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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

生徒会長と会計の百合妄想

作者: 菊一
掲載日:2026/04/01

「何をそんなに怯えているんですか」


 目の前にいる少女は、本当にただ、問題の答えが分からないとでも言いたげな顔でそう言った。


「……っ」


 喉が引き攣る。言葉が出ない。


「あぁ、これですか」


 彼女は自分の手元を見下ろし、指先についた赤を軽く振る。


「安心してください。これは私の血ではありませんので」


 的外れな説明だった。そんなことは、分かっている。

 今、目の前で起きたことを、私はちゃんと見ていた。


 床に転がっている「それ」は――ついさっきまで、副会長だったものは、もう二度と動かない。


「……自分が何をしたか、分かってるの?」


「えぇ、もちろん」


 彼女はあっさりと頷く。


「じゃあ、なんでそんなに平然としていられるの!?」


「うるさいですね……そんなに声を荒げないでください」


 心底面倒そうに眉をひそめて、彼女は言う。


「貴方が望んだことじゃないですか」


 息が止まる。


 何を言っているの……


「それに、そんなに悪いことですかね?」


「当たり前でしょ……!」


「当たり前、ですか」


 彼女は一瞬だけ考える素振りを見せて、それから小さく首を傾げた。


「確かに、人を殺しましたが――それの何がいけないんですか」


 理解が追いつかない。


 けれど、その言葉だけは、やけに鮮明に胸に刺さった。


 それは、ただの軽口のつもりだった。


 本当に、ただの愚痴だったのに。



---


数時間前のこと。


 生徒会室はいつも通りだった。


「これ、会計の仕事だから。よろしく」


 副会長はそう言って、分厚い書類の束を私の机に置いた。


「……これ、広報の分も入ってますけど」


「細かいこと気にしないでよ。どうせ暇でしょ?」


 笑いながら言われる。冗談みたいな口調で、でも断る余地はない。


「……分かりました」


 結局、受け取るしかなかった。


 こういうのは、初めてじゃない。

 気づけば、雑務のほとんどは私に回ってくるようになっていた。


 面倒だとは思う。でも――それだけだ。


 我慢できないほどじゃない。

 騒ぐほどのことでもない。


 だから、何も言わない。


「大丈夫ですか?」


 気づくと、隣に人影があった。


 生徒会長だ。


「手伝いますよ」


「え? ああ、大丈夫だよ。このくらい」


 何でもないように笑ってみせる。


「そうですか」


 彼女はそれ以上は何も言わなかった。ただ、机の上の書類を一瞥して、静かに視線を戻す。


「困っているように見えましたので」


「心配してくれてありがと」


 軽く肩をすくめる。


 その瞬間、ふと、口をついて出た。


「……それに悪いのはあいつだし。会長の負担が増えるのはよくないよ。ほんと、あいつがいなくなればなー」


 自分でも、少し笑ってしまうくらい軽い調子で。


「いなくなれば、解決しますか?」


「え?」


 思わず顔を上げる。


 彼女は真剣な目でこちらを見ていた。


「いやいや、違うって。冗談だよ、冗談」


 慌てて手を振る。


「そんなわけないじゃん」


「……そうですか」


 彼女は一瞬だけ黙り込んで、それから静かに頷いた。


「では、問題は解決できますね」


 小さく、そう呟いた。


 その言葉の意味を、私は深く考えなかった。



---


そして、現在。


 返り血で汚れた生徒会長の指が、私の頬をゆっくりとなぞる。


 冷たい。


 現実感が、指先からじわじわと染み込んでくる。


 足元に転がっているそれは、もう二度と私に仕事を押しつけることも、あの笑い方をすることもない。


 ――確かに、困ることは、何もない。


 そのはずなのに。


 目の前の彼女の瞳に映る私は、あの頃よりもずっと深い場所に沈んでいた。


「何を怯えているんですか?」


 優しく問いかける声。


「あなたが望んだことでしょう」


「……違う。こんなの望んでなんか」


 かすれた声が、ようやく出る。


「あれは、ただの……」


「冗談、ですか?」


 言葉を遮るように、彼女は微笑んだ。


「言葉には責任が伴います」


 彼女は指を自分の唇にあて、何かを確かめるように目を細める。


 耳元に、吐息がかかる。


「先輩は、あの人がいなくなれば、と言った。

そして私は、それを実現した」


 違う。違うはずなのに。


「それで、貴方は助かったでしょう」


 否定の言葉が、うまく形にならない。


 息が詰まる。


 ――否定できない。


「対価は必要ですよね」


 静かな声で、そう言われる。


「対価がないのは、不公平です」


 頬をなぞっていた指が、そのまま顎へと移る。


「対価として、付き合ってください」


 逃げ場を塞ぐように、距離が近づく。


 その言葉には、一切の迷いがなかった。


 抵抗する気力は、もう残っていなかった。


 肩に、彼女の顎が乗る。


 軽くて、冷たくて、逃げられない重さ。


「逃げようだなんて、考えないでくださいね」


 低く、透き通った声が耳に落ちる。


「私を狂わせたのは、貴方なんですから

それに――私は、生きた貴方が欲しいので」


 夕闇が差し込む生徒会室で、


 私はようやく理解してしまった。


 ――逃れられないのだと。


 これは救済なんかじゃない。


 彼女が導き出した、完璧な答えであり、


 そして、一生解けない呪いだった。

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