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06.試練

 王都からやって来た、新参者。

 それも仕事が終われば帰る人間だ。

 求心力がなくて当然だった。

 会議室に集まっている冒険者の顔を一人一人確かめる。不安そうにしている者はいない。


(うん、良い雰囲気だ)


 サーフェスの指揮が良いのだろう。

 物資に余裕があることや、騎士団から横やりが入らないのも影響していそうだった。

 気が緩み過ぎていると危険だが、そこは現場に長けた冒険者。しっかり締めるところは締めていた。

 緊張感が漂う中で、はっきりと口にする。


「僕は弱いです。森へ入ったら自分の身を守るのも難しいでしょう」

「見りゃわかるよ」


 王都のヤツらは皆、オマエみたいに貧弱なのか、と嫌な笑いが起きる。

 けれど事実だけを口にしているユージンは気にしなかった。


「それでも僕は皆さんと一緒に砦にいます。わざわざ王都からやって来てまで。どうしてか? 皆さんが、より安全にことに当たれるようサポートするためです」

「だったら、もっと回復薬を用意してくれるんだろうなぁ!?」

「いいえ」

「言ってることと違うじゃねぇか!」


 スキンヘッドの男が、怒鳴りながらドンッと拳をテーブルへ叩き付ける。

 その迫力に、肩が弾んだ。

 びっくりして心臓がドキドキする。

 胸に手を置いて落ち着かせながら、口を開いた。


(大丈夫、話は聞いてもらえてる)


 邪険にされているなら、サーフェスがネオにしたように蹴り出されている。

 試されていると感じたのも、こちらの出方を窺う様子があったからだった。


「違いません。書類に書かれた数字が、皆さんをサポートするために出した最適解です。それより少なくても、多くてもダメなんです。荷物が増えることで生じるリスクは、皆さんのほうが熟知しておられるでしょう?」


 そして補給部隊が攻撃を受けないとは限らない。

 邪魔になったら真っ先に切り捨てるのが物資だ。補給部隊が物資を失したとき、砦にも備蓄がなければどうなるか。

 色んなリスクを加味した上での答えだった。

 安全策ばかりとって、現場が危なくなれば本末転倒なので、冒険者一人に渡される回復薬の量も吟味している。ギルド職員にも確認してもらった。


「ああ言えば、こう言いやがって!」

「これが僕の仕事です」


 事務、というのは危険がない仕事だ。

 数字とにらめっこし、格闘する相手は書類である。

 こうして凄まれ、脅されるのは稀だった。

 怒気を孕んだ男が眼前に迫る。

 お互いの鼻頭が付きそうな距離で睨まれた。

 反射的に体が竦む。怖いものは怖い。

 けれどユージンには、最も恐れるものが他にあった。


(僕の決定が、この人たちの命を左右するかもしれない)


 上司から最初に教わった訓戒だ。

 自分たちの平和が、誰かの犠牲によって成り立っていること。

 責任を持って数字を扱うこと。

 自分の出した答えが、励みにもなれば、足を引っ張ることにもなるのを忘れてはいけない。

 鎧のメンテナンス一つで、命を取り留めることもある。

 だから必死に書類と向き合い、管理するのだ。

 安全に絶対はないからこそ、少しでも可能性を高められるよう努力する。

 そして冒険者たちが魔物討伐の専門家なら、ユージンは裏方の専門家だった。

 自負を持って、正面から男の目を見つめ返す。

 ふんっ、と男は鼻を鳴らして退いた。


「あーあ、やる気が削がれちまった。もう帰っちまうか?」


 町へ引き上げるか、と男は仲間と話す。

 ユージンに止める権限はなかった。


「ご自由になさってください。あなた方には、その権利があります」

「あ?」

「冒険者は特別な存在です。国ですら、あなたたちを縛れない」


 「青き閃光」のように特級クラスともなれば、国は囲い込もうとする。

 しがらみは当然あるが、原則的に、冒険者は自由だった。

 それを保証しているのが冒険者ギルドだ。

 王都のように距離を置いている町は少なく、どこも冒険者ギルドと深い繋がりがある。無理を通せば、相応の反動があった。

 冒険者によって保たれている平和がなくなれば、市民だって黙ってはいない。


「ここにお集まりの皆さんは、自由の対価を払ってこられた方です。自分の命を賭けて、権利を得られている」


 自由には、責任を全て自分で負わなければならない代償が伴う。

 国に縛られることで守られることのほうが多いくらいだ。


(僕にはとてもできそうにない)


 温室育ちを否定できないユージンは、対価を払ってまで自由になりたいと思ったことはなかった。

 安全が確保されば場所で、のんびりしたい。


「僕ができるのはお願いだけです。どうか、スタンピードの対処にご協力ください」


 町を守ってください、と頭を下げる。

 返ってきたのは大きな溜息だった。


「はぁ~、んなこたぁ、お願いされなくてもやるっての! オレたちの町だぞ!」


 帰ると言ったのは、どの口か。

 口先だけだとは思っていたけれど、ほっとする。

 自由を謳歌する冒険者も、社会で生きていくにはしがらみを切り離せない。

 集められた冒険者が町を拠点に活動しているとなれば尚更だ。

 サーフェスが隣へ来て、ユージンの肩に軽く手を載せた。


「さぁ、本題に入りましょうか」

「はい、よろしくお願いします!」


 及第点は得られたようで、頬が緩む。

 補給に関する話し合いは順調に進んだ。



◆◆◆◆◆◆



 会議が終わる頃には、ちょっとした高揚感に包まれていた。

 熱い議論に交ざれるのは、仲間と認められたようで嬉しい。


(まぁ、僕は可否を答えたぐらいだけど)


