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ナナシの錬金工房  作者: 鈴原みこと
第1話 メイドたちの憂鬱
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情欲と嫉妬の連鎖

「知ろうとするのは良いことです」

 銀髪の店主は教師めいた口調で頷いた。それを見たオリーヴは、先刻までの彼の言動に刺のようなものを感じたのは間違いではなかったのだと悟った。

「ナナシさんは私の認識の甘さに呆れていたんでしょうか?」

 率直に問うオリーヴに、彼はきょとんとした表情で首を傾げた。

「⋯⋯いえ。私はただ、勿体(もったい)ないな、と思っただけです」

「勿体ない、ですか?」

「今回の騒動に関しては、冤罪(えんざい)を着せられただけで、あなた自身には何の批もない。それは確かです。でもその事実が現実にあなたを救ってくれるわけではありません」

 坦々と事実だけを(つづ)るように彼は続けた。

「けれど、それまでのあなたの言動次第では、最悪の事態を回避することもできたでしょう」

 最悪の事態――それは、弁明すら聞いてもらえず一方的に犯人だと決めつけられたことを言っているのだろう。

「言動次第⋯⋯」

「はい。もし一人でもあなたを(かば)ってくれる人がいれば、少なくとも孤独に恐怖を抱えることはなかった。たったそれだけでも、随分と違うものですよ」

 他人に興味がないからといって誰とも関わろうとしなかった。そのせいで生まれた悲劇だと彼は言う。

「他人に関心がないというのは別に悪いことではありません。ですが人の世で生きていく以上、他者との関わりは無視できないものです」

 今回のことでそれを思い知ったオリーヴには素直に頷ける言葉だった。

「もしどうしてもそれが嫌だと言うなら、人のいない山奥にでも住むしかありません。私のようにね」

 本気とも冗談とも判別のつかない眼差しで美貌(びぼう)の店主は笑う。オリーヴも釣られて苦笑した。

「そうですね。そうしたいと思うほど人付き合いが嫌いなわけではないです」

「では、事態を改善するためにも、リネットが嘘をついた理由を突き止めましょう」

 そう言って再び手を(かざ)すと、また水面が揺らめいて新たな映像が現れた。そこには、リネットと一人の男性使用人(フットマン)が映し出されていた。

 映像の中のリネットは、そのフットマンにしきりに話しかけていた。頬を(ほの)かに紅潮させて嬉しそうな表情を浮かべているが、彼は素っ気ない態度で応じている。

「この男性が誰か知っていますか?」

 問われてオリーヴは曖昧(あいまい)に頷いた。

 顔に覚えはある。よくオリーヴに声をかけてくるフットマンだ。しかし、彼が出す話題に興味はないし、仕事の邪魔でもあったから、まともに取り合ったことがなく、名前も覚えていない相手だった。

「リネットは彼に気があるみたい」

 今までオリーヴは知りもしなかったことだが、この映像を見ている限りではそう思える。

「そうですね。でも彼には邪険にされているようです」

 映像が切り替わって、(くだん)のフットマンがオリーヴに話しかける姿を遠目から見つめるリネットの表情が映される。その瞳は嫉妬に陰ってきつく釣り上がっていた。

 それから、オリーヴにきつく当たるリネット、それを知ってリネットに意地悪い態度をとるようになったフットマン、対照的にオリーヴには良い人の顔で笑いかける彼の様子とそれを遠目に見るリネットの姿が映った。

「原因が分かりましたね」

 見えてきた真実に、オリーヴはどんな感情を抱いていいかも分からず言葉を失っていた。

 単純といえば単純な話だ。

 オリーヴに気があるらしいフットマンに恋慕したリネットが嫉妬でオリーヴに八つ当たりし、彼はそんなリネットに冷たく接する。その裏には、(なび)く様子のないオリーヴにアピールする狙いが含まれていた。

 だがオリーヴにとってはただ鬱陶(うっとう)しいだけで、彼への対応はますます素っ気なくなる。

 オリーヴが素っ気ないほどフットマンがリネットに見せる態度も冷たくなり、リネットはオリーヴへの憎悪を募らせる。

 最悪な悪循環がそこにはあった。

「嫉妬心が肥大化した結果、リネットはあなたを排除したくなるほどの憎しみに取り()かれた、というところでしょうか」

「私は⋯⋯何も見えていなかったのね」

 空虚な感情でオリーヴは呟く。

 リネットの悪意が今はただひたすらに悲しかった。

「何はともあれ、要因ははっきりしました。あなたはこれから、どうしますか?」

 自分がどうしたいかは分からない。でも何をすべきかは分かっていた。

「理由はどうあれ、リネットのしたことは許されないことだわ。彼女は自分がしたことの責任を負うべきよ」

「では、彼女の罪を暴かなければなりませんね」

「でも、どうやって⋯⋯」

 自分の潔白を証明できなかったからオリーヴは不当な罰を受けた。誰かと信頼関係を結ぶチャンスはもうない。オリーヴが自分でそのための道を閉ざしてきたのだから自業自得だ。

 今さら何ができるだろう、と悩むオリーヴに美貌(びぼう)の店主は次なる映像を見せた。

 そこにはお嬢様のロケットペンダントを質屋に持ち込んだリネットの姿があった。癖の強いブラウンの(かつら)を被って、ご丁寧にメイド服のまま――あれなら、どこの屋敷に仕えるメイドかすぐ分かる。

「髪色は(かつら)で誤魔化せても、目の色は変えようがありません。質屋の店主は、彼女の燃えるような赤い瞳を覚えているのではありませんか?」

 映像に映っているブラウン髪のメイドは、綺麗な赤い瞳で質屋の店主に笑いかけている。そこにはリネット本来の明るい人柄が、如実に表れていた。

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