豌豆
豌豆ですね。
花言葉は「いつまでも続く楽しみ」「永遠の悲しみ」「約束」など。
今回は「永遠の悲しみ」ですかね。
まぁ、うん。そうですね。
『幽閉塔』。それは規則を破った生徒を言い方は悪いが閉じ込める建物の名。
問題を起こした大概の生徒でも、この幽閉塔に送られる者は少ない。
そんな幽閉塔の部屋の1つ。
少し肌寒い風が吹く。
鉄格子などは無く、一見すれば狭い部屋なだけだ。
電気もトイレもちゃんと備えられている。
そんな一室で、電気も点けずに月明かりに照らされながらブツブツ呟いている少年が居た。
「会長………会長………会長………会長………会長………」
俯き、同じ言葉を何度も繰り返す。
元生徒会役員、小国章吾。
空河の過去を知る男。いや、聞いた男だ。
小国は誰かに空河の過去を聞いていた。
その事が原因でこの幽閉塔に居る。
現在は空河への恐怖により精神を病んでいると診断されている。
「会長………会長………僕は、僕は貴女を愛していますよ………ずっと、ずっと」
笑みを浮かべる。不気味と言える笑顔を。
小国は空河を恨んでいる。
理由は簡単だ。嫉妬だ。
月柏を好く小国に取って、その月柏と仲の良い空河は嫉妬の対象でしかなかった。
人間と言う者は、実に醜い。
自分が好意を向けている相手が、違う相手と仲良くしているだけで苛つき、果てには殺意まで抱いてしまうのだから。
「会長………鈴葉………鈴葉………鈴葉………」
息を切らし、名を呼び続ける。
すると、
コンッコンッ―――。
部屋の扉がノックされる。
だが、小国は気にしない。いや、気付かない。
すると、扉の向こうから小国に話しかける。
「無視かい? それは傷付く。僕は君に折角会いに来てあげたんだよ? それなのに酷い仕打ちだね」
声の主は男。笑いを混じりながら話す。
扉に空いた手が通せる程度の監視穴を覗いているのか、目だけは見える。
「鈴葉………鈴葉………鈴葉」
「ん~、どうやら薬でも盛られたみたいだね。まぁ、そうか。君は余計な事を知っているからね。口封じの為にもってヤツだ」
男は楽しそうに理解する。
「それにしても、ハァ、ハァ言いながら女の子……だよね? その子の名前を言うのは変態じゃないかな? もし僕が女の子だったら君みたいな変態はごめんだな」
呆れた様に男は言う。
「鈴葉………鈴葉………鈴葉………君は俺の物だよ………俺が……君を幸せにするよ」
小国は虚ろな目をしながら呟く。
「馬鹿だね、君は。その「すずは」って子もきっとそんなの望んでないよ。てか、君から提供される幸せに、かな」
笑みを浮かべながら、胸を抉る言葉を躊躇無く発する。
「………さて、本当は色々聞きたかったんだけどさ、どうせ君喋れないでしょ? そしたら―――」
男の雰囲気が変わる。
「―――命絶とうか?」
そう言い放った瞬間、小国に異変が起きる。
ドサッッ―――。
地べたに座っていた小国は、そのまま前へ倒れた。頭を下げる様に。
その様子を見ながら、男は扉から離れる。
「………僕の名前を勝手に使って、彼を揺さぶろうなんてするからだよ。彼は、あの人達の傑作なんだから………あぁ、彼女も、か」
笑みを浮かべる。それは満面の笑み。
だが、その笑みを一瞬でまた消える。
「だから、僕の名前を使った彼等には、罰を与えないとダメかな? ねぇ、蓮見天士君」
半壊したRANKⅣ女子寮。
その瓦礫の上に立つのは『隻眼の番犬』序列σ、麒麟音紗々。
そして、侵入者、『殺人集団』の1人、桔梗姫響。
月柏を倒した桔梗。
この場は桔梗有利に動くと思われていた。現に、桔梗本人もこれ以上の相手は居ないと思っていた。
だが、今目の前に立つ麒麟音は、明らかに纏う空気が可笑しい。
それは見えない凶器だ。
言葉を発せずとも、「殺す」と言う意志が伝わる。
態度で見せずとも、「殺す」と言う意志が伝わる。
それは明らかに慣れている者が放つ『それ』同様。
桔梗は今まで何度も感じた事のある、人を殺す為の一手。
何もせず相手の動きを制する者は、知っている。
桔梗は唇を噛んだ。
