つの闇と対峙する―――。
最後のセリフはどっかで聞いた事のあるものでした。
どこだっけ??
とまぁ、とりあえず予告的に言えば次回は姫響VSミナですかね。
早めに投稿します。
それでは、次も読んでくだされば嬉しいです。
それでは、それでは………。