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隣で

「う~~ん、今日は疲れた~!!」

 

 あたしは伸びをしながら周囲の迷惑にならない程度の大きさでそう吐き出す。

 あたしたちは現在あの廃墟からの帰り道の途中で、自宅への道のりも半分を過ぎたかといったところだった。おそらく時刻はすでに日をまたいでいるころだろう。

 

 あの後あたしたちは仲介人グループの手足を拘束し、街の衛兵たちが現場に駆け付けるように一発大きな爆発を起こしてその場を後にした。なぜ私たちがわざわざ現場から逃げだしたのかといえば、衛兵に見つかると説明などが面倒くさいことと、単純に目立ちたくなかったからだ。

 

 あたしはまだ隠れているだけの時間が多かったからよかったものの、アサはひとりであの集団の取引先の本拠地に乗り込み、壊滅させてから廃墟まで来たのだ。いくら彼女の能力が規格外といえど、それを扱う本人の疲労はまた別物だろう。


「今日は付き合ってくれてありがとね、アサ!疲れがたまってる場所とかない?もしあるなら家に着いたらマッサージしてあげよっか?」


「…………そうですね」


 さっきから何度か呼び掛けているのだが、彼女はずっとこんな調子だった。雰囲気的に何か考えていること、そしてあたしに何か言いたいことがあるのだということは予想できる。けれど、その内容については全く思い当たるものがなかった。

 …………いや、今日の出来事を振り返ってみればあたしがアサを酷使したようなものだ。彼女にしてみれば文句の一つも出てくるか。


「…………サリア」


 彼女が何か声を上げる前に茶化して空気を緩くしようと思ったが、それを実行する前に彼女は立ち止まり、静かにあたしの名前を呼んだ。その表情はとても真剣で、茶化して良いものではないのだと感じとる。

 

 あたしはアサから一歩分ほど離れた位置で止まって彼女へと振り返り、その黒曜石のように美しい瞳を見つめ返す。そして、あえて普段の声音を意識して彼女の呼びかけに応じた。


「なーに、アサ?」

 

 アサは硬い表情そのままに言葉を発する。


「今日のサリアの行動について、話したいことがあります」


「そっか。あたし、何か気に障るようなことしちゃったかな?」

 

 あたしがそう問いかけると、彼女はその顔色を苦々しいものに変えた。


「…………私がどうして怒っているのか、わからないんですか?」


「…………うん、わかんないや。でもあたしが何か悪いことしちゃったってのはわかるよ。アサは理不尽に怒ったりしないから。だから、アサ、ごめんね?」


「謝ってほしいわけじゃありません!!」


 アサは吐き出すようにあたしの謝罪を拒否する。謝ってほしいわけじゃないと言われるとどうしていいのかわからなくなってしまう。そんなあたしの心境を読みとったのか、彼女は言葉を続けた。


「サリアは自分の命を軽視しすぎなんです!以前からその兆候はありましたけど、今日はひどすぎます!戦う力もないのに一人で敵の前に出るなんて、一歩間違えば死んでいたかもしれないんですよ!?」


 彼女はあたしの琥珀の瞳を見据えながら、その両手をきつく握りしめながら、強く、そう口にした。


 アサの声音から、心底あたしの身を案じてくれているのだということが感じとれた。彼女のそのまっすぐな思いはひどく心地よく、あたしに戸惑いや気恥ずかしさ、そして、じんわりと心を温かくさせる何かを感じさせた。


 なんと言い返せばよいのかわからず言葉を探していると、彼女は視線を落とし、一拍おいて再度口を開いたのだった。


「…………戦闘能力がなくても、サリアにとっては彼らから逃げきることくらい簡単だったっていうのも知っています。でも、彼らが兵器を持っていたり、伏兵がいたりした可能性もあるじゃないですか。…………もしかしたら、死んじゃってたかもしれないじゃないですか…………!」

 

 アサはそこでいいよどむ。彼女の心音は普段より不安定で、わかりやすくその感情を表していた。

 

「もっと…………もっと自分を大切にしてあげてください!!自分の命を使うんじゃなくて、ほかの方法を探してください!!私が、私がその方法を、絶対に実現させますから!」

 

 あたしはアサが言葉を終えた瞬間、その一歩分だけ空いていた距離を詰め、彼女の痛くなるほどに握られた手を取った。

 あれこれ言葉を探したけれど、結局最後には体が、心が先に動いていたのだ。


「……………………!?」


「ありがとう、アサ。いつも心配させてたんだね。…………気づかなくて、ごめん」


 彼女はあたしの行動を受けて虚をつかれたように固まる。


「あたしもね、自分の命の価値はわかってるつもりなの。でも、アサはそれ以上に、あたし以上にあたしの命を大切にしてくれてるんだね」


 アサの怒りを感じて、彼女の中で自分という存在が大きな割合を占めていることを知ることができた。彼女の揺らぐ瞳を真っ直ぐに見つめ、あたしの感情がどうか余すことなく伝わるようにと願いながら、笑いかける。


「すごく、すっごくうれしい。アサがあたしのことをそこまで想ってくれてることが、叫びたくなるほどうれしい!」


「っ…………!」


 彼女の心音が大きく跳ねる。あたしの心音も同様に大きくなっているようだ。たぶん、お互いに照れや喜びなどの感情が混ざり合っているのだろう。


 あたしは彼女の両手をそっと包み、言葉を紡ぐ。


「多分、あたしは自分を使うことはやめられない。そういう風にしか生きられないの。でも、アサがそんなあたしのことを許せないっていうなら、あたしの隣にいて。あたしの隣で、あたしのことを止めて?」


 アサの硬く握られていた手が、ゆっくりと緩んでいくのを感じ取る。


「…………わかりました。そのときは、サリアの手を無理やりにつかんででも止めてあげます」


 彼女があたしを見据え、優しく微笑み、そう口にした。

 その声、その表情、そしてその心音からは、ひどく心地の良い、温かな感情が感じとれた。

次回は明日17時ごろ投稿予定です。

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