確かに、月柏はトップ中のトップのトップだ。だが、それが必ずしも最強ではない。無敵ではない。
「………アンタの目………気に入らない。私が欲しいのは愛なの………そんな目は―――」
叫ぼうとしたのだろう、だが、遮られる。
「『喋るな』」
たった一言。
だが、桔梗は口を閉ざした。
「!!? ………」
睨む。
「解っている。お前の能力が『条件』発動だと言う事は。会長の様子からして、どうやら花がその条件だと考えたらしいけど、それはフェイク。実際は、『言葉』。けれども、解りやすい単語を言うだけではノーモーションで行動出来る『言葉』の長所を消してしまう。その為、お前は『言葉』に忍ばせた。その真意を。例え完全に騙せなかったとしても、時間は十分過ぎる程稼げる」
麒麟音の表情は、何も浮かんではいなかった。
唯々、淡々と自身の考え推理を述べていく。
桔梗の表情は歪む。
苛立ち。それが見ただけで解る。
「………私と同じ、『言葉』を使う能力者………」
言葉を発する。どうやら動く様だ。
「そう………同じ能力系統………だけど、」
言葉を切る。
そして、
「格が違うのよ」
「!!? な………舐めるなァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!!!!!!」
叫び、更に叫ぶ。
「私は! 私は!! 此所では死なない!! 愛を!! 愛を!! 愛を手にするまでは!! 私を愛して!! 私が愛する世界が来るまでは!! 誰もが私を愛し!! 誰もを私が愛する!! 愛を! 愛を! 愛を!!」
「………『打ち消す』」
麒麟音の声が響く。
「!? ………どうして? ………どうして!? 私の能力は………私の能力は完璧な筈!! なのに………なのにアンタは私の目の前に立っているのよォォォォォォォォォォッッッッ!!!??」
表情を歪める。
いや、既に元の顔が解らない程に崩れている。
浮かぶのは怒り。
「簡単な事。お前より、私の方が強い」
「巫山戯るなァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!! 愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛をォォォォォオオオォォォォオオオッッッッ!!!!!!!」」
咆哮。まさしく獣。
桔梗が叫んだ瞬間、麒麟音の左右から桔梗が現れる。
それは先程の、月柏がやられた時同様。
凄まじい形相で、左右から桔梗が麒麟音に迫る。
が、
「『消えろ』」
一言。それだけを発した瞬間、その言葉通り消える。
「!? 何故!! たったそれだけ! たった一言でそこまで!? 私はあれ程に愛を求めているのに!? 込めているのに!? 何故アンタはそんな一言で私の愛を上回るの!?」
「………『言葉』を使う能力者は、過去にトラウマに似た何か、兎に角心に傷を負っている場合が多い。その原因は、誰も助けてくれない。聞いてくれない恐怖から来ている。叫んだ声は、虚しく霧散する。必死に喉を潰して叫んだのに、周りは蔑む様に、哀れむだけで誰も助けてくれない。その様な過去が、言葉に大きな力を与える。それは同時に、想いの強さ。想いを言葉に出来る程の強さ。………簡単な事。お前の想いより私の『それ』が、上回っている………たったそれだけの事実だ」
力の差は歴然だ。
桔梗は叫び、想いを叫び、その力を発揮する。
だが、麒麟音は一言。その一言を発しただけで全てを消し去り、終わらせる。
「巫山戯るな………巫山戯るな………巫山戯るなァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
叫ぶ。それは怒り。だが、先程までとは違う怒り。
想いの強さ。自身の傷。それを、今否定された。
それは今の自身を否定された事。
桔梗は顔を歪めた。だが、怒りではない。哀しみで。
