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05.顔合わせ

 上司とユージンは、仕事現場である町外れの砦に来ていた。

 ここがスタンピードの際の軍事拠点となる。

 飛竜と竜騎士も滞在するため、飛竜を見慣れない現場では少し混乱が起きたが、すぐに落ち着いた。


 補給物資の管理をはじめ、前線で魔物と戦う冒険者たちをサポートするのがユージンたちの仕事だった。

 本質的には普段と変わらない。ただ相手が騎士団ではなく、冒険者である分、勝手が違う。

 作業を進めるには、冒険者ギルドの職員に教えを請わねばならなかった。

 商機を察した商人たちも集まり、砦周辺は賑わいを見せている。

 スタンピードの初期段階で対処するのが目的のため、砦へまで魔物がやってくる心配がないのが大きかった。

 即席の出店が並ぶ光景に、危機感はない。


「仮に戦線から漏れた魔物がいても、ゴブリン程度だ」


 というのはギルド職員の言葉である。

 魔物の下級クラスにあたるゴブリンは、数が多いと厄介だが、少数なら商人でも片付けられた。魔物が出没する地域で活動する商人は、冒険者でいうところの中級クラスなのが普通だった。

 また洪水が起こりやすい地域があるように、ディアーコノス伯爵領はスタンピードが起こりやすい地域にあたる。だから兆しも察知できたのだ。

 前例があり、対処法もわかっているため余裕があった。


 現場に入ったユージンは、せっせと書類をめくる。

 続々と運び込まれる物資の管理を任されていた。

 手元にある請求書と、配達人が持ってくる納品書を照らし合わせ、種類ごとに倉庫へ格納していく。

 次は、納品された物資の分配が待っていた。

 中には保存日数が限られている食材もあり、調理部の担当者と話し合う。

 またその次は、医療部の担当者といった具合だ。その合間にも、配達人はやって来る。

 昼休憩を迎える頃には、声がかすれていた。指示に大声を出さざるを得なかったからだ。

 地元の文官と交代し、やっとのことで現場を離れる。


 青空が広がる陽気に、んーと背筋を伸ばした。

 バキバキと肩が鳴る。


(疲れたぁー!)


 現場が慌ただしいのは、王都も地方も変わらない。

 昼食にサンドイッチが用意されていると聞いて、食堂を目指す。

 途中で上司と合流し、二人でサンドイッチを受け取った。

 他にも昼食にありつこうと人が集まり、騒々しかったため、上司に与えられた部屋へ移動する。

 執務机に積まれた書類は見なかったことにして、手前の会議用テーブルに落ち着いた。

 水差しから二人分のカップへ水を注ぐ。

 サンドイッチにかぶり付きながら、ユージンは仕事中に気になっていたことを訊ねた。


「騎士団の姿を見かけませんね」


 周辺地域からも集められているはずなのに、砦では冒険者の姿ばかりが目立った。

 あー、それねぇ、と上司は言葉を濁す。

 良くない反応だ。


「どうも、ディアーコノス伯爵は、騎士団の力を温存したいようだ」

「まさか前線を冒険者だけに任せるんですか」


 魔物討伐に関しては、騎士団より冒険者のほうに一日の長がある。

 基本的に騎士団は、対人戦用に組織されているからだ。王都の第二騎士団が特殊だった。

 とはいえ、スタンピードの兆しは、魔物の増加を意味する。

 冒険者だけで手が足りるとは限らない。


「規模は把握できてるんです?」

「一応ね。冒険者ギルドもそれで話を呑んだって話だよ。まぁ冒険者と騎士が肩を並べるのも一長一短だが」


 領主に忠誠を誓い、国に属する騎士と、国境を自由に越えられる冒険者は、そりが合わなかった。

 要らぬ諍いを生むよりは、距離を置いたほうがいいときもある。


「騎士団も納得してるんですか? 魔物素材は欲しいでしょうに」


 騎士団が参加しないなら、討伐した魔物素材は全て冒険者のものになる。

 また騎士たちは名誉を求めるものだ。安全な町に留まったままでは、住民から賛美は得られない。

 文官であるユージンでさえ、砦へ赴いているのだから。


「その辺りは微妙だ。ただ増加している魔物のクラスが低いから、希少な素材が手に入ることはなさそうだよ」


 スタンピードには段階がある。

 発生条件はわからないことも多いが、伯爵領で観測されているスタンピードには決まった流れがあった。

 まず下級クラスの魔物が増加して群れる。この段階で数を減らせないと、下級クラスを食す中級クラスの魔物が増える、といった具合だ。

 自ずと初期段階で手に入る素材は、討伐数に応じて数は多いものの、見慣れたものだった。


「かといって何もしないのも決まりが悪いから、冒険者たちが前線へ向かう頃合いに、後方支援を称して砦に来るんじゃないかな。冒険者だけに物資を割り振れば済むから、こちらとしては手間が減って助かるけどね」

