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陽だまりにふたり、笑う

 誰もが目を見張るような美貌と聞きほれてしまうような美声で、聞きなれない歌を歌う少女がいた。


 彼女の持つ目の覚めるようなブロンドのショートヘア、すべてを見透かすような琥珀の瞳、それらは陽だまりのこの場においてもなお光り輝いていた。

 

 少女が立つ場所はとある街の広場、天下の往来で、聴衆は年齢も性別も、その人種すらも様々だった。それでも彼女はそんなことにお構いなく、楽しそうに、嬉しそうに歌を歌う。そんな彼女の姿に、歌声に、道行く人々は立ち止まり、酔いしれていた。

 

 突発的に始まった公演、忙しく人々が行きかう昼間、何でもない広場。それでもなお、これだけの人々を惹きつける彼女はいったい何者なのだろうか?

 

 人々に癒しを与えんと下界へ降り立った天使?

 人々を魅了せんと俗世へ遣わされた悪魔?

 はたまた、悪戯に人の世へ顕現なさった女神様?

 

 いいや、彼女を表すにはどれも足りない。

 

 その美しき少女の正体は――――。


 ――――そう!ほかの誰でもないこの()、サリアちゃんなのである!




 


「いや、流石にそろそろ少女はきついって…………。というか、自画自賛自体がきっつい…………!前までのあたし、心の中だけとはいえよくあんなに思ってもないこと並べ立てられたな…………」

 

 広場に備え付けられたベンチの上、つい先ほどまでの自分に向けて、鬱々と、疲れたように、ダメ出しするように、項垂れながら独りごちる。

 

 なぜ私がここまでの精神的ダメージを受けながらも路上公演を行ったのかといえば、その理由はひどく単純で、端的に路銀を稼ぐためだった。

 

 現在私は、私たちは、かつて住んでいたあの街、彼女と出会い共に暮らしていた、今となっては懐かしくも感じるあの場所へ向けて旅をしていた。

 道のりは遠く、未だユーリニア王国の領土を抜けることすらできていないが、それでも、ここに至るまでの旅路は非常に順調だった。そう、順調だった、のだが。

 

 現在地である王国の国境付近の都市に着いてすぐ、私たちは路銀が心もとないことに気がついた。これまでの旅路を思い返し、これからの旅路に想いを馳せると、確実にお金が足りなかったのだ。

 

 このままでは王国を抜けることすらままならないと二人で話し合い、しばらくはこの街に滞在し金策に勤しむことを決めたのが四日前、その方法として私の行き着いたところが先ほどの路上公演だった。

 

 私は歌を歌うことが好きだ。どのような歌であれそこには何かしらの想いが込められていて、その何かを自分なりに表現することは私にとって確かな楽しみだった。そして、そんな私の歌を聴いてくれた誰かが感動してくれているところを見るのもまた、同じように確かな楽しみなのだ。

 

 だが、だからといって、人前に立つことに何も感じないのかと言われるとそんなことはない。


 本来の私は人前に出ることなんて苦手で、緊張しいで内気で恥ずかしがり屋で臆病で、そんなどうしようもないやつだ。


 吟遊詩人として生計を立てていたころは生きていくため、自身のそういう余分な感情に蓋をし、あたしという仮面をかぶり、その上で自らを奮い立たせるため心中で自画自賛しながら舞台に立っていた。

 

 この街の広場で歌を歌うにあたってはそんな当時の自分、そのルーティンをなぞって人々の前に立っていた、が、その結果が先ほどのひとり言である。


 もう本当に、自画自賛が、ひたすらに、きつい。


 誰が天使か。誰が悪魔か。誰が女神様か。純粋に、単純に、とても、とても恥ずかしかった。今回でこの広場での公演は四度目であっても、その思考が誰に漏れるでもないとわかっていても、慣れることなどなく、耐えきれぬほどに恥ずかしかった。いっそ、以前までの自分は羞恥心が壊れていたのではないかとすら思う。

 

