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旅路の果てに

「…………うん、こんなものかな。…………あとは」

 

 茜色の陽光差し込む自室、その机の上にて、小さく独りごちる。

 

 あたしは懐に入れていた護身用のナイフを取り出し、自分の親指、かさぶたになっている中心あたりを小さく切り裂く。もう何度も繰り返してきたことというともあり、今更躊躇することもない。1秒2秒と待つと傷つけた所から血が滲み、指紋が赤く染まる。

 血に濡れた親指をたった今書き終えたばかりの手紙、国王である叔父へ向けて反乱軍の人々の助命を願う嘆願書、そこに書かれたあたしの名前の横へ、押し付ける。


「よし、完成。…………ふう、これで」


 ――――やっと、準備が整った。準備が、間に合った。

 

 あの日、セスイの真の目的を問いただしたあの時からはや2ヶ月、彼女の元を離れてから一年ほどになる今日、あたしはようやく自分にできることを、反乱軍を止めるため、内紛を未然に防ぐためにやれること、今日に至るまでのその全てを、やり切った。

 あたしがこれまで何をしてきたのかといえば、反乱軍の内情や背後関係といった情報の収集、反乱軍の実質的なリーダーであるセスイの身辺調査、王国軍に向けて、そうして得られた内容に加え反乱軍本拠が置かれている場所、構成人数といった機密的情報のリーク、といったものが主なところか。

 

 おそらくあたしの行動は、その全てとはいかなくとも裏でこそこそと動き回っていたことは、少なくともセスイには勘付かれていたのだと思う。にも関わらず現在までなぜあたしが無事でいられたのかといえば、それはきっと、セスイの慢心、そして、彼があたしを大切な誰かと重ねていたが故、なのだろう。

 

 セスイのことを深く知らないあたしでは断定することはできないが、それでも、彼はあたしを通して別の誰か、彼にとって特別な誰かを見ていたのだと、そう思えた。彼があたしへ向ける視線、そこに時折含まれる優しさが、後悔が、あたしではない誰かをこそ示唆しているのだと、そう感じられたのだ。

 

 その象徴とでもいうべきものが、彼があたしへ渡した魔石のペンダントなのだろう。

 彼は、セスイは、本当にあたしを害する気などなかったのだと、改めて思い知る。

 

 彼があたしと重ねる人物が誰でどんな人となりをしていて彼とどのような関係だったのか、そんなことあたしにはわからない。だがそれでも、彼のそれは、その心の動きは、明確なまでの付け入る隙だった。

 だから、あたしは彼のその弱みに漬け込み、これまで利用し続けてきた。

 あたしの、いや、王族としての責務を、全うするために。大勢の民を救うという使命に、殉じるために。

 

 …………あたしは、天秤にかけたのだ。

 

 反乱軍の人々の命と、セスイが起こす内紛、それによって失われる人々の命を。そうして、あたしは内紛を止めることを選んだ。反乱軍の人々の命を、切り捨てることを選んだ。

 

 それがあたしの限界だった。

 

 自らにできる全てをやり切っても、それでも、救いたいと願う全てを救うことなどできやしない。

 つい先ほど完成させた血印付きの嘆願書にしたって、やれるだけのことをしたという免罪符のため、言い換えれば自己満足でしかない。

 

 あたしの家系の血は少しばかり特別なため、それが本人によるものだと疑われることはない、はずだ。だがそれはそれとして、叔父が反乱軍の人々を生かすメリットなどあるはずもなく、ならばいくら血縁であるあたしの最後の願いであろうと容認することはないだろうと、あたしにはそう思えた。

 だからきっと、この嘆願書は無駄になってしまうのだろう。でも、何もしないよりはずっといい。

 

 …………ここに至るまで随分と時間がかかってしまったが、それでも、今この瞬間に、間に合うことができた。

 心底からよかったと、そう思う。

 

 あたしは周囲の音に耳を澄ませる。

 いつもなら多くの人々が住む場所特有の活気に満ちた音で賑わっているのだが、今はひどく静かで、かろうじて呼吸や心音が聞こえるだけだった。そして、その生命活動を維持する音も徐々に弱まってきているのを感じ取る。


「……………………」

 

 書き上げた嘆願書をそのままに、椅子から立ち上がり、ドアに向けて歩み出す。

 

 これから自らが行うことに、やるべきことに、想いを馳せる。

 ドアの前に立ち、小さく深呼吸をする。なすべきことを、定める。


「…………よし、行こう!」

 

 自分自身を奮い立たせるようにそう口にし、ドアノブに手をかけた。




 


 目的地にはすぐに辿り着くことができた。

 

 あたしは眼前の扉、セスイが住んでいる一軒家のドアを開ける。

 どうやら鍵はかかっていなかったようで、すんなりと家の中に入ることができた。最悪窓を割ってでもと考えていたため、余計な手間暇をかけずに済んだことに小さく息が漏れる。

 中は以前と変わらず必要最低限のもの、ベッドとソファ、テーブル程度しか置かれておらず、閑散とした印象を受ける。


「たぶん、この下に…………」


 中へと進み、ベッドの横、その地面を軽く叩く。

 すると、こもった音が反響するような、他の場所とは明らかに異なる聞こえ方がした。


「…………うん、やっぱりここだ」

 

 小さく呟いて、事前に用意していた金槌を懐から取り出し、その場所へ力任せに叩きつける。本来なら何かしらの仕掛けがあるのだろうが、流石にそこまで調べきることはできなかった。

 金槌を振るうこと10回目、ようやく地面に穴が空き、地下への階段が姿を現した。

 

 以前、いや、初めてセスイの家を訪れた時からこの階段、地下へと続く隠し通路の存在には気がついていた。だが、これまではセスイの目もあり触れることすらできずにいたのだ。

 けれど、彼が自らの計画を実行に移した今日、警戒が最も緩むであろう今この瞬間ならば、こうして足を踏み入れることができる。

 

 通路の両脇には点々と光の灯った松明が取り付けられており、あたしより先に誰かがここを通ったのだろうと思えた。そして、その誰かとは十中八九セスイだろうな、とも。

 

 薄暗い階段を転ばぬように、けれどできる限り急いで駆け下りる。なんとなく、もうあまり時間は残されていないように感じられたのだ。

 ひたすらに下り続けてどれほどの時間が経っただろうか。

 

 そうして、あたしはついに最下層、地下とは思えないほどに開けた空間へ、この旅路の終着点へ、辿り着く。

 

 その場所にはこれまでの道のりとは異なり明かりとなるようなものは置かれておらず、けれど視界に困るようなことはなかった。それはなぜかといえば、この空間の地面に刻まれた複雑怪奇な幾何学模様、いわゆる魔法陣と呼ばれるそれが、その効力を示すようにこの空間を淡く照らしていたからだ。


「……………………」

 

 あたしの対面、向かい側に存在する登り階段を、見つめる。

 これまで降ってきた階段と同じように灯りの点いた松明が置かれており、やはりこの先にセスイがいるのだろうと思えた。

 

 以前セスイからもらったペンダント、胸元に入れていたそのトップ、彼が魔除けの魔法が込められているのだと言っていたそれを取り出し、握り込む。

 

 今現在地上の本拠では、反乱軍の人々、おそらくその全員が、目前の魔法陣の効力によって、命の危機に瀕している。老若男女関係なく、この土地にいる全ての人が意識を失い、その生命力を奪われ続けているのだ。

 

 この魔石を譲り受けたあたしと、その仕掛けをなした張本人であるセスイ、ただ二人の例外を除いて。


次回は本日21時ごろ投稿予定です。

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