闇夜にひとり、歌う
誰もが目を見張るような美貌と聞きほれてしまうような美声で、聞きなれない歌を歌う少女がいた。
彼女の持つ目の覚めるようなブロンドのショートヘア、すべてを見透かすような琥珀の瞳、それらは薄暗いこの場においてもなお光り輝いていた。
少女が立つ場所は酒場に備え付けられた安っぽい舞台で、客も酔っ払いがほとんど。それでも彼女はそんなことにお構いなく、楽しそうに、嬉しそうに歌う。そんな彼女の姿に、歌声に、その場にいるものはみな酔いしれていた。
予定よりも押してしまった公演、もうベッドに入るような遅い時間帯、酔っ払いばかりの酒場。それでもなお、これだけの人々を惹きつける彼女はいったい何者なのだろうか。
人々に安らぎを与えんと下界へ降り立った天使?
人々を堕落へ誘わんと俗世へ遣わされた悪魔?
はたまた、戯れに人の世へ顕現なさった女神様?
いいや、彼女を表すにはどれも足りない。
その美しき少女の正体は――――。
――――そう!ほかの誰でもないこのあたし、サリアちゃんなのである!
「う〜〜ん、疲れたーー!」
そういってあたしは椅子にだらけるように座り込み、水の入ったグラスに口をつける。現在はやっと吟遊詩人としての今日の演目が終わり、控室で休憩させてもらっているところだった。
だが、仕事はまだ終わっておらず、この後各席にお礼の意味を込めてあいさつ回りに行かなければならない。
それでも、今この場にいるのはあたしと護衛役のアサだけなので、多少行儀が悪くても大丈夫なのだ。
アサ。本名、ツクバネ アサ。
1年半ほど前に知り合った、あたしの親友だ。なんでも、こことは別の世界からやってきた、らしい。この世界にやってきてこれからどうすればいいのかと途方に暮れていたところであたしと出会い、それ以来二人一緒にこの町で暮らしている。
アサは今年16歳で、私の一つ年下だ。彼女が持つ、その内に光を湛えているような黒髪黒瞳は、こちらの世界ではとても珍しく、私にはとても神秘的に映る。
その黒に彩られた色白な顔は年相応の幼さを残しながらもよく整っており、まるで物語に出て来るヒロインのように特徴的で、美しかった。また、おでこを隠すように切りそろえられた肩あたりまで伸びている長めのボブヘアは彼女のきっちりとした性格を表しているようで、ことさらにかわいらしく感じられる。
そうやってなんとなくアサの顔を眺めていると、視線を受けていた彼女がむずがゆそうにして声をかけてくる。
「さっきからじろじろと人の顔を見て、なんですか?」
「いやぁ?今日もアサはかわいいなって」
「…………はぁ、そういうのいいので。さっさとあいさつ回り終わらせて帰りましょう」
彼女はため息をつきながらそう口にした。
もうちょっと照れたりしてくれてもいいのに。心の中でそんなことを一人ごちる。きっと口に出していたらまたため息を吐かれていたことだろう。
仕方ない、もうひとがんばりするか!
「よっし、休憩終わり!」
そう言ってあたしは立ち上がり、休憩室の扉へ向かう。
最初にあたしたちが向かう席は四人組の常連さんのところだ。閉店間際ということもあってか皆顔が赤く、完全に出来上がっているようだった。
「お待たせしました!みんな今日も来てくれてありがとねー!」
四人ともあたしたちを歓迎してくれており、口々にねぎらいの言葉を投げかけてくる。どうやらあたしの歌は今日も彼らを十分楽しませることができたようで、自然とうれしくなってしまう。
次のテーブルに行くまで他愛もないことを話していると、常連さんの一人が不意に気遣わしげな声を上げた。
「そういえば二人とも知ってるかい?最近若い女の子が失踪する事件が続いてるんだって」
「ああ、それそれ。二人も気を付けなよ?」
彼らはそう言ってあたしたちに心配げな視線を向けてくる。チラリと隣にいるアサへ視線を向けると、彼女は小さく首を横に振った。どうやら彼女もそんな事件は知らないようだ。
「そんな事件初めて聞きました!話題になっているんですか?」
「ほら、俺たちこれでも街の衛兵だからさ、そういう情報はよく耳に入るんだよ」
彼らの言葉を受けて、この人たちが普段街を守ってくれている兵士なのだということを思い出す。いつもあたしが目にするのは飲んだくれている姿なので、彼らと衛兵という単語がうまく結び付かなかったのだ。
あたしのそんな思いを表情から読み取ったのか、常連さんの一人が言い訳するように言葉を並べる。
「サリアちゃんの歌を聞きに来てるときはいつも休暇中だからこんなんだけど、仕事の時はちゃんとしてるんだぜ。この前だって凶悪犯を捕まえたし」
「何ホラ吹いてんだ。お前が捕まえたのはただの盗人だろうが!」
小気味の良い突っ込みを皮切りに二人はだんだんと言い合いになっていき、あたしと残りの常連さんは笑いながら、アサはあきれたように、彼らを見ていた。