 だが、そんな羞恥地獄もこれで終わりだと思うといくらか感慨深く感じて…………いや、全然そんなことなかった。むしろ安堵の方がずっと大きいな。

 

 まあ、私の感情は置いておくとして、ここ連日の私の決死の公演、そして私とはまた別の方法でお金を稼いでいた彼女の尽力により、私たちの懐事情は、とりあえず旅を再開できる程度には回復した。

 

 もう少しすれば買い出しに出ていた彼女も戻り、いよいよこの街、ひいては私の生まれ故郷であるユーリニア王国ともおさらば、ということになる。彼女が私の叔父とした契約上、おそらく、もう二度とこの土地に足を踏み入れることはないのだろう。

 そのことについて多少なり寂しさや郷愁を感じないでもないが、それでも彼女と一緒にいれるならまあいいか、なんて、そんな風に思えてしまう。


「ふふっ…………」

 

 無責任、あるいは薄情とすらいえる自らの思考に、思わず笑みが溢れる。

 

 そうして、私はなんとなく、あの日から今に至るまでの出来事に思いを馳せるのだった。

 


 

 反乱軍の本拠地、その地下にて私が自らの血をもって魔法陣を破壊した後、いろいろなことがあった、らしい。なぜ、らしい、なのかといえば、私は血と体力を失いすぎたせいかその日から丸三日ほど眠りこけ、ようやく目覚めたのがあの日、彼女に全力の頭突きを喰らったあの夜だったからだ。

 

 私が眠っている間、彼女は今回の一件の事後処理のため忙しなく動き回っていたのだとか。

 結界によって生命力を奪われ意識を失った反乱軍の人々を死なない程度に回復させ、一人ひとり身動きの取れないように拘束し、王国軍を呼びに近隣の都市まで赴いて、彼らを連れ本拠まで戻り、反乱軍の人たちを引き渡してと、そうやって休む間もなく奔走していたのだと、彼女は後々になってひどく遠い目をして語っていた。

 

 その様子、口調からは彼女の当時の苦労がよくよく伝わってきて、何も知らず眠っていただけの自分が申し訳なくなってしまうほどだった。

 

 まあとはいっても、私が反乱軍の御旗であったという事実がある以上、たとえ起きていてもできることなど王国軍に見つからぬよう隠れていることくらいであり、彼女のために何をしてやれるでもなかったのだが。

 

 …………思い返してみれば、彼女には肉体面だけでなく精神面においてもかなりの負担をかけてしまったように思う。

 

 その最たるものがセスイ関連の出来事だろう。

 

 彼女が私の叔父、ユーリニア王国国王と交わした契約の一つに、ソニア・ファス・ユーリニアの身柄を生きたまま引き渡すという項目があった。

 当然、彼女が素直に私を差し出すわけもなく、セスイの容姿を魔術によって私のものへと変化させて差し出すなどといった、いっそ笑えてくるほどに強引な手段をもってその契約を履行してみせた。

 

 なぜ彼女がわざわざ私の身代わりを用意するなんていう、ひどく回りくどいことをしたのかといえば、それはひとえに私のことを想ってが故だった。

 

 この身には王国の始祖、その血脈であることを指し示す遠き世界よりもたらされた異能を宿す血が流れている。なればこそ、私が生きている限り、私の叔父はどこまでいこうとも正当なる継承者から王位を掠め取った簒奪者でしかなかった。


 彼は自らの地盤を確固たるものとするため、国の分裂を防ぐため、その本心を押し殺し、己の地位を揺るがしかねない事実を塗りかえんと私の兄弟姉妹を殺めてきた。王国においてただ一人の王位継承者となるため、私を殺めようとしていた。

 

 故に、おそらく、いや、ほぼ確実に、私の身代わりとして連行されていったセスイは近いうちに処刑されることになるだろう。公に私という存在を、ソニア・ファス・ユーリニアを、殺すために。

 

 自らの命が誰に知られるでもなく他の誰かの代替として消費される。その命の終わり方は、少なくとも私にとっては、ひどく認め難く、また、耐え難いものに思えた。

 

