今来たところ
短編
水族館行こうよ
です。
水族館デート当日、彼は『家まで迎えに行く』と言ってくれたが、態々回り道させるのも申し訳ないし、家族にバレるのも少し恥ずかしい。という訳で私はバス停付近の公園に向かっていた。
今の季節が冬というだけあって、肌を露出させた全てに冷気が当たる。こんな状態で彼を待たせるのは心苦しいので、待ち合わせ二十分前を予定して家を出た。
歩きながら考えるのは、お決まりのあの言葉だった。
――待った?
――今来たところ。
幼馴染故にこんな会話をする事は何度もあったが、恋人という関係でこの会話をする事になろうとは……。
そう嬉し恥ずかし考えながら歩いていると、公園の入口が見えてきた。子供は風の子と言われているが、そんな子供も引っ込む様なこの寒さ。人っ子一人いない。そう、思っていた。しかし、近付くに連れて、人影が浮かび上がる。彼だった。
「待った?」
まさか私の方がこの台詞を言おう事になろうとは……。
「いや、今来たとこ。ちょうど五分前ぐらい」
なんて彼は言っているが、ほんのりと赤くなった頬が寒い中それなりの時間待っていた事を示していた。けれども其れを指摘するのは、なんだかとても野暮な気がした。
言葉に詰まっていると、彼の方が僅かに口角を上げる。
「懐かしいな……」
最近は互いに何処か出掛ける事もめっきり無くなっていた。其れは私に想い人がいた事と、彼が静観していた事が要因だろう。
そんな彼の言葉に哀愁を感じ、体を静かに寄せる。ただ何を言うまでもなく、この気持ちを共有したくなった。
変化は突然訪れた。ふと指先にひんやりとした感触がした。彼の指だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。手を繋ぐつもりなのだろう。そう思って、自分からも指先を動かして彼に触れると、突然意志を持った様にくるりと手首に絡み付く。
「カレカノらしいことするか」
「デートだからね」
とは言ったものの、何も計画してません。