04.出会い
離陸と着陸を繰り返し――予定外の不時着はあったものの――一週間ほどで目的地に到着した。
有事に供え、竜騎士と飛竜も町に滞在する。
上司とユージンは、領主であるディアーコノス伯爵へ着任の挨拶を終えると、それぞれ分かれた。
上司は現場責任者の下へ、ユージンは一足早く用意されているホテルへ向かう。
馬車から見る町は、活気に溢れていた。
通りには果物などの商店が並び、人々の間で笑顔と怒号が飛び交う。
スタンピードの兆しなど、まるでなかったかのようだ。
(これが冒険者のいる町かぁ)
公爵家の屋敷がある王都中心部には冒険者がいない。魔物が出る隙がないからだ。
郊外の自然豊かな場所には出没するものの、対応するのは第二騎士団だった。ユージンも補給部隊の手伝いに行ったことがある。
折角の機会だから、時間があれば冒険者ギルドも覗いてみたい。
実は就職を決める際、冒険者ギルドも候補にあった。
文官の募集は多岐にわたり、商業ギルドなどもあったが、全く知らない世界へ飛び込んでみるのも面白そうだと思ったのだ。
ただ必然的に赴任先が王都外になることが予想されたので、過保護な父親が許してくれなかった。
(荒くれ者が多いって聞くけど)
名前こそ冒険者と謳っているが、実情は便利屋に近い。
出される依頼は魔物討伐に限らず、護衛や、植物採取、家の修理など挙げたらキリがなかった。
腕っ節に自信がある平民が集まるので、ユージンのような温室育ちの人間とは水と油だと言われた覚えがある。
来る者拒まずの姿勢で窓口が広く、職にあぶれた人間の終着点でもあった。
(本来なら、王都のように頼らないほうがいいんだけど)
国ごとに存在する商業ギルドとは違い、冒険者ギルドに国境はない。国から独立した単一組織として運営され、横の繋がりが強かった。
国の傘下にある組織ではないため、場合によっては利害が合わず対立することもある。支部を引き上げると言われて困るようではダメなのだ。
しかし行政が行き届かない場所では、受け皿として機能し、持ちつ持たれつの関係であるのがほとんどである。
到着したホテルは五階建てのレンガ造りで、歴史を感じさせる威風堂々とした風情があった。
左右対称の均整のある佇まいに、正面玄関には大きな柱で支えられたポーチがあり、三角錐を半分に切ったような屋根が特徴的だ。
ロビーには赤い絨毯が敷かれ、天井が高い。
受付へ向かうと、スムーズに案内を受ける。
ユージンが着ている制服で、身分を察せられた。
「一階にレストランや浴場など、当ホテルの施設が集まっております。詳細はこちらのパンフレットをご覧ください」
二階から上が客室だった。スタッフが部屋へ案内してくれる。
エレベーターを待っていると、レストランから出てくる華やかな人物が目を引いた。
気付いたスタッフが、「青き閃光」のリーダーだと教えてくれる。
(特級クラスの冒険者だ!)
パーティー名には、ユージンも聞き覚えがあった。
上司とユージンが派遣される現地で、冒険者を束ねるのが彼らだと知らされていた。
ギルド職員は、ユージンたちと共に事務を担当する。
冒険者には等級があり、特級が最上だ。
「当ホテルは、『青き閃光』の滞在先になっております」
彼らが町を訪れる際は、必ずここへ泊まるのだとスタッフは誇らしげである。
特級ともなれば当然で、彼らは平民でありながら貴族と同等の権威があった。
パーティー名の由来になっているリーダー、サーフェスの容姿に魅入られる。
淡いレイクブルーの長髪が滑らかに揺蕩い、光の帯を宿していた。
長い睫毛に縁取られたアメジストの瞳は気品に溢れ、男性ながらも中性的な美貌が色香を窺わせる。
肌は艶やかで、荒々しいと言われる冒険者とは真逆の容姿だった。
目が合い、咄嗟に挨拶する。
「こ、こんにちは!」
「こんにちは。もしかして王都から派遣された文官の方ですか?」
サーフェスの視線は、ユージンの制服へ向けられていた。
「はい、ユージン・エウフライノーと申します」
父親の計らいで、公爵家とは別の家名をユージンは持っていた。
生前贈与で公爵家の領地の一部を、子爵領として与えられているのだ。父親の死後、ユージンと母親が公爵家から追い出されても大丈夫なようにという配慮だった。
公爵家を名乗ると身元確認に時間を取られることが多いため、出先では子爵を名乗っている。
「サーフェスです。『青き閃光』のリーダーを務めています」
握手を交わそうとしたところで、黒い影が視界を遮った。
空を切った手が、叩き落とされる。
「近寄るな! 『魔物の使い』が、何故ここにいる!?」
次いで怒号を浴びせられた。
しかし言葉の内容より、外見への興味が上回る。
(獣人だ)
王城で催された他国の使者を招いたパーティーで見かけた獣人は、猫が二足歩行しているような容姿だった。
獣の属性がある人間は総じて獣人と呼ばれるが、目の前に立つ男性は、属性のない人間に近しい見た目をしている。
褐色の肌に、クセのあるダークブラウンの髪。頭にはヒョウと同じ斑模様の耳が生えていた。
相貌は人間と変わりなく、眉頭に寄せられた険しいシワがなければ、大層な美丈夫だ。
厚い胸板に筋肉が盛り上がった太い腕からは、野性みが溢れる。
サーフェスとは違うタイプの美形だった。
頭一つ分高いところから向けられる敵意に気圧され、半歩退く。
(そういえばパーティーのときも、遠目から睨まれたっけ)
理由がわからないまま、居心地の悪さにそそくさと退場したのを思いだす。
「ネオ、『魔物の使い』とは、どういう意味ですか?」
「ああ? くそっ、わからねぇのかよ! とにかく離れるぞ」
乱暴にサーフェスの腕を掴み、ネオと呼ばれた獣人が距離を取る。
言葉の不穏さに、隣に立つホテルのスタッフからは怪訝な視線を送られた。
「魔物の使い」なんて言われたのははじめてだし、自分は善良な文官で、それ以上でもそれ以下でもない。
このまま放置されたら要らぬ誤解を招きかねないと、手を挙げてネオへ訴える。
「あの、僕も意味が知りたいです!」
「オマエはとっとと部屋にでも行きやがれ!」
「えぇ……」
消え失せろ! とまで吐き捨てられる。
取り付く島もなかった。
どうすることもできず、スタッフへお願いして、言われた通り部屋へ向かう。
スタッフは悩む素振りを見せたが、危険性があるなら、この場で「青き閃光」が対処しているはずです、というユージンの説得に応じてくれた。
そもそも身分は保証されているのだ。
部屋には、ベッドの他に、寛げるようテーブルとソファーも置かれていた。
トイレ付きのシャワールームもあり、休息するには十分だ。
「ご用の際は、フロントへお申し付けください」
スタッフが退室すれば、自分一人の時間である。
クローゼットへ上着をかけ、制服のズボンを脱ぐとベッドへ飛び込んだ。
「『魔物の使い』って何だろう……?」
気にはなるけれど、ふかふかな感触を全身で享受し、瞼が下がってくる。
「青き閃光」とは仕事で会うことが決まっている。
またそのときに訊ねればいいやと、帰ってきた上司に呼ばれるまで、ユージンは惰眠を貪った。
同日の夜、無礼を謝る書状が「青き閃光」から届いたものの、言葉の意味はわからずじまいだった。