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07.とある「青き閃光」のイタズラ心

 ホテルのレストランを出て感じた視線は、既視感のあるものだった。

 自分の容姿が他人を惹き付けることは、嫌というほど知っている。

 男も女も、貴族も平民も。

 傭兵と踊り子の間で生まれ、子どもの頃から身を守る術を学んだ。

 時には人間のほうが、魔物より醜く感じることもあった。

 気の合う仲間を得てから、ようやく精神的に落ち着けるようになったものの、いつになっても貴族は厄介だった。

 エレベーターを待っていたのは、ホテルのスタッフと青年。

 見覚えのない制服と、いかにも甘やかされて育った風体から、青年の正体にあたりを付ける。

 面倒だと思ったものの、当たり障りのない表情で答えた。


「はい、ユージン・エウフライノーと申します」


 予想通り、青年は王都の貴族だった。

 家名に聞き覚えがないから、高位ではない。

 茶色い髪にそばかす顔、視界があるのかわからない糸目、危機感のない佇まいに、「平凡」という言葉がよく似合う。

 ただ背筋が伸びた姿勢に、所作は綺麗なところが、生まれの違いを見せ付けた。

 顔を輝かせる姿が癪に障る。こちらの苦労も知らないで。

 精通した頃から、魔物より貴族と対峙するほうが神経を使った。

 両親にも苦労をかけた。夜逃げのほとんどはサーフェスを守るためだった。

 鬱々とした感情を隠しながら握手を交わそうとしたところで邪魔が入る。


「近寄るな! 『魔物の使い』が、何故ここにいる!?」


 仲間のネオだった。

 ヒョウの獣人である彼は、戦闘において色んな役割を果たしてくれる。

 彼自身が眉目秀麗だからか、サーフェスの容姿も意に介さず、心を許せる友でもあった。

 そんな友人の無礼に愕然とする。

 特級クラスは、貴族と同等の権威があるとされているが、だからといって何をしても許されるわけじゃない。

 だが、それ以上に気になる単語があった。


 「魔物の使い」。


 冒険者パーティー「青き閃光」をはじめ、町にはたくさんの冒険者が、スタンピードを押さえ込むため集まっている。

 この状況下で聞き逃せるものではない。


(もしかしてユージンと名乗った青年が元凶なのか?)


 冒険者の中には、テイマーと言って一定の条件下で魔物を従えられる能力を持つ者もいる。ただテイマーの場合、制限が多いためスタンピードは起こせない。

 ユージンは、テイマーに似た特別な能力を有し、スタンピードを起こそうとしているのか。

 距離を取った先でネオを問いただすと、返ってきた答えに乾いた笑いが漏れた。


「要は、ネコ科にとってマタタビのような存在ということですか?」

「笑うなよ! こっちは死活問題なんだ!」

「どこがですか。周囲に脅威がない、それこそホテルなら問題ないでしょう?」

「オレに公衆の面前で醜態を晒せってのか!?」

「酔っ払う程度でしょう? それなら飲み屋でよくやってるじゃないですか」

「飲み屋は酔っ払うところだろ! 素面に囲まれて、一人だけ酩酊してるなんてかっこ悪いだろうが!」


 言われてみれば、かっこ悪いのは確かだった。


「で、それだけのために、貴族の手を叩き落としたんですか?」

「え、あいつ、貴族だったの?」

「見るからに綺麗な身なりだったでしょう。どうするんですか、伯爵の子飼いだったら」

「あー、すまねぇ」


 ディアーコノス伯爵は、「青き閃光」ひいてはサーフェスを囲い込もうと躍起だった。

 熱烈なアピールに辟易して、拠点を変えようとしていた矢先にスタンピードの兆しがあり、仕方なく留まっているところである。


「スタンピードの件が片付き次第、去る予定ではありますが、相手に付け入る隙を与えたくないのはわかるでしょう?」


 こんこんとネオに説教し、今後の対応を考える。


「とりあえず書面で謝罪しましょう。あとは様子見ですね」


 面と向かって話せば、言質を取られる可能性も高くなる。

 言いたいことだけを綴って、あとは関係を絶つのがいいと結論付けた。

 幸い、特にユージンから連絡が来ることはなかった。



◆◆◆◆◆◆



 砦でせっせと働くユージンを見かける。

 肉体労働こそしていないものの、忙しない姿はギルド職員――平民と変わらない。


(やはり下位貴族で間違いなさそうですね)


