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第4話 進路


 魔法世紀115年 7月


 イヴを召喚してから十年の月日が経ち、アンナは十五歳になった。身長も百五十センチ半ばほどまで伸びていた。

 この十年間、イヴに魔法を教わり、才能はないなりに上達した。基礎となる四大元素魔法も、マッチや団扇の代わり程度にはできるようになり、適性のある霊媒魔法もそれなりに使えるようになった。


 アンナは自分の将来を考える年齢になっていた。孤児院の子供は十五歳になると、奉公に出るか、修道院に入ることになっている。ほとんどの子供がそれまでに養父母が見つかるのだが、アンナは魔法能力が低く、人見知りなのもあって、養父母は見つかっていない。


 今は修道院に入る方向で話が進んでいて、見習いの修道女として修道服を着てシスターたちと同じ生活をしていた。

 このまま修道院に入って、静かで質素な生活をするのも悪くないが、実はアンナにはやりたいことがあった。


 叶うのなら『魔法学校』に入学して、魔法の勉強をしてみたかった。イヴから魔法を教えてもらってはいるが、世の中にはアンナの知らない多種多様な魔法が存在している。アンナは魔法学校でもっとたくさんの魔法に触れたかった。学校に行きたくなくて引きこもっていた前世とは真逆に、学校に行きたくなっていたのだ。


 しかし、魔法学校に入学するにはお金が必要だし、入学試験に合格する実力が必要だ。実力に関してはわからないにしても、お金がないのは事実だ。マザーに魔法学校に入学したいと打ち明けることもできていなかった。


 そんな将来への不安を抱えながら、今日も朝からアンナは自室で魔法の練習に取り組んでいた。

 孤児院のお局となったアンナは一人部屋を与えられており、修道女見習いの活動や訓練の時以外は引きこもって、魔法の練習に明け暮れている。

 

「よし、上手くできた」


 アンナは手を広げた人の形の紙『式札』に五芒星の魔法陣を書き込む作業をしていた。これは『式神』という霊の容れ物になるお札だ。式神はイヴから教えてもらった陰陽道という魔法体系の使い魔である。この異世界には『ヤマト帝国』という日本とよく似た国があり、陰陽道はその国の術師が使う魔法だ。


「どうですか、軍曹さん」

 

 完成した式札に話しかけると空中に飛び上がり、縦横無尽に動き、敬礼のポーズをとった。


『ありがとうございます、巫女様。とても動きやすいです』


 式札に宿っているのは軍曹というニックネームの霊だ。アンナの前世の世界で亡くなった人で、元々軍隊にいて、階級が軍曹だったらしい。

 アンナは彼のような下級の霊たちと契約を結んでおり、式神として使役できる。


 霊たちはアンナにとっては大切な友達だった。そもそも孤児院の外に出たことのないアンナには、霊たちしか友達がいないのだが。


 その友達の一人であるイヴがアンナの影からぬるりと姿を現して背中にしがみついてきた。


「ねぇ、アンナちゃん。私以外の使い魔なんて必要あるかな?」


 アンナの耳元に口を当て、笑顔のまま冷たい声で聞いてくる。女神は非常に嫉妬深い。


 イヴは常にアンナの影の中にいて、危険から身を守ってくれているが、アンナを馬鹿にした里親候補をオーラだけで失神させたり、いじめっ子を睨んで失禁させたこともある凶暴な女神だ。


 霊以外の友達がいないのも、里親が決まらないのも、イヴに一因がある。


「ヤキモチしないの。イヴが一番強い使い魔だよ。頼りにしてるからね」


 イヴの頭を撫でると、頬をぷくーと膨らませて不服そうにしつつ、嬉しそうに顔を赤くした。

 十年一緒にいるため、ヤンデレ女神の扱いは完璧だ。地雷を踏んだり、彼女が盲信しているアンナ像の解釈を逸脱しなければ危険性はない、はずだ。


 信頼しているのも本当で、イヴはアンナのためならなんでもしてくれる心強い友達だ。ただし、他の使い魔が必要なのも事実。この独占欲強めの女神は使い魔なのに、離れた場所の様子を見たり、連絡手段に使えない。アンナを守ることが第一だからだ。


