不思議な工房
目を覚ますと、そこは見覚えのない部屋の中だった。
「何故?」という思いと、「どこ?」という疑問を抱えて混乱したまま体を起こしたオリーヴは、パサリと落ちる毛布を目にして、ふと自分が凍えていないことに気づいた。
辺りはまだ薄暗い。
目の前には仄かに光るランタンが置かれていて、そこからじんわりとした暖かさが伝わってくる。
状況が理解できずにぼんやりしていると、部屋の入口をコンコンと叩く音が聞こえた。直後に扉が開いて人が入ってくる。
オリーヴは思わず目を瞠って息を呑んだ。
扉の向こうから現れた人物は、おおよそこの世のものとは思えない神秘性を放っていたからだ。
細身の体躯に小顔で透き通るような肌。その容姿は妖精かと見紛う美しさで、腰まで伸びた銀の髪は艶を帯びてランタンの光を反射し、蒼玉を思わせる瞳が柔らかな曲線を描いている。
現実離れした青年が薄く微笑んだ。
「ああ、目が覚めたのですね。良かった」
安心したように発した声は、柔らかくも男性的な美声だった。
「えっと⋯⋯私、どうして⋯⋯?」
何から聞いていいかも分からず、それだけを小さく呟くと、銀髪の青年はわずかに首を傾けた。
「あなたはこの工房の前に倒れていたんですよ。身体が冷え切っていたのでこの部屋に運びました」
「こう、ぼう⋯⋯?」
「ええ。ここはヘイレームの山奥にあるナナシの錬金工房です」
ヘイレームといえば大陸の端の端にある辺境だ。どうしてそんな場所にいるのか、どうやって来たのかも分からず、オリーヴは戸惑った。それを見透かすように青年は笑う。
「切実な願いを持つ者をこの場まで導き、願いを叶えるお店なのですよ」
「願い⋯⋯」
まだうまく回らない頭で、オリーヴは気になる単語だけを拾い上げる。
「ここに辿り着いたからには、あなたにも何か叶えたいことがあるはずです」
柔らかい声音ながらも、青年の言葉が強い響きを伴ってオリーヴの耳朶を刺激し、そのまま胸の奥へと落ちていった。
水面に広がる波紋のごとく、オリーヴの思考にこれまでの記憶が再生されていく。
ほんの数刻前に起きた悪夢のような出来事を⋯⋯。
「違う⋯⋯」
その時の感情を思い出して、唇が小さく震えた。
「私じゃ、ない⋯⋯」
絞り出した言葉と一緒に涙が零れる。
「私は何も知らない⋯⋯」
自分に向けられた疑惑の目⋯⋯誰も彼もがオリーヴのことを疑っていた。お嬢様も激情に駆られるままオリーヴを問い詰める。告発者の言い分を鵜呑みにして⋯⋯。
何よりもオリーヴの恐怖を煽るのは、告発したリネットの存在だった。彼女から感じた剥き出しの敵意――正体不明の冷たい刃がオリーヴの心を深く抉った。
「どうして誰も信じてくれないの!? 私は何もしてないのに!」
日常が一変した恐怖に、オリーヴの心は悲鳴を上げていた。暴れる感情のまま、彼女は声を荒げて嗚咽を洩らす。
青年は何も言わず静かに部屋を出ていった。しかしオリーヴにそれを気にする余裕はなく、ただひたすら泣きじゃくる。
室内にしゃくり上げる自分の声だけが響き、やがてそれが収まってくると、彼女の心を空虚な感情が覆い尽くした。
こんな思いをしてまで、どうして自分は生きているんだろう⋯⋯。
そんな思考に支配されかけたとき、再び部屋の扉が開いて銀髪の青年が戻ってきた。同時にふわりと優しい香りが漂ってきて、オリーヴの気持ちが少しだけ浮上する。
彼は片手に乗せていたトレイをオリーヴの前に置いた。彩り豊かな野菜が顔を覗かせる透明なスープと小さなロールパンが二つ、自らの存在感を主張するように、美味しいそうな匂いを立ち昇らせている。
途端にお腹が元気に鳴り響いて、オリーヴは顔を赤くした。
「スープとパンを温めてきました。まずは空腹を満たしましょう。少し元気になれますよ」
工房の主の勧めに従って、オリーヴはスプーンを手に取った。
スープを一掬いして口に運ぶと、じわりとした温かさが口の中に広がっていく。ほどよい塩気が野菜の甘さを引き立てて、とても優しい味だった。
食事を抜かれ納屋に閉じ込められた恐怖と悲しみが少しずつ解けていくのをオリーヴは感じていた。




