真実を映す水鏡
パンとスープを食べ終えてから、オリーヴはこれまでの経緯を工房の店主に説明した。
「私は本当にペンダントのことは知らないし、なんで皆がリネットの言葉だけを信じるのかも分からないです」
平然と嘘をつくリネットを酷いと思ったし、片一方の主張だけを聞き入れる周りの姿勢に理不尽だと憤りも感じたし、何より⋯⋯とても怖かった。
しかし銀髪の青年から返ってきたのは同情の言葉ではなかった。
「本当に分からないんですか?」
オリーヴは床に落としていた視線を持ち上げて美貌の店主を見上げた。
彼は形のいい眉をわずかに持ち上げ、不思議そうにオリーヴを見ている。口調も表情も彼女を責めている雰囲気ではないのに、オリーヴには何故だか居心地悪く感じられた。
「えっと⋯⋯」
オリーヴは小さく呟いて目を伏せた。言われた言葉の意味も、どう返せばいいかも分からなかったからだ。
店主の青年はほんの少しだけ視線を彷徨わせてから手にしていた珈琲カップを置いて立ち上がった。
「面白いものをお見せしましょう。こちらについてきてください」
そう言って床に座ったままのオリーヴに手を差し出す。どこに連れて行かれるのかも分からないまま、オリーヴはおずおずとその手を取った。
連れて行かれたのは地下の一室だった。地下に降りてから鍵のかけられた扉を二つ潜った先にあって、特別な場所であることが窺える。
「この中に入っている間は決して手を離さないでくださいね」
三つ目の鍵をカチリと開けて、オリーヴの手を引いたまま彼は中へと入っていった。それに続いたオリーヴは扉を潜った瞬間、体が浮くような錯覚に襲われる。
床の上を歩いているはずなのに、まるでその実感がない。そんな不思議な空間だった。
手を離したらどうなるのだろう、と怖いもの見たさが働くが、試してみる気にはなれない。
部屋の中央には巨大な杯のような物が置かれていた。近くまで行くとオリーヴの腰の高さまであることが分かる。
中には水が張っていた。
「これは『天の水鏡』といって、真実を映してくれます」
「真実を⋯⋯?」
どういうことか分からず、オリーヴは首を捻る。
「実際に見てみるのが一番早いですね」
そう言って、銀髪の店主は空いている方の手を水鏡に翳した。
水面が揺らめいたかと思うと、そこに見覚えのあるメイドたちの姿が映し出される。そして彼女たちの話し声が聞こえてきた。
『さっきオリーヴに無視されたわ。ここ掃除したの? って聞いただけなのに』
『私も昨日、手伝いを頼んだら素っ気なく断られたわ。それは自分の仕事じゃないって感じで』
『あの子、いまいち何を考えてるのか分からなくて、とっつきにくいのよね』
そんな会話が耳に入って、オリーヴはショックを受けた。
「これが、彼女たちの本音のようですね」
「そんな⋯⋯私、誰かを無視したことなんてないし、手伝いを断ったのだって他に仕事があったからで、そのことはちゃんと伝えてるはずなのに⋯⋯」
オリーヴが弁明するも、彼は「そうですか?」と首を傾げた。相変わらずその声は優しいが、やはりオリーヴは責められたような気がして身が竦む。
銀髪の店主がまた水鏡に手を翳すと、映像が別のものに切り替わった。
今度は、先ほど見たメイドの一人と、オリーヴ自身が映っていた。
『ねえ、ここはもう掃除した? まだだったらやっておくけど』
そう声をかける同年代のメイドをチラとも見ずに歩き去るオリーヴの姿は、確かに相手を無視したように見える。
よく見れば、微かにオリーヴの口は動いていた。この時のことはオリーヴも覚えている。
彼女の質問に「したわ」と答えたはずだ。しかしその独り言のような呟きが、相手に届いているようには見えなかった。
また映像が切り替わる。
最初の映像に映っていたもう片方のメイドと、またこれにもオリーヴが映っている。
『あ、ちょっと。手が空いてるようなら、これを運ぶの手伝ってくれない?』
オリーヴよりも少し年配のメイドが、大量のリネンを抱えて難儀している様子だった。
これに対して映像の中のオリーヴは、
『悪いけど、他に仕事があるから』
と冷たい声で言い放って、先輩メイドを見捨てるように背を向けた。
映像を見ていたオリーヴは愕然と肩を震わせた。
「私⋯⋯周りからはこんなふうに見えているのね」
客観的な視点から見て初めて、周囲に対する自分の態度が冷淡なことにオリーヴは気づいた。
そんなつもりはなかった、などと言ったところで、伝わらない言葉にはなんの意味もない。
「理解できましたか?」
銀髪の店主に問われて、オリーヴは素直に頷いた。
こんな自分を、皆が信じてくれるはずもなかったのだ。
「こんなことになったのは、私のせい⋯⋯なのかな?」
落ち込むオリーヴに「それは違います」と彼は首を振る。
「悪いのはあくまで嘘をついたリネットというメイドです。それは忘れないでください」
救いになるはずの言葉に、しかしオリーヴは腑に落ちない事があって銀髪の青年を仰ぎ見た。
「リネットはどうしてあんな嘘をついたのかしら? あの子にも何か誤解を与えるようなことしてた?」
部外者である彼にそんなことを訊くのは滑稽な気もしたが、これにも答えを示してくれるのではないかと思ったのだ。
美貌の店主が柔らかく微笑んだ。
それは、肯定的にオリーヴの心を温かく慰めるもののように思えた。