「あれ程………あれ程辛い目に………あれ程死にたくないと願ったのに!? アンタはあの地獄を生ぬるいと言うのか!? 人が死ぬ度笑う大人達………子供を踏みつける度に快楽に溺れる野郎共………女を性処理器として人体改造を行うあんなクソ野郎共が居たあの場を………アンタは生ぬるいって言うのかァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!」
叫ぶ。否定された事を否定する為。
自身の地獄を、自身を変えたモノを、その全てを生ぬるいと間接的に言った事に対して、怒りと悲しみを込めて。
「生きる地獄を見せられて!! その身に味合い!! 生きる意味を失い!! それでも死に抗う気持ちを!! アンタに何が解る!? 死人同然に扱われ!! 道具同然に扱われ!!! 欲を満たすだけに体を弄ばれ!! 泣き叫ぶ私を見てさも嬉しそうに笑うあの野郎共に! 何も出来ずに泣き叫ぶ………私の気持ちがアンタに………アンタに解る訳がない!!! 撤回しろ!! 私の想いを………私の過去を生ぬるいと言った事を撤回しろォォォォォオオオォォォォオオオッッッッ!!!!!!!」
負った傷。それは当人にしか解らない。
数えられない程の痛み。それは肉体だけではなく、精神を壊す。
死にたい。そう思いながらも、生きたいと、死に抗う。
その辛さ。その虚しさ。
目を閉じ、夢に出るのは数えられない程の痛み。
そして目を開ければまた始まる。数え切れない程の痛み。
まるで無限の様に、それはグルグルと回る。
普通に朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、朝ご飯を食べるかの様に、当たり前の様に襲う痛み。
泣き叫ぶ。だが、それは助かる手立てに繋がらない。
「私の痛みを………私の想いを………舐めるなァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!」
桔梗は叫んだ。
その目には涙を流し。
叫んだ。
「………お前こそ………舐めるな。この世に悲劇のヒロインなど、溢れる程居る」
麒麟音は睨み付けた。
「お前だけが癒えない傷を負っていると思うな………背負う傷が、一番酷いなど思うな………一人だけ痛みを負ったと思うなァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
これは人により意見が違うだろう。
この世に、同じ痛みを負った者など居ない。
その傷が大きいか小さいかなど、関係無い。
大小など、その当人にしか解らない事だ。
どんな些細な事であろうとも、心に永遠に刻まれる。
悪夢は日常的に襲って来る。突然のフラッシュバック。
決別出来ない痛み。
癒せない。癒えない。隠せない。隠れない。
「お前は殺される側から、殺す側に回った。それは私と同じだ。だが、お前は「過去を恐れ」力を振るっている。………その時点で、お前と私は違うんだよ」
麒麟音の表情は悲しみと怒りが入り交じっている。
「………私は、「守る為に、進む為」に力を振るっている………自身の為、自身の恐怖の為、それを捨てきれないお前に!! 私の想いが負ける訳がない!! お前は、過去に味合った地獄に………心を捨ててしまったんだよ」
「巫山戯るな………守る為? 進む為? そんなモノは所詮自己満足だろうが!! アンタは過去を捨てる事が出来たのか!? 夢と現実が区別出来ない日常を抜け出せたのか!? 襲う幻を消し去る事が出来たのか!? 所詮アンタも恐れから逃れる為に上辺で理由を決めているだけだろうが!!?」
「過去は今でも、私の中に住んでいるよ………気を抜けば、夢に現れる程に」
「なら―――」
「だけど、私は………お前とは違う。痛みを恐れ!! 人を殺しても平然と笑うお前とは違う!! 心を捨てて生きるお前とは違う!! 私は………この心………傷だらけの心と共に生きている………私は過去を、今で埋める。未来で過去を………埋める」
過去を消し去る事など、出来ないだろう。
記憶を失う以外に手立てはない。
過去の痛みを知っている者は先、未来に進む事を恐れる。
だがそれは悪い事ではない。
