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ナナシの錬金工房  作者: 鈴原みこと
第1話 メイドたちの憂鬱
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ナナシの錬金工房

此度(こたび)は手抜きをしたな』

 工房の地下にある一室――その中央に置かれた天の水鏡(みずかがみ)の前で、彼はその声を聞いていた。

「手抜きとは心外ですね」

 銀色の長い髪を(もてあそ)びながら、赤く染まった水面に向けて反駁(はんばく)する。

『我の与えた力に頼ったではないか。錬金工房の名が泣くぞ。のう⋯⋯ナナシよ』

 揶揄(からか)うように声が応えた。

「貴方までそう呼びますか⋯⋯ただの勘違いだとご存知のくせに」

 水面の声が含み笑った。

『お前が否定せぬから(まこと)しやかに広がったのだろう。それを(いと)うなら本名を名乗ればよい』

「名前など、ただの記号に過ぎませんよ」

『本当にそう思っているのなら、寂しそうな顔をするのはよせ』

 顔が見えているはずもないくせに――そう思いながらも、反論の言葉は出なかった。

 代わりに別の文句を口にする。

「今回水鏡(みずかがみ)の力を使ったのは、それが最適と判断したからです。錬金工房である前に、願いを叶えるのがこの工房の本懐(ほんかい)ですからね」

『人の願いばかり叶えて(むな)しくはならないのか?』

 意地悪な質問だ、と顔をしかめる。

「哀れに思うなら私の願いを叶えてくださいよ」

 また、含み笑う声が聞こえた。

『今それを叶えたら、この大陸が滅びかねん』

「そこまで脆弱(ぜいじゃく)ではないですよ⋯⋯人間なんて、存外()(ぎたな)いものです」

『それは、自分のことを言っているのか?』

 水面から聞こえる声は、変わらず楽しげだ。釣られたわけではないが、蒼玉(サファイア)の瞳を細めて自分も笑った。

「私を人間と認めてくれるのは、貴方くらいのものです」

 愛おしげに呟いた声は、赤い水面に静かに溶けていった。


 ここはナナシの錬金工房――

 切実な願いを抱える彷徨(さまよ)(びと)をこの場へと導き、その願いを叶える不可思議な店。その店主は、人間離れした雰囲気を放つどこかミステリアスな青年だという。

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