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アンサーハイム 中編

 反乱軍の一件が収束した後にユーリニア王国を出て、旅を続け、ようやくこの街、サリアと出会った思い出の場所にたどり着いたのが、今から約4ヶ月前。

 

 私たちはこの街に着いてすぐ、旅の途中で計画していた何でも屋開業のため、そして住む場所確保のため、事務所となる物件を探し始めた。幸先良くとでもいうべきか物件はすぐに見つかり、しかもそこはなんと以前私たちが住んでいたあの家だった。

 私としてはその奇跡じみた巡り合わせに運命的なものを感じないでもなかったが、後々になって以前も今もただ単に人気がないから残っていただけだという現実を知り、ひどく形容しがたい心持ちになったりもした。

 

 …………まあ、私の心情などといった些事は置いておいておくとして。

 

 賃貸契約を結んだ私たちは、以前まではリビングとして使っていた部屋を何でも屋らしい風情、某銀髪侍が営む何でも屋、あるいは某少年探偵が居候する探偵事務所、のような内装へと変更したり、方々に宣伝をしたりと準備を進めていった。

 

 そうして、今からちょうど3ヶ月前、冬も終わりようやく暖かさを感じられるようになってきた春の始まりに、私たちは何でも屋、アンサーハイムを開業したのだった。

 

 お店を開いた当初は大盛況といっていいほどに、ひっきりなしに客が訪れていた。

 家の掃除や手紙の代筆、子どものお守りなどといった、わざわざ私たちに頼むほどのことでもないようなものから、失せ物探しやお店の売り子、果てには告白の手伝いなんていう漫画やアニメでしか見ないようなことまで、幅広くさまざまな依頼をこなしてきた。

 中にはサリアの熱心なファンが彼女に会うためだけに訪れお金を落としていくなんてこともあり、思わず心の内でキャバクラかと突っ込んでしまうようなこともあった。

 

 だがまあ、総じていうのならば、私たち二人で始めた稼業、何でも屋アンサーハイムの出だしは、非常に好調だった。そう、出だし、は、好調、だった。

 

 …………人の噂もなんとやら、オープンしてから2ヶ月も経つと物珍しさや好奇心から来ていた客はほとんどいなくなり、依頼人に相対する時間、依頼に奔走する時間、それら二つの合計よりも、事務所内で暇を潰している時間の方がずっと長くなっていた。そして、その事実は私たちの収入が著しく減少したことをも指し示す。

 

 非常に、とても、ものすごく、認めがたい上に情けないことではあるのだが、私たちは経営というものを甘く見ていたと言わざるをえなかった。

 

 ――――とまあ、私たちのこれまでの経緯は、そんなところだった。



 


 

「白色にキジトラ、ミケ…………はぁ。ここもハズレですね」 

 

 日を跨いで翌日、場所は変わりファナさんに教えてもらった猫の出没場所であるスラム街、そのとある路地裏にて、数匹でまとまっている猫たちを少し離れた位置から観察しながら、ぼやくように呟く。


「だねぇ。範囲は広いわ猫は多いわ、これじゃ私の耳も大して役に立たないし、どうしたものかなぁ…………」

 

 現在、私たちはサリアの耳を頼りに、猫が隠れていそうな場所をひたすらに、しらみ潰しに、探し回っていた。

 

 夏の始まりごろということもあり日差しは照りつけるようで、額に伝う汗を拭いながらふと空を見上げると太陽はすでに頂点を通り越してだんだんと下り始めているところだった。確か、スラム街に着いたのがまだ東よりの空に太陽があった時間帯、元の世界でいえば9時ごろだったはず。

 陽光の向きが私たちのこれまでの徒労を表しているような気がして、思わずもう一度ため息を吐いてしまう。


「…………ああもう、休憩!休憩しよう!ずっと探し回って疲れたしお腹も減ったから一回休憩!お昼ご飯食べよ!」

 

 サリアはいくらか投げやりな様子でそう声を張り上げると、そのまま日差しを遮る壁にもたれかかるようにしてズルズルと腰を下ろしたのだった。


「そう、ですね…………。昼食がてら、改めて作戦を練り直しましょう」

 

 彼女に習うように、私も壁に背を向けて腰を下ろす。次いで、肩にかけていたバッグに手を伸ばし、そこから昼食用に用意していた包み、サンドイッチが入ったそれを二つ取り出し、片方を彼女へと手渡す。


「ん、ありがと。…………たぶん、このまま闇雲に探し回るだけじゃ今日中には見つからないと思うの。だからどうにかして居場所を特定しなきゃ」


「私もそれには同意見です。ただ、特定するっていってもどうやって?」


「そこなんだよねぇ。本当、どうしよっか」


 包みを開き、サンドイッチに齧り付きながら、私たちは会話を続ける。


「昨日、何か考えてるようでしたけど手がかりになりそうなこととかないんですか?」


「うーん、あんまり、かな。…………でも、一人で考えるよりは、か」


 彼女はそう口にすると、小さく頷き、言葉を続けた。


「とりあえず、現状私がわかってること伝えるね。まず、ファナさんが猫に餌付けをしていたってことと、見つかったら飼うつもりだっていうのは嘘」


 彼女が断定するように、いや、するようにではなく文字通りそのままに、そう言った。なぜそんなことがわかるのか、それについては今更尋ねるまでもないだろう。


「それと、こっちは確実ではないんだけど、たぶんファナさんはその猫とほとんど面識がない、というより一度見かけた程度なんだと思う。ほら、瞳の色を聞いたとき言い淀んでたでしょ。愛着沸くくらい接してたんならそれくらいすぐに出てくるものじゃん?不意の質問だったからか一瞬鼓動もかなり早くなってたし」

