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彼女の隠しごと 後編

※本話より、アサの一人称を「私」から「わたし」に変更させていただきます。

 窓からひょっこりと目から上だけを覗かせ、店内を盗み見る。

 

 まだ営業前だからか厨房にはアサともう一人、30歳前後ほどの男性しかおらず、二人とも忙しなく仕込み作業を行なっている。

 これまでに聞いてきたこのお店のうわさから、彼が店長なのだろうと推測できた。そしておそらく、アサの意中の相手なのだろうとも。

 

 二人は時折短く言葉を交わす程度で、各々が目前の作業に集中しているようだった。

 

 そうしてどれほどの時間が経っただろうか。ようやく一区切りついたのか、店長がアサへ近づき声をかける。

 

『アサちゃん、お疲れさま。やっぱり君がいると仕込みが捗るよ。いつもは一人だから時間だけかかっちゃって』

 

『いえ、そんな、私なんてまだまだです。ところでなんですが、例の料理についてまた教えてほしいところがあって――――』

 

 耳をそばたてているとそんな会話が聞こえた。

 

 アサは手にメモとペンを取り店長に質問を重ね、店長は請われるがままに彼女へ返答する。

 どうやら二人はそれなりにきやすい関係を築けているようだ。

 

 二人が話しているところを見つめていると、不意にアサの顔がいつになく優しく綻んだように見えた。

 

 ――――これ以上は野暮になっちゃうかなぁ。

 

 若くして自分のお店を持ち、料理に真剣に取り組み、街の人たちからも評判で、清潔感もあって優しそうで、何より権謀術数の世界を生きてきた私からしても悪い人ではないだろうと思えた。

 

 少し、そう、少しだけ心の中がモヤモヤするが、それは私の問題。

 

 だから、これからはちゃんと彼女の恋路を応援しなければ。

 

 メモに目を落として温かく微笑む彼女を見つめながらそう決意していると、視線の先にいるアサ、その瞳が、突如吸い込まれるようにして一点を捉えた。

 彼女の視線、その先にいるのは――――。


 そう、私だ。

 

 アサは先ほどの優しげな面持ちのまま一瞬固まり、次いで、ストンとその顔から表情が抜け落ちた。

 

 私は満面の愛想笑いを貼り付け、窓ぶちからスススッとフェードアウト、そして次の瞬間ダッと駆け出そうとして――――。

 

「ちょっ、まっ、ぎゃあぁぁぁーー!!?」

 

 それより早く、逃げ道を塞ぐように、私を中心にして氷のドームが形成された。






「…………はぁ!?わたしが店長に片想いしていると思った…………!?なにをどう勘違いしたらそんなトンチンカンな考えに行き着くんですか!?」

 

 備え付けられた椅子の上で正座をする私の対面、テーブルを挟んだ向かいの椅子に座るアサが、呆れと驚きを7:3でブレンドしたような声音でそう口にした。

 

 魔術によって捕えられてから少しの時間をおき今現在、私はアサ直々にお店のホールまで連行され、尾行していたことやその理由を含め、全てを洗いざらい話したところだった。

 

 最初は黙秘しようとしたのだが、彼女の圧と据わった目つきを受けそんな考えはすぐに捨てた。話さなければやられる、私の本能がそう直感したのだ。

 

 彼女は頭痛を堪えるように頭を抑えながら大きなため息を一つ、そうして、再度口を開いた。

 

「なんでこの人はこう、鈍感というかズレた方向に行動的というか…………。そもそも、店長には奥さんがいますからね?」

 

「え、まさかの横恋慕!?ううぅ、応援しようとは思っていたけど、こういうときはどうしたら…………!?」

 

「だ!か!ら!前提!!前提から違うんです!!店長のことをそういう目線で見てないっていってるんですよ!!」

 

 前のめりの姿勢でテーブルをダンダンと叩きながら、アサが疲れたように叫ぶ。

 

 彼女の口調や心音からは嘘が感じられず、本当のことなのだろうと思えた。

 だがそうなると私が感じた違和感はいったいなんだったのだろうか。

 

 アサに向け、これまでの間ずっと燻っていた疑問を尋ねる。

 

「恋愛感情がないっていうのはわかったんだけどさ、じゃあどうしていつもはしないメイクをしたりここのアルバイト始めたりしたの?普段ならそういうことしないでしょう?」

 

「メイクをしているのは料理を作るだけじゃなくてウェイトレスも兼任するからですよ。ここのアルバイトを始めたのは、その…………」

 

 これまで何度も問いかけてきたときと同じように、彼女はそこで言い淀む。やはり、私には言えない隠し事があるということなのだろう。

 

