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彼女のもとへ

 サリアが私の前からいなくなって、1ヶ月ほどの時が過ぎた。

 

 あの日から今日に至るまでの間、私は動き出すことができずにいた。それはサリアが私を置いていったことに対するショックだとか、一人になってしまった悲しさや寂しさなどといったセンチメンタルな感情が原因、というわけではなく、純粋にこれからどうするかを悩んでいたがためだった。

 

 まず大前提として、私はサリアのことを絶対にあきらめてなんてやらない。彼女がどこへ行こうと、何を思っていようと、必ず彼女のもとにたどり着いてみせると、ひとりぼっちになんてしてやるものかと、そう決めた。それが、私にとっての決定事項だった。

 

 だが、現状では彼女を追いかけるための手掛かりとなるものが何もなく、それ故にこの街に留まっていたのだ。

 

 サリアによって眠らされ目を覚ましてみると家が心なしかきれいになっていたため、きっと、彼女が私の魔術を警戒し自身の痕跡を残さないよう掃除をしてから家を出たのだろう。

 普段ならば彼女の細やかな気配りに感心するところだが、今回ばかりはそんな長所が恨めしかった。

 

 元の世界で流行っていた言葉でいうところのチートである私を何の力も持たずとも出し抜くとは、やられた側として思うところがないではないが、それでも、素直にさすがだなと思う。思う、のだが。

 

 …………もうずいぶんと前のことに感じるが、この街で奴隷の仲介人グループをつぶしたときの帰り道、もっと自分の命を大切にしてと、もっと私を頼ってと、そう言ったのに、どうやらサリアにはそのときのことはあまり響いていなかったようだ。

 それが、私にはひどく悔しかった。

 

 私は、彼女の行動を、その意思を、否定しようとは思わない。

 

 それは何故ならば、今の彼女を否定することは、あの時の彼女との出会いを、行く当てもなく寒空に震えていた私に手を差し伸べてくれた彼女を、否定することにつながるからだ。

 

 だから、私が怒りを抱くとすれば、それは、彼女が無茶をするのならその手を無理やりつかんででも止めるなどと嘯いたにも関わらず何もすることができなかった自分自身と、彼女を連れて行ったあの老人、セスイに対してだけだ。

 

 彼に関してはサリアのことがなくとも、なんとなくではあるのだが、どうしても嫌悪感を抱かずにはいられなかった。なぜそのように感じてしまうのかはわからないが、それでも彼の言動の一つ一つが無性に苛立たしいのだ。

 

 まあ、とはいっても彼のことなど二の次三の次であり、私にとって重要なのはどうやってサリアのもとに辿り着くかだ。

 彼女がいなくなってからずっとその方法を考え続けていたが良い案も出ず、私はとりあえず動きだすことを決めた。

 

 サリアは名目上だけでもユーリニア王国に対する反乱軍に着いて行った。ならば、何か事が起こるとしたらそれはユーリニア王国内であり、国王がすんでいる王都である可能性が高いのではないかと思えたのだ。

 

 目的地を決めてからは早かった。事前に準備していた荷物をもって、私はその日のうちにユーリニア王国へ旅立ったのだった。



 


 

 ユーリニア王国は私たちが住んでいた街からはかなりの距離があり、加えて、私は元の世界を含めても旅自体が初めてだった。

 

 いくら私には魔術があるとはいえ、それだけで何でも解決できるわけではない。慣れない間の旅路は私の思いとは裏腹にひどく遅々として進まず、慣れてからでも大変なことの連続だった。

 足をくじいたり靴擦れを起こせば魔術で癒してまた歩き出し、野党や動物に襲われれば殺さない程度に反撃し、路銀が尽きれば動物の皮や肉を売ってお金を稼いだ。

 

 私はこの旅路で、初めて動物の命を奪った。お金のために生き物を殺し、解体したのだ。当然、いい気分ではなかった。元の世界でも蚊や蠅程度なら殺すことはあった。そのときは特に感慨を抱くこともなかったが、大きさや声、感情の有無でここまで心象に変化が出るのかと少し驚いてしまった。

 

 私は自分のことを冷たい人間だと思っている。だから、何か生き物を殺すことになろうとたいして心動かすこともないだろうと思っていた。けれど、実際にその場面になると案外自分の心が痛んでいることに気がついた。

 

 サリアはこれまでたくさんの人を、命を犠牲にして生きてきたと言っていた。彼女の心はどれほど痛んだのだろうか。経験していない私ではその痛みを理解することなんてできない。けれど、それでも、彼女が背負うその苦しみを、少しでもいいから肩代わりできたらいいなと、そう思った。

 

 旅の前は半年もあれば目的地へ到着できるだろうと高をくくっていたが、見通しが甘かったといわざるを得ず、結果として、ユーリニア王国への旅路は9ヶ月以上かかってしまった。

 

 だが、王国までの旅の途中で仕入れた情報では、幸いなことにまだ王国内で反乱軍による被害は出ていないようだった。サリアの情報がないことはもどかしいが、それでも彼女もいまだ無事のはずだと思え、ほっとした。

 

 旅の途中、私は自身がどう行動すれば良いのか、そのことをずっと考えていた。

 

 サリアの過去を聞いたあのとき、私は彼女の強い意志を感じて、無理矢理にでも、それこそ手足を拘束してでも行かせないようにすべきかと考えていた。そうでもしないと彼女は何が何でもセスイについていくだろうと思えたからだ。

 私ならそのくらい難なくできた。魔術を使えば、文字通りに指先一本で彼女の行動を止められた。

 

 けれど、私はそれを選ばなかった。

 

 彼女に行ってほしくはなかったけど、だからといって彼女の意思を無視するなどということは決してあってはならないのだと、そう思えた。

 サリアがサリアとして在る、その在りようにこそ私は惹かれたのだ。だから、私の意思によって彼女の行動を縛ることを、私は絶対に許容することができない。

 

 故に、私はサリアについていくと言った。彼女の意思を尊重し、そのうえで彼女の身も尊重した結果が、その返答だったのだ。

 

 …………まあ、そんな私の思いは無視され、彼女はひとりで行ってしまったわけだが。

 

 やはり、彼女と再会した時はしっかりと怒ったほうがいいのだろうか。正直なところ、私にはその権利くらいはあると思っている。いや、そういうことを考えるのは全部終わってからにするべきか。


 ――――そうして、彼女と別れてから10ヶ月ほどの時が経てようやく王都に到着した私は、旅の途中で考えていた通りに王城へ襲撃をかけたのだった。

次回は本日21時ごろ投稿予定です。

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