表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/35

襲撃と、交渉

 現在、私は城にいた兵士から魔術によって国王がいる部屋を聞き出し、道に迷いながらではあるが、そこに向かっているところだ。

 

 王城の中はいたるところに調度品が置かれており、正確な価値まではわからないが、高価なのだろうということだけはなんとなく理解できた。

 

 時間があればサリアが昔住んでいた部屋に行ってみたいなどとも思ったが、彼女が城を追われて何年も経っているのだから当時の部屋が今さら残っているはずもないということに遅れて気づく。それでもあきらめ悪く彼女に関するものが何かないものかと思考を巡らせるが、残念なことに何も思い浮かばなかった。

 

 そうやって頭を回しながら歩くことしばし、ようやくサリアの叔父、現国王がいる部屋にたどり着く。

 

 どうやって中へ入ろうかと考え、インパクトを出すため扉に魔術を放つことを決めた。

 

 ここに来るまでの間、私は自身が扱う魔術を、様々な方法をもって強化しようとしてきた。だがその試みは失敗、いや、魔術は弱体化したとすらいえる結果となってしまった。

 

 魔術は、私の意志の力によってのみその出力を変える。そしてそれは、裏を返せば私という個人の意識が大きく変わるようなことでもなければ、魔術に影響が出ることはないないのだということを指し示す。

 そのため、たとえ私がいくら魔術を使用しようと、それによって発動が早くなったり威力が上がるなどといったことは起こらない。魔術を強化しようと思うならば、私自身が魔術という現象を深く理解し、信頼しなければならないのだろう。

 

 だが、おそらくそれは、とても難易度の高いことなのだ。

 

 私が扱うそれは、ありえないはずの事象を、強く、鮮明に思い描き、その情景を世界へ無理矢理に押し付けることによって現実を塗り替える。

 けれど、そのように思い描くということは、決して簡単にできることではないのだ。それは1+1=2という式の答えを3、あるいは4なのだと、何の疑問も戸惑いもなく、心底からそれが当然なのだと思いこむようなものだった。

 

 常識があればあるほど、この世界のことを知れば知るほど、魔術を扱うことは難しくなっていくのだ。

 

 私は、これまでの旅路でこの世界のことを知ってしまった。あの街にいたころよりもたくさんの人と出会い、その人たちからこの世界の常識を学んでしまった。

 今の私はあの街にいたころとは違い、既成観念に囚われ、弱くなってしまっているのだ。そして、サリアを取り戻すという目的を持つ私にとって、その事実はひどく厄介なものだった。

 

 だがそれでも、それが現実に起こりうるのだと深く認識できたものは魔術として再現できるということは変わらない。また、以前から使用していた魔術を使えなくなるということもなかった。それはおそらく、その魔術を過去に使えたという事実があり、それ故に私がその奇跡を扱えるのだと認識しているからだろう。

 

 まあ、どのような状態であろうと私がやることは変わらない。たとえ魔術が完全に使えなくなろうと、必ずサリアのもとに辿り着いてみせる。それは私にとって、どこまでも確定事項なのだ。

 

 これまで扱ってきた魔術の中からどれを発動しようか迷ったが、無難に水弾を放つ魔術に決める。右腕を扉に向けて掲げ、次いでサッカーボール大程度の水球を作り出し、放つ。水球はたやすく扉を破壊し、辺りに轟音が響き渡った。

 

 私は悠々と部屋の中に入る。中には向き合ったソファとその間にあるテーブル、執務用だと思われる作業机のみと、思っていたよりもずっと簡素な作りをしていた。

 そして、そんな作業机に向かっている人物が国王なのだと聞き出した情報から判断できた。

 

 私はあの街にいたころ正体がばれないようにするためそうしていたように、顔には無貌の仮面、髪色は金に、それに加え声も変化させていた。

 

 国王はかなり驚いているのだろうが、それでも平静を装っていた。一国の王になるような相手と腹の探り合いはいくら何でも分が悪い。そのため、私は彼の表情や言葉を、必要最低限以外すべて無視すると決めていた。


「やあ、初めまして。手荒いノックだ。何用かね?」

 

 彼はまるで何事もないかのように、さも平時と少しも変わらないとでもいうように、そう言葉を投げかけてきた。

 私は自分のペースを乱されないように意識して返答する。


「初めまして。国王様。少々交渉したいことがありまして」


「これが交渉しようとする者の態度か?いささか、教養が足りていないのではないかね」


「なにせ最近こちらに来たばかりでして、無作法を詫びます。……さて、私の要求ですが」

 

 私は自らの考えをまとめるため、そこで一度言葉を切った。

 

 彼は表情に笑みを張り付け、こちらを値踏みするように見据えている。彼と対面し、対話して、なんとなく、彼とサリアが深いところで似ているように感じられた。どこがといわれると難しいのだが、いわゆる人心掌握的な部分とでもいうべきか。王族としての教育の一環でそういったことも学ぶのだろう。


「おっと、少しばかり性急に過ぎる。交渉をするというのならば、もっと相手のことを知らなくてはならないだろう?故に、まずは貴殿を何と呼べばよいのか、それを教えてくれたまえよ」

