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とある日の、とある朝食

「おはようございます。寝坊してごめんなさい。すぐ朝ご飯、を…………」

 

 私はリビングにつながるドアを開けながら、朝の挨拶と朝食を作っていなかったことに対する謝罪を口にして、直後固まる。

 

 別に私が必ず作ると決まっているわけではないのだが、この家においてくれているお礼や私自身の趣味もかねて、特別な理由がなければ食事はほとんど私が作っているのだ。

 普段ならサリアよりも早く起きて朝食を作るのだが、今日は珍しく寝過ごしてしまった。おそらく、あの夢が原因なのだろう。少しばかりサリアの顔を見るのが照れくさいような待ち遠しいような、そんな複雑な心境だったが、まあ、特に問題はない。

 

 今はそんなことよりも、目の前に広がる光景を理解することが先決だった。私の視線の先にはぎくっといった擬音まさしくの表情、姿勢のサリアと、何かを揚げているのか弾けるような爆発音を響かせる鍋、そして、油に塗れたキッチンがあった。


「お、おっはよ~、今日はいつもよりお寝坊さんだったんだね!よく眠れたかな??」

 

 サリアは私の視線を遮るようにこちらへ寄ってくると、そう声をかけてきた。彼女の後ろから聞こえる爆発音は次第に小さくなってきているため、おそらく火はもう止まっているのだろう。


「いやー、それにしても今日はいい天気だね!アサ、午後のコンサートまで時間あるし、いっしょに散歩でも行かない??」


 サリアは調子が外れたような明るい声でそう言って、外を指さす。彼女を見つめるが互いの瞳が重なることななく、また、キッチンの惨状を覗こうとすると彼女はその体をもって割り込み、視線を遮ろうとする。


「…………サリア」


「はい!」


 私がようやく声をかけると、彼女は直立して、元気よく返事をした。


「説明を」


「…………はい」


 



 

「…………と、いうわけでして」


 なるほど。

 サリアは今日いつもより早くに目が覚め、たまには自分で料理を作ろうと思い立ったのだとか。彼女は何を作ろうかと考えて、以前私が作ったホットケーキ生地を油で揚げたもの、元の世界でいうところのドーナツを作ることに決めたらしい。

 

 ただ、材料を混ぜる段階で、彼女は後からそれぞれの好みに合わせてジャムや蜂蜜などといった調味料で味変できるようにするため、あえて生地に砂糖を入れなかった。

 そうして出来上がった生地の形を整え、ついに油で揚げようとして、その結果が先ほどの惨状である。

 

 元の世界におけるお菓子作りの失敗あるあるで、小麦粉生地を油で揚げるとき、砂糖とベーキングパウダーを加えないと生地の中で水蒸気が発生し、逃げ場を失って爆発してしまうというものがあった。

 現状はまさしくそれで、キッチン全体、加えてよくよく目をこらすと彼女の衣服にも油が跳ねていることが見てとれる。

 

 そんな目を覆いたくなるような光景を作り出した張本人、サリアは、ダイニングに備え付けられた椅子の上で正座をしながら、しゅんとしていた。


「やけどしてませんか?」


「はい、してません。…………ううっ、ごめんなさい」


「別に謝るようなことでもありませんよ。それに、怪我がなかったならよかったです」


 実際、彼女の行動は私としてはそこまで気にすることでもなかった。キッチン全体が多少、いや、かなり汚れてしまっているが、それも私の能力を使えばすぐにきれいになる。それにサリアが私のために朝ご飯を作ってくれようとしたのだ。感謝することこそあれ、怒ることなどない。

 

 …………まあ、彼女のその場の思いつきで料理を作る癖については改めてほしいと思うことはあるが。

 サリアは料理において、以前から自身のアイディアを加えたために失敗してしまうということが多々あった。彼女は普通に料理をすればとてもおいしいものを作るのだが、なぜかそれに納得しない。もっとおいしいもの、面白いものを作ろうと、自分の感覚を信じて突き進んでしまうのだ。

 

 サリアが作る料理は八割が余計なひと手間を加えた、あるいは必要な工程を省いた失敗作で、一割五分が正しい手順通りに作った家庭の味を超えるレベルのおいしい料理、そして残りの五分が、奇跡的に彼女のひと手間が料理と調和したプロ顔負けの逸品だった。そのため、私は彼女に料理を任せることをある種のギャンブルだと思っている。

 私は、サリアのことをかなり贔屓目に見ている自覚がある。そんな私をもってしても、彼女の料理の失敗作は擁護できないほどにひどい出来なのだ。


「なんだか、今日のアサ優しいね」


「…………それは、普段の私が優しくないという意味ですか?」


 私は顔を引きつらせながらサリアにそう問いかけた。すると彼女は両手を左右に振りながら、慌てた様子で訂正する。

 

「違う違う!そういうんじゃなくて、うーんと…………。何かいいことでもあった?」

 