 彼女自身、未だ自らがセスイへ強いた所業については思うところがあるようで、その当時彼と交わした言葉を、彼を王国軍に引き渡すまでの出来事を、決して詳細に語ろうとはしなかった。彼は敗北者としてその末路を受け入れていたとだけ話し、現在に至るまでいっそ頑ななほどに口を閉ざし続けていたのだ。

 

 そんな彼女の沈黙が私に対する優しさからくるものなのか、あるいはそこに彼女にとって言葉にし難い何かがあった故なのか、私にはわからない。わからないが、それでも、彼女の心情にセスイという人物が、その在り様が、何かしらの影響を与えたであろうことは容易に想像がついた。

 そして、今の彼女なら、以前よりも随分と成長した彼女なら、その心のうちに生まれた葛藤をいずれ自力で乗り越えてしまうのだろうな、とも。

 

 彼女がセスイのあれこれに思い悩んでいる一方で、私もまた、彼に対して思うところ、問いただしたいことが山ほどあった。

 

 本当に争いを起こすことだけを望んでいたのか、そうであるのならばもっと他に方法はあったのではないか、私が裏でコソコソと嗅ぎ回っていることには気づいていたのではないか、私を処理する機会などいくらでもあったのにどうして放置していたのか。

 …………なぜ、私に魔石のペンダントを渡したのか。なぜ、結界の効力を打ち消すそれを常に身につけていろだなんて言っていたのか。

 

 私は、それらの疑問の答えが、今は亡き私の騎士、ミラムの存在にあるのではないかと思えた。彼が私と自らの主を、ミラムと自分を、心の内で重ねていたからではないかと、そう思えたのだ。

 

 だが、今となってはもうこの問いの答え合わせをすることはできない。今後、王国軍に捕えられている彼と言葉を交わす機会などあるはずもなく、故に、真相は文字通りに闇の中だった。

 

 私にとってその事実は、なぜだか哀しく、そして、悔しかった。

 

 …………通常ならば、叔父が真に私の死を望んでいたならば、いくら彼とて身代わりを差し出すなどという横紙破りが如き蛮行を認めることなどなかっただろう。

 だが、彼女は言っていたのだ。国王はあなたが平穏に生きていくことを望んでいたと。おそらく自分の考えはお見通しだろうけれど、それでも国王なら、あの人なら、決して悪いようにはしないはずだ、と。

 

 彼女の言葉通りというべきか、セスイを私だと偽り王国軍に引き渡してから数ヶ月の時が経つ今現在にいたるまで、私たちは平穏無事に旅を続けていた。これまでの間、追手や刺客などいった存在を微塵も感じることなく王国内を横断してきたのだ。

 その事実が指し示すところは、叔父が私、加えて王城に襲撃を仕掛けた彼女を、あえて見過ごしているということに他ならなかった。

 

 まあ、だからといって、ことが終わったら早急に王国を出なければならないという彼女の契約がある手前この国に長居するわけにもいかず、これまでなかなかの強行軍で旅をしてきたわけだが。

 

 ここまで語ってきたこと以外にも大変なことや頭を悩ませるようなことなど、様々な出来事があったが、さしあたって、私たちの近況はそんなところだった。

 今となっては懐かしいあの街にいたときのように、一人ならきっとありふれた、けれど二人なら心踊る、そんな日々を過ごしていた。


 




「あの街に着いたら何して働こっか?アサはやりたいこととかある?」


「…………そう、ですね。…………パッと思いつくものはありませんね。サリアの方こそ何かやりたいことはないんですか?」

 

 国境にかかる街道を歩きながらこれからを思ってなんともなしに発した問いを、脳内をさらうようなしばらくの間を置いて、私の隣を歩く彼女、アサが、そのまま問い返してきた。


「…………うーん、私も思いつかないや。あっ、でも、とりあえず当分の間吟遊詩人はやりたくないかなぁ…………」

 

 彼女と同じように問いに対する答えは見つからず、けれど反対にやりたくないことが脳裏をよぎり、思わず遠い目をして独りごちるように呟く。彼女は同情心故か、そうやってひとり過去に囚われる私に向けて優しく口を開いた。


