傷口を抉らないで
短編
喚かないのが良い女じゃない
の修正版です。
元となった短編の名称は、『忘れなければ』記載を行わせて戴きます。
初恋というのは、往々にして叶わないものである。自分が好きな人に好きな人がいた。そしてその人は自分より相手を幸せにしてあげられる。その場合、身を引く事しか出来ない。
私もそんな様式だった。自分が好きな人に好きな人がいて、自分のことは眼中にない。だから自分からその人に発破を掛け、時に助言をし、自ら恋に敗れる道を選んだ。
けれども自分から負けに行った反動というのは、思いの外苦しくて、彼女と付き合ったという報告を受けた後、彼の姿を見掛ける度に逃げる様に姿を消すようになった。
今日もそんな苦しみを癒す為、学校の裏庭で一人ぼんやりする。季節は十二月という事もあり、寒さが今の心情と共鳴する。
これで良かったんだ。私じゃ幸せにしてあげられない。だからこれで。
そう思っていると、近くから砂利を踏み締める音が聞こえてきた。其れは段々と此方に近付いて来くると、私の近くで止まった。
「風邪ひくぞ」
顔上げると見知った顔がそこにあった。切れ長の目、むすっとした口。仏頂面を絵に書いた様な顔の持ち主は、私の幼馴染である。
彼は動こうとしない私に寄り添う様に隣に腰掛けた。
「もう彼奴の事は良いのか?」
『彼奴』というのは私が片思いをしていた相手の事である。幼馴染という間柄、私が彼に片思いをしていることも恐らく筒抜けであっただろう。其れでも彼は黙って静観していた。勿論……失恋した事も。
「彼女が居る人の近くに別の女がうろちょろするもんじゃないよ」
努めて冷静に、平常心を保つのでやっとだった。頼むから放っておいてくれ。これ以上、傷口を抉らないでくれ。けれども彼の物言いは残酷で容赦なく刃物を突き立てる。
「どうせお前の事だから、『自分じゃ幸せに出来ない』って言って身を引いたんだろ」
「相手の為を思って身を引いたの。其れの何がいけないの?」
思わず声が苛立つ。会話を終わりにしたい。しかし彼は其れを許さず、真摯な目をして訴える。
「泣きたかったら泣いていいぞ」
「何でそんなに突っ込んで来るの? 失恋しているの分かってるんだったら傷口抉らないでよ」
流石に我慢の限界だった。相手が幾ら真面目でも、真摯でも、今の激情には勝てなかった。私は苛立ちを隠す事無く彼を睨めつけると、その場を去ろうと立ち上がった。しかし其れを拒む様に手を掴まれた。
「悪かったよ……。でも傷付いたお前を見てらんない。これ以上、自分が我慢して傷付くお前を見たくない。だから俺と付き合おう」
彼の爆弾発言を受けて暫く無言になった。何が起こったか分からず、思わず彼の顔を凝視する。
「嘘じゃない?」
「此処まで傷口抉って、嘘告までしたら、幼馴染であっても許されないだろ……」
彼は立ち上がると呆然と立ち竦む私をすっぽりと抱き込んだ。幼子をあやす様に背中を摩ると、嗅ぎなれた優しい匂いが胸に充満する。すると強ばった感情がゆっくりと溶けゆくのを感じた。
「ずっと好きだった。けれどあの人は私の事を好きじゃなかった。だから諦める事にした。助言も発破も掛けた。でも……」
苦しい……。滅茶苦茶、苦しい。
其れから彼の優しさに縋って泣きじゃくった。
長編久方ぶりなので、自己紹介でも。
大抵は短編で活動している秋暁秋季と申します。
基本的に長編を書くのが苦手なので、試行錯誤しながら少しづつ進めてます。
今回はちゃんと最終回まで走れたので、投稿してます。
大体同じ感じで進みます。
やったのは主に自分が感じた不足分の補いとヘイト管理。