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09.問題発生

 一夜明けても、騎士団は砦に居座っていた。

 騎士団長がスタンピードについて会議を求めることもなく、本当に砦に来ただけなのだと察せられる。

 昼食後、倉庫へ向かう途中で騎士の一人に絡まれた。


「なぁ、金目のもんとかねぇの?」

「砦にあると思います?」


 昼間から酔っ払っているのだろうか。

 騎士がする質問ではない。


「あー、金は!? 物資の購入に使うだろ!」

「有事の際は後払いが基本です。僕たちに与えられているのは、予算という数字だけですよ」


 額が大きいため、小切手を用いるのが普通だった。

 そもそも砦へやって来るのは購入済みのものだけである。

 買い付け担当は町にいて、不足があれば追加で送ってもらう、という流れなので、ユージンが金銭のやり取りをすることはない。

 現物はないと答えると、使えねぇな、と吐き捨てられた。


(なんだろう、何か嫌な予感がする)


 まるで盗賊と話しているかのようだった。

 もし砦に金目のものがあれば、彼は盗むつもりだ。


(いやいや、そんなバカな)


 飢えや、大きなストレスから戦地で蛮行を働く騎士はいる。

 切羽詰まった環境が、彼らを悪いほうへ駆り立てた。

 けれど砦は平和そのもので、食事にも困らない。水は井戸から汲めるし、砦前の出店へ行けば娯楽もある。

 これ以上、何を求めるものがあるというのか。

 しかしいくら考えても不安は打ち消せず、医療品が収められている倉庫を目指す。

 砦内で一番価値があるものといえば、回復薬にほかならなかった。


 倉庫の前に、予定にない馬車が停まっているのを見て走る。

 人が乗る用のものではなく、物資運搬用の幌馬車だった。

 荷台へ騎士が木箱を積み入れてる。木箱に押された印が、回復薬だと告げていた。

 幸い、はじめたばかりらしく、御者台は空席だった。


「何やってるんですか!?」


 引き続き、物資を分配する指示は出ていない。騎士団長からの要請もなかった。


「ああ? 見ての通りだよ」

「無断で持って行かれては困ります! 手続きは済んでるんですか!?」


 大事な、大事な備蓄だった。

 全て前線へ出ている人たちのためのものだ。

 片が付いたあとならまだしも、まだ予断は許されない。


「んな面倒なことやってられるか。これは俺たちのもんだ」

「そうそう、邪魔すんな」


 一人の騎士が壁となって立ちはだかる。

 だからといって引けなかった。

 物資を管理するのがユージンの仕事であり、前線をサポートするのが存在意義だ。

 今、この瞬間も、町のために魔物と戦ってくれている人がいる。

 会議室で確かめた一人一人の顔が浮かんでいた。


「備蓄の回復薬は、ケガで戦線離脱した方のためのものです!」


 重傷者がいたらどうするんですか、と続けると鼻で笑われた。


「重症なら介錯してやらねぇとなぁ。冒険者の替わりなんて、掃いて捨てるほどいるんだからよ」

「違いねぇ!」


 ギャハギャハ笑う姿に、悪い夢でも見ているのかと疑う。


「文句があるなら伯爵様に言いな。人を呼び付けておいて、報酬をケチろうってんだからよ」

「あなたが言うべきことでしょう!」

「うるせぇ! とっとと失せやがれ!」


 話にならなかった。

 仕方ないと、切り札を使う。

 一度深呼吸して、居住まいを正す。

 父親がことあるごとに褒めてくれる姿勢の良さを意識した。


「僕はユージン・ケラブノス! ケラブノス公爵の息子です、命令に従ってください!」


 公爵、という響きは効果抜群で、騎士たちが一斉に動きを止める。

 ユージン自身は子爵だが、いつだって父親を介せた。絡まれたら名前を使えとも言われている。

 騎士団が砦へ入ってからなかった静けさが戻る。

 漂う緊張感で肌がヒリつくのを感じた。

 騎士たちは目配せをする。

 そして。

 ――笑った。


「はははっ! つくならもっとマシな嘘を付けよ!」

「ケラブノス公爵っていやぁ、金髪と碧眼に決まってんだろうが! 王国一有名なのに知らねぇのかよっ」

「知らないのは、あなたたちのほうでしょう! 僕は」


 言葉を続ける前に押しのけられて、尻餅をつく。


「さっきからゴチャゴチャうるせぇんだよ! 笑わせてもらったから、五体満足で帰してやる。感謝しろ~?」


 王都でユージンに手を出す愚か者はいない。

 だが王都の常識は、地方では通用しなかった。

 父親が褒めてくれた姿勢も、所詮、この程度のものなのだ。


(僕はとことん温室育ちだな!)