「…………お金稼ぎ、本当にお疲れ様でした。サリアの路上ライブのおかげで予定よりだいぶ早く出発できましたし、私としても感謝してます。…………なので、その、……元気出してください」

 

 彼女のフォローが心に沁みる。


「ううぅ、なんなんだろうね、前までの()()()。なんかもういっそ精神的に無敵だったんじゃないかって思えてくる…………」


 けれどそれだけでは私の心は癒えず、半分泣きの入った声が漏れた。そんな私の様子を見かねてか、今度は先ほどよりもいくらか明るい声音で彼女が言葉を発する。


「まあ、そうやって心情に変化が出たのも精神的に成長したってことですよ。…………たぶん」

 

 彼女が自信なさげに付け足した部分をあえて無視し、そういうものかと無理やりに自分を納得させる。

 

 次いで、話題を変えようと再度口を開く。


「成長っていえば、今更だけどアサはなんだか大人びたよねぇ。内面的にっていうのもそうなんだけど、外面的にも、身長とかさ」


「…………そう、ですね。旅の途中色々な人と関わってきましたから、見聞が広まった、とでもいうんでしょうか。…………外面的な部分についてはあまり自覚ないですけど」

 

 自分の身長を確かめるように頭に手を置き、視線を上に向けながら、彼女はそう言った。

 

 私としても彼女の何がどれだけ変わったかを正確に言葉にできるわけではないが、それでも、彼女がしばらく会わないうちにいろいろと成長したのだということは理解できた。


「そういうサリアも身長伸び…………なんでもないです。ごめんなさい」


「ねえ、なんで途中でいうのやめた?なんで謝った?…………いっておくけど、私はまだ成長期が来てないだけだから!これから身長だってぐーんと伸びて、体つきだって…………!!」


「随分と遅い成長期ですね。…………いえ、実際そういう人もいるんでしょうけど、サリアの場合はまた別でしょう。いい加減そのあたりについては諦めた方がいいんじゃないですか?」

 

 彼女が呆れたように、諭すように、そして無慈悲に、そう言った。


「い、いや、いやいや、いやいやいや?兄さんも姉さんも身長は人並み程度にはあったし?なんなら親戚まで含めても家系内に身長の低い人なんてほとんどいなかったわけだし?絶対これから伸びるよ!伸びるはず!伸びると、いいなぁ…………」

 

 前半は自らの現状を肯定せんと弁明するように、けれど後半は自分でも薄々勘づいている現実を突きつけられ逃げ場をなくし、ついには存在するかもわからない神に縋るかのように、そう口にした。

 そんな私の様子を見てか彼女が小さく吹き出し、顔と声に笑みを残したまま口を開く。


「ふふっ…………サリアはきっと、今くらいがちょうどいいですよ」


 くぅ、他人事だと思って…………!酒場でお酒を注文しても断られたり、服を買うとき子どもっぽいものしかなかったり、夜道を歩いているだけで衛兵に声をかけられたり!こっちはいろいろと大変なんだぞぉ!

 心の中、半ば愚痴混じりに叫ぶ。

 が、彼女がくすくすと笑う様子に毒気を抜かれ、気がつくといつの間にか私も同じように笑っていた。

 

 そうしてしばらくの間二人で笑い合い、おさまったころ、彼女が何かを思いついたように、唐突に声を上げる。


「…………あっ!何でも屋なんてどうですか?…………さっきの、何して働こうかって話しの」

 

 一瞬彼女が何を言っているのかわからなかったが、付け足すように発された言葉でその意図を察する。


「何でも屋…………。確か、失せ物とか人探しとか、依頼者のそういう困りごとを手伝うお仕事、って前にいってたよね」

 

 以前彼女とそんなことを話したなと思い出しながら言葉を続ける。


「…………聞いた時はおもしろそうだなとは思ったけど、実際にやるとなったらいろいろと大変そうじゃない?固定収入とか家賃とか、そういう、金銭的な面で」


「せっかくのファンタジー世界なのにリアルなお金事情がつきまとうのってなんなんでしょうね…………」

 