「話を聞いている限り、分配で揉めそうですもんね」


 王都でも三つの騎士団の間で差が開くと大変だった。

 揉めるだろうね、と矢面に立つ上司は苦笑する。

 こういうとき、責任ある立場の人の苦労が窺えた。


「そうそう、昼からは冒険者の間で補給部隊について話し合われるから、ユージンくんはそっちに顔を出してくれる?」

「わかりました。物資に関する書類は……」

「こっちの束だね」


 先に現段階で集まっている物資の種類と数をまとめなければならなかった。

 数字が出揃っていないと、補給部隊へ回せる量も伝えられない。


「日持ちしない食物は砦で消費して、回復薬もある程度は備蓄しておかないとダメだろう」


 頷き、融通できる量を上司と相談しながら概算を出していく。


「土地柄、冒険者との結び付きが強いからか、伯爵からの支援物資は潤沢なのは有り難いですね」

「あー、それねぇ」

「まだ何かあるんですか?」

「私たちに直接関わる話ではないけど、どうやら伯爵は『青き閃光』のサーフェスにご執心らしい」


 貴族が力ある冒険者を囲い込むのは、よくあることだ。

 どこででも能力の高い人材は求められる。

 しかし上司の表情を見るに、一般的な理由からでないのは明白だった。

 挨拶のとき、年相応に落ち着いた紳士だった伯爵を思い浮かべる。


「あくまで噂だがね。サーフェス殿の容姿や物腰を考えると、男女問わず好かれる御仁ではあるだろう」

「はい、異論ありません」


 うむ、と上司の頷きで会話は終わったが、騎士団のことを含め、問題に発展しないことをお互い願うばかりだった。



◆◆◆◆◆◆



 書類をまとめ、ギルド職員に目を通してもらってから会議室へ向かう。

 失礼します、とドアを開けると、二十名ばかりの視線が集中した。

 物々しい雰囲気に頬が引きつりそうになるも、まずは挨拶からと声を張った。

 現場ではいつもそうしている。


「物資の管理を任されているユージン・エウフライノーです。よろしくお願いします!」


 部屋の中央には大きなテーブルがあり、地図が広げられていた。

 中心になって話を進めているのは、「青き閃光」のリーダー、サーフェスだ。

 他のパーティーリーダーも集まっており、椅子に座って経過を眺める者、地図を覗き込む者と様々である。

 サーフェスの隣で椅子に座っていた獣人のネオが、あ! とユージンを指差す。


「オマエっ、魔も」


 全てを言い切る前に、サーフェスがネオの口を塞いだ。


「口には気を付けなさいと言ってるでしょう! 邪魔をするなら外へ出てください!」


 そのまま有無を言わさず、外へ蹴り出す。

 ドアを閉めたサーフェスは、ユージンと向き合うと昨日の非礼を詫びた。


「仲間が不穏な言葉を使ってすみません」


 いくら特級クラスのパーティーに所属しているとはいえ、貴族に無礼を働いてもいいという話にはならない。ユージンが気分を害せば、不敬罪が適用できた。

 前回も、その場で謝罪するべきだったが、言葉の意味を知るほうを優先してしまった過ちを重ねて謝られる。


「僕は大丈夫です。あの、よければ意味を教えてもらえますか?」

「会議が終わったらお伝えします。現状、影響があるのはネオだけですから、気にする必要はありません」


 今回集められた冒険者を統括するサーフェスが言うのだから、と頷く。

 書類を片手に、ユージンはテーブルに広げられた地図を覗いた。

 砦から出発した矢印が、魔物が生息する森の手前で三つに分かれているのを目にする。


「部隊を分けるんですか?」

「はい、分かれた先に群れの生息地があります」


 森には、先立って調査隊が派遣されていた。

 スタンピードが懸念されるくらい、魔物は森の浅いところで集まっていた。

 そこから討伐時における群れの規模が予測されている。

 補給部隊は森へ入らず、手前で待機するようだった。


「なんだぁ? 気に入らねぇってのか、ああ?」


 テーブル付近にいたスキンヘッドの男に凄まれる。頭には獣の爪痕があった。


「いえ、僕は門外漢なので是非はありません。大まかな流れを把握したかっただけです」


 ユージンの仕事は彼らが気兼ねなく戦える場をつくることであり、作戦の立案ではない。

 土地勘もないのに、そんな大それたことは頼まれても無理だった。


「補給路もお任せします」


 いつもなら補給部隊も管轄内だが、自分は他所様でしかない。

 できることは限られた。


「おめぇ、何しに来たんだ?」

「融通できる物資を伝えるために来ました。日持ちしない食物を渡されても困るでしょうから」


 まとめた書類をサーフェスへ渡す。

 一通り確認すると、補給部隊を担当するパーティーへ預けられた。今後、密に打ち合わせることになるであろう顔を覚える。

 スキンヘッドの男も一緒になって書類を覗き込み、顔を(しか)めた。


「おいおい、これっぽっちの回復薬の量で、魔物が蔓延る森へ行けってのか!?」

「どれだけ足りませんか?」

「この六倍は必要だっての! なぁ!」


 男は声高に周囲へ同意を求める。

 経過を眺めていた者たちも、そうだそうだと頷いた。

 サーフェスは何も言わない。

 ――どうやら自分は、冒険者たちに試されているようだ。

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