 使うのははじめてでも、父親の名前で解決しないことはないと思っていた。

 これで彼らに騎士としての未来がなくなったとしても。

 異常を察した上司が来て、身分を保証してくれれば、この場の流れが変わると信じる。

 ただ重要なのは、今、彼らを止めることだった。

 荷台に積まれた量を目測し、ユージンはその場を離れる。


「ママー! 助けてー!」


 冷やかしを背中に受けながら、向かう先は御者台だ。

 藻掻くようにして先へ進む。

 遅れて騎士が行き先を察した。

 血相を変え、怒声が響く。


「待てゴラァ!!!」


 追いかけられるが、ユージンのほうが一手早い。

 馬へ向かって、できるだけ手を伸ばす。


「ごめん!」


 謝りながら、自分が打てる唯一の雷撃を放った。

 馬は気絶こそしなかったものの、驚き、前足を掲げて(いなな)く。


「ヒヒーンッ!」


 パニックを起こした馬は、そのまま駆け出した。荷台の中にいた騎士がバランスを崩すのが聞こえる。

 遂には暴走した幌馬車が、大きく開いた砦の門から飛び出していく。

 これで時間は稼げたはずだ。馬車がなければ、大量には運べない。

 そう思った瞬間、衝撃と共に体が宙を舞った。

 力任せに顔を殴られて、吹っ飛んだのだ。


「何してくれてんだよぉっ!!!」


 地面へ転がった体に蹴りが入る。

 痛みでユージンは何も考えられない。

 血流が頭に集中し、ガンガンした。

 腫れた頬が視界を圧迫する。

 髪を鷲掴みにされ、力の入らない体で無理矢理立たせられる。


「回復薬は大量にあるんだ、いくらでもケガでき」


 まだ殴られるのか、そう思った次の瞬間に、騎士の声が途絶えた。

 霞む視界の中、一筋の青い閃光を見る。

 美しい光が、空間を引き裂いていた。

 突如解放され、支えを失った体が傾く。

 地面へ落ちる前に、力強い腕に抱き留められた。


「どうして砦にいるあなたが、一番重症なんですか?」

「サーフェス、さん……?」


 ここにはいないはずの人が見えた。

 早くても帰りは、明日のはず。

 朦朧としていると、口に液体が注がれる。

 全身へ染み渡るなり、視界がクリアになった。頭痛も消えている。


「えっ、あ!? 回復薬!?」


 文官には飲む機会がないものである。

 ケガに使うにしても少量を綿に付け、傷口に塗るぐらいだった。


「全く、責任感が強いのも考えものですね」

「す、すみません……」


 機嫌の悪さが伝わり、萎縮する。

 先ほどとは違う居心地の悪さを覚えた。

 しかし、ドゴォンッと地面が振動するほどの轟音に、意識を持って行かれる。


「ひっ!?」

「大丈夫ですよ、飛竜が暴れているだけですから」

「あ、暴れ……?」

「ネオとリヒュテも便乗してます」

「えぇ……」

「帰るなり酔っ払おうと思っていたら、君が暴行を受けているんですからね。ネオとしては怒り心頭でしょう。リヒュテは魔物に手応えがなかったので憂さ晴らしです」

「はぁ……」


 ネオには正式にマタタビ認定されたようだ。

 普段が物静かなだけに、暴れ回るリヒュテは意外だった。

 飛竜はどうしたのだろう? 竜騎士に任せておけば大丈夫だろうけれど。


「私も怒ってますよ? 文官がどうして騎士と対立することになるんです? 勝てないのはわかりきっているでしょう」

「回復薬が盗まれそうだったので……」

「いざというとき、真っ先に切り捨てるのは何ですか?」

「っ、物資です」


 自分の安全を第一に考えろと言外に諭され、目頭が熱くなった。

 サポートするべき相手に心配をかけてどうするのか。

 情けなさに涙がこみ上げる。


「ご、ごめんさ……っ」

「反省しているなら、とりあえずはよしとしましょう。これは罰です」

「へ……?」


 ふわりと体が浮いた。

 横抱きにされ、持ち上げられる。


「重いですよ!? 下ろしてください!」


 ユージンは小柄なほうではない。サーフェスと比べても五センチぐらいしか身長は変わらなかった。


「大人しく掴まっていないと、うっかり落としてしまうかもしれません」

「えええ」


 また痛い思いをするのは嫌だと、しぶしぶ肩へ腕を回す。

 進む先で、頭がつるりとした男と目が合った。


「おやっ! お姫様のご登場だぁ!」

「やめてください!」


 指摘されなくてもわかっている、所謂(いわゆる)、お姫様抱っこ状態であることは。

 頭に熱が昇るのを感じ、顔を伏せた。

 笑っている気配がすぐ傍から伝わってくる。


「サーフェスさんって、僕を恥ずかしがらせるの好きですよね」

「そんなことありまんよ」


 嘘にしか聞こえなかった。

 じろりと睨むものの、効力はない。

 ほどなくしてサーフェスに抱かれたまま上司と顔を合わせることになり、ユージンは羞恥に悶えた。

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