秋の麒麟草
アキノキリンソウです。
花言葉は「警戒」「要注意」「用心」です。
まぁ、この三つですかね。色々と。既にネタに困ってます。
天酉は目の前に立つ『狂者』を見て喜んでいた。
どんな能力かも解らない。危険性の有無すらも。
だが、その者が浮かべるそれは、紛う事なく狂っていた。
目に映る全てを。三日月の様に吊り上がった口は恐怖を誘う。
天酉は歓喜していた。
『完璧』に続き、『天才』を。
天酉は知らない。越智が『天才』と呼ばれる者だと。
だが、直感が云っていた。
神をも殺すのではないだろうかと言うこの漂う狂気は、乗り物に乗って酔うのと同等に特別変でもなく当然かの様に天酉を酔わせた。
歓喜。それは狂喜。
出会えた。巡り会えた。
頭に浮かぶ言葉は1つ。
“殺し合おう”
天酉は異常なまでに、笑みを作った。
ピエロのメイクが可愛く思える様な、そこに出来る筈も無い笑みを。
「楽しく………楽しくなってきましたねぇ………」
姿勢を低くする。それは先程までの守りの姿勢とは反転、完全な攻撃態勢。
動く前に動く。殺される前に殺す。
それを空気が伝える。
「前菜を抜かしてメインディッシュ………しかも大層な獲物だ」
『破壊狂』が右手を前に突き出す。
それは始まりの合図。
空気が伝える。
殺気が充満する。
狂喜が爆ぜる―――!!!
「「ハァッッッッ!!!!!!!!!」」
互いに駆け出す。
地面に溜まる血を踏み、肉を踏み、駆ける。
ブシュゥゥゥゥッッ!!!!
『破壊狂』の右肩が切れる。
が、『破壊狂』の痛覚は麻痺している。これは切り傷以下の痛み。気にもせずに狂者も動く。
「捻れ壊れろォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
ブギュッッ!!! ブチブチッッッ!! ゴギゴギッッッ!!!!!!!!
天酉の右腕の肉が潰れ、捻れ、骨が砕ける。
「クハッ!! 最高ですね!! 最高の能力じゃないですか!! それが感覚を消し去った化け物ですかッ!!? 最高ですよ!! 本当に最高ですよ!! 俺、または僕、または私はもう既に感無量だ!!」
天酉は自身の辛うじて繋がる右腕を見ながら叫んだ。
表情は笑み。叫ぶ言葉は本性。
喜び。それは有無も言わさず天酉の痛覚を消していた。
「見て下さいよ!!! 俺、または僕、または私の右足を!! 右腕を!!! 右足も右腕も各々の役割を果たせぬ程の無残さ!! 愉快! 愉快!! 立っているのがやっとですよ!! 本当に………最高だッッ!!!!!!!!!!!!」
目を見開いた。口からは涎が垂れ、体を大きく動かした為辛うじて付いていた右腕は千切れ飛ぶ。
だが、それを気にせず天酉は笑みを浮かべる。笑みを向ける。
そして、前へ出る。
グチュッ―――。
肉を踏む。
グチュッ―――。
肉を踏む。
ブシュッッッ!!!
踏み、内蔵が飛び出す。
だが、それすらも気にせず天酉は笑みを浮かべ狂者に叫んだ。
「さぁ!! さぁ!!! もっと!! もっと!! もっとォォォォォォ!!!!!! 派手に、狂喜に、死ぬ程に!!!! 俺、または僕、または私を愉しませろ!!!!!」
ブシュウウゥゥゥゥゥゥゥウウウウゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥゥッッッッ!!!!!!
瞬間、『破壊狂』の左腕が消える。いや、吹き飛ぶ。斬られた。それは見事に視界に止める事も出来ずに。
『破壊狂』は顔だけ動かし左腕があった所を見つめる。血が吹き出る。雨だと錯覚する程に。それは綺麗に噴き出る。
だが、痛覚の無い狂者に取ってそれは問題では無い。
「………腹が満たされる………だが、獲物の最後は無残だぞ?」
勢い良く天酉の方を見た。
「フフ、では再開しましょう。喰うか喰われるか。至極簡単な、狩りを」
この場に、もしこの場に何も知らない者が現れたとしよう。もしその者がこの場を見たら。この向かい合う2人を見たら。最初に何を言うだろうか? 何をするだろうか?