 それに多くの使い魔を使役できれば入学試験で有利になる。アンナは行けるはずもないのに、魔法学校の入試のことを考えていた。果たしてアンナの能力は魔法学校入学に見合うものなのだろうか、自分の実力がどの程度か知りたいが、物差しが神様では実際の寸法はわからない。


 日課の式札作成と魔法の練習を終えて、孤児院の廊下を歩いていると、マザーラドリエルが声をかけてきた。

 

「アンナ、少しいいですか」


 孤児院に隣接する修道院の礼拝堂に連れて行かれる。静謐で薄暗い礼拝堂の光源は、壁面のステンドグラスからわずかに注ぐ、虹色に屈折した朝日だけだ。

 礼拝堂に入ると、アンナの影の中にいたイヴが何故か気配を消した。


「アンナ、あなたの将来のことですが……何かやりたいことがあるのなら、遠慮せずに言ってください」


 悩みを見抜かれていたようだ。流石、長年子供達の面倒を見ているマザーだ。

 しかし、『学校に行きたいからお金を出してください』などと言えるはずもなかった。遠慮するなと言うけれど、アンナは自分の欲望に他人を巻き込める人間ではなかった。

 

「魔法学校に行きたいのでしょう?」


「えっ」


 マザーラドリエルは少し申し訳なさそうな顔をしていた。もしかしたら、マザーはアンナが将来のことを自分に打ち明けてくれないことが悔しかったのかもしれない。

 

「……でも、学費が」


「優しい子ですねアンナは。しかしお金の心配なら大丈夫ですよ。知り合いに魔法学校の先生がいるのですが、その方があなたを養女にしたいと言っています。孤児院に寄附をしてくれている方で、学費もその方が出してくださいます。アンナさえ良ければ会ってみませんか」


 五歳の時に魔法至上主義者の養父母候補と会ってから、知らない人に会うのが怖くなった。

 しかし、魔法学校に行けるチャンスだ。マザーもアンナのことを考えてくれているし、無碍にする訳にはいかない。


「会ってみたいです」


 返事を聞いて、マザーの安堵の表情を浮かべた。


「では早速会いましょうか。マリア、いいですよ」


「え?」


 マザーの呼びかけに反応するように、礼拝堂の床に百合の紋章の魔法陣が浮かび上がった。それが空色の光を放つと、次の瞬間、その上に修道女が立っていた。高難度魔法の転移魔法だ。


 その女性の名前はわからないが、誰なのかはわかった。転生したばかりのアンナを見つけて、子守唄を歌ってくれたあの時の修道女だ。二十代後半ほどの大人の女性に成長しているが、その温かく優しい微笑みは間違いない。魂に刻まれた記憶が彼女が自分の母だ認識していた。


「おはようアンナ。私は『マリア・フルルドリス』。あなたの名付け親なのだけれど、覚えていないわよね」


 その声はアンナが異世界に転生して最初に聞いた声だった。忘れられるわけがない。赤子の頃の記憶は消えるというが、その声は魂に焼き刻まれていた。

 アンナは突然の再会に、放心して動けなくなった。


「大丈夫?」


「ひゃ、ひゃい!」


 まじまじと見つめられて爆発しそうなくらい顔が真っ赤になってしまう。アンナは包容力や母性のある女性が好きな、所謂マザコンだった。

 転生して初めて見た人が優しいお姉さんだったり、召喚した女神様がおっとりしたお姉さんだったりしたせいで、性癖を破壊されてしまったのだ。


「マリア、この子は人見知りなんですよ」


「あら、そうなのね。突然ごめんなさい」


 マリアはアンナの前に屈んで、目線を合わせてくる。彼女の目は魔眼ではないし、魅惑の魔法を使っているわけでもないのに、人の目を見れない人見知りのアンナが目を逸らせなかった。