そんなふうに話しているとあっという間に時間となってしまい、あたしたちはお礼を口にして立ち上がり、次の席へ向けて歩き出す。
が、その前に。
「ねえねえ、さっき話してた連続失踪事件ってあまり人にいわないほうがいいですか?」
「ああ、別に誰に話そうと構わないよ。どうせそのうち噂になるだろうし。そんなことより、またすぐ来るからその時もよろしくね!」
彼らは笑顔で小さく手を振っており、あたしも同じようにして返す。
アサは恥ずかしがっているのか、会釈をしていた。
「よーし、次の席にいこう!」
あたしがそう言って今度こそ歩き出すと、アサは先ほどと同じように後ろをついてくる。ただ何となく、先ほどよりも彼女の視線が痛い。おそらく、あたしが考えていることはお見通しなのだろう。
酒場での仕事が終わり、最後に店長へ店を使わせてくれたお礼をいって、あたしたちはようやく帰路についた。
時刻はちょうど日付が変わるころだろうか。周囲は薄暗く、ぽつぽつと置かれている街灯の明かりが暗闇をぼんやりと照らす程度で、人通りもほとんどない。たまに会う人も見回りの衛兵だけで、町は完全に寝静まっていた。
衛兵といえば、とあたしがアサに話しかけようとすると、それに先んじて彼女があたしに話題を振る。
「今日もお疲れ様でした。家に着いたら軽く何か作りますけど、食べたいものとかありますか?」
「え、何でもいいの!?じゃあじゃあー、前作ってくれたスポンジ?のケーキ食べたい!!」
「軽くっていってるでしょう。あれ作るのこっちだとかなり大変なんですからね。それにあんな糖分の塊、深夜に食べるものじゃないですよ」
そんなーと嘆くあたしにアサはにべもない。
以前に一度だけ彼女がケーキを作ってくれたことがあったのだが、それは雲のようにふわふわで、とても優しく、とても、甘かった。彼女曰く、作ったものは元の世界では一般的なレシピだったらしいのだが、あたしにとっては今まで食べてきたスイーツの中で間違いなく一番おいしかったのだ。
今まで、美食と呼ばれるものはそれなりに口にしてきた。けれど、アサの料理はいつもあたしが食べてきたものの上をいく。味や食感、風味、におい、それら以外の細かな要素、そのすべてが洗練されて一体となり、肥えているはずのあたしの舌をうならせるのだ。
きっと、彼女の料理を食べれば、誰でもあたしと同じように虜となってしまうことだろう。
以前、アサにこちらの世界に来る前にはお店でも出していたのかと聞いたことがある。すると彼女は、普段は学校に通っており趣味でたまに料理をするくらいだったと答えた。彼女曰く、あの素晴らしい料理の数々はすべて彼女のもといた世界では一般家庭で出される程度のもので、特別な品は一つもないのだとか。
この世界とはあまりにも料理のレベルが違いすぎる。あんなにおいしい料理を毎日みんなが食べているなんて、まるで夢物語のようではないか!なんて、当時はそんなふうに思ったりもした。
と、そこまで考えてアサに話そうとしていたことを思い出し、口を開く。
「ところでさー、今日のうわ」
「ああ、たしか家の香辛料がそろそろ切れそうでしたね。ちょうど明日お休みですし、買いに行きましょうか」
「そういえばそうだったね。でさ、今日の」
「そうだ。夜食ですけどミルク粥なんてどうですか?体も温まりますよ」
「…………ねえ、アサ?」
「何ですか?」
彼女は悪びれもせずにこちらへ視線を向ける。
…………さすがに露骨すぎるだろう。あたしは話題の出鼻をことごとくつぶされたため、恨みがましく彼女を見つめ返しながら非難の言葉を発する。
「遮らないでちゃんとあたしの話聞いてよー!」
「…………はぁ。何か、話したいことでもあるんですか?」
アサは諦めたようにため息をつきながら、渋々といったようにそう問いかけてきた。
「よくぞ聞いてくれました!あのね、今日お店で連続失踪事件の噂を聞いたでしょ。あれ、あたしたち二人で解決しようよ!」
あたしが言い切るや否や、アサは先ほどよりも大きなため息をつき、あきれたような顔で否定の言葉を並べ立てる。
「いやです。却下です。拒否します。私たちが出る幕なんてありません。そんな危ないこと、衛兵の人たちに任せておくべきです」
彼女は視線を前に向けて歩みを速め、言葉を続けた。
「ほら、馬鹿なこといってないで帰りますよ」
「あ、ちょっ、アサー!」
あたしは彼女においてかれないように駆け出したのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本作品が初登校ということもあり拙い点も多々あると思いますが、皆さんに楽しんでいただけたら幸いです。
次回は本日19時ごろに投稿予定です。