答えは解らない。だが、確実に頭には過ぎるだろう。
『狂っている』と。
ブシュゥゥゥゥウウウゥゥゥゥウウウウッッッッッ!!!!!!!!
グシャッッッ!!! ブチブチブチブチブチッッッッ!!!!
『破壊狂』の横っ腹から血が噴き出る。
天酉の左腕が捻れ潰れる。
もう既に、これは勝敗など関係が無かった。
腕、脚、既に五体満足では無い。
無い腕を補う能力は無い。無い脚を補う能力は無い。
噴き出る血を止める手立ても、補給する手立ても無い。
刻々と迫る命のタイムリミットを止める手立ても無い。
死。それが迫っているにも関わらず、二人は笑みを浮かべていた。
互角。そう思えるこの状況。だが、それは違う。余りにも違う。
天酉は笑みを浮かべた。
「………どうやら、貴方の能力は面倒らしいですね」
『破壊狂』はその言葉の真意を聞かずに動きだそうとする。
その様子を見ながら、天酉は続ける。
「腕、脚、腕。捻ると言う人体を破壊するには最高の手段。先程の貴方と、今の貴方。それは二重人格の様な存在。今の貴方なら、人を殺すのに躊躇などしないでしょ? それなのに、貴方は必殺を使わない。痛めつけるだけ。まるで………その能力で即死させる事が出来ないかの様に」
天酉は笑みを一層深くする。
『破壊狂』、越智の能力は飽く迄も『破壊狂』は壊す事を愉のしむ能力。と、ザッパリ此所では言ってしまおう。
思い出して欲しい。
RANK上げの一件を。
『破壊狂』はRANKⅣ生徒を一瞬で殺したか? 星野宮を一発で殺したか?
否だ。
捻った後に、痛みによるショック死や失血死などを除けば、彼は一発で息の根を止める事の出来る箇所には攻撃をしていない。
全て決まった所。腕や脚。
人間それだけでは即死出来ない。
『破壊狂』の能力であれば、首を捻るなり、胴体を捻り斬る事だって簡単だ。
それをしないのは何故か? 否、出来ないのだ。
それは越智宗次としての人格が問題だった。
能力使用中の越智を皆が『破壊狂』と呼ぶのは、能力使用中の越智は二重人格の様な感覚になるからだ。
その為、区別する為にも言い分けている。
だが、決して二重人格の訳ではない。
唯々理性と本能が別個になるだけなのだ。
どちらも越智宗次であれば、どちらも『破壊狂』なのだ。
越智宗次の時に『破壊狂』が暴れ出し、勝手に能力を使ってしまうなんて事もあった。
それが可能ならば、『破壊狂』を越智宗次が止める事も可能なのだ。
だが、理性では本能に打ち勝つには大変である。
そんな中越智宗次は『破壊狂』に小さな抵抗、楔を打ち込んだ。
それは、『人を直接殺めない』と言う楔。
越智宗次が『破壊狂』に抵抗し、唯一打ち込む事の出来た契約。
『破壊狂』は無意識ながらもそれを実行していた。
『破壊狂』は人を直接自身の手で殺める事が出来ない。これはこの場、殺戮者を前にしてでは致命的だった。
天酉はその事に気付いていた。
その契約を守る意味や、理由など知ろうとはしない。
意味の無い事だからだ。
殺す人間の奥深くまで探る意味を、天酉は必要としてない。
殺す。それだけである。
今この場で、天酉に『破壊狂』によって殺されると言うケースが消えた。
その考えが消える事は、余りにも大きい。
殺し合いに措いてまず即死する心配が無くなったのだ。
後は時間との勝負。
天酉は既に自身の体の限界を感じ取っていた。
持って後数分。自分の体から血が無くなって行くのが解る。
此所で死ぬ?天酉にはそんな考えは一切無かった。
天酉は快楽主義者。自身の快楽の為には何でもする。その様な男なのだ。
この『宝殿高校』は言わば宝箱。
様々な能力者が集められたこの場には、天酉を愉のしませる者が見渡す限り広がっている。
そんな遊び場を前に、天酉が此所で立ち止まる訳がない。
もっと、もっと、もっと!!!
