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幻想と現実 後編

 国王との最後の会談、彼が私にサリアのことを託したあの後、彼は私に一つの忠告をした。

 

 なんでも、反乱軍本拠にはその土地に住まう人々を一掃するための仕掛けが施されているかもしれない、と。故に、それがどういったものかは不明だが巻き込まれることのないよう常に警戒を怠ることなかれ、とも。

 私は彼の判然としない物言いに疑問を持ち、その意図を尋ねた。

 

 彼は問いかけに答えることはなく、代わりに懐から数枚の手紙を取り出し、読めばわかるとでもいうように私に手渡したのだった。

 私は彼に促されるままその手紙の中身を確かめ、直後硬直してしまう。

 

 その手紙には反乱軍の動向や背後関係、本拠の位置、セスイの目的の考察、先ほど国王が口にした仕掛けについてなど、反乱軍についての様々な情報、内情が、事細かに記されていた。


 だが、私が驚いたのは、言葉を失うほどに衝撃を受けたのは、手紙の内容によってではなかった。それぞれの手紙の裏面、血印と共に記された差出人の名、ソニア・ファス・ユーリニアという文字の存在を認めたが故だった。

 

 私の思考はたっぷり数秒ほど停止し、動き出してすぐ、動揺を取り繕うこともせずに、改めて国王へ手紙について尋ねた。

 彼は、これらの手紙はつい先日地方から届けられたものであり、押された血印からソニア・ファス・ユーリニア本人が書いたものに間違いないだろうと、ただ、手紙に記された情報に確証があるわけではないため、罠の可能性も考慮しなければならないと、そう言っていた。

 

 そのような経緯から、私はこの地へ訪れる以前から体力を奪う魔法の存在、彼は生気吸収の結界と言っていたか、に警戒し続けていた。そしてその結果として、効力の範囲内に足を踏み入れてすぐ、体力が奪われていることを察知することができたのだった

 

 私は後に控えるであろう戦闘のため、魔術を用いて自らに対する結界の影響を無効化しようとして、けれど、あえてそのままにすることでセスイへの奇襲に利用できるのではないかとひらめいた。

 魔術で自身を回復させ体力を奪われているふりをするでもよかったのだが、演技よりも実際に結界の効果を受けた方がセスイの警戒を緩められるのではないかと思ったのだ。

 

 そうして、私は結界になんて考えも及ばないふうを装いセスイの前に姿を現した。予想通りというべきか、彼は一向に戦闘に移ろうとはせず、私の興味を引くような話題によって会話を引き延ばし続けた。きっと、自身が負ける要素を少しでも排除するため、私の体力が底をつくまで時間稼ぎをしていたのだろう。

 

 セスイが仕掛けた結界はまるで真綿で首を絞めるように、自力で気づくことなど不可能なほどに、ゆっくりと、けれど着実に、私から体力を奪っていった。もし事前に結界に気づいていなければ、彼女からの手紙がなければ、今ごろ私は自らの体調の変化に戸惑い、魔術を発動させることすらできず、彼の思惑通りに殺されていたに違いない。

 

 おそらくではあるが、セスイが仕掛けた結界が吸収するもの、その中にはこの世界における魔法を発動するための力の源、魔力と呼ばれるエネルギーも含まれていたのだろう。だからこそ、私が膝をついた瞬間、彼は私にはもう戦う力はないと思い込み、警戒心が薄らいだ、のだと思う。

 だが、私が扱う魔術はこの世界における魔法とは全くの別物であるため、先ほどのように歩くことすらままならない状態でも扱うことができ、それ故に奇襲することができた。

 

 私は自身に体力回復と結界の影響を無効化する魔術をかけて立ち上がる。直前まで感じていた倦怠感が消え、思わず口からため息が溢れた。

 

 先ほど私がセスイに向けて放った魔術は完全な不意打ちだった。互いの間にある距離はゼロに等しく、威力は人ひとりを簡単に殺せてしまうほど。その上、彼は勝利を確信し油断していた。あの様子では避けるどころか防御すらままならなかったはずだ。

 

 けれど、それでも、私は彼がこの程度で終わるとは思えなかった。いや、終わるはずがないと確信していた。

 

 体を軽く動かし、自分の状態を確認する。普段と比べれば全身がいくらか重く感じるが、それでも私の主戦力、というよりもいっそ生命線といった方が適切か、である魔術を扱うにはなんら問題はない。

 

 私は魔術をいつでも発動できるようにして、セスイが吹き飛んでいった方向、半壊し土煙を上げている小屋へと視線を向けた。

 

 一瞬、今のうちに全力をもって追撃すべきかと迷う。

 

 私の扱う魔術は敵組織へ乗り込んだり城へ襲撃を仕掛けたりなどといった、こちらが先制攻撃、あるいは奇襲できる状況において非常に優秀な能力だ。だが、対面してからよーいドンで始めるような戦い、まさしく先ほどまでの私とセスイのような状況においてはどうしても強く出ることができない。

 というのも、魔術は頭で対象とする事象を強く思い描き、そうして現実に発生するというプロセスを辿る。そのため、発動するまでの間にはどうあってもタイムラグが生まれてしまい、その隙が対面での戦闘においては致命傷になりかねないのだ。

 

 端的にいってしまえば、私はRPGにおける後衛職である魔法使いであり、いくらステータスが優秀でもそれは魔法使いとしてでしかなく、近接戦闘には向いていない、といったところか。