「マザーから霊媒魔法の才能があると聞いているわ。神霊を操ることができるなんてすごいわね」


「……い、いえ、わたしは全然すごくないんです。使い魔がすごいだけで」


「強い使い魔を使役できるのは、術者の魔力操作能力が優れているからよ。あなたは神霊に認められた。それは紛れもない事実で、アンナはすごい子なのよ」


 マリアはアンナの魔法を認めてくれる。十年前、ボールス夫妻に魔法能力を馬鹿にされてからずっと開いたままだった深い傷が、癒え始めるのを感じた。


「アンナ、あなたさえ良ければ私の養女にならない? あなたを魔法学校に行かせてあげたいの」


 お金の心配もないなら断る理由なんてない。勿論、学校で魔法を学んでみたいし、マリアみたいな優しい人の娘になりたい。だけど、自分がこんな幸運に巡り会えていいのだろうかと不安になる。マザーラドリエルを見ると優しく頷いてくれた。

 

「わたし、魔法学校に行きたいです!」


 前世で人が怖くて学校に行けなくなり、引きこもっていた少女の決意の言葉だった。

 それを聞いて、マリアとマザーラドリエルは安堵して微笑んだ。


「いい返事が聞けてよかった。これからよろしくねアンナ」


「よ、よろしくお願いします」


「今から私たちは家族なんだから、そんなに畏まらなくていいわよ。でも、お母さんとかママって呼ばれるのは恥ずかしいから、マリアでいいわ」


「……マ、マ、マリア」


 緊張で裏返った声で憧れの人の名前を呼ぶ。「うふふ」と微笑みながらマリアはアンナの頭を撫でてくれた。頭を触られると気持ちよくてなんだか気分がフワフワしてしまう。


「よかった。仲良くやっていけそうですね。ようやく肩の荷が降りましたよ」


 マザーラドリエルは一歩引いて、安心した様子で二人を見守っていた。マリアの養女になって、魔法学校に行くということは、マザーラドリエルとはお別れしなければならないということだ。


「アンナ、早速支度してくれるかしら。明日、首都ダルクで魔法学校の入学試験が行われるの。急でごめんなさい」


 転移魔法でいきなり現れたりするあたり、マリアはかなり多忙なようだ。魔法学校の先生だけでなく、『魔法騎士』という人々を守る職業にも就いているらしい。


 アンナは十五年間、自分を育ててくれた、紛れもない母であるマザーラドリエルに向き合った。彼女の目は見ることができる。


「マザーラドリエル、わたしを育ててくれてありがとうございました。十五年間、お世話になりました」


 お辞儀をしながら、アンナは自分が泣いていることに気がついた。


「いってらっしゃい、アンナ。立派な魔法使いになるのですよ」


 マザーはいつも通り変わらず、優しく微笑む。彼女はいつも笑顔で子供たちを送り出してくれることを、アンナは知っていた。ついに自分の番が来た。マザーを安心させたくて、泣いたまま笑うと顔がぐちゃぐちゃになって恥ずかしかった。


 この聖ジャンヌ孤児院から離れることは不安だが、それ以上に外の世界と、魔法学校への好奇心が大きかった。

 シスターや子供たちとも別れの挨拶を済ませたアンナは荷物をまとめて、マリアと共に孤児院を後にした。


 初めて、孤児院の敷地から外に出る。

 子供たちを守る壁の向こう側は、なだらかな丘の上だった。丘の麓には西洋の街並みが広がっている。

 これから二人は麓の街から鉄道に乗り、首都ダルクを目指す。転移魔法は法律による規制が強く、長距離間の使用は禁止らしい。


「それじゃあ、行きましょうか」


「はい……あの、なんでしょう?」


 歩き出すとマリアがアンナのことを微笑みながら見つめてくる。


「なんだか、楽しいなって。それだけよ」


 まるで無邪気な少女のように、純粋に、悪戯っぽく、マリアは笑った。


 街や学校に行けば知らない人は沢山いる。怖いけれど、魔法を学びたいという欲求は止められない。学校に行くのが怖くて引きこもっていた少女はもういない。

 生まれ変わった少女は最初の一歩を踏み出した。


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