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ナナシの錬金工房  作者: 鈴原みこと
第1話 メイドたちの憂鬱
2/7

不思議な工房

 目を覚ますと、そこは見覚えのない部屋の中だった。

「何故?」という思いと、「どこ?」という疑問を抱えて混乱したまま体を起こしたオリーヴは、パサリと落ちる毛布を目にして、ふと自分が凍えていないことに気づいた。

 辺りはまだ薄暗い。

 目の前には(ほの)かに光るランタンが置かれていて、そこからじんわりとした暖かさが伝わってくる。

 状況が理解できずにぼんやりしていると、部屋の入口をコンコンと叩く音が聞こえた。直後に扉が開いて人が入ってくる。

 オリーヴは思わず目を(みは)って息を呑んだ。

 扉の向こうから現れた人物は、おおよそこの世のものとは思えない神秘性を放っていたからだ。

 細身の体躯(たいく)に小顔で透き通るような肌。その容姿は妖精かと見紛(みまが)う美しさで、腰まで伸びた銀の髪は艶を帯びてランタンの光を反射し、蒼玉(サファイア)を思わせる瞳が柔らかな曲線を描いている。

 現実離れした青年が薄く微笑んだ。

「ああ、目が覚めたのですね。良かった」

 安心したように発した声は、柔らかくも男性的な美声だった。

「えっと⋯⋯私、どうして⋯⋯?」

 何から聞いていいかも分からず、それだけを小さく呟くと、銀髪の青年はわずかに首を傾けた。

「あなたはこの工房の前に倒れていたんですよ。身体が冷え切っていたのでこの部屋に運びました」

「こう、ぼう⋯⋯?」

「ええ。ここはヘイレームの山奥にあるナナシの錬金工房です」

 ヘイレームといえば大陸の端の端にある辺境だ。どうしてそんな場所にいるのか、どうやって来たのかも分からず、オリーヴは戸惑った。それを見透かすように青年は笑う。

「切実な願いを持つ者をこの場まで導き、願いを叶えるお店なのですよ」

「願い⋯⋯」

 まだうまく回らない頭で、オリーヴは気になる単語だけを拾い上げる。

「ここに辿り着いたからには、あなたにも何か叶えたいことがあるはずです」

 柔らかい声音ながらも、青年の言葉が強い響きを伴ってオリーヴの耳朶(じだ)を刺激し、そのまま胸の奥へと落ちていった。

 水面に広がる波紋のごとく、オリーヴの思考にこれまでの記憶が再生されていく。

 ほんの数刻前に起きた悪夢のような出来事を⋯⋯。

「違う⋯⋯」

 その時の感情を思い出して、唇が小さく震えた。

「私じゃ、ない⋯⋯」

 絞り出した言葉と一緒に涙が零れる。

「私は何も知らない⋯⋯」

 自分に向けられた疑惑の目⋯⋯誰も彼もがオリーヴのことを疑っていた。お嬢様も激情に駆られるままオリーヴを問い詰める。告発者の言い分を鵜呑みにして⋯⋯。

 何よりもオリーヴの恐怖を(あお)るのは、告発したリネットの存在だった。彼女から感じた()き出しの敵意――正体不明の冷たい刃がオリーヴの心を深く(えぐ)った。

「どうして誰も信じてくれないの!? 私は何もしてないのに!」

 日常が一変した恐怖に、オリーヴの心は悲鳴を上げていた。暴れる感情のまま、彼女は声を荒げて嗚咽(おえつ)を洩らす。

 青年は何も言わず静かに部屋を出ていった。しかしオリーヴにそれを気にする余裕はなく、ただひたすら泣きじゃくる。

 室内にしゃくり上げる自分の声だけが響き、やがてそれが収まってくると、彼女の心を空虚な感情が覆い尽くした。

 こんな思いをしてまで、どうして自分は生きているんだろう⋯⋯。

 そんな思考に支配されかけたとき、再び部屋の扉が開いて銀髪の青年が戻ってきた。同時にふわりと優しい香りが漂ってきて、オリーヴの気持ちが少しだけ浮上する。

 彼は片手に乗せていたトレイをオリーヴの前に置いた。彩り豊かな野菜が顔を覗かせる透明なスープと小さなロールパンが二つ、自らの存在感を主張するように、美味しいそうな匂いを立ち昇らせている。

 途端にお腹が元気に鳴り響いて、オリーヴは顔を赤くした。

「スープとパンを温めてきました。まずは空腹を満たしましょう。少し元気になれますよ」

 工房の主の勧めに従って、オリーヴはスプーンを手に取った。

 スープを一掬(ひとすく)いして口に運ぶと、じわりとした温かさが口の中に広がっていく。ほどよい塩気が野菜の甘さを引き立てて、とても優しい味だった。

 食事を抜かれ納屋に閉じ込められた恐怖と悲しみが少しずつ(ほど)けていくのをオリーヴは感じていた。

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