表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/35

魔術と仮面と聴取と

 アサが文字通り無理やりにこじ開けた隠し扉、その先に続く階段を降りて地下へ向かうと、そこには想像していた以上にしっかりとした造りの通路があった。

 

 左右の幅はあたしたち2人が間隔に余裕をもって歩ける程度にはあり、地下にもかかわらず閉塞感はあまり感じられなかった。また、道は途中でいくつにも枝分かれしており、もしアサがいなければ簡単に迷ってただろうと確信が持てるほどには入り組んでいた。

 

 いくら裏に組織的な存在があるとしても、秘密裏に街の地下にここまでのものを作ることは不可能なはずだ。

 

 ならばこの空間は何なのか。


 おそらく、王族や貴族などといった身分の高い者がいざというときのために作った脱出経路、あるいはそれに近しい何かではないかと思われる。時代が進むうちにその存在は自然と忘れ去られていき、あるとき誰かがこの通路を見つけ、現在のように犯罪に活用し始めた、といったところだろう。

 全く、いつの時代、どこの場所でも、権力者の考えることは大して変わらないなと内心で苦笑してしまう。


「アサ、どう?」


「もう少しですね。反応はこの先で止まったままです。そちらは何か聞こえますか?」


「うーん…………特には、かな。地下に入ってからどーも聞こえにくいんだよね。多分ここ全体が防音になってるんだと思う」


 あたしたちは現在、血の反応を追って地下通路を歩いていた。それなりの時間歩き回っているため外はもう暗くなり始めているころだろう。朝から買い物に出かけ今の時間まで動きっぱなしなため、さすがに疲れてきた。


 周囲からは普段と比べほとんど音が聞こえず、あたしたちの足音も壁に吸収されているようでとても小さく聞こえる。ここまでしっかりとした防音が施されているとあたしはあまり力になれない。何かもう少し活躍したい気持ちもあるのだが現状ではやれることもなく、もどかしく感じてしまう。


 そんなことを考えていると、アサが声を抑えて話しかけてくる。


「やっと追いつきました。あの扉の先です」


 アサの視線の先には確かに両開きの扉があり、かすかに音が聞こえてくる。


「ようやくだね。よし、さっさと捕まえておうちに帰ろう!」


 あたしは扉に近づき、聞き耳を立てるように耳を押し当てる。精度は落ちているが、それでもあたしの耳は特別製だ。ここまで近ければ何をいっているかはわからなくとも状況を把握することくらいはできる。

 中にいるのは2人、いや3人か。性別はおそらく全員男で何か話している。細かい内容まではわからないが口調や抑揚的にも落ち着いている。雰囲気から察するに一仕事終えた後、といったところだろうか。


 あたしは聞き取ったことをそのままアサに伝える。


「街で聞こえた声は女性のものだったんですよね?」


「うん。それは間違いないよ。だからきっと、その人はもう誰かに引き渡された後なんだと思う」


「少々遅かったみたいですね。…………はあ、仕方ありません。その女性にはもう少しだけ我慢してもらいましょう」


 そういうと、アサは右手を空中に差し出し、土塊を作り出す。それは色を変え形を変え、一瞬にして目元だけが開いた白い無貌の面へと変化したのだった。


「サリア、どうぞ」


「おっ、やる気満々だねー!」


「さっさと終わらせたいだけですよ」

 

 アサはそう言いながら同じものをもう一つ作り出すと、それを顔に着け、さらに魔法で髪色を金に変える。

 この仮面はあたしたちの正体を隠すためにアサへお願いして作ってもらっているもので、彼女が自身の髪色を変えたのも同様の理由だ。彼女いわく、効果時間が切れれば髪色は元に戻るらしい。

 

 アサのような特徴的な容姿を持っている人は、良くも悪くも注目されてしまう。そして、今回のように何かしらの事件にかかわるのであれば、それは敵に容姿を覚えられるというデメリットにしかならない。そういった理由から、何かしらの事件にかかわるときはこの仮面をつけようと二人の間で決めたのだ。

 それ以外にもあたしが目立ちたくないといった理由もあるにはあるのだが、そちらについてはまあいいだろう。

 

 アサははじめ乗り気でなく、ダサい、イタい、子どもっぽいなどと散々な言いようだった。でもあたしはしっかりと覚えている。仮面をつけることを提案してすぐのころ、家のダイニングで一人仮面をかぶり「いいかも……」などとつぶやいていたことを。

