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事件は唐突に

 アサに連続失踪事件解決の協力をすげなく断られた翌日、あたしたちは彼女が言っていたように香辛料を求めて、ついでにいろいろ見て回ろうと、市場へ買い物に出かけた。

 

 あの後何度も事件を解決する手伝いをしてと頼み込んだのだが、彼女が首を縦に振ることはなかった。アサの言い分としては危険、自分たちの仕事じゃない、とのことで至極まっとうなのだが、あたしとしてはどうしてもこのまま見て見ぬふりをすることはできそうにない。

 

 あたしたちがしっかりと調査に当たれば、きっと街の衛兵たちよりも早く事件を解決できるはずなのだ。そうすれば悲しむ人や苦しむ人を少しくらいは減らすことができる。実際、今までもそうだった。

 だからこそ、何としてでもアサの協力を取り付けなければ。あたしはそう決意を新たにして、少しでも彼女の機嫌を取ろうと全力でごまをすることにした。


「ねえ、アサ、何か欲しいものとかない?今ならこのあたし、お姉さんが!なんでも好きなもの買ってあげるよ?」

 

「突然どうしました?というかお姉さんって…………。私たち一歳しか違わないじゃないですか。…………それに、欲しいものっていわれても特に思いつくものもありませんね」


「えー、そんなー!それじゃあ恩の押し売りができないじゃん!」


「…………ああ、そういうことですか。はぁ、仮に何か買ってもらったとしても私は失踪事件の調査に協力しませんからね?」


 彼女は納得の声を上げると同時、呆れ混じりに私を見つめ、続けてそう口にした。


「い、いやいや!別にそんなこと思ってないって!やだなー、もう!」


 彼女の言葉を受け、私は誤魔化すように笑いながら口を開く。が、彼女が私へ向ける視線に込められた感情は変わらず、おまけに再度ため息まで吐かれてしまった。


 そんな風にアサと話していると、目的地である市場が開かれている通りへはあっという間だった。


「着いたー!よーし、じゃあまずは手当たり次第に聞き込みを…………」


「しません。どこに向かおうとしてるんですか。ほら、行きますよ」

 

 そういって彼女は明後日の方向に歩き出そうとしたあたしの肩をつかみ、正しい目的地へ連れていく。くそっ、勢いでごまかせなかったか。

 神算鬼謀の策略家であるあたしでも、ここまで策を破られればどうしようもない。というか純粋にネタ切れだ。今はあきらめてアサとのショッピングを楽しむことにしよう。そうと決まったらと、さっそくアサに提案する。


「ねえねえ、おなかもすいてきたしそろそろお昼ごはんにしない?」


「いいですね。先に市場全体をぶらっと見て回って、よさそうな店があれば入ってみましょうか。香辛料は帰りに買えばいいですし」


「さんせー!何食べたい?あたしはねー、うーん、あ、おいしいお肉!」

 

 そんなことを話しながらあたしたちは街を見て回る。

 

 きらりと、あたしの左中指にはめている淡い橙の指輪が、陽光を受けて瞬いたように見えた。

 数年前までは今みたいにゆっくりとした日々を送れるようになるなんて、思ってもいなかった。きっと、あたしが今こうしていられるのは、隣にいてくれるアサのおかげだ。

 

 だから、アサとのこんな時間がずっと続けばいいなと、そう思った。

 アサとあたし、2人で笑っていられる時間がずっと続けばいいなと、そう願った。

 

 そうして、アサが柔らかい表情でこちらを見つめていることに気がつく。


「サリア、珍しく笑ってますね」

 

 アサが放った何気ない言葉に、一瞬、息が詰まる。


「…………そりゃあ、こんなにかわいい女の子とデートしてるんだもん!笑っちゃうに決まってるじゃん!」

 

 だがすぐに自分を持ち直し、顔を見られないようにそっぽを向きながら、アサに軽く体をぶつける。深い理由はなくて、何となく…………そう、彼女の顔を見ることが、そして今の自分の顔を見られることが照れくさくなったのだと、自らにいい聞かせる。

 

 あたしはいたたまれなくなり、前方に向かって駆け出した。


「急に走り出すと危ないですよー!」


 アサはそう叫ぶと、先行したあたしに向かって速足で歩き始める。


「アサー!早く来ないとおいてっちゃうよー!」


 あたしは彼女を待ちながら、自身の表情を意識し、確かめた。




 