天酉は目の前に立つ『破壊狂』を見据える。
「………終わりにしましょう。既に、エンディングが見えました」
天酉は動かない。動かずとも、殺せるからだ。
首を刎ねれば終わる。天酉は笑みを浮かべた。
「また、俺、または僕、または私の心の墓標に名が増える」
終わり。
………そう、終わりだ。
「―――!!?」
天酉の表情が変わる。
それは一瞬、
パンッッッ!!!!
何かを弾く音が響き渡る。
それは唐突に。天酉が『破壊狂』に止めを撃とうとした時、天酉は自身の真横を向き、一歩下がった。
そして、天酉の目の前で何かが何かと衝突。
まるで天酉が何かを察知して何かを防いだかの様な、その様な光景だった。
―――カランッ―――。
「…………銃弾」
アスファルトに落ちた銃弾。この場で銃を持つ者など居ない。
だが、それは落ちていた。いや、正確には落とした。弾いたと言った方が良いかもしれない。
天酉は辺りを見渡す。
が、周りは木が生い茂っているだけ。辺りに人が居る気配は皆無。
天酉は顔を歪めた。
狙われている。既に、自分が狩る側から狩られる側に変わっている事に天酉は気付いたのだ。
今此所に落ちている銃弾は確実に天酉のこめかみ、頭を狙っていた。
誰が?そう考え直ぐさま消した。
「………狙撃手ですか」
天酉は笑みを浮かべる。
能力者で武器を扱う人間は少ない。
自分達は炎を操り、時間を操り、人の心すらも操れるのだ。
無粋な鉄や金属の固まりは不要。
だが稀に、武器を持った方が自身の能力を発揮出来る場合がある。
天酉は転がる銃弾を見る。
一見しても、銃弾が能力による物だと思えない。
ならば銃弾をどうこうする能力ではなく、対象に当てると言った所に特科した能力。
「………もしや、多重能力者?」
天酉のその考えは唐突ではない。
辺りから狙撃手の気配がしない時点で、長距離から射撃されている。
それに周りには大きな木が生い茂り視界を塞いでいる。高い所からと言っても、校舎4階程度の高さでは足りない。木が姿を隠している。
この状況でも正確に天酉の脳天を狙い狙撃。
考えられる能力は『敵を補足出来る目』『銃弾を自由に操れる』だ。この二つが扱えれば、どんな所に居る敵だろうと狙える。
些か分が悪かった。
姿が見えないと、どうも出来ない。相手は攻撃出来、自身が攻撃出来ないと言う状況は死を現している。
「………さて、どうしたものか」
苦笑いをしながら『破壊狂』を見る。
『破壊狂』は唯、仁王立ちしながら天酉を見ていた。
これは相手の様子を窺っているのではない。攻撃出来ないだけだ。
『破壊狂』に打ち込まれている楔のせいで、自ら手を下せない今、一本足で辛うじて生きている天酉に攻撃を喰らわす事が出来ないのだ。
死なない場合もあるが、死ぬ場合もある。
その為動けない。
天酉がこうも新たに現れた狙撃手の事だけを考えられるのも『破壊狂』の脅威が消えたからだ。
天酉は再度狙撃手の対策を考えていた。
だが、それは直ぐに中断する事になる。
「…………!!?」
天酉が不意に辺りを見渡す。
気配。そう言ってしまうには余りにも確証の無いモノ。
「二発?」
辺りを見渡しながら呟く。
それは発砲されたであろう銃弾の数。
音は皆無。それを察知出来るのは既に気配とかの域を出ていた。
勘、運。そう言ってしまっても良いかもしれない。
どんな歴戦の勇士だろうと、どんな戦場をも切り抜けた兵士だろうと、見えぬ所から攻撃されたら終わりだ。
そんな中でも、生き抜けるのは経験や実力もそうだが、勘や運が大きく左右している。
この場は危険だ。そう知らせる自身の危機察知能力は戦場と言う窮地に措いて最大に生かされている。
天酉のそれもそうだ。
確証は無い。だが、それを否定する事もない。
感じたら動く。それは生きる事に措いては重大な事でもあるのだ。
「………………来る」
そう呟いた瞬間、
パンッッッ!!!!