 今も仕方なくといった風を装っているが、きっと内心はウキウキのはずだ。まったく、素直になれない難しいお年ごろ、というやつなのだろう。かわいいやつめ。


「…………なんか、視線がすごくむかつきます」


「そだねー、気にしない気にしない」


「…………はあ、もういいです。それより、そろそろやっちゃいますよ」


 アサはそう口にすると、目をつむって両手を前方に突き出した。意識を集中させているようだ。

 

 アサが何気なく扱っている奇跡、それは、この世界における魔法の枠からことごとく外れていた。

 魔法における常識として、視認できる範囲にしか打てないというものがある。それは人が壁を透かしてその先を見ることができないのと同じように、当然のことなのだ。だが、アサは今扉の向こう側にいる人たちへ向けて、その奇跡を放とうとしている。

 

 あたしは幼いころに、魔法というものについて机上ではあるが、最低限の教育を受けてきた。その最低限の教育しか受けてきてない者にもわかるほど、アサの扱うそれは異端だった。

 遠く離れた相手を血だけで見つけ、一瞬で複数人を眠らせ、変えた髪色を元通りに戻し、壁の向こうにいる相手を対象にする。

 彼女が起こす事象、そのどれもが余りに馬鹿げていて、ここまでくるとかえって笑えてくる。

 

 以前、アサにどうやってその奇跡を扱っているのかと尋ねたことがあった。彼女曰く、学校で習った科学の知識を基にして発動しているのだとか。例えば、より強力な火を起こしたいのならば酸素を作り出し、より強固な岩を作りたいのならば密度を高める。そうやって、ありきたりな魔法に彼女なりのアイディアを入れることで、独自のものにしているのだと、彼女はそう言っていた。

 

 けれど、そんなことはあり得ない。魔法とはそんな単純なものではないのだ。科学には科学の法則があるように、魔法には魔法の法則が存在している。

 そして、それはほかの法則と決して交わることはなく、厳密なルールに縛られている。魔法で起こした火に酸素を送ったところで意味はなく、岩の密度を高めたところで硬くなることはない。

 

 故に、どれだけ尽力しようと、不可能なことは不可能なのだ。

 

 だが、アサだけは違う。彼女はその縛られたルールから逸脱し、独自の法則をもって不可能を可能にする。彼女の扱うそれは、決して魔法とは相いれない何かだった。

 …………そう。何か、なのだが、当の本人は一切自身の希少性を理解していないようなのだ。現に今も扉の先にいる3人を行動不能にしたようだが、彼女からは何の感慨も見られない。

 

 私なりに危険なとき以外は普通の魔法を装うようにとくぎを刺してはいるし、その理由もちゃんと説明している。けれど、彼女はあまりピンときていないようで、正直少し不安になってしまう。

 そうやってアサのことを心配していると、彼女から声がかかった。


「サリア、何ぼーっとしてるんですか?中に入りますよ」


「はいはーい、いざ突撃、だね!…………そういえば、中の人たちどうやって倒したの?」


「顔を水で覆いました」


「うわー、えっぐ…………」


 中に入ると、アサによって陸にもかかわらずおぼれさせられたであろう3人組が横たわっていた。犯罪者とはいえ、さすがに少しかわいそうかもしれない。あたしがそんなことを思っている横で、アサは淡々と3人を土の枷で拘束していく。

 

 この場所は先ほどまでの通路とは違い一つの部屋として造られているようで、あたりを見回すとカードゲームや卓上ゲームなどが錯乱しており、何となくギャンブルでもしていたのではないかと感じられた。

 おそらく、ここはこの3人が所属している組織のたまり場といったところか。

 

 見たところこの部屋自体には事件解決の糸口になるようなものはなく、全体的に散らかっており空気もどこか埃っぽいため、個人的にはさっさと別の場所に移りたいと思ってしまう。だが、目の前には重要な生きた手掛かりがいる。しかも3人も。

 面倒なうえ気が重いが、この3人が起きるまではしばらく待機か。そう思ってアサの方を見ると、彼女は捕まえた一人に向かって電撃を放っていた。


「ちょーーい!?ストップストップ!!何してるの、死んじゃう死んじゃう!?」


「かなり弱めにしてるから大丈夫ですよ。…………たぶん」


「今たぶんていったー!!」


 あたしがアサを止めに入ろうとすると、ちょうど電撃を与えられていた男がうめき声をあげた。そこでアサは電撃を与えるのをやめ、彼はタイミングよく目を覚ましたのだった。


「えぇーー、起きちゃったよ…………」


「…………ね?」


「ね?じゃないよ!完全に偶然でしょ!?」


 そんな漫才のようなやり取りをしていると、目を覚ました男は現状を理解したのかそのこわもてをゆがめ、あたしたちを威嚇し始める。


「て、てめーら何もんだ!俺たちに何しやがった!!」


 …………いろいろとアサにいいたいことはあるが、それよりも今は情報を集めることが先決か。あたしはため息をつきながら、手足を拘束されたままこちらをにらみつける男の前に立つ。


