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すべきこと

「…………と、まあ、こんなところかな」

 

 あたしは現在、昼間に掃除した借り家のリビングで、アサと出会うまでのことをようやく話し終えたところだった。これまでいろいろな出来事があったため全部語るには時間がかかり、酒場での演目の帰りということもあって時刻はもうとっくに日をまたいでいた。

 

 あたしは、アサにすべてのことをありのまま話した。あたしの醜い感情や下劣な行動も、余すところなく。

 

 あたしは彼女に嫌われることが、軽蔑されることが、とても怖かった。それでも、彼女にはあたしのことを知っていてほしいと、最後になるだろうからこそ、そう思ったのだ。

 

 あたしが過去を話したきっかけは、先ほどまでここにいたセスイがあたしのことを姫と呼んだことだ。

 セスイはあたしのお付きの騎士だったミラムの祖父に当たる。そのため、幼いころ何度か顔を合わせることがあった。彼の舞台役者のような大仰な話し方はそのときから変わっていなかった。

 

 彼はあたしが何か言うよりも早く、左手の中指にはめる今となってはなんの効力も持たない指輪、ミラムが別れ際に託したそれに気づき、そうして、漠然と彼女の最後を、それまでの経緯を察したようだった。

 あたしは彼に謝罪しようとして、けれど彼はその謝罪を否定した。ミラムが望んでしたことなのだからと、彼女は謝罪ではなく感謝こそを望むだろうと、そう言ったのだ。

 

 あたしは、彼になんて言葉を返せばよいのかわからなかった。

 

 セスイはあの反乱のときから旧王派についており、現在まで王国各地を渡り歩きながら叔父を討つための戦力を集めていたらしい。だが、当時からそれなりの時間がたった今でも確保できた戦力は心もとないのだとか。

 セスイが戦力を集められないというのは当然といえば当然だった。彼は貴族といえど王族とは縁遠い地位しかもたない。そのため、いくら彼が騒ごうとも力になろうとする勢力は少なかったのだろう。

 単純に、彼では求心力が足りなかったのだ。

 

 だからこそ、セスイは現王国に反旗を翻す御旗となる存在を見つけるためにこの街を訪れたのだと語っていた。

 理由はわからないが、どうやら、彼はあたしが生きていること、そしてこの街にいることに確信をもっていたようだ。

 

 あたしは以前からユーリニア王国の情報を積極的に集めていた。それは怖いもの見たさだとか単純な興味などではなく、あたしがしなければいけない義務だったからだ。

 あたしの父は、王族ならば民のために生き民のために死ななければならないと言っていた。自分たち王族は民によって生かされているのだと、ならば民が望むように在らなければならないのだと、そう語っていた。

 当時は理解するどころか嘲笑ってさえいた彼の言葉が、今のあたしには深く沁みる。

 

 今までたくさんの人があたしのために死んでいった。いや、こんな物言いは傲慢が過ぎるか。だが、あたしは確かに、数多の屍の上に今を生きている。

 彼らが望むにしろ望まぬにしろ、あたしはその命によって生かされた。なればこそ、この命は彼らのため、誰かのために使わなければならないのだと、今のあたしはそう思うのだ。

 

 故に、あたしは王国の情報を集めた。新しく王となった叔父が悪政を敷くことはないか、民を弾圧することはないか、国が荒れるようなことはないか、民は健やかに生きていけるか。

 もし彼が私利私欲のために王位を簒奪したというのならば、この命をもってでも彼を打倒しなければと考えていた。

 

 その過程で、あたしはセスイが結成した反乱軍の存在を知った。

 

 セスイが酒場でその姿を晒した瞬間、あたしは彼がこの街に来た目的を察した。そして、あたしがするべきことも。

 

 彼の話を聞き、その顔色を伺い、心音に耳を澄まして、そうして、彼が王国軍を相手取り内乱を起こそうとしていることは事実なのだと感じ取った。けれど、その目的が現国王の打倒ではないということもまた、読み取ることができた。

 私の瞳には、そんな彼がどこまでも不気味に映った。

 

 セスイは現在王国の辺境の地に本拠を置き、そこできたる決戦の日まで牙を研いでいるのだと言っていた。そして、あたしにともに来てほしい、とも。

 彼は明朝この街を去るらしい。だから、もしその気があればそれまでに自分が泊っている宿屋に来るようにと、そう言い残して私たちの家を後にした。

 

 あたしにとって、今さら前国王の血筋の復権などどうでもいいことでしかなかった。誰が王になっていようと、その王が過去に何をしていようと、今現在民が安寧を享受できているのなら何も問題はないと、そう思っているのだ。

 

 あたしはこれまで、王国に関する情報を集め続けてきた。そして、そのどれもが、王国は以前よりもよくなったという内容だった。多少誇張されていたり、意図して流された噂もあるのだろう。だが、それでもあたしはそれらの情報が信頼のおけるものだと思えた。

 

 あたしがユーリニア王国に生まれたときからあの国の政府はすでに腐敗していた。父が国王を世襲する何世代も前から君主には実質的な権力が与えられておらず、国王は一部の有力な貴族によって決められ、彼らの思い通りに動く傀儡となっていたのだ。

 そして、そんな貴族たちにとって都合の悪い存在は、病気や事故に見せかけて秘密裏に消されていたらしい。

 父はその平凡さゆえに国王へと推され、一方で彼の兄弟姉妹は有力な貴族たちの邪魔となるためそのほとんどが消されてしまい、そんな中で唯一生き残ったのが叔父であり、その代償として長らく辺境に幽閉されていたのだとか。

 

 彼は長い雌伏のときを耐え、5年前、ついに王国の腐敗の元凶となる貴族、当時の体制支持者たちを打ち倒した。

 

 …………どこまでいっても叔父の罪は消えない。彼は国を正常に戻すためとはいえ、あの大飢饉を意図的に起こした。それによって、無辜の民が数えきれないほど亡くなった。

 けれど、たとえその叔父を誅すためといえど、現在安穏として暮らす民たちの生活を脅かすことはあってはならないのだと、私はそう思うのだ。


「……………………」


 アサは無言で視線を下げ、テーブルの一点を見つめていた。


 あたしたちの間には重い空気が流れていた。どちらも何も言わず、何を言えばいいのか迷っているような、そんな雰囲気。だから、あたしはことさら明るくなるように意識して声を出す。


「いやー、いきなりのことでびっくりしたね!あの人昔からあんな感じでさ、その場のノリで動く、みたいなところあるんだよねー」


 先ほどまで自らの醜い過去を語っていたその口でよくもまあぬけぬけとそんな声を出せるものだなと、自身の厚顔さにいっそ感心してしまう。

 

 あたしの声を受けてもアサは微動だにせず、黙ったままだった。これでもそれなりの間彼女とともにいたのだ。なんとなくではあるが、彼女が何を考えているかくらいはわかる。

 そして、その意固地さも。


「それにしても、とうとうアサにもあたしがお姫様だってことばれちゃったかー。まあ?あたし並みにオーラがあふれてたらばれるのも時間の問題だよね~!あ、もしかしてー、アサも気づいてたりした?」


 彼女からの反応はない。あたしは場を持たせるように、先ほど淹れたハーブティに口をつける。いつの間にか、湯気は消えていた。


 あたしは今後の行動を頭の中で試行する。それは今この瞬間のアサとの会話だけでなく、これから先を見据えて、目的の達成のためにはどう動くのが正解なのか、それを思考していく。

次回は明日17時ごろ投稿予定です。

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