 彼女が暗い表情、口調で、呟くようにそう口にした。その発言の意味が理解できず 聞き返そうとして、けれどそれより早く彼女の口が再び動く。


「ほら、お金に関しては国王からもらった宝石やらアクセサリーやら金貨やらがあるじゃないですか。お金がなくなったらちょっとずつそれを売っていけばいいんですよ」


「たぶんそれ、すごくダメな考え方な気がするぅ…………」


 彼女の言葉通り、私たちは叔父からそういった貴金属の類を受け取っていた。なんでも反乱軍のあれこれが落ち着いたころ、本拠地に来ていた王国軍のお偉い様が国王様からの賜り物だと言って、それらが乱雑に詰め込められた巾着袋を彼女へ手渡したのだとか。


 私自身そういう類のものに特別明るいわけではないが、それでも一目見ただけでそれら一つひとつが確かに価値あるものだということが理解できた。そして、その全てを売り払えば、最低でも向こう十数年は遊んで暮らせるだろうということも。

 

 おそらく、叔父としては私への餞別、加えて彼女へのお礼としてそれらを贈ってきたのだと思う。彼のその気遣いはとてもありがたかったのだが、それでも、心情、実情、両方において、その贈り物は非常に扱いづらかった。

 

 というのも、これだけ価値のあるものを常に持ち歩くことに不安を感じないはずもなく、かといってなんの感慨もなしに旅の資金に充ててしまえるほど私たちの金銭感覚は狂ってはいなかったからだ。

 また、仮に王国内で売却しようものならほぼ確実に足がついてしまい、叔父、ひいては王国軍に私たちの居場所を知らせることとなっていたかもしれないという懸念もあった。

 

 今となっては叔父が私たちのことを見て見ぬふりをしてくれているということがわかり彼への警戒心も薄れているが、当初はもしもの可能性を考え、なるべく痕跡を残さないように旅をしていた。そのため、叔父からの贈り物についても罠かもしれないからと、少なくとも王国を出るまでは手をつけないと決めていたのだ。


「…………まあ、贈り物を当てにするっていうのは冗談ですが、私としては何でも屋を始めても案外うまくいくんじゃないかって思ってるんですよ」

 

 いや、表情とか口調的に半分以上本気で言ってたでしょ。

 彼女がしれっと吐いた言葉に思わず心の内でつっこんでしまう。


「こういう個人事業って知名度が重要じゃないですか。その点、あの街ならサリアはかなり名が売れています。きっと、日々の生活に困らない程度には稼げると思うんです」

 

 彼女の発言を受け、改めて考える。

 あの街で、依頼者の様々な困りごとを、彼女と二人で解決していく。そんな未来を思い浮かべるだけで、なんとなく、わけもなく、胸が躍り、心が弾むような心地がした。

 きっと、時には嫌なことや辛いこともあって、でも、彼女と二人ならそれ以上に楽しいことや嬉しいことが溢れている、一日として同じ日なんてない、そんな日常が待っているのだと、そう思えた。


「…………ふふっ、いいかもね」

 

 小さく、意図せず、自然と言葉が溢れた。

 

 こうやって、なんの憂いもなく誰かとこれからのことを話し合える。それはとても、とても、幸せなことなのだろう。

 一度は未来を諦め、捨て去り、ただ一人でその命を終えることを選んだ私だからこそ、余計にそう感じられた。

 

 …………私は、ずっと孤独だったのだと思う。

 

 あたしという誰かに望まれた自分を纏い、その奥にある私という存在を隠して、誰であろうとそれに触れることを許さなかった。誰かが私へ向けてその手を伸ばそうとも、私はそれを無視して、代わりにあたしがその手をつかんでいた。あたしは、いや、私も、私に伸ばされる手を認めることができなかった。

 

 他の誰でもない私自身が、本心で人と向き合うことから逃げていたのだ。

 