 結局のところ、よそ者にできることは少ない。

 物資に関すること以外、ユージンが口を挟む場面はなかった。

 解散する中、あとから「赤眼のドウキ」と名乗ったスキンヘッドの男にバシッと背中を叩かれる。赤眼というわりに、目は茶色かった。


「頼んだぞ」

「はい、頑張ります! わわわっ」


 離れ際、わしゃわしゃと撫でられた。

 自分の茶色い髪に視界を遮られる。


「気に入られたようですね」

「あ、サーフェスさん」


 手ぐしで髪を直しながら応える。


(そういえば、会議が終わったら「魔物の使い」について教えてもらうんだった)


 あまり大っぴらに話すことではないのか、サーフェスは人がはけるのを待つ。

 ユージンは失礼にならない程度に、容姿を眺めた。

 美形は兄姉で見慣れているはずだが、彼には独自の魅力があり、つい視線が引き寄せられるのだ。


(活力が溢れてるっていうか)


 一見すると中性的で線が細いように誤認するものの、すぐしっかりと芯が通っていることに気付く。

 長い手足にも筋肉が付き、女性と見間違えることはない。

 凜々しい柳眉に、伏せられた睫毛の間からアメジストの瞳が覗くとドキリとする。

 ここまで気品と野性が共存している人物と出会ったのは、はじめてだった。

 長男のローレンスも体格はがっしりしているが、そこは公爵家の嫡男。気品のほうが勝る。

 若い頃の父親は苛烈だったと聞くので、もしかしたらサーフェスと似た雰囲気があったかもしれない。好々爺とした現在の姿からは、全く想像できないけれど。

 父親を思い浮かべていると、サーフェスに動きがあった。

 見れば、壁に体を預ける大柄な男を除き、人がいなくなっている。


「彼は『青き閃光』の一員ですから、心配しないでください」

「あ、伺っています。リュヒテさん、ですよね?」


 黒髪を短く刈り上げ、丸太のように太い腕と足には覚えがあった。

 自身が壁のような男は、静かに頷く。

 「青き閃光」は、リーダーのサーフェス、ネオ、リュヒテの三人からなる。

 ユージンより頭二つ分大きい、リュヒテがタンカーで、サーフェス、ネオがアタッカーだった。獣人の俊敏性を活かし、ネオは斥候や遊撃も兼ねると聞く。


「さて、『魔物の使い』についてなんですが、これはネオの部族に伝わる言葉だそうです。他にも『魔性の子』とも呼ばれるそうで、ある特性を持った人間に使われると聞きました」

「特性ですか……自分で言うのも何ですけど、僕って平凡を絵に描いたような人間なんですよね」


 これといって思い当たる節がなく首を傾げる。

 サーフェスからは乾いた笑いが漏れた。


「どうやら獣人には効果てきめんのようですが、会ったことがなければ、自覚がないのも道理です」

「特性には、どんな効果があるんですか?」

「猫でいうところのマタタビです」

「マタタビ……」


 猫が好む植物である。

 摂取すると酔っ払ったような反応を見せる。ちなみにキウイの枝に反応する猫もいる。


「えっと、害はないと考えていいんですかね?」

「マタタビですから。ただ有事の際、魔物に襲われているときなんかに遭遇すると困るので、『魔物の使い』と呼んでいるようです」

「あーなるほど」


 確かに戦わないといけないときに酩酊状態になるのは問題だ。

 納得していると、ふいにサーフェスの綺麗な顔が近付く。


「サーフェスさん!?」


 首筋に鼻を付けられ、すんすんにおいを嗅がれた。


「やっぱり、私にはわかりませんね」


 次いで、後ろからぬっと陰に覆われる。

 見上げた顔は、サーフェスやネオと比べると凹凸が少ないものの、精悍さがあった。

 黙って話を聞いていたリュヒテが背中に迫り、頭頂部を嗅がれる。


「おれも、わからん」


 二人に挟まれ、あわあわと腕を上下させる。

 体を動かしていないと平常心を保てそうになかった。

 既に恥ずかしさで頬がカッカして熱い。


「あの、汗臭いだけですよ?」


 午前中は運び込まれる物資と格闘していた。砂埃にも塗れているはずだ。

 離れようと横へのスライドを試みるが、サーフェスに遮られる。

 首筋にあった鼻が、襟足付近へ移動した。


「冒険者に比べれば、ないに等しい体臭です。コロンは付けてますか?」

「いいえ……」

「だからでしょうか、不純物がないように感じられるのは」


 わかる、とリヒュテが同意する。

 ユージンだけが、この状況を理解できなかった。

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