人は強い生き物ではないからだ。
そんな中でも、麒麟音は前へ進む事を決意した。
置き去る事などせず、捨てる事などせず。
共に過去と。そして今、未来でその過去を克服する為に。
生半可な事ではない。
それでも、
『逃げるな………とは言わない。だけどさ、頼れとも言えないだろ? お前の痛みは俺には分からない。それは、その人が抱えるモノだから。だけどよ、共に行こうとは言えるだろ? 辛いなら、背中を貸してやるよ。痛いなら、擦ってやるよ。歩けなくなったら、手を繋いでやるよ。だからさ、そこで立ち止まってないで、行こうぜ? 身勝手な過去のせいで、折角の未来を潰すなんて、勿体ないだろ? 消し去れないなら、未来で埋めようぜ? そうすれば………今よりマシになるだろうさ』
思い出す。その言葉を、言ってくれた人を。
勝手に同情されるのは、嫌いだ。
態とらしく涙されるのも、嫌いだ。
無償で差し出された手は、何よりも恐ろしい。
綺麗な言葉は響かないし、届かない。
言って欲しかったのは、居て欲しかったのは、共に歩む為の、先に進むための言葉。
悲劇のヒロインなんてものは、私の肩書きには要らない。
私は過去を背負い、未来を楽しく生きると誓ったんだ。
立ち止まる事などしない。
だって―――、
「勿体ないじゃない♪」
糧は全て、最愛の人の言葉―――。
崩壊した女子寮。
その瓦礫に埋もれ、月柏が倒れながら空を見上げていた。
「ぐッ! ………ま、まさか………私が瀕死の状態になるなんてね………ふゥー………止血は済んだけど、臓器がズタボロね………げほッッ! げほッ!!」
口から血を流し、制服には大量の血が付いている。
地面には水溜まりの如く血が溜まっていた。
桔梗にやられた不意打ち。
それは胸を突き破り、心臓スレスレの大ダメージ。
月柏は咄嗟に能力を使った。
『分割される痛み』。痛みを時間差で感じる様にする能力。
腕を骨折したとして、骨折したと言う事実は分割されないが、骨折した事により襲って来る痛みを一時間毎に、1日毎に、一週間毎にと分ける事が出来る能力だ。
だが、怪我をしたと言う事実は消えない為治療はしないといけない。
言うならば麻酔だ。
月柏は『分割される痛み』でショック死は免れた。
だが、出血量。そして貫かれた胸は放って置けば死ぬ。
血は止血した。
だが、貫かれた臓器はそのまんまだ。
月柏の能力、『完全吸収』ならば、臓器すら再生させ回復出来る能力を持っていると思うかもしれないが、治療系能力は凄まじく複雑なのだ。
臓器を再生させるのは生半可な事ではない。
五十嵐の様な自己再生は『自身の体』を再生させる能力。些細な能力コントロールは必要とはされていない。
だが、『他人の体』を再生させるのは勝手が違う。
臓器、骨、筋肉、神経、血、その他諸々の体内物質はその人特有だろう。
限りなく同じであろうとも、体力なども関係する。
その為月柏でも完璧に理解する事が難しいのだ。
止血や痛みを無くす能力は有る。だが、再生は出来ない。
唇を噛んだ。
「はぁ………医学の勉強でもすれば良かった………」
直ぐ死ぬ事はないが、このままだと死ぬ。
そんな状況でも冗談を言える程度には元気だが体力気力共に奪われている。
「…………」
辺りを見渡す。
「『領域』………この感じは、奥出雲君かしら」
漂う微かな変化。領域だけで誰か解るのは月柏だけだろう。
人の能力をコピーするのには、理解しないといけない。それには領域の事も含まれているのだ。
月柏に協力的な生徒は詳しく能力を教える。
だが、非協力的な生徒の能力は盗むしかない。
便利であって不便な能力なのだ。
「………今回の侵入者は、予知すら出来なかった………『対策装置』ではない。なら、|起きる筈が無い事が起きた(・・・・・・・・・・・・)と考えるのが妥当か? ………それに、相手は一騎当千の勢いで侵入してきた。動ける人数は限られる………上には紗々とミナが居るから大丈夫だけど………他は?」
こんな状況でも頭を回転させる。
次動くには?相手の人物像は?手を引く者が?相手の目的は?
