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ナナシの錬金工房  作者: 鈴原みこと
第1話 メイドたちの憂鬱
3/7

真実を映す水鏡

 パンとスープを食べ終えてから、オリーヴはこれまでの経緯(いきさつ)を工房の店主に説明した。

「私は本当にペンダントのことは知らないし、なんで皆がリネットの言葉だけを信じるのかも分からないです」

 平然と嘘をつくリネットを酷いと思ったし、片一方の主張だけを聞き入れる周りの姿勢に理不尽だと(いきどお)りも感じたし、何より⋯⋯とても怖かった。

 しかし銀髪の青年から返ってきたのは同情の言葉ではなかった。

「本当に分からないんですか?」

 オリーヴは床に落としていた視線を持ち上げて美貌(びぼう)の店主を見上げた。

 彼は形のいい眉をわずかに持ち上げ、不思議そうにオリーヴを見ている。口調も表情も彼女を責めている雰囲気ではないのに、オリーヴには何故だか居心地悪く感じられた。

「えっと⋯⋯」

 オリーヴは小さく呟いて目を伏せた。言われた言葉の意味も、どう返せばいいかも分からなかったからだ。

 店主の青年はほんの少しだけ視線を彷徨(さまよ)わせてから手にしていた珈琲(コーヒー)カップを置いて立ち上がった。

「面白いものをお見せしましょう。こちらについてきてください」

 そう言って床に座ったままのオリーヴに手を差し出す。どこに連れて行かれるのかも分からないまま、オリーヴはおずおずとその手を取った。

 連れて行かれたのは地下の一室だった。地下に降りてから鍵のかけられた扉を二つ(くぐ)った先にあって、特別な場所であることが(うかが)える。

「この中に入っている間は決して手を離さないでくださいね」

 三つ目の鍵をカチリと開けて、オリーヴの手を引いたまま彼は中へと入っていった。それに続いたオリーヴは扉を(くぐ)った瞬間、体が浮くような錯覚に襲われる。

 床の上を歩いているはずなのに、まるでその実感がない。そんな不思議な空間だった。

 手を離したらどうなるのだろう、と怖いもの見たさが働くが、試してみる気にはなれない。

 部屋の中央には巨大な(さかずき)のような物が置かれていた。近くまで行くとオリーヴの腰の高さまであることが分かる。

 中には水が張っていた。

「これは『天の水鏡(みずかがみ)』といって、真実を映してくれます」

「真実を⋯⋯?」

 どういうことか分からず、オリーヴは首を捻る。

「実際に見てみるのが一番早いですね」

 そう言って、銀髪の店主は空いている方の手を水鏡(みずかがみ)(かざ)した。

 水面が揺らめいたかと思うと、そこに見覚えのあるメイドたちの姿が映し出される。そして彼女たちの話し声が聞こえてきた。

『さっきオリーヴに無視されたわ。ここ掃除したの? って聞いただけなのに』

『私も昨日、手伝いを頼んだら素っ気なく断られたわ。それは自分の仕事じゃないって感じで』

『あの子、いまいち何を考えてるのか分からなくて、とっつきにくいのよね』

 そんな会話が耳に入って、オリーヴはショックを受けた。

「これが、彼女たちの本音のようですね」

「そんな⋯⋯私、誰かを無視したことなんてないし、手伝いを断ったのだって他に仕事があったからで、そのことはちゃんと伝えてるはずなのに⋯⋯」

 オリーヴが弁明するも、彼は「そうですか?」と首を傾げた。相変わらずその声は優しいが、やはりオリーヴは責められたような気がして身が(すく)む。

 銀髪の店主がまた水鏡(みずかがみ)に手を(かざ)すと、映像が別のものに切り替わった。

 今度は、先ほど見たメイドの一人と、オリーヴ自身が映っていた。

『ねえ、ここはもう掃除した? まだだったらやっておくけど』

 そう声をかける同年代のメイドをチラとも見ずに歩き去るオリーヴの姿は、確かに相手を無視したように見える。

 よく見れば、(かす)かにオリーヴの口は動いていた。この時のことはオリーヴも覚えている。

 彼女の質問に「したわ」と答えたはずだ。しかしその独り言のような呟きが、相手に届いているようには見えなかった。

 また映像が切り替わる。

 最初の映像に映っていたもう片方のメイドと、またこれにもオリーヴが映っている。

『あ、ちょっと。手が空いてるようなら、これを運ぶの手伝ってくれない?』

 オリーヴよりも少し年配のメイドが、大量のリネンを抱えて難儀している様子だった。

 これに対して映像の中のオリーヴは、

『悪いけど、他に仕事があるから』

 と冷たい声で言い放って、先輩メイドを見捨てるように背を向けた。

 映像を見ていたオリーヴは愕然(がくぜん)と肩を震わせた。

「私⋯⋯周りからはこんなふうに見えているのね」

 客観的な視点から見て初めて、周囲に対する自分の態度が冷淡なことにオリーヴは気づいた。

 そんなつもりはなかった、などと言ったところで、伝わらない言葉にはなんの意味もない。

「理解できましたか?」

 銀髪の店主に問われて、オリーヴは素直に頷いた。

 こんな自分を、皆が信じてくれるはずもなかったのだ。

「こんなことになったのは、私のせい⋯⋯なのかな?」

 落ち込むオリーヴに「それは違います」と彼は首を振る。

「悪いのはあくまで嘘をついたリネットというメイドです。それは忘れないでください」

 救いになるはずの言葉に、しかしオリーヴは()に落ちない事があって銀髪の青年を(あお)ぎ見た。

「リネットはどうしてあんな嘘をついたのかしら? あの子にも何か誤解を与えるようなことしてた?」

 部外者である彼にそんなことを()くのは滑稽(こっけい)な気もしたが、これにも答えを示してくれるのではないかと思ったのだ。

 美貌(びぼう)の店主が柔らかく微笑んだ。

 それは、肯定的にオリーヴの心を温かく(なぐさ)めるもののように思えた。

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