 …………サリアはこういうところがある。自分のことには鈍いくせに、普段から人のことをよく見ていて些細な変化も気づいてしまうのだ。

 

 私はなんでもない風を装って調理台へと振り向き、言葉を発する。


「別に何もありませんよ。そんなことより、キッチンをきれいにして、そのあと適当に何か作るので椅子にでも座って待っていてください」



 


 

 それから十五分くらいして、ようやく朝食が出来上がる。

 いつもの時間はもう過ぎていたため、ベーコンエッグと生野菜のサラダ、それに丸パンだけという、かなり簡素なものとなってしまった。まあ、おそらく昼ご飯を食べるタイミングも早くなるだろうし、このくらいがちょうどいいはずだ。

 

 私たちは出来上がった料理の前で手を合わせる。私がしているのは元の世界でしていたいただきますの挨拶だが、サリアの故郷にも似たようなものが存在するらしい。彼女はこの挨拶のことを、食材を生み出してくれた世界に対して感謝しているのだと説明していた。

 

 そのときその流れのままサリアの故郷についても尋ねたのだが、彼女は自慢げに自分の国のことを話す一方でどこか表情がすぐれず、何か思うところがあるように感じられた。純粋に彼女がどんな国で生まれたのか、どんな環境で育ってきたのか興味があって聞いたのだが、彼女としてはあまり触れられたくない話題だったのだろう。

 私としても彼女に嫌な思いをしてまで話してほしいとは思っておらず、当時は適当にその話は切り上げ、別の話題を振ったのだったか。

 

 サリアは嘘をついたり感情を隠すことがとてもうまい。一見、彼女は基本ずっと笑っていて、おちゃらけているように見える。そのため多くの人は彼女のことを裏表のない元気な少女と認識しているのだろう。

 私も最初はそうだった。けれど、サリアと関係が深まっていくと、次第にそうではないことに気づいていった。彼女も日々いろいろな感情を感じており、その中には当然暗いものもたくさんある。だが彼女はそれらが表に出ないように意識して表情やキャラクターを作っているのだとわかった。

 

 そんな風にサリアについて考えていると、いつの間にか朝食は食べ終わっていた。彼女も同じタイミングで食べ終えたようで、互いの視線が絡む。


「ごちそうさま!今日もおいしかったよ!」


「それならよかったです。この後はどうしますか?」


 私はサリアにこれからの予定を尋ねた。というのも、彼女は今日の昼過ぎごろからコンサートを行う。なので、彼女のボディガードとしていつごろ外へ出るのかを聞いておこうと思ったのだ。

 

 今日からちょうど10日前、いつも通り酒場でサリアが歌を歌っていると、遠方から訪れたのだという男性の商人が彼女へコンサートを開催しないかと提案してきたのだ。彼は商人の傍ら、元の世界でいうところのプロデューサー業のようなことをやっており、そのつてでこの街の劇場を借りることができるのだとか。

 

 サリアなら容姿も歌も完璧でかなりの集客を見込めるとも言っていて、それについては私も同意見だった。彼女の容姿ならば、きっと老若男女問わず虜にしてしまうだろう。

 そして、そこに魔性の魅力を持った歌声が加わればまさに鬼に金棒。彼女がコンサートを行うというのならば、それはもう成功が約束されているも当然だった。

 

 けれど、このときサリアはコンサートを行うことを渋っていた。直接聞いたわけではないが、おそらく目立つことを気にしていたのだろう。以前から彼女は自身が不特定多数に注目されることを避けている節があった。

 生業としている吟遊詩人にしても毎回酒場を変えており、以前までは街そのものを短い間隔で変えていたらしい。おそらく、私を拾ってからは私のためにこの街にとどまってくれていたのだろう。

 

 私はサリアがなぜ目立たないようにしているのかはわからない。というよりもそんなことはどうでもいい。私にとって重要なのは、彼女がどうしたいのか、そしてその通りにするためにはどうすればよいのかなのだ。

 

 だからこのときも私は食い下がる商人の男を止めようとしたのだが、それより早くその場にいた酔っ払いどもがはやし立て、彼女の晴れ舞台をぜひ見たいなどと無責任なことをほざき始めた。

 そうして、彼女は周囲の空気を読み、明るくコンサートを開くことを約束してしまったのだ。

 

 今思い返してもサリアの気持ちを考えない輩共に苛つく。その後、いちおう、彼女にいやならやらなくてもいいのではないかと声をかけたのだが、本人は一度やるといったのならと前向きに受け止めているようだった。


「うーん、そうだね…………。早いけど、向こうで歌の練習もしたいし会場に向かおうかな。途中でお昼ご飯でも買ってって、時間あるときに二人で食べよ!」

 

 彼女は明るい口調でそう言うと、外出の準備を始めた。

次回は本日21時ごろ投稿予定です。

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