この時間を利用し、考えられるだけ考える。
次への一手の為に。
「………!? 会長!?」
不意に、声が響く。
「ん? 噂をすれば、ね。良かったわ。このまま誰にも見つけてもらわなかったら死んでいたかもしれないから」
安堵の息を吐く。
「そんな事言っている場合ですか!? 大怪我じゃないですか!!」
現れたのは奥出雲史慈。
「大怪我ね。だから………亞美かライナを呼んで頂戴。まぁ、亞美の連絡先解らないと思うからライナでお願い」
「は、はい!」
奥出雲は素早く携帯を取り出し、連絡を取り始める。
その様子を見ながら状況を尋ねる。
「相手が大きく出だしたから、何人か動いていると思うけど、誰が動いていた?」
「木須副委員長が動ける者を動かして警護に回しています。他には解りません」
奥出雲が答えるが、些か情報が少ない。
「………携帯持ってくれば良かったわ」
部屋に忘れて来た為、確かめたい事があるけれどそれは不可能。
奥出雲に尋ねれば良いかもしれないが、聞きたい事が奥出雲に尋ねる事が出来ない事。
それは「『ボードゲーム研究会』のメンツは動いているか?」と言う質問だ。
それを聞けば「何故?」と返ってくるだろう。
知らない者からすれば唯の落ちこぼれ達だ。
それでも、知りたい。
彼は、天士は動いているのかどうかを。
「うん、うん。そうだ。女子寮の………あぁ。瓦礫が落ちているから直ぐ解る………あぁ。………えっ? 今はそんな時間は………は、はい!! 解りました!!!」
突然奥出雲が携帯越しに叫んでいた。しかもえらく怯えて。
そして、耳に当てていた携帯を月柏に差し出す。
「話したいと」
声が震えているのは何故か?
月柏は首を傾げながら、携帯を受け取り耳に当てる。
「もしもし?」
『今死にそうらしいわね』
電話の向こうから、随分楽しそうな声が聴こえた。
その声の主が一発で解り、顔を歪める。
「………何?」
『ハハッ! アンタがやられたって言うから、もっと重傷かと思ったけど………元気そうね』
活き活きとした声の主は陣内雪袖だ。
「………はぁ~、えぇ。胸に風穴空いているけど元気よ? それで、態々何?」
もう一度尋ねる。
『本当は教える気はなかったんだけど、教えて損する事はないと思うから教えるわ』
「勿体ぶるわね」
『まぁね。さて、アンタが知りたい事を教えるわ。今動いているのは宗次、久太郎、プーさんに、光輝。そして鴨梨と鴨梨のツテね。他にも数名動いているみたい。そして、天士はだけど』
一旦切り、
『―――どうやら、学に一喝入れられたみたいね。珍しく動いているわ』
その言葉を聞き、驚いた。
木須が一喝入れた事もそうだが、それで動いたのが驚いたのだ。
「面倒臭い」と常日頃から誰かが言わないと動かない空河が動いた。
それだけの事態ではあるのだが、それでも驚く。
前回、一年前の出来事は半ば強制的に捲き込まれた形だったのだが、今回は自らその渦に身を投じた。
「………そう、1人で動いている訳じゃないのでしょ?」
『えぇ。光輝が付いている。何だかんだ言って、光輝が居れば天士は無茶しないわ』
「そう………それなら良いわ」
息を軽く吐く。
『………ライナが行くから、死ぬとは思わないけど、言っておくわ』
「………………………」
黙り、次の言葉を待つ。
『………死ぬな』
その言葉は、犬猿の仲である二人の間では絶対に交わされない相手を想う言葉。
だが、月柏は驚かない。
中学時代からの付き合い。
解っている。彼女の、陣内の事は嫌な程解っている。
それは向こうも同じだ。
だからこそ、月柏は最後の言葉にだけは茶化さず答える。
「えぇ。………生きるわ」
それは積み重ねた時間による信頼。
貶し合うだけではない。出る悪口分だけ、知っている相手の長所。
少ない言葉だが、それだけで2人は十分なのだ。
『それじゃ、全てが終わったら』
「………えぇ。全てが終わったら」
ップー、プー、プー―――。
切れる。
携帯を閉じ、奥出雲に渡す。
「………どんな、関係なんですか? 彼女とは」
「ん? どんな関係? ………そうね、仲の悪い関係よ」
「そんな彼女と何故こんな時に会話を?」
そう尋ねられ、自然と笑みが零れた。
「………フフ、仲の悪い………悪友だから、よ」
特別校舎屋上。
