お砂糖は間に合っています。
王立学園は数年前に新たな校舎が建てられた。
以降、殆ど使われなくなった旧校舎。
その人気のないテラスで昼休憩を過ごすのが私の日課。
半年前、私は大勢の生徒の前で婚約者に悪女と罵られ、婚約破棄を突き付けられた。
何でも、編入生に陰湿ないじめをしたという事が理由のようだった。
私はその罪とやらを公表され、婚約は白紙。
周囲には白い目で見られるようになった。
弁明したが誰も信じてはくれず、結果として私は孤立した。
勿論私は編入生を虐めていないしそうする理由もない。
婚約者は婚約破棄後すぐに編入生とお近づきになったそうなので、まぁ、最初からそれが目的だったのだろう。
学園で孤立した私は、昼休憩くらいは人目を気にせずに過ごしたいと思い、こうして場所を選んで休憩をしているのだ。
私はテーブルに広げた昼食に手を付ける。
それから暫くした頃の事だった。
「失礼」
視界の端から声を掛けられる。
金髪碧眼、童話から飛び出して来たかのように整った容姿を持つ男子生徒が私へ声を掛けた。
「ご一緒してもいいかな、コーデリア嬢」
「ヘクター殿下」
彼はヘクター王太子殿下。
一人で昼食をとるようになって数週間が経った頃に私を見かけたらしく、以降彼は毎日のようにここを訪れるようになった。
「どうぞ。ここは私の所有地ではありませんから」
「それもそうか。お邪魔するよ」
彼はそう言うと私の向かいの席に座り、使用人に食事の用意をさせた。
それからティーポットと二人分のカップ、クッキーを用意させ、遠くで控えるようにと指示を出す。
こうして二人きりになった空間で彼はティーポットを手に取る。
「……殿下。人手が必要なのでしたら、私が」
「そうかい? ではお願いしようか」
流石に王太子が直々に茶を淹れようとしている姿を見て見ぬフリは出来ない。
そもそも茶を淹れるのであれば人払いなどしなければいいだけなのに。
そう思ったのももう五ヶ月は前の話だ。
……そう。彼とは毎日同じやり取りをしている。
心なしかヘクター様は嬉しそうだ。
「二人分、頼めるかな」
「畏まりました」
私とて侯爵家の娘。お茶を淹れる事には慣れていなかったのだが。
五ヶ月も繰り返せばなかなか様になってきたように自分でも思う。
家でこっそり使用人達から学んだ作法をしっかり模倣し、二人分の茶を注ぐ。
そして二つのカップを殿下の方へと寄せた。
「一つは君が貰ってくれ」
「では、お言葉に甘えて頂きますわ」
これも、毎日交わされるやり取り。
私はカップを一つ頂き、それから高級な紅茶を楽しむ。
「砂糖はいらないのかい? 最初の方は使っていただろう」
「はい」
ヘクター様が自分の紅茶に砂糖を淹れながら問う。
私は短く答えた。
その後、私達は食事をとったり、お茶を楽しみながら他愛ない世間話をする。
そうして場の空気が温まった頃。
「それで、考えてくれたかい。……婚約の事」
来た、と思った。
これも毎日のように投げられる話だった。
そわそわとする気持ちを抑え込みながら私は平静を装う。
「既に申し上げておりますが、私は殿下の婚約相手に相応しくないかと。まだ、私を良く思わない声も多いですし」
「こちらも何度も言っている事だが、そんなものはいずれ落ち着くだろう。それこそ、近いうちにでもな」
一体何を根拠に、という言葉を呑み込み、私は口を閉ざす。
それから日々抱えていた疑問を彼に投げた。
「何故私なのでしょうか」
「私が好意を抱いているからだが?」
当然だろうというように首を傾けるヘクター様。
彼の言葉に私は困惑する。
「私達の接点はこの学園に通っている事くらいではありませんでしたか?」
「貴女にとってはそうかもしれないな。俺にとってはそれだけではないのだが」
彼の言葉の意図が分からず首を傾けているとヘクター様が続ける。
「君の家は領地の貧困差を埋めるための慈善活動に積極的だろう。その視察に赴いた事があった」
思い至るものがあった。
確かに私は幼い頃から父に連れられて定期的に教会や孤児院などを巡っていた。
その姿を彼は見た事があったのだろう。
「それと、学園でも貴女はいじめや不正を看過できない性格だった。我が身を顧みず、真っ向から悪事と向き合う貴女の様な人を魅力的に思うのは当然の事だと思うが?」
私は目を伏せる。
くすり、と笑う気配があった。
「誠実で美しい心と、冷たく振る舞っているようで感情が滲み出る素直さと……人を頼る事ができない不器用さ、いじらしさ。そういうもの全てをひっくるめて、俺は貴女が愛おしいと思っているし……貴女の様な強い方に向ける言葉としては間違っているかもしれないが、許されるのであれば――貴女を守りたいと思っている」
ああ、まただと私は思う。
顔の熱が引かない。
彼は毎日甘い言葉を告げる。
いかに私に好意があるかを赤裸々に語る。
そのせいで気が付けば私の頬は毎日ほてってしまっているのだ。
こんな言葉は、元婚約者にすら向けられたことがなかったから、どんな顔をすればいいのかわからない。
私がうつむいたまま口を閉ざしていると、ヘクター様が笑いながら席を立つ。
そして私の傍まで近づくと、私の髪を一房掬い上げ――そっと口づけをする。
美しい顔が私の顔を覗き込み、悪戯っぽく微笑を浮かべた。
「そんな表情も愛おしいよ、コーデリア」
(ああ、よかった)
限界まで熱くなる頬を感じながら私は思う。
(――お砂糖を入れなくて)
砂糖を入れていたら、今頃卒倒してしまっていたかもしれない。
……彼の言葉の甘さだけで、私は体も心も耐えきれなくなってしまうのだから。
それから程なくして、日々の甘さに屈した私が婚約を受け入れたり、元婚約者や彼の今のパートナーが私を陥れたことが大衆に晒されたりと目まぐるしい日々が私を襲うのだが。
――甘さに溺れる今の私には、そんな事を想像する余裕すらなかった。
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