八・パール・ソネット暗黒城ゴルゴンゾーラへ
去っていくアチの世界から来た男の後ろ姿を眺めながら、パール・ソネットが呟く声が詩郎の耳に聞こえてきた。
「あの男……ここまで来たのに、自分のアチの世界に生きて帰るコトはないな」
「どうしてですか?」
「帰り道の洞窟の中で……ウ●コになってしまう」
「それを知っていながら、伝えなかったんですか!」
「本当のコトを言えるか『おまえの未来はウ●コだ』なんて」
沈黙が続く、灰色の雲が渦を少し巻きはじめた空を見上げていたパール・ソネットが言った。
「東西南北の厄災が動いている……中央地域に集結の兆しがある、異界大陸国レザリムスに何かが起ころうとしている……詩郎、旅の準備をしろ。中央地域のゴルゴンゾーラ城に向かうぞ、乗用ドラゴンに乗ればゴルゴンゾーラ城まで、ひとっ走りだ」
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【新大陸】大陸横断鉄道の列車内──人滅する刃、鬼人グループの【邪狩流】のリーダー『オニ・キッス』は駅で購入した新聞の、小さな記事を読みながら呟く。
「黄金色の戦艦? 新大陸の者は海向こうの事変には介入しないと思うが……いったい、レザリムス大陸で何が起ころうとしているんだ……何が?」
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【第二新大陸】巨大な一枚岩のような大陸亀の背中のフチ──男の娘 『ジュラ・光輝』は、大陸を移動する大亀の甲羅の端に腰かけて、レザリムス大陸から送られてきた。手紙を読んでいた。
光輝の近くに立って、地平線を腕組みをして眺めている。テイジノサウルス娘の委員長が光輝に訊ねる。
「ひいひいおばあちゃんからの手紙、なんですって?」
「東西南北の厄災に加えて、中央湖地域でも異変が起こっているけれど、心配するなってさ……危険だから来なくていいって」
「そうですか」
鋭い爪を露出させたテイジノサウルス娘の委員長は、赤い大地の向こう側から波のように押し寄せてくる雲海を眺めた。
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数日後──中央地域のゴルゴンゾーラ城から、パール・ソネットたちは【結晶洞窟】に帰ってきた。
パールが、詩郎が包帯代わりに巻いてくれたバンダナをさする。
「痛むの」
「こんなのは、かすり傷だ……すまなかったな、詩郎にも危険な目に合わせてしまって」
「別にそんな、気にするコトは」
その時、ヘビ角がフニャと垂れて和歌が現れた。
「お兄ちゃん、伝えたいコトがあるの」
「なんだい、和歌」
パール・ソネットの顔で和歌が言った。
「あたし、昏睡状態から目覚めそうなの」
「本当か!」
「だから、体を借りたパールさんと、仲良くしてくれた0号さんにお礼を言いたくて……ありが・と・う」
ヘビ角がピンッと立って、もとに戻った女魔王パール・ソネットが薄っすら浮かんだ涙を拭う。
「良かったな詩郎、もしかしたら。わたしが受けた腕の傷がなんらかの刺激になって、妹の意識が戻りはじめたのかも知れん……もう、幽体転生が起こるコトは無いだろう」
「パールさま」
「呼び捨ての、パール・ソネットでいい……これで詩郎も元の世界に帰れるな」
パール・ソネットが指差した結晶洞窟の壁に、今まで無かった木製の扉があった。
「最初から妹の意識をもどすコトが詩郎の目的だったのだろう、その目的が果たされたから元の世界にもどる扉が現れた」
いきなり、パールは詩郎に抱きつくと唇を重ね、すぐに離れた。
照れながらパールが言った。
「誤解するな魔王流の、単なる別れの挨拶だ」
背を向ける女魔王。
「さっさと行け……早く行かないと魔王剣で真っ二つにするぞ」
「パール・ソネット」
「行けと言っているだろうが!」
詩郎は深々と一礼すると、扉を開けて自分のアチの世界へ帰っていった。
詩郎がいなくなると、扉は溶けるように消えた。
掃き掃除をしながら、ラブラド0号が主人の女魔王に言った。
「キスが別れの挨拶だなんて、初めて聞きました」
0号に背を向けたまま女魔王は。
「うるさい……」と、小声で漏らして、少し濡れた頬を指先で拭った。
【結晶洞窟】女性魔王パール・ソネット~おわり~