先程と同じ様に、天酉の周りで何かが何かを弾く音が響く。
カランッ―――。
「一発」
落ちる銃弾の音を聞き呟く。
看破入れずに、
パンッッッ!!!!
先程同様音が響く。
天酉は笑みを浮かべた。
「二発」
カランッ―――。
銃弾が落ちる。
「これだけでは、俺、または僕、または私は殺せませんよ?」
不敵に笑みを浮かべる。
余裕。今までの三発の攻撃を見ても、相手に天酉の防御を突破出来る力は無い。
そう確信した天酉は笑みを浮かべた。
だが、それは致命的であった。
三発。そう、たった三発の銃弾で相手の力量を決めつけてしまった事。
自身で、自身の警戒を緩めてしまった事。
既に、遠く離れた狙撃手は心臓、脳天と言う的を狙い、引き金を引いているのだ。
ブシュッ!!
唐突に小さく音が響いた。
その音は静寂を包むこの場では、それはやけに響いた。
「………ぐふッッ………な、に?」
天酉は口から血を吐き出した。
それは余りにも唐突。
視線をゆっくりと下げる。
見るのは自身の胸。痛みが走る箇所。そこは赤く染まった箇所。
返り血。否、流れ出る血は自分のモノだろう。
泡を噴きながら、トクトクと流れ出る血。
撃たれた。
「チッ!!!!」
瞬時に警戒を強くする。
パンッッッ!!!! パンッッッ!!!! パンッッッ!!!!
三発何かを弾く。
それは銃弾。角度は様々だが、狙う箇所は急所。
カランッ――カラッカランッ――――。
銃弾が落ちる。
「チッ! ………明らかに数が可笑しい」
奥歯を噛み締めながら、天酉は防御に徹した。
天酉は命が複数あるとか、簡単に死ねない不死擬きなどではない。
痛みも感じれば、たった一つの命を抱える人間だ。
胸を射貫かれた。それは致命傷。辛うじて心臓には当たってはいないが、死ぬには十分過ぎる。
切れる息。疲労ではない。痛み。それが全ての臓器の活動を鈍らせる。
「………油断しましたね………この数、明らかに1人じゃない。狙撃手は複数でしたか」
天酉は撃たれた箇所を見ながら呟く。その傷口を押さえる手は既に無い。
「ですが、逃げ切れない訳でもない」
笑みを浮かべる。
この状況でも笑み。それは余裕か、やせ我慢か。
どちらにしても、この場で笑えるのは馬鹿か壊れた奴ぐらいだ。
パンッッッ!!!! パンッッッ!!!! パンッッッ!!!!
パンッッッ!!!! パンッッッ!!!! パンッッッ!!!!
パンッッッ!!!! パンッッッ!!!! パンッッッ!!!!
パンッッッ!!!! パンッッッ!!!! パンッッッ!!!!
パンッッッ!!!! パンッッッ!!!! パンッッッ!!!!
パンッッッ!!!! パンッッッ!!!! パンッッッ!!!!
天酉の周りで何発もの銃弾が何かに弾かれ、地面に落ちる。
消耗戦。その言葉が過ぎった時、不意に銃弾の雨が止んだ。
「?? ………弾切れですかね?」
「いや、復活完了しただけだ」
「!?」
その声はいきなり。天酉の後ろで聞こえた。
「まさか、下半身と一時とは言えお別れするとは思わなかったぜ」
天酉の後ろ。血塗れの地面に立つは同じく血塗れの男。
先程、天酉が上半身と下半身を斬り離した男。
「かなり痛かったぜ? 俺は『破壊狂』の様に痛覚麻痺なんてのは出来ないんだからな」
右肩を回しながら、五十嵐は笑みを浮かべる。
「………不死身ですか?」
冷や汗を流す。敵が増えた。それはこの状況では芳しくない。
「んあぁ? 不死身? んな訳ねぇだろうが。唯、超ぉぉ死にづらいだけだ」
―――――再戦―――――。
いやぁ~……まぁ、仕方無い。
色々とネタ切れ間近。