僕の未練と決別を
「別れましょう。あなた、いい人過ぎてつまらないわ」
元カノに言われたセリフが今もねばついたガムのように頭にこびりついている。
隣には可愛い彼女が笑っているのに元カノの言葉が脳内で反響した。
「どうしたの?弘樹。そんな暗い顔して……もしかして私といるの楽しくない?」
かおりの不安そうな掠れた声がデパートの喧騒を押しのける。
白いシャツに青いスカートの明るい服装とは対照的に両腕で手提げカバンを握っているかおりの顔は曇って見えた。
「ちょっと昔のことを思い出して。僕はかおりと一緒にいられて嬉しいよ」
「別の女子のこと考えてたの?例えば元カノとか」
唇を尖らせて怒るかおりが愛おしい。
「かおりにプレゼントをあげたいけどお金がないからあまり高い物は買えないなって考えてたんだよ」
「へぇ~、そうなんだ。うふふ、大事なのは値段じゃなくて気持ちなんだから。その辺に生えているお花だったとしても弘樹が選んだものなら私は嬉しいよ」
先ほどとは一転して太陽のように明るい笑顔を見せるかおりにつられて微笑むと、ぎゅっと腕をからませてきた。
こんなに幸せなのに僕の頭には元カノの言葉がねばついたガムのようにこびりついている。
二人並んで歩いていると、何でもない通路で人の群れがでてきておりその中で男女の激しい言い合いが繰り広げられていた。
「その女は誰なのよ!」
「あ?お前には関係ないだろ」
「私はあなたの彼女でしょ!」
「はぁ、これだから馬鹿女は嫌いなんだよ。一度寝ただけで彼氏扱いとかたまったもんじゃねえ」
「あはは、俊君があなたみたいな田舎女を好きになるわけないでしょ?ば~かっ!行きましょ」
派手な服装をした男と女は群衆を鬱陶しそうにしながら離れていった。
残された女は涙を流して両ひざを床についており、周囲の人からは慰めの声がかけられている。
「うわ~、あの子かわいそう……。どこ行くの弘樹?」
僕はかおりを置いて床に座っている女子に歩み寄った。
「大丈夫か、朋美」
「え?弘樹?」
僕は手を差し伸べて立ち上がらせた。
その姿に周囲から口笛の音が聞こえてくる。
「それじゃ、僕はもう行くから」
「待って!ねぇ、私達もう一度やり直さない?」
背中から聞こえる朋美の声に足を止めた。
目の前にはかおりが瞳に涙を溜めて呆然と立っている。
僕は朋美のほうへ振り返り、
「ごめん」
ガムをはがすように氷のように冷たい言葉を放った。
それからはもう二度と後ろを振り返ることはなかった。