 …………人間誰しも秘密の一つや二つくらいあるものだ。ずいぶんと今更かもしれないが、それを無理に聞き出すというのは、どれだけ親しい仲であろうとしてはならないことだろう。

 

 アサへ無理に聞いてごめんねと、そう言おうとして、その直前、店内の奥、厨房から声がかかった。

 

「アサちゃん、もしかして彼女が以前からいってた子かな?」

 

 声の方に視線を向けると、そこには予想通りというべきか、このお店の店長がいた。

 

「あっ……!す、すいません店長!仕込みの途中で抜けてしまって…………」

 

「いいよいいよ、ほとんど終わってたし。それよりどうなの?」

 

 店長は微笑みを浮かべながらそう口にし、私たちの目前で立ち止まる。

 アサはもう一度ため息をつき、そんな彼へ言葉を返した。

 

「店長の想像通りです。まさか、こんな形で紹介することになるとは思ってもいませんでしたけど」

 

「そっかそっか!じゃあもういっそのことここで作ってあげれば?ちょうど時刻的にもお昼時だし」

 

「いいんですか?材料費とか、お店の準備とか…………」

 

「うん、大丈夫!アサちゃんのおかげで仕込みも終わったし、他はそこまで手間じゃないからね。材料についてはまかないってことで」

 

「そう、ですか。では、お言葉に甘えて。…………店長、ありがとうございます」

 

 アサが深く頭を下げ、そう口にした。

 

 ――――やっぱりそういうことなのでは?無自覚のラブなのでは?

 

 アサの様子からは深い感謝の念が感じられ、私は内心そんなことを考える。

 が、その直後彼女にキッと睨まれてしまう。その鋭い視線からは言葉なくとも「違うっていってるでしょ!」という意志が感じられた。

 

 …………どうやら、私の思考は読まれてしまっているようだ。

 

「はぁ……。少し、ここで待っていてください」

 

 アサはそう言うと私の返事も待たずに席を立ち、店長と共に厨房へ向かった。

 

 正直全くといっていいほど現状についていけてないが、それでも彼女から待っていてと言われたのだ。ここはおとなしくしその言葉に従うほかないだろう。

 

 手持ち無沙汰に店内を眺めて時間を潰すことしばし、彼女がその両手でお盆を持ち厨房から戻ってきた。

 

「お待たせしました。この料理のレシピを教えてもらうためにここでアルバイトしてたんです。どこまで再現できているかは分かりませんけど、その…………食べてみてください」

 

 料理を配膳しながら、最後には照れを隠すようにぶっきらぼうな口調で、彼女がそう口にした。

 

 どういうことだろうかと思いながらも目前に並べられていく料理を眺め、そうして気付く。

 

「これって…………!」

 

 薄く丸い手のひら大の灰色のパン、白い豆と野菜が入った赤みがかったスープ、白身魚の切り身とキノコのボイル焼き、豆のペーストが添えられたローストチキン。

 

 懐かしさを覚える、もう食べることはないだろうと思っていた料理の品々。

 そう、これは間違いなく――――。

 

「はい。サリアの故郷、ユーリニア王国の郷土料理です」

 

 言葉なく、いや、言葉を失ったまま席を立ち、すぐ隣にいる彼女へ抱きつく。

 

 そういうことだったのかと思う。

 

 インドア派の彼女が休日を削ってまでアルバイトをしていた理由。

 それは、彼女自らが作ったこの料理を私に贈るためだったのだ。

 

 抱きついた私の背中をポンポンと軽く叩きながら、アサがゆっくりと口を開く。

 

「本当はもっと完成度を上げてからのつもりだったんですけど、まあ、ここまできたら仕方ないですよね」

 

「…………ううぅ、ありがとう!ありがどゔ、アサぁ‘’!!」

 

 私の涙交じりの声を受けてか彼女は優しく微笑み、宥めるように言葉を続けた。

 

「ふふっ、どういたしまして。ほら、早く食べないとせっかくの料理が冷めちゃいますよ?」

 

 涙を拭い、彼女に促されるまま席に座り直す。

 

 料理に手をつける前に食前の祈りを捧げようとして、今はそれよりもっと適した行為があると思えた。

 

 普段アサがしている様子を思い出し、彼女がそうしていたように両手を合わせ、口を開く。

 

「――――いただきます!」

 

 先ほど窓越しに見たときよりもずっと優しく、柔らかく、彼女の表情が綻んだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

本作は完結済み表記へと変更しますが、今回同様、不定期で短編を更新していけたらと考えています。


前編の前書きにも書いた通り、明日より新作「ぼっち・ている」の投稿を開始いたします。

明日12月31日17時ごろに三話投稿、21時ごろに一話投稿、以降1日二話投稿を予定しています。お付き合いいただけたら幸いです。

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