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あなたを愛してしまったことを、許してください

作者: hanamizukiyume
掲載日:2025/12/23

もし人生が、あとわずかだとしたら。


私は、恋に落ちた人と過ごしたいと思った。

それが誰かを苦しめると知っていても。


これは、

自分の幸せと、

残されるあなたの気持ちを、

一枚の手紙に閉じ込めた物語。

――背景 あなたへ


あなたがこの手紙を読むことを、

私は望んでいません。


ただ、もし読んでしまったなら、

驚かせてしまったなら、

ごめんなさい。

でも、直接は言えませんでした。


最後まで、笑っていてほしかったから。


出会った日のこと、覚えていますか。


入学式に遅れて、体育館の扉を開けたとき、

あなたが同じように息を切らして立っていました。

その瞬間、なぜか思ったのです。


――間に合った、と。


本当は、あの日より前に

余命は一年だと告げられていました。


高校に通えるかどうかも、分からなかった。

それでも行こうと思ったのは、

最後に、普通の景色を見てみたかったからです。


あなたと話すようになってから、

私はずっと元気なふりをしていました。


走れるふりも、平気なふりも、

全部、嘘でした。


それでも、あなたが笑いかけてくれるたび、

一日、生き延びたような気がした。


少しずつ距離が縮まって、

名前を呼んでくれるようになって、

それだけで、もう十分だと思ったのに。


私は、欲張ってしまいました。

本当は、

あなたの未来に、

私はいなくてよかった。


最後まで笑っていてほしかった。

それなのに、

私と出会ってしまったせいで、

あなたは悲しむ。


だから、許してください。

あなたを愛してしまったことを。


あなたが知らなかった時間も、

私は、あなたのおかげで生きていました。

どうか、

この先の春を、

ちゃんと生きてください。


そこまで読んで、

彼女は手紙を膝の上に落とした。


部屋は静かで、

時計の音だけが続いている。

言葉は、何も出てこなかった。


ただ、

手紙が、

静かに水で濡れていた。

――返事

彼女は、何日も机に向かっていた。

白い便箋を前にして、何も書けずに。

返事を書くなんて、おかしい。

もう届かないことは分かっている。

それでも、書かずにはいられなかった。

あなたに向けて言葉を書くのは、

これが最初で、最後になる。

ゆっくりと、彼女はペンを取った。



――あなたへ


手紙を、読みました。

驚きましたし、

正直、少しだけ怒りました。

勝手だな、と思ったからです。


でも、最後まで読みました。

あなたがいつも少し先を歩いていた理由も、

私の歩幅に合わせてくれていた理由も、

今なら、全部わかります。


名前を呼ばれるたび、

胸が静かに忙しくなるのを、

あなたはきっと、知らなかったでしょう。


何度か、

あなたの背中に、

手を伸ばしかけたことがあります。


声をかけるほどの勇気も、

触れるほどの理由も、

あのときの私には、ありませんでした。


間に合った、と

あなたが思ってくれたあの日のこと。


私は、遅れたことばかり気にしていました。

あなたは、ちゃんと走っていたんですね。


私の未来に、

あなたはいなくてよかったなんて、

そんなことはありません。


あなたがいたから、

少し先の景色を、

一緒に見ている気がしていました。


だから、ありがとう。

私は、ちゃんと生きます。

あなたの隣に立てなかった時間も含めて。



彼女は手紙を折り、封筒に入れた。

宛名は、書かなかった。

墓前にしゃがみ、

花の横に、そっと置く。


指先が一瞬、

冷たい石に触れる。

それは、

あの日、

届かなかった距離だった。

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