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脳筋系魔術師

 なんて、そんなふうに思っていた時期が私にもありました。

 ええ、はい、過去形です。

 

 どうやらこの事件を解決するのはちょっと、いや、かなりめんどくさく、一筋縄ではいかないようだった。というのも、あたしたちは血の持ち主の反応がする大衆向けの酒場まで来たのだが、店の中に入ってもそれらしい人物が見当たらなかったのだ。アサ曰く、反応は地面、つまりは地下からしている、らしい。

 あたしは魔法関連の実技についてはからっきしなのでそういう感覚はわからないが、アサがそう言うのならばきっとそうなのだろう。

 

 店内は昼間ということもあり、お客さんはあたしたち以外に3人と少なく、店員もこのお店の主人と思われる男性が一人だけだった。お店に入った以上ただ立ってるわけにもいかず、あたしたちは適当に近場の席へ座り店内の様子をうかがう。

 正直、勢い込んで入ってきたのでかなり拍子抜けだった。

 

 声を潜め、彼女が現在使用している魔術について尋ねる。


「反応はやっぱりここ?」


「そうですね。それは間違いあり、あ、いえ、今店の外に出て移動しています!」


「そっかー、そうなるとやっぱり…………」


 おそらく、このお店のどこかに隠し扉のようなものがあり地下につながっている、といったところか。そうなるとこのお店自体もグルとなり、あたしたちが店主に何をいっても無駄だろう。それに背後には組織だったものが存在している可能性も高い。

 

 アサも同じことに思い至ったようで、渋い顔をしている。正直ここまで大事だとは思っていなかった。とはいっても、ここまで来て見捨てることなどできないのでやることは決まっているのだが。


「アサ、通路はあたしが見つけるから、そこにどうにかして気づかれないように入れる?」


「気づかれないように、ですか…………。まあ、何とかしましょう」


「よっし!じゃあ、ちょっと集中するね!」


 あたしはそう言って、目をつむって意識を切り替え、聴覚に集中する。自分の鼓動、アサの息遣い、お客さんの話す声、店主の足音、あたし以外の鼓動、床の軋み、外の喧騒、虫の羽音、そのほかにも数多のひどく微細な音をゆっくりと拾っていく。

 そうして一つ一つの音を精査し、一つの違和感を見つける。 


「…………ふぅーーー、疲れたー!アサ、見つけたよ!」

 

 ひどく集中していたため時間の感覚が薄くなっていたが、周囲を見れば特段変わっているところはないためそこまで時間はかかっていないはずだ。


「お疲れ様です。どこですか?」


「ここからは見えないけど、調理スペースの右側にあるはず。カウンターの奥に入ればすぐわかるよ。多分防音の素材で扉が作られてるんだと思う。その先からほとんど音が聞こえなかったの」


 そう、あたしの耳はたいていの音を拾える。それがどんなに小さいものであろうと、どんなに雑多な喧騒に包まれていようと、聞き取り、聞き分けることくらいはできる。けれど、調理スペースの右側からは不自然なほどに拾える音が少なかったのだ。ならばそこだけ他とは違うと考えるのが妥当だろう。


 …………正直、防音ではない普通の扉だったら違和感もなく、気付かなかったかもしれない。まあ、結果としてちゃんと見つけることができたのだから良しとしよう。


「さってと、あとは任せたよ、アサ!」


「ええ、承りました」


 そう口にすると、今度はアサが目をつぶって集中し始める。今回はどんな奇跡を見せてくれるのかとワクワクしながら、あたしは彼女の一挙手一投足に注目する。いよいよ準備ができたのか、彼女は右手を掲げ、そこから淡い水色の光を放つ。

 そして次の瞬間、あたしたち以外の店内にいた人たちはみな眠ってしまっていた。


 さすがはアサといったところか。彼女は一瞬で複数人を無力化してみせた。とてもすごい、すごいのだが。


「…………いやー、なんか違くない?もっとこう、なんていうかさ、他にもあるじゃん?」

 

 思わず彼女の力押し感にダメ出しをしてしまう。


「…………??何が不満なんですか?サリアがさっきいっていた、気づかれないように、それに加え傷つけるようなこともなく、安全に目的を達成できたと思うんですけど」


「いや、そうなんだけど、もっとこう、透明になるとか、注意を惹きつけるとかさ。そういう、スマートなやり方を期待してたっていうか…………」


「流石に私でもそこまで出来るか怪しいですし、何より非効率的じゃないですか?まとめて意識奪ってしまえばこれからの行動もスムーズに進められるでしょう?」


「うん、いやほんとアサのいう通りなんだけどさ、なんかこう、納得できないや…………」

 

 あたしはしょげるようにそういって、肩を落とした。

 

 それから、あたしたちは入口の前につるされている営業中と書かれた札を準備中に変えて、調理スペースの右側にある隠し扉へ向かった。アサに店主を縛ったりとかしなくて大丈夫かと尋ねると、おそらく半日は起きないから問題はないと答えた。

 そうなると、店内にいたまっとうなお客さんであろう人たちは完全なとばっちりだ。彼らの1日の大半を潰してしまうという事実に対して、いささか申し訳ないという気持ちがわく。

 

 アサも罪悪感を感じているのだろうか。もし感じているならば、今回は仕方なかったのだと彼女に伝えなければ。そんなことを思い、彼女の顔を見やる。


「…………?どうしました?」


 アサは不思議そうな顔でこちらを見つめ返した。

 あ、多分何も感じてないやこれ。…………まあいい。

 

 あたしは気を取り直して、隠し扉があるであろう場所を軽くたたく。一見なんの変哲もない石造りの壁に見えるが、やはりほかの場所とは音の響き方が違う。予想通りここで間違いないようだ。

 

 さて、隠し扉の場所はわかったが、これはどうすれば開くのだろうか。さっきから押したり引いたりスライドさせようとしたりそれっぽい言葉を叫んでみたりと、思いつく限りの方法を試しているのだが、うんともすんともいわない。

 やはり、レバーやスイッチなどのギミックがないと開かないのだろうか。あたしがそうやって悩んでいると、不意にアサが声をかけてきた。


「サリア、危ないですよ」


「へ?って、ぎゃぁーーー!?」

 

 あたしが振り向くと、アサは子ども程度の大きさの岩を作り出し、それをこちらに向けて射出しようとしていた。あたしはその様子を視界に収めた瞬間、かわいくない悲鳴を上げながら全力で横に飛びのく。その直後、彼女は生み出した岩弾を扉に向けて打ち込んだのだった。

 そうして、店内に轟音が響き渡り、次いで土煙が舞い上がった。それが収まると、隠し扉があった場所はえぐれ、地下へとつながる階段がその姿を現したのだった。


「当たりですね。さ、向かいましょうか」


「いやいやいや、ちょっとまてーーい!あたし今めっちゃ危なかったよ!?もしかしたら当たってたかもしれないよ!?」


「私がサリアに当てるはずないじゃないですか」


「事故ってなんで起こるか知ってる!?知らないなら調べて!今すぐ!!」

 

 あたしの心からの叫びを右から左に聞き流し、彼女は飛び退いて固まったままの私に手を差し伸べ、口を開いた。


「ほら、いつまでも座ってないで進みますよ」


 いろいろと言いたいことはあったが、それらを一言にまとめ、彼女に向けて口を開く。


「…………アサってさ、けっこう脳筋だよね」

次回は明日17時ごろに投稿予定です。

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