 

「ふー、お腹いっぱい!おいしかったー!」


 昼食を食べた店を後にして、おなかをポンポンと軽くたたきながら声を出す。


「なんだかおじさん臭いですよ、サリア」

 

 アサはあたしをとがめるようにそう言った。確かに今のはいささかだらしなかったか。


「アサも満足できた?」


「ええ、ボリュームも味も期待以上でした。……しいていうなら、カロリーが気になるくらいですね」

 

 アサはそう言って自分のおなかをさする。彼女の体つきは、元の世界ではどうなのかはわからないが、少なくともこちらの世界では華奢な方だ。そのため、あたしとしてはむしろ多少肉が付いたほうが健康的なのではないかとすら思う。だが、どうやら本人としてはそんなことはないらしい。

 まあ、体形などといった身体的な問題はあくまで個人のものだ。いきすぎない限りあたしがとやかくいうことでもないのだろう。

 

 そんなことよりもと、現在時刻は昼過ぎくらいと一日の終わりにはまだまだ遠く、次はどこに行こうかとアサに声をかけようとした、瞬間――――。


 ――――遠くから、か細い悲鳴が聞こえた。

 

 位置的には現在地から十三、四軒ほど離れた路地裏だろうか。声音的にかなり切迫しており、今はもう声が聞こえなくなってしまった。何が起こっているのか詳しく聞き取ることはできなかったが、それでも尋常でないことが起きたのだということは理解できた。

 今から現場に向かって間に合うか…………?

 

 あたしの雰囲気の変わりようを感じ取ったのか、アサが声をかけてくる。


「…………()()聞こえたんですか?」


「女の人の悲鳴。年のころはあたしたちより少し上くらいかな。今はもう声が聞こえないの」


 あたしは聞き取れた情報を簡潔に伝える。


「例の失踪事件、ですかね」


「わかんない。けど」


 一度そこで言葉を区切り、彼女へ向き直る。


「――――アサはすぐ近くで起こったことまで知らんぷりはできないでしょ?」


 あたしはそういって、アサに向かって勝ち誇るように笑い、問いかける。


 彼女はあきらめたように深くため息をついたのだった。



 


 

 それから、あたしたちは出来得る限りの全力で音の出所に向かった。

 

 あたしたちが現場であろう場所につくと、やはりというべきか、そこには何も残っていなかった。予想通りではあるのだが、何か手掛かりとなるものがないと犯人を追うことは難しい。あたしがどうしたものかと悩んでいると、遅れて到着したアサが何か見つけたようで声をあげる。


「はあ、はあ、さ、サリ、ゲホ、こ、これ…………ゲホッ、ゲホゲホ。…………はぁーー、ふう。…………サリア、これ、血の跡じゃないですか?」


 アサは疲労困憊といった風情ながら、それでもなんとか息を整え、そう声を上げた。…………どうやら、ここにくるまで少しばかり飛ばし過ぎてしまったようだ。急いでいたとはいえなんだか申し訳なくなってしまう。


「おお、アサよく見つけたね!…………それで、その血の跡で何かわかったりするの?」


 彼女はあたしの言葉を受けて、こちらに視線を向け口を開いた。


「私の元いた世界では、血液にはとても多くの個人情報が含まれていることが知られていたんです。だから、私なら血液さえあればたいていのことはできるんですよ。…………とはいっても、原理や理屈、どうしてそんなことができるのか、私にも全く不明なんですけど」


 言い切るか切らないかのタイミングで、アサがこの世界に来て手に入れたという独自の異能、私たちが魔法と区別するために魔術と呼ぶ力、彼女曰くちーと?なる奇跡、によって小さな水球を作り出し、壁についた血をその水球に取り込む。水球は見る間に薄紅に濁り、そして数秒後、彼女が再び声をあげた。

 

「今、血液から情報を読み取りました。これでこの血を流した人のだいたいの位置が特定できます」


「さっすがアサ、頼りになるー!」


 よーし、居場所さえわかればこっちのものだ。さっさと捕まえて、アサとショッピングの続きに戻ろう!

次回は本日21時ごろに投稿予定です。

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