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第3話 霊媒魔法


 ボールス夫妻との縁談の後、アンナは再び図書室に戻ると魔導書を読み始めた。魔法を使うためだ。


 魔法の才能がないことが判明したり、大人に罵倒されたりしたが、今はとにかく自分の魔法を試してみたかった。


 魔導書の基礎魔法という項目にある四大属性魔法を試してみることにした。四大属性とは火、水、風、土のことだ。アンナにはこの四大属性の才能すらないが、ものは試しだ。魔導書にある通りの『発火魔法』の呪文を唱えてみる。


「火の精霊よ、気と熱の元素よ、我が声に応えよ」


 詠唱を終えるが、なんの現象も発生しない。炎どころか火花さえ起こらなかった。他の属性を試したり、念入りに魔法陣を敷いてみたりするが、結果は変わらない。

 本当に才能がないのだ。魔法が使える状態にはあるのに、才能がないから魔法を使えない。


「そうだ。霊媒魔法?を試してみよう」


 唯一才能があるという霊媒魔法について魔導書のページをめくって調べる。


 霊媒魔法───霊との交信や、降霊を行う魔法。アンナの前世でいうところの巫女の神託や口寄せのことだろう。つまりアンナは巫女の才能があるということだ。


 魔法世紀以前、霊媒は霊能力者等の魔法能力の低い者が扱う魔法だった。物質的な現象を発生させることのない非生産的で低俗な魔法として扱われている。死者の魂を愚弄し、異教の神を呼び出すとしてエクレシア教においても忌み嫌われる。


 本の解説すらディスるほどの魔法らしいが、要は霊を操る魔法のようだ。


 霊媒魔法を行うには霊が必要だ。その霊を呼び出す降霊術という、いわゆる霊の召喚魔法のやり方が魔導書に記されていた。その通りに八芒星の魔法陣をチョークで床に描く。


 正式な魔法陣には動物の血や高価な宝石や金属が必要だが持っていないので省略する。

 触媒───その霊と縁のある物品があると呼び出す霊を限定的にできるがそれもない。触媒なしの降霊となると、召喚者と縁のある霊が呼ばれるという。

 アンナは前世の記憶を持ち、死を体験しているため、なんらかの霊的な縁があってもおかしくないと自己分析した。


 さて、降霊術の準備が完了した。あとは詠唱を唱えれば霊が召喚されるはずだ。

 重たい魔導書を五歳の小さな手で持ち上げて、お願いするように呪文を紡ぐ。これが、アンナにあるたった一つの魔法だ。


現世(うつしよ)の門をここに。

 天空の聖神、炎獄の亡者、異界の御霊。星を巡る無名の魂たちよ。血肉の骨器、廻天輪の(えにし)を手繰りて我が呼びかけに応えたまえ。

 降りよ、我は霊界を繋ぐもの。

 従え、我は現世の楔。

 その魂が再び現世の糧となることをここに誓う。

 門よ開け。招来せよ、世界に刻まれた(アルカシヤ)魂の証印(レヴナント)


 言い終えて、刹那の静寂の後、八芒星が真紅に発光した。血脈を流転する魔力が騒ぎ出すのを感じる。興奮と歓喜で鳥肌が立つ。アンナの魔力が起動したのだ。初めての魔法の行使だった。

 

 次の瞬間、魔法陣の上に、赤い花模様の和服を着た黒髪の少女が立っていた。アンナの顔を嬉しそうに覗き込んでくるその瞳の色は彼岸花のように真っ赤だ。


 彼女は『蛇』だ。人間の本能が危険だと告げていた。良くないものを呼び出したとすぐにわかった。


「ふふ、やっと会えたね、アンナちゃん」


 黒髪の少女が囁く。その眼はアンナのことをじっと見ていた。いや、アンナのことしか見ていなかった。


「……どうして、わたしの名前」


「アンナちゃんのことは全部知ってるよ。私がアンナちゃんをこの世界に転生させた神様だからね」


 なんでもない世間話をするように、おっとりとしたお姉さん口調で、十代半ば程の少女にしか見えない神様は言った。すぐに理解できずにポカンとしてしまう。


「私は『伊吹大明神(いぶきだいみょうじん)』。気軽にイヴって呼んで欲しいな〜。アンナちゃんは私の命の恩人だからね」


「命の恩人? わたしがですか?」


「あれ、前世の記憶はあるはずなんだけど、覚えてない? そっか、この姿を見るのは初めてだもんね。ほら、私のこと助けてくれたでしょ」


 自称『伊吹大明神』は手を曲げて猫のポーズをとる。


「もしかして、あの時の黒猫?」


「ピンポーン! 恩返しに来たよ。あの時は私なんかを助けるために命をかけてくれてありがとうね。お詫びとしてこの世界に転生させたんだ」


 まさか助けた猫が神様で、アンナを異世界に転生させた張本人だったとは驚きだ。しかもその神様が召喚に応えて現れた。

 

「それと、お礼に霊媒魔法っていうすごい魔法の才能をプレゼントしたよ〜」


「え? 霊媒魔法ってすごいんですか?」


 魔導書にはボロクソ書いてあったし、ボールス夫妻も霊媒魔法を低く評価していた。


「すごいよ。だって、この世界で一番魔法が得意なこの私がアンナちゃんの使い魔になるんだからね。アンナちゃんの言うことならなんでも聞くよ〜」


 腰を抜かしているアンナの膝に擦り寄ってくる神様。上目遣いでアンナの顔を見つめると「これでずっと一緒にいられるね」と、小声でボソッと囁いてきた。


「え、えっとじゃあ、伊吹大明神さま」


「畏まらないで、イヴって呼んで欲しいな〜」


「……イヴ」


「きゃー!」


 ちょっと面倒なタイプだ。それはそれとして、神様が言うことを聞いてくれるなら是非頼みたいことがあった。


「魔法を教えて欲しいんだ。わたし、まだ全然魔法が使えなくて」


「いいよ〜。いっぱい教えてあげる。私、この世界で一番魔法得意だからね〜」


 イヴは快諾してくれる。

 アンナに霊媒以外の魔法の才能はないが、逆に今日から魔法の練習がたくさんできるならば、それはとても幸福なことだと思えた。


「それとね、と、友達になって欲しいんだ。わたし、前世の頃から友達いなくて」


 目を泳がせて、キョドりながら頼む。するとイヴは満面の笑みで答えた。


「もちろんだよ。私もずっとアンナちゃんと友達になりたかったんだ〜」


 その日、アンナは初めて魔法(ともだち)を手に入れた。


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