光が届かない場所に、四つの人影。
「どうですか?」
1つの人影、鴨梨元が尋ねる。
答えるのはライフルを構え、スコープを覗くクレファー=N=レルディア。
「五十嵐の再生時間は稼いだ。まさか上半身と下半身を両断されたのに、くっつくとは想わなかったがな」
スコープを覗きながら、頬を吊り上げる。
「『不死鳥』と言う名前は伊達じゃないって事っスかねぇ~」
そう言うのは長い黒髪を三つ編みにした女子生徒。
名前は夜百合夜暦。空河達同様にRANKⅣへ最近ランクアップした一人である。
「『破壊狂』が攻撃しないのは、楔か?」
尋ねるのはタンクトップ姿に、剃り込みを入れた髪の男子生徒。
名前は葉木城大雅。RANKⅣの中では外見の怖さで有名な男。
「そうだよ。楔でも打たなきゃ、この学園に捻れた死体が山の様に増えるからな」
鴨梨は少し笑みを浮かべて答えた。
この4人は特別校舎の屋上から越智や五十嵐、そして侵入者である天酉の戦いを観ていた。
観ていたと言っても、クレファーが状況を視て、それを教えているだけなのだが。
「それにしても、あの侵入者………胸に銃弾を撃ち込んだし、両腕、右足を失いながらも、笑みを浮かべ立っている。あれは何だ? 本当に何者だ?」
クレファーの疑問は最もだった。
両腕、片足を奪われた人間は平然とは立てない。激痛。ショック死しても可笑しくない程の痛みが襲う筈だ。
それを感じさせない笑み。
何か薬をやっているかに思われるが、それだとそちらの方がやり易い。
『破壊狂』もそうだが、痛みを感じない者は自身の限界に気付かない。
だから流れた血量、経った時間を考え戦える。
けれども、侵入者・天酉は余裕を見せながらもクレファーが放った銃弾を見事に弾き飛ばした。
それは喰えないと言う事だ。
既に精神を壊しているかの様にも思われる。
が、それも間違いだ。
もし、侵入者・天酉が唯の殺しに快楽を求める快楽殺人鬼だったら、自分が攻撃を喰った時点であんな冷静ではないだろう。
快楽殺人鬼などの自身の力に自信の有る者は、予期せぬ攻撃に対して過度な反応を見せる。
それは殺す者と殺される者の関係を保ちたいからだ。
勿論自分自身は殺す者だ。
けれども、攻撃や予期せぬ反撃を喰った場合それが壊れてしまう可能性が高い。
それはプライドと言う名の自己顕示欲。
だが、侵入者・天酉はその様な素振りは見せなかった。
寧ろそう此所が問題なのだ。
「………寧ろ、死にに来ているみたいだ」
鴨梨が呟いた。
生きて此所から出て行く。
無傷で目標を撃破する。
となれば、行動パターンは読める。
慎重に行動し、なるべく不要な殺しはせずに目標を目指す。
だが、死ぬ気ならばそうはいかない。
動く事に、殺す事に、姿が見つかる事に躊躇は無い。
それは解り易い反面対処が難しい。
隠れながら来てくれたのなら誰にも見られない所で始末出来る。
だが、堂々と来られたら此方が大きな動きを見せられない。
一般人が居ると言う弱みだ。
特攻自爆もあり得る。
そんな中、クレファーの能力は重宝だった。
狙撃をメインにした能力。必然か偶然か解らないが、全てが狙撃手に取っては宝の様な能力だ。
対象が隠れようが、どんなに遠くに居ようが、撃ち抜ける。
長距離からの攻撃は気付かれづらいし、気付かれても逃げる時間は十分にある。
その為、鴨梨は一番最初にクレファーに連絡を入れた。
『ガ○ガリ君、1年分追加しますから、相手への奇襲、牽制を。そして、Qが負傷した場合は再生まで援護を』
見越した指示だ。
「………こっちは多分大丈夫だが、相手がこれだけの筈がない。まだ何処かに居る筈………そして、目的は多分だけど………」
鴨梨は顔を歪める。
「………気を付けろよ。天使ちゃん。一番の可能性は、お前だ」
役者は揃い始めた。
だが、未だ主役は居ない。
最初の方はですね、ある意味敵である意味味方です。
まだまだ真の登場はないですかね。
そして桔梗。
彼女は結構なハードの過去の持ち主です。
唯のやられキャラにするつもりも無かったので、設定は結構濃いですね。
紗々も紗々で、過去に色々あります。
それは空河の過去編にでも。
さて、時間が空いてしまいましたが、まだ止めるつもりはございませんです。
これからもお願いします………。
それでは、それでは………。