 

 私が言葉を続けるよりも早く、彼は問いを投げかけた。


「呼び名、ですか。…………では、迷子とでも呼んでください」

 

 一瞬考え、答える。何となく、その名が今の自分にはふさわしいと思えた。

 

 私が言葉を続けようとすると、再び国王がそれを遮る。


「迷子、か。それゆえにこんなところまで迷い出たと。貴殿は冗談がうまいな」

 

 彼はそういって、表情を先ほどよりも明確な笑みへと変えた。だが彼の目は一切笑っておらず、その表情は意図的に作られたものなのだということが何がなくとも理解できた。

 

 そうして、私はこの段階でようやく彼の意図に気づく。


「…………ああ、時間稼ぎをしても無駄です。城内にいる人は私とあなた以外は全員眠らせましたから。何もしなければ半日は眠ったままでしょうね。救援なんて来ませんよ」

 

 まさしく絶望でしかない私の言葉を受けてなお、彼の顔に張り付けられた笑みは変わらない。彼のそんな態度、まるで自らの命に重きを置いていないのではないかとすら思えるそれが一瞬サリアと重なり、内心で舌打ちする。


「ほお、なかなかに無茶苦茶をする。それに加えその無理を押し通せるだけの能力、さしずめ、異邦人の類か」

 

 彼の表情は、声音は、少しも変わらない。だが、だからこそ、彼との会話は自らのうちを覗かれているような、自らを推し量られているような、そんな不快感がつきまとい続ける。


「貴殿がどこの誰で何を思ってこのようなことをしでかしたのかは知らないが、今この場で我が元に降るのならば全て不問としよう。なんなら貴殿の望みも可能な限り融通するが、どうかね?」

 

 彼が続けた言葉、それは私が頷くことを期待してのものではなく、ただこの場における空気を掌握するために放ったものなのだと思えた。

 おそらく彼は、私に彼自身を、そしてユーリニア王国を、どうこうするつもりがないことに気がついているのだろう。それも当然と言えば当然か。私の目的がただこの国に害をなすことであれば、現在のように国王の前に姿を見せるなどといった回りくどいことをする必要などないのだから。

 

 そうして私の内心を読み取っているからこそ、彼は自らと自国の利益を求め、私と交渉をしようとしているのだろう。ならば私がすやることは変わらない。ここに来るまでずっと考え続けてきた通りにことを進めれば良いのだ。

 

 私は自分のペースを取り戻すべく一度小さく深呼吸をし、ゆっくりと口を開いた。


「…………国王様のお誘いは非常に魅力的ですが、先ほどもいったように私はただの迷子、残念ながら固辞させていただきます。…………私の望みは、あなたの元では叶いませんから」


「そうか、貴殿ほどの人材を逃すとはひどく口惜しいな。…………ちなみに、これはただの興味が故に聞くのだが、我が元では叶わない願いとは一体なんだね?仮にも、いや、今は名実ともに、国王である私がこの国の最高権力者だ。そんな私にすら叶えられない願いがあるというならば、それは実に興味深いことではないか」

 

 彼がどのような意図を持ってその問いを投げかけたのかはわからない。でも、私の答えは決まっていた。

 迷いなく、淀みなく、このうちに在り続け、いかなる時でも決して消えることのない想いを、吐き出す。


「――――最愛の人の元へ、帰ること。私の願いはただそれだけです」

 

 思考よりも先に溢れ出たその言葉。それを受けて、彼は一瞬呆け、次いで、これまでとは異なる自然な表情で、吹き出した。


「…………っは、はは、ははは、ふふっ、ははははははは!!そうかそうか、それ故に迷子か!確かに、貴殿のいう通り私ではどうしようもないな!」

 

 彼の大笑いはなかなか止まらず、私はそんな彼の突然の変わりように固まってしまっていた。そうしてしばらくの時が経ち、ようやく笑いがおさまったのか、彼が愉快げな響きそのままに声をかけてくる。


「…………ふう、いや、すまない、取り乱してしまった。こんなに笑ったのは一体いつぶりだろうか。それほどまでに迷子殿の答えが予想外だったのだよ。気を悪くしたのなら謝ろう」


「…………いえ、謝罪はけっこうです。そんなものより、いい加減交渉を始めたいのですが」

 

 私は彼の言葉を切り捨て、本題を投げかける。

 

 現状の私は一刻でも、いや、一秒でも早くサリアの元へ向かいたいと思っている。だが彼は先ほどから迂遠な会話を続け、一向に本題へ移ろうとしなかった。私がそんな彼の態度に苛つき、急かすように水を向けるのも自然なことといえるだろう。


「おお、そうだったな。…………迷子殿よ、交渉と、そう語るのであるならば、貴殿は我らに何を望み、何をもたらす?」

 