「はいはい、静かにー。これからあなたにいくつか質問をします。ちゃんと答えてくださいねー」


「あぁん、質問だぁ!?てめぇ、なめてんのか!?」


 あたしは相手の反応を無視して聞きたいことだけを尋ねる。


「一つ目、あなたは先ほど女性を誘拐しましたか?」


「無視してんじゃねーぞゴラァ!あとでどうなるかわかってんのか!?」


 男の声を無視してその心音と表情に集中する。あたしが質問をしたとき、男の心音は一瞬だけ早くなり、そして、瞳がわずかに泳いだ。クロか。


「2つ目、あなたは何らかの犯罪組織に所属していますか?」


 こちらも当たりだった。男の口はわめくばかりだが、体は正直、というやつだ。


「3つ目、これまで何回も誘拐をしてきましたか?」


 当たり。


「4つ目、あなたは組織内の幹部ですか?」


 外れ。


「5つ目、女性を誘拐するのは奴隷にするためですか?」


 当たり。


「6つ目、……………………」

 

 ………………………………………………………………

 ………………………………………………………………

 ………………………………………………………………。

 


 よし、こんなところだろうか。ほしい情報はあらかた手に入った。


「サリア、いい加減、これ、黙らせてもいいですか?」


 アサはあたしが聞き取りを終えたのを感じ取ったのか、そう問いかけてきた。彼女の視線の先には拘束されたこわもての男がいることから、これというのはおそらく彼のことなのだろう。

 

 こわもての男はあたしが質問している間、というよりも目を覚ましてから今に至るまでずっとわめき続けていた。こちらを威嚇するためなのだろうが非常にやかましく、先ほどから語彙もなくなってか彼が発する言葉は純粋にあたしへの悪口になっていた。

 多分アサは彼の騒がしさにキレ気味なのだろう。まあ、気持ちは正直わかる。だってあたしもたぶん同じ気持ちだし。


「うん、大丈夫。でもあんまりひどいことしちゃだめだよ?」


「サリアは本当に慈悲深いですね。ええ、わかってます。無闇に苦しみを長引かせるようなことはしません」


「まって!?ちょっとまって!?それ本当に大丈夫!?あたしの言葉伝わってる!?」


 あたしは慌ててアサに声をかけるが、それより早く、アサはこわもての男に向かって先ほどと同じように電撃を放った。だが、今度の電撃は先ほどのものとは異なってほんの一瞬だけで、男も断末魔のような悲鳴を一度上げただけですぐに静かになってしまった。

 …………くっ、止められなかったか。


「アサ、あたしは見捨てたりなんてしないよ。一緒に罪を償っていこう…………!」


「殺してませんから!!ちゃんと手加減しました!」


 彼女は勢いよくそう返答した。


「…………ははっ、やだな~、わかってるって!じょうだんだよ、冗談。アサがそんなことするはずないもんね!」


「言葉のわりに目が泳いでるんですが。…………はあ、まあいいです。あと二人にも同じように、ですよね?」


「うん、一人だけじゃ情報として心もとないからね。…………次の人はもう口ふさいじゃおっか」


 次の人は、なんていっても彼らが目を覚ますまで待たなければならないのだが。


「…………そうですね。それと、少し急ぎましょうか」

 

 アサはそういうと、先ほどこわもての男を起こしたときのように、気絶している細身の男に向かって電撃を放ち始めた。細身の男は一度魚のように体を大きくけいれんさせ、その直後目を覚ましたのだった


「えぇーーー…………」


 アサの一連の行動には容赦や情けといったものが微塵も感じられず、それに加えあまりにも鮮やかで、あたしが声を上げる間もなく行われた。どうやら、彼女には先ほどあたしが止めようとした理由、倫理観や人道的観点などといったものが全くといっていいほど伝わっていないようだった。


「先ほどのでコツはつかみました。ええ、もうばっちりです」

 

 ドン引きしているあたしに気づいていないのか、彼女は得意げにそう言った。

次回は本日19時ごろ投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