 貴族と言ってもピンキリだ。

 平民が一生かけてもお目にかかれない人もいれば、下手をすれば上位の冒険者や商人より貧しい生活をしている者もいる。

 生活実態は変わらずとも、何が平民と貴族を分けるのか。

 一番わかりやすいのが仕事だった。

 貴族は肉体労働をしない。唯一の例外が騎士だ。

 また冒険者に貴族はいないとされている。実際はいるのだが、家から勘当された者だったり、何かしら縁を切っていた。

 砂埃を被り、汗を流しているユージンの姿と結びつかないのが、飛竜と竜騎士の存在だった。砦の後ろで居を構える巨体は、尖塔のようだ。

 有事に備えているのだが、役目は王都への伝令だ。その際、ユージンとその上司を逃がすという。


(王都では、それほど文官が貴重なのでしょうか)


 どう考えても好待遇である。

 飛竜を飼っている貴族は少なく、魔物素材で財政が潤っているディアーコノス伯爵すら持っていない。たとえ飛竜の卵を手に入れられても、飼育するノウハウがなかった。

 パッと浮かぶのは王家とケラブノス公爵ぐらいだ。


(公爵領で活動できたら、これに勝るものはないんですけど)


 旅をする中で、最も評判の良い領地が公爵領だった。

 税金の安さが一番の理由だが、治安も王都に次いで良かった。

 ここで重要なのが、王領ではなく、王都に次いで、というところである。

 王都は国の中心部、国王の居城がある都市だが、王領の一部に過ぎない。

 即ち、この国で最も治安が良い領地は? と問われれば、答えはケラブノス公爵領なのだ。好きに永住地を選べるなら、皆、公爵領を選ぶ。

 しかし残念ながら、王都と同様に、公爵領には冒険者ギルドがなかった。

 魔物討伐には騎士団があたる。税金が安いのも、冒険者ギルドの中抜きなく、魔物素材を捌けるからだ。

 いかに特級クラスといえど、冒険者はお呼びでなかった。

 仲間のネオとリヒュテを引き連れ、会議室へ向かう。


 テーブルに地図を広げると、スキンヘッドにある獣の爪痕が特徴の男が話しかけてきた。

 「赤眼の波動」のリーダー、ドウキだ。

 冒険者パーティーの名前は、リーダーの戦闘スタイルが由来になっていることが多い。

 見るからにいかつく堅気でないこの男は、拳に魔力をのせて戦う拳闘士だった。戦闘時に膨れ上がる魔力で眼が赤くなることから、赤眼とも呼ばれている。


「オレたちの好きにできるってのは本当なのか?」

「騎士団は後方待機だと、ギルド長から聞いています」


 答えると、その場にいたパーティーのリーダーたちから歓声が上がった。

 有事の際、騎士団と協力してことに当たるのだが、全員が全員、冒険者を見下してくるのでそりが合わなかった。


「マジかぁ! あの名誉名誉うるさいヤツらが、よく大人しく引いたもんだな」


 これに関してはサーフェスも同意見だった。

 冒険者だけが働くことになるが、スタンピードで手に入った魔物素材は、全て冒険者ギルドで買い取ることで話がついたという。

 金銭的見返りは、正直乏しい。

 しかし町の英雄になれることは確かだった。

 砦への出立時にも、町民から温かい言葉を送られている。

 「青き閃光」とは違い、町に家を持っている冒険者からすれば、住民から敬われるのは大きな意味があった。一時の拠点であっても、好意的に接せられて困ることはない。

 皆が喜色ばむのは当然だ。


(騎士からすれば、今更、手にするほどのものじゃないとしても)