 

 なるほど、確かに。ファナさんの言動を振り返り、一人納得する。


「ただ、あの人の必死さは本物だったと思うんだよね。それが逆に意味わかんないっていうか…………」


「私も、彼女のそういう、切羽詰まったような雰囲気は感じてました。報酬にしてもかなり色をつけてくれるようでしたから、その猫について何か、彼女にとって重要なものがあるってことなんでしょうか?」

 

 サリアは確実ではないと言ったが、ファナさんが目的の猫と親しくないという見解、私にとってそれは確かなことだと思えた。

 

 だがそうなると、彼女はほとんど見ず知らずの猫一匹のためにそれなりのお金を払おうとしているということになる。

 彼女がよっぽどの動物愛護思想の持ち主であり、偶然見かけた猫を保護しようとしているというのなら、ギリギリ、なんとか、納得できなくもない。が、もしそうであるのならばあそこまで嘘を並べ立てる必要などないはずなのだ。


「あともう一つ。今アサも報酬がーっていってたように、あの人、それなりに羽振りが良さそうなんだよね。そんな人がよりにもよってスラム街の猫を探しているっていうのもかなり違和感」

 

 サリアの言葉を受け、ファナさんの不自然さに思い至る。

 スラム街とは貧困層が暮らしている地域であり、衛生状態や治安という点で見ればかなり劣悪な環境と言える。そのため、一般的にそこに住む人以外は特別な理由がなければ近寄ろうとさえしない。ファナさんの言動を鑑みれば、そんな場所で彼女は猫と出会ったということになる。貧困、ひいてはスラム街とはほど遠く思える彼女が、だ。

 

 彼女の言葉ひとつ一つを読み解いていくにつれ、そこに含まれるチグハグさが明らかになっていく。その事実は私にとってひどく不快で、いっそ腹立たしくすら思えた。

 

 …………一体、彼女は何を求めているのだろうか。


「…………今私がわかってることはこれくらいなんだけど、アサは何か思い浮かぶことある?」

 

 サリアはサンドイッチの最後の一切れを口に放り込み、いくらか疲れを感じさせるような口調でそう言った。彼女より先に食べ終わっていた私は虚空を見つめながら、これまでのことを改めて思い返し、洗い出し、脳内で考えをまとめていく。

 

 ファナさんの言葉、そこに含まれる嘘、必死さ、感情、そして、それらによってかえって炙り出される事実。ここに至るまでの様々な情報を照らし合わせ、現在私たちが求めるもの、猫の居場所を割り出すために当てはめていく。

 そうして、サリアの発言からしばらくの間をおき、私は口を開く。


「…………彼女、猫が死んでいたらその遺体を回収して欲しいっていってたじゃないですか」

 

 ようやく掴んだ手がかりを逃さないように、取りこぼしてしまわないように、ゆっくりと言葉を重ねる。


「そんな発言が出るってことは、彼女としてはすでに猫が死んでいる可能性が高い、例えそうじゃなくてもかなり衰弱してると思っている…………ってことになりませんか?」


「…………確かに。猫の状態を知らなければそうそう出る言葉じゃない、か。でも、猫の現状が分かっても、どうしよう、も…………って、そっか!弱ってる動物が行きそうなところを探せば!」

 

 サリアが私の意図を察し、モヤが晴れたようにそう言った。彼女の直前までの硬い表情との落差に思わず小さく笑ってしまう。


「確実に見つかるとはいえませんけど、それでもさっきまでみたいに闇雲に探し回るよりはずっとマシだと思います」


「おお、さっすがアサ!頼りになるぅ!」


 私が頷きとともに発した返答を受け、彼女は明るくそう口にし、続ける。


「日差しが強くなってきた今の時期、この辺り、スラム街周辺で弱ってる動物が行きそうなところ…………涼しくて、過ごしやすい場所…………」

 

 条件に見合う場所を探すため、互いに自らの内側へと意識を向けたことによって私たちの間に沈黙が訪れる。

 けれど、その静寂は長く続かず――――。


「――――川辺だ!!」


 ――――瞬間、彼女、サリアが、閃きをもってそう声を上げた。



 



 街並みが夕焼けに染まったころ、一昨日と同じように私たちの自宅兼事務所にドアをノックする音が響いた。

 こちらも一昨日と同じようにサリアと顔を見合わせ、頷き合い、訪問者が待つ玄関へと向かい、ドアを開ける。

 

 そうして、予想通りというべきか、ドアの向こうには猫探しの依頼者が静かに佇んでいた。


「こんばんは。お待ちしていました」


 彼女の表情は暗く、重苦しく、言葉なくともひどく気が急いた様子、心ここに在らずといった心情が読み取れた。


「どうも。あの!依頼していた猫は…………」


「安心してください!ちゃんと見つけて保護しましたから!」

 

 遮るようにして発せられたサリアの言葉を受け、彼女は心底から安堵したように大きなため息をつくと、その強張っていた表情を緩め、小さく笑みをこぼした。


「保護した猫ちゃんは中でくつろいでます!念のため、ファナさんも中に入って猫ちゃんが依頼していた子か確かめてもらっていいですか?」


「よかった…………!はい、もちろんです!お邪魔します」


 彼女はそう口にすると、サリアに案内されるがまま私の横を通り過ぎ、事務所内へと足を向ける。その際、以前にも感じられた仄かな甘い香りがふわりと漂い、私の鼻を通り抜けていった。

 納得によるものか小さく口から息が漏れ、次いで、私は念のため玄関に鍵をかけ、遅れて彼女たちの後を追うのだった。

次回は21時ごろ投稿予定です。

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