 だから、私はずっとひとりぼっちだった。

 王城にいたときも、ミラムと一緒に逃げだしたときも、吟遊詩人の彼女とともにいたときも、あの街でアサと一緒にいた時でさえ、ずっと、ひとりぼっちだったのだ。

 そして、それでいいのだと、決して間違いではないのだと、そう思っていた。

 

 けれど、ミラムが残してくれた最後の言葉。あなたの思うままに笑っていてと、自らを偽らずとも自分はあなたを愛しているのだと、短く紡がれた優しい願い。それが、小さな棘のようにずっと私の心へ突き刺さっていた。心の奥底で、本当にそれでいいのかと問いかけ続けていた。

 

 きっと、あの月明かりが差し込む小屋の中、彼女、アサがその心の全てを打ち明け、ぶつけてくれていなければ、私は今でもミラムの言葉から逃げ続けていただろう。

 心のうちに蓋をし、目を背け、耳を閉じ、繋がりを否定し、そうして誰かのためにとひとり生き続け、いつの日かひとりその生涯を終える。そんな、ひどく寂しい生き方をしたのだと思う。

 

 彼女の言葉を聞いて、怒りを感じ、嘆きを理解し、そうして、私はようやく自分自身を見つめ直すことができた。自分自身の過去を、自分自身に向けられる想いを、今はまだその全てをとは言えないが、それでも、ほんの少しづつだけでも、受け止めることができるようになった。

 

 彼女はいつかした約束の通りに、私の手を掴むため、遠く離れた私の元まで来てくれた。遠くへ行きそうだった私の手を掴み、無理やりに引き留めてくれた。掴んだ手をそのままに、私が生きていたことを喜び、私の間違いを感情のままに咎めた。私がひとりぼっちになることを、決して、許してはくれなかった。

 

 そんな彼女の手を、私も、握り返せるようになった。私も、彼女の手を掴めるようになった。

 

 だから、私はもう、ひとりぼっちじゃない。

 ひとりぼっちには、もうならない。

 

 だって、どんなときでも隣にいてくれる、大切な人がいるのだから。


「やりたいことが見つからないなら、何でも屋、やってみましょうよ。もしダメだったらその時はその時。また考えればいいんですから」

 

 彼女が不意に、あっけらかんと、そんなことを口にした。


「アサってなんだかんだ楽観的だよねぇ…………。というか、どうしてそんなに何でも屋を推すの?」


「…………いえ、別に推しているわけでは…………。ただ、ある種の鉄板というか、アニメや漫画のあるあるというか…………。いわゆるお約束みたいな、そういうそれです」


 彼女の返答の意味するところが理解できず、疑問符が浮かぶ。が、彼女がよくわからないことを口にするのは今更かと思い直し、直前の言葉を半ば無視して声をあげる。


「…………まあでも、アサがやろうっていうなら、何でも屋、やってみよっか」


「…………!!ええ、そうしましょう!私たちならなんだかんだやっていけますよ!」


 彼女の勢い込んだ口調がおかしく、小さく笑ってしまう。


「やる気満々だねぇ。ふふっ、私もなんだか楽しみになってきた!どんな依頼が来るかな?」


「やっぱり王道どころはペット探しですね。初めはなんでもない依頼が、最後には犯罪組織との対決につながったりするんです!他にも――――」



  



 ――――いつかのあの街で孤独に凍えていたひとりぼっちの少女は、隣にいてくれる人を見つけた。いつかのあの街で故郷への道を失った迷子の少女は、帰る場所となる人を見つけた。

 

 だから、ひとりぼっちの少女も、迷子の少女も、今はもういない。

 ここにいるのはお互いをかけがえなく想い合い、手を取り合って歩く、そんな、ただの二人だった。

これにて本作『ロンリーガール×ロストガール 〜ひとりぼっちな私と迷子なあなたのおいかけっこ〜』本編完結となります。


19時以降からは本編のその後、アフターストーリーを投稿させていただき、本日21時ごろの最終投稿をもって設定を完結済みへと変更します。残り三話、最後までお付き合いいただけたら幸いです。

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