 

 故にこそ、まだセスイが小屋から出てこない今のうちに、彼を完全に沈黙させるに足る、下手をすれば殺しかねない、いやむしろ殺し切るにたるほどの、そんな魔術を放つべきかと悩んでいたのだ。

 …………そう、私は迷い、悩んでしまっていた。私にとってどこまでも憎い敵でしかないセスイであろうと、その命を奪うことを躊躇してしまったのだ。

 だからこそ、人を殺してしまうだけの覚悟を持てなかったからこそ、私は彼が持ち直すだけの隙を与えてしまった。

 

 私の視線の先、崩れかけた小屋の中から、ゆっくりとこちらに向かって歩みを進める人影が見えた。片腕は血塗れかつだらりと力なく垂れ下がり、もう一方の腕は一見して怪我がないまでもその手に持つ剣は半ばからへし折れ、白髪を血に濡らし、全身は見るからにボロボロで、それでもなお揺るぎない敵意を込めて私を見据える黄色の瞳があった。

 

 まるでこの世界全てを呪い殺さんばかりの鋭い眼光に、私は息をのみ、怯んでしまう。それほどに、それほどまでに、彼がこちらを見つめる視線は、その姿は、鬼気迫るものがあった。

 傷だらけで、けれど少しもかげることのない憎悪を世界に向け続ける老人、セスイが、その足を止めることなくゆっくりと口を開いた。


「…………まんまと出し抜かれたというわけか。…………やってくれたな、小娘」

 

 私は一瞬でも臆してしまった自分を否定するように小さく被りを振り、彼に返答する。


「…………随分と見すぼらしくなりましたね。その様子ではもう戦闘もままならないでしょう。投降したらどうですか?」

 

 私が発した言葉を受けてか、セスイは皮肉り嘲けるように小さく鼻で笑い、次いで直前の提案を否定した。


「…………はっ、この程度の死地、これまで幾度となく潜り抜けてきた…………!堕ちたとはいえ、この身が誇り高き騎士であったことは紛れもない事実。なれば、たとえ片腕が使えなかろうと、たとえ剣が折れようと、魔法使い一人殺すなど造作もないわ…………!」

 

 そう言い切ると同時、彼は歩みを止める。

 

 セスイが立ち止まった場所、そこは私の、そしておそらく彼の、射程に入らないギリギリの位置だった。私が魔術を放てば彼は容易に対処でき、反対に彼も一息に私へと接近することはできない、そんな距離。

 

 故に彼は立ち止まり、私もまた真っ直ぐに彼を見据える。

 

 私は腕を掲げ、セスイが折れた剣を構える。そうして、彼が私へ接近するため踏み込もうとした、その瞬間――――。


「…………!?結界が、破られた…………?」


 セスイは惚けたように、そう呟いたのだった。






「…………誰が、どうやって…………!?」

 

 セスイと対面してからここに至るまで、彼には常に余裕があった。それは奇襲によって大怪我を負ってもなお消えることはなかったものであると同時に、私ではどうあっても崩すことのできなかったものだ。

 そんな彼が今この時は動揺を隠しもせず、いや、隠すことなど不可能なほどに、ひどく狼狽した様子で戸惑いの声を上げた。

 

 セスイは結界が破られたと、そう口にした。その言葉が意味するところは、つい先ほどまで私も影響を受けていた生気吸収の結界が誰かの手によって破壊されたということを指し示す。

 

 そうして、私はその誰かとはサリアのことなのだと思い至った。

 私がサリアの存在、行動を確信するとほぼ同時、セスイも同様の結論に行き着いたのか、独りごちるように小さく声を上げる。


「…………まさか、王族の血か…………!?」

 

 そう、サリアには王族の血、こことは異なる世界にルーツを持つ、異能を宿す異邦人の血が流れている。

 

 私がこの世界に来たばかりのころ、彼女は自らの祖先、つまりはユーリニア王国の始祖は異邦人だと、そんな彼の血には、その子孫である自分にも、この世界の法則から外れた異能、どのような魔法であろうと打ち消す破魔の力が宿っているのだと語っていた。

 そして、異能の源である異邦人の血は世代を重ねていくごとに薄まり、故に彼女の身に宿る異能もまたひどく脆弱なものなのだとも。

 

 そんな弱々しい能力しか持たない彼女が広範囲にわたる結界を破壊したというのなら、それはきっとかなりの無茶を、それこそ自らの命を投げ打つような馬鹿げた行動をしたのではないかと、そう思えた。

 

 私の考えが、懸念が、今この瞬間現実に起こっているとするのならば、彼女は――――。


「サリアは今どこにいる!答えろ、セスイ!!」

 

 不安と焦りをもって、恫喝するように彼へと問いかける。


「…………おそらく、姫はこの土地の地下にいるのだろう。先ほど私が吹き飛ばされた小屋、その本棚の裏に地下への隠し階段がある。彼女の元に行きたくば行くがいい」

 

 彼の言葉を聞いた瞬間、私は駆け出そうとして。


「だが、この先に進まんと、いや、自らの最愛を救わんとするのならば――――」

 

 それよりも早く、セスイは私の行動を遮るように。


「――――この私を打ち倒してからにせよ!!」

 

 そう、吠えたてたのだった。

次回は明日17時ごろ投稿予定です。

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