 職業が騎士である時点で、ある程度の名声が得られる。

 荒くれ者が集まる冒険者とは違い、志の高い者が集まるとされているからだ。また根無し草の冒険者とは違い、騎士は地域に根付いた存在である。

 住民から向けられる眼差しにも温度差があった。

 とはいえ、冒険者ギルドのある町は、冒険者に対して友好的だ。

 町の商売に直結する存在ともなれば、さもありなん。だが、荒くれ者の集まり、というのも間違いでなく、必ずしも印象が良いとは言い難い。

 スタンピードを解決し、面目躍如といきたかった。


「一点だけ読めない相手がいます」

「誰だぁ?」

「王都から来ている文官です。補助という立ち位置ですが、飛竜が留まっているのは皆、知っているでしょう?」

「あのデケェのか。横やりを入れてきそうなのか?」

「それがわからないんです。竜騎士はあくまで飛竜の世話のためにいて、こちらの件には関わらないようですし」


 先立って本人に訊ねていた。

 補助に来たのは文官だけで、自分たちはオマケだという。どう考えてもオマケの域を超えているのだが。


「今日の会議にも参加予定ですから、様子を見ましょう」


 こちらの決定に、どれだけ口出ししてくるか。

 現れたのは、そばかす糸目のユージンだった。

 冒険者たちの視線を受け、怯むところに気の弱さが現れている。

 口火を切ったのは、赤眼の波動のリーダー、ドウキだ。いかつい見た目を活かして、ユージンを恫喝する。

 ここにいる貴族はユージン、ただ一人。

 あとで訴えられても、口裏を合わせれば済むし、特級クラスの自分がいれば多少融通が利く。

 ホテルのときとは違い、相手を悪く言うのではなく、要望を伝えているだけなら尚更だ。

 肩を震わせる姿は、肉食獣を前にした小動物のようだった。

 だというのに。


「これが僕の仕事です」


 真っ直ぐユージンは、ドウキを見つめ返す。

 姿勢の良い、毅然とした態度は、この場の誰にもマネできなかった。

 丁寧な態度を心掛けているサーフェスでさえ、未熟だと思い知らされる。


 ――生まれながらの貴族がいた。


 誇りが凜とした声音に含まれている。

 室内の空気が一瞬にして澄んだのを、この場にいる全員が感じ取っていた。

 ホテルのときのような悪感情は湧いてこない。

 ユージンは、自分の力量を把握し、仕事に責任を持っていた。集まった冒険者たちと同じように。

 そして冒険者の生き様まで理解していた。


「ここにお集まりの皆さんは、自由の対価を払ってこられた方です。自分の命を賭けて、権利を得られている」


 驕ることなく、蔑むこともなく語られる声は、心地良かった。

 砂埃にまみれて働く姿を見ている。

 なのに不満一つ漏らすことなく、ユージンは自分たちと真っ正面から向き合う。

 今まで出会った貴族の中で、はじめて高潔だと思えた。

 サーフェスだけでなく、相対しているドウキも、二人を見守っていた周囲も、一時ユージンに魅入られる。

 平凡な青年は、見かけ通りではなかった。

 飛竜を付けられる好待遇も、今なら納得できる。

 しかし、それも仕事中に限られた。

 会議が終わり、気を抜く姿はどこにでもいる青年だ。


(所作は綺麗ですけど)


 見なりで貴族とわかるくらい、ユージンは洗練されていた。

 仕草一つとっても気品に溢れている。

 だからだろうか、「魔物の使い」について説明する中で、イタズラ心が湧いたのは。


「サーフェスさん!?」


 首筋に鼻を付けると、顔を真っ赤にして狼狽える姿に加虐心が刺激された。


(無防備なんですよね)


 リヒュテは単なる好奇心でにおいを嗅いでいただけだが、もっと警戒すべきだろう。

 特級クラスの冒険者なら、変なことはしないと高をくくっているのか。

 簡単に人を信用すべきでないと、(うなじ)にまで鼻を移動させる。

 ぷるぷる震える様子は、やはり小動物のようだった。

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