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彼女の隠しごと 前編

お久しぶりです。


年内ギリギリになってしまいましたが、以前告知した通り、明日から新作を投稿させていただきます。それに伴い、新作の紹介、改めての告知を兼ね、本作の短編を更新いたします。

お楽しみいただけたら幸いです。

 最近、アサの様子がおかしい。

 

「それじゃあ、いってきますね」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 …………いや、おかしいというのは少し語弊があるか。

 

 手を小さく振り、玄関先にいる普段よりも彩やかな彼女、ナチュラルメイクが施されたその顔を視界に収めながら、そう声をかける。

 

 彼女は私の言葉を受けるとドアを閉め、そのまま歩き出した。視界には玄関のドアしか映らないが、私の耳が彼女の行動を教えてくれる。

 

 彼女がある程度離れたことを確認して、私は急いで自室に向かい、準備を整える。

 目立たないように地味目な黒色の服へと着替え、目深に帽子を被り、今日のために用意したサングラスを装着する。

 

「今日の私は恋愛探偵。さあ、追跡開始だ…………!」

 

 そうして、私はアサの後を追うため家を出るのだった。





 

 今からちょうどニヶ月ほど前、アサが唐突に、副業としてアルバイトを始めると言い出した。

 

 彼女いわく、週に一度の何でも屋の定休日にシフトを入れた、だから本業を疎かにするようなことはないと、そう語っていた。


 当時の私は珍しいこともあるものだななどと思いながらも、素直に彼女のことを応援していたのだったか。

 

 今になって思い返してみれば、このときから違和感はあったのだ。

 

 私たちの本業である何でも屋アンサーハイムは、これまでの地道な営業、宣伝の効果もあってか、ここ最近は経営も軌道に乗り、順調に黒字を維持し続けていた。

 そのため生活費には余裕があったし、アサは私と違って散財するタイプでもないため、彼女個人の貯金もそれなり以上にあるはずだった。

 

 けれど、彼女はアルバイトを始めた。

 

 用がなければあまり外に出ようとしないインドア派の彼女が、十分な貯蓄があるにも関わらず、普段は滅多にしないメイクまでして、今日までの週に一度しかない休日全てをアルバイトに充てる。

 

 …………ここまでくれば、アサに鈍感とまで言われた私でも何かあるのだろうと気がついてしまう。

 

 これまでの間、なにげないふうを装い、何度も彼女にアルバイトのことを尋ねてきた。

 どういう仕事をしているのか、どこで働いているのか、そもそもなぜアルバイトなんて始めたのか。

 

 けれど彼女はいつも言葉を濁すばかりで、私の問いかけに明確な答えを返そうとはしなかった。

 きっとアサは、アルバイトについて何か、私に知られたくないこと、隠していることがあるのだろう。

 

 では、彼女の隠しごととはいったいなんなのか。私なりにいろいろと考え、一つの結論に辿り着いた。

 

 それはズバリ、好きな男ができたのではないか、だ。

 

 彼女はある日、とても好みの男の人を見つけたのではないか。そして、その人と仲良くなりたいと思った彼女は、彼が働いているお店でアルバイトをすることを決めたのではないか。

 

 そう考えれば、メイクをする理由、休日を削る理由、働こうとする理由さえも、好きな人に近づくためというたった一言で説明がついてしまう。

 きっと、私に隠していたのも恥ずかしかったからなのだろう。

 

 …………ふっ、まったく、わずかな情報からここまで完璧な答えを導き出すなんて、自分の推理力が恐ろしくなってしまう。

 

 私としてもアサの恋路は応援したいところだが、その前に、まずはその意中の相手を調べなければならない。

 

 彼女はあれで脳き……いや、単純なところがあるし、何よりこれまでそういった色恋沙汰には全く縁がなかったと以前語っていた。そのため、もしかしたら悪い男に騙されているということもあるかもしれない。

 彼女がしっかりと見分けられればいいのだが、恋は盲目ともいうし、なかなか難しいだろう。

 

 であれば、ここは私の出番なのでは、と。

 

 そういうわけで、アサの想い人を見定めるため、前々から彼女がアルバイトへ向かうところをを尾行しようと決めていたのだ。






「あ、あぶなかったぁ…………。見失うどころか、あやうく詰所に連行されるところだったよぉ…………!」

 

 時刻は昼前、十軒ほど先にいるアサを視線の先に捉えながら、半分泣きの入った声でそう独りごちる。

 

 つい先ほどまで順調に彼女を尾行していたのだが、突然街を巡回していた衛兵さんに声をかけられたのだ。

 

 なんでも、住民から怪しい格好をした人が不審な行動をしていると通報が入ったらしい。

 その話を聞いてすぐ、私に手伝えることはありますかと衛兵さんに尋ねたのだが、彼はひどく呆れた表情を浮かべ、君のことだよと、そう口にした。


 初めは何を言っているのかわからなかったが、改めて自分の格好を見て、気づいた。

 

 ――――あ、これ完全に変質者コーデだわ、と。

 

 黒づくめの服装と目元を隠すような深めの帽子、おまけにサングラスまでかけ、アサに気づかれないようにするためとはいえコソコソと移動している私。

 弁解のしようもないほどに、変質者で不審者で犯罪予備軍だった。

 

 幸いなことに声をかけてきた衛兵さんは吟遊詩人時代のころからの顔見知りであり、アサを尾行しているのだと説明したら苦笑いを浮かべながらもすぐに解放してくれた。

 なお、帽子とサングラスの禁止はまのがれなかった。

 

 くそぅ、今日のためにわざわざちょっと高めのサングラス買ったのに…………!

 

 …………いや、こういうときはプラスに考えなければ。見方を変えれば、変質者から全身黒づくめのファッションセンスが壊滅的な人に進化した、ともいえるのではないだろうか。

 これでもう先ほどのように声をかけられることもないし、安心してアサの尾行に専念できる。そう、初めから帽子もサングラスも必要なかったのだ。

 

 頭の中でそんな益体もないことを考えながらもアサの尾行を続けることしばし、ついに彼女が、とあるこじんまりとした建物の中に入っていくのを目撃する。

 

 彼女に遅れて建物の前まで来て、気づく。

 

「ここってたしか、最近できたおいしいって評判の料理屋さん、だよね」

 

 そう、アサが入った建物は世界中の郷土料理が食べられるという触れ込みとその料理のおいしさから現在この街で評判になっている、3ヶ月ほど前に開店したばかりの飲食店だった。

 

 まさか、彼女のアルバイト先がここだったとは。

 

 私自身はこのお店に来たことはないが、それでもアンサーハイムのお客さんや街の人たちとの世間話でよく耳にしていた。


 いわく、このお店の店長は年若いながらもまだ見ぬ料理を求め世界中を旅してきた流浪の料理人であり、そんな彼が作る料理はどれも絶品、夕方からの営業にも関わらず昼過ぎには行列ができることもあるのだとか。

 

 お店の出入り口には準備中と書かれたプレートが掛けられているため、関係者ではない私が中に入ることは難しいだろう。

 だが今日の目的、アサの意中の相手を見定めるためにもここで引き返すわけにはいかず、どうすればよいだろうかと考え、裏手に回って窓越しに厨房を覗くことを思いつく。

 

 そうと決まればと、私は早速行動に移すのだった。

後編は本日21時ごろ更新予定です。

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