 私を呼びかけるその声、その音、その響きが、先ほどまでの弛緩していた空気を一瞬にして張り詰めたものへ変える。

 仮面の下の表情が自然と引き締まるのを感じ、けれどあえてその変化を無視して、平然を装うように自らの、いや、彼女の求めるものを口にする。


「…………私の要求、それは、たいしたことではないんです。最近巷で話題になっている反乱軍、彼らに対する正当な処罰、可能な限りの不殺、および不当な扱いの禁止。…………ええ、私が求めることはたったそれだけ。難しいことなんてないでしょう?」


「それは、貴殿に何のメリットが?」


「私にはないでしょうね。でも、最愛の人がそう望んでいるんですよ。…………本当に、バカな人なんです」

 

 他人のことなど放っておけばいいのに、サリアはそれができない。自分の手が届くかどうかなんて関係なく、がむしゃらにその手を伸ばしてしまう。見ているこちらからすれば危なっかしいことこの上なくて、でも、それでこその彼女なのだとも思ってしまう。

 

 だからこそ、彼女に救われた一人として、私も彼女のために行動したいと、彼女を隣で支えたいと、そう思ってしまったのだ。


「…………国の長として、私は反乱軍にかける慈悲などないと考えている。なぜなら、彼らはこの国の平穏を乱す因子にしかならないからだ。そのような存在は、見せしめか秘密裏にか、どちらにしろ一切の例外なく消すに限る。それこそが国を治める者としての然るべき対処だと、迷子殿、貴殿も理解できるだろう?」

 

 彼は同意を求めるようにそう口にし、そうして、私の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

 彼が口にした内容は実にもっともなものだった。私の故郷である地球でも、私の知る限りではあるが、内乱罪は古今東西問わず重罪として扱われていた。国を内部から分断させようというのだからその罪の重さにも納得しかない。

 だからこそ、彼は言葉なく私に問うているのだ。不穏分子を殺さないという巨大なデメリット、それに勝るだけのメリットを、お前は差し出すことができるのか、と。

 

 私は自身を落ち着けるように小さく息を吸い、それから、ゆっくりと口を開く。


「あなたが先ほどの条件を飲むならば、私はこの国の益となるであろう三つの行動を誓いましょう」

 

 私は右手を国王に向けて掲げ、三本の指を立てた。私なりにいろいろ考えて、ただ要求をのませるだけではよい結果にはならないのだと、相手にも私の要求をのませるだけのメリットを与えなければ反発を招くだけだと、これまでの旅路を経てそう考えるようになったのだ。

 

 立てていた中指と薬指をおろし、人差し指だけを残す。


「一つ目は、反乱軍本拠の制圧を私が請け負うということです。所在地などの情報収集はそちらにお任せしますが、それでも王国軍には何の被害もなく敵の根城をつぶせるんです。あなたからしたら願ったりかなったりでしょう?」


「……………………」

 

 国王は言葉の意図を探るように、その真偽を確かめるように、真っ直ぐに私の瞳を見つめ続ける。理由などなしに、彼の視線から逃げてはいけないのだと、私はそう直感した。

 

 私の一つ目の提案、このことに関して私は相手方のメリットだと言ったが、むしろ私がやらなければならないことであり、相手に任せてはならないことだった。

 王国の兵士に反乱軍の本拠を制圧させようとすれば、そこにいるサリアにもしものことがあるかもしれない。たとえ私がその場にいても万が一ということはありえる。故に王国軍は寄せ付けず、私一人でことを終わらせる必要があるのだ。

 

 彼が今何を考えているのかはわからないが、それでも、この提案に向こう側へのデメリットはない。ならば、受け入れない理由もまたない、はずだ。


「…………ふむ。では、二つ目は?」

 

 国王は一度小さく頷くと次の提案を促した。それの意味するところは肯定か否定か、どちらにしろ私には言葉を続けるという選択肢しかないのだ。

 

 私は続けて中指を立て、口を開く。


「二つ目。それは反乱軍の一件が終わり次第、可及的速やかに私はこの国を去り、以降二度と近づかない、ということです」

 

 元の世界ならばこんなことをいくら口約束したところでなんの意味もなさないが、この世界には約束を遵守させるための魔法があるらしく、それによって行動を縛ることができる。その魔法は国家間の条約などに使われることが多く、それを破った相手を殺すことも可能なのだとか。

 その気になれば一人で王城を落とせていたという事実を持つ私が王国に近づかなくなるという誓い、それは国王という立場にある彼からしてみれば大きなメリットとなるだろう。


「迷子殿とこうして話すことができなくなるというのはいささか寂しくも感じてしまうな」

 

 自らを簡単に殺せるだけの力を持つ相手を前に、よくもまあ思ってもいないことをいけしゃあしゃあとほざけるものだ。


「それで、貴殿が誓う行動、その最後の一つとは?」


 国王は張り付けた表情、真っ直ぐに私を見つめる瞳そのままに、そう問いかけてきた。

 

 私は自身を落ち着けるように一度小さく息を吸い、吐く。

 そうして、三本目の指を立て、相手側に送る最後の利益を語る。


「私がそちらにもたらす益、その最後の一つ。それは、反乱軍の首魁、ソニア・ファス・ユーリニア、その身柄を生きたままそちらに引き渡す、ということです」